第3話 血がつながっているだけで妹のつもり? 下
ホテルの医務室では、アロハに白衣を重ねた老人に簡単な診察で追い返された。
「念のため、夕食までは、部屋で横になってね? なにかあったら、また来なさいね? うん」
正上梨保子は自分で立ち上がったが、ふらふらと剣間春梅の腕へしがみつき、じっと顔を見つめる。
「まだ意識がぼやけますか? その……部屋までわたしが運びましょうか?」
春梅はそう言ったものの、ホテル内はすでに宿泊生徒でにぎわっていた。
お姫様だっこの行進は視線を集め、春梅は筋力よりも羞恥心の限界に歯をくいしばる。
梨保子を送り届け、部屋から出て来た春梅はぐったりと壁に手をついた。
「あとは竹見先生と同じ班の子たちがいますので、もうだいじょうぶです」
つきそっていた勝本栗也は女子部屋の前でひとり、手持ち無沙汰にしていた。
「おつかれさま。オレはまるで役に立てなかったけど……」
栗也はなんの気なしに笑うが、春梅は不満そうだった。
「役に立つ事態がなくてよかったんです。しかしわたしも、このような経験はなかったので、もしもの時に代わってもらえる人に居てほしかったんです」
りりしいまゆをけわしくしたまま、声を一段小さくしてつけ足す。
「ですから……ありがとうございました」
「あ、うん。どういたしまして……どうかした?」
栗也はぎこちなく照れたが、春梅はますます表情を硬くしていた。
「梨保子さんはまだ意識がはっきりしていないようですが……」
「うん?」
「わたしが部屋を出ようとした時に『おにいちゃん待って』と言われたんです」
春梅が思いつめたような顔になっていたので、栗也はなだめるように笑いかける。
「春梅さんは頼もしいから。そんなに重い症状でなくても、それくらいはまちがえるよ」
しかし春梅はさらにまゆをしかめ、足早に去った。
「そうですか。では」
栗也も自分の部屋へもどる途中、妹の勝本栗沙と、友人の真桑進に声をかけられた。
「おにい、ばかだね~? そんなだから、も~」
栗沙は肩をすくめて笑い飛ばす。
「え。おい、それどういう意味だよ?」
栗也はうろたえるが、真桑にも苦笑された。
「春梅さんの言いかたもわかりにくいけど、倒れた子の容態ではなくて、男子扱いされたことを気にしていたのかもね? そうなると栗也くんの返事はまるきり追い討ちになっちゃうよ」
「そうだったのか? でも、あんな尋問みたいに聞かれても……というか、春梅さんは問題なくモテるだろ?」
栗沙はわざとらしいため息を聞かせる。
「は~あっ、やれやれだ。そういう自信がないから聞いたんだろうに」
部屋へもどった梨保子は、制服のままベッドで横になっていた。
教員の竹見は同じ班の女子たちへつきそいを任せる。
「ほかの先生たちと連絡をとってきます。代わりの先生が来たら、あなたたちは夕食まで予定どおりでだいじょうぶですから」
そう言って部屋を出ると、入れちがいに短髪一重のメガネ女子が入ってくる。
「梨保子さんが倒れたと聞いたので。いちおうは学級委員だし」
鬼島小桃は洗面所で髪を整えながら手をふる。
「おう、柿沢ちゃんは律儀だね~?」
海老平夏実はベッドに腰かけ、マニキュアを塗り重ねていた。
「部屋でだべるのもいいんだけどね? 梨保子っちがやたら甘えモードだし……ハイハイよーちよち」
梨保子は夏実にひざ枕をされながらしがみつき、頭をひじでこねまわされてふくれる。
「もっとちゃんとなでて」
柿沢清枝はあきれ顔を見せ、小桃も苦笑する。
「そういや、ヒマつぶしネタとかを土産物屋で買ってきたいかな? ネット使えないし……その間だけ柿沢ちゃんが居てくれる?」
「ゆっくり見てきてだいじょうぶだよ? わたしはスマホに読みきれないほど小説を入れてあるし」
「ありがと。んじゃ、ちょっとだけ夏実と出てる」
梨保子は小桃と夏実が部屋から出る背をじっと見ていた。
「どこに行っちゃうの……?」
「買い物だけだから」
柿沢はベッドわきのイスに腰かけ、そっけなくあしらう。
しかし梨保子のおびえた表情に気がつき、しかたなく夏実のようにベッドへ腰かけた。
「前にも旅行でホームシックとか、不安になったことある?」
柿沢は心配して顔をうかがうが、梨保子は無言で見つめてくるばかりだった。
そして腕を握ってくる。
「えーと……まあ、いいけど……もう少し距離を……?」
梨保子がさらにすり寄って来たため、柿沢は恥ずかしがって押しやろうとする。
「なんで? いやなの?」
「は? 高校生にもなって、なに言ってんの? いくら体調が悪くたって……」
柿沢は呆気にとられる。梨保子が顔を真っ赤にして涙ぐんでいた。
「おにいちゃんの、ばかあ!」
意味のわからない言葉と感情をぶつけられ、硬直する。
「え? それもしかして、さっきのアホ映画の……いたっ!?」
手にかみつかれ、歯の跡には血までにじんでいた。
柿沢は梨保子を押さえつけようとする。
「なんでこんな……変な薬とか飲んでる? 市販されてないものとか、人に渡されたものとか」
「わたし、そんな悪いことしない~。おにいちゃんは信じてくれないの~?」
「知らない内に飲まされているかもしれないから。体調がおかしくなったのはいつごろから?」
「おにいちゃんの、ばか~あ!」
梨保子が暴れ、柿沢の肩へかみつく。
「いたあっ!? ……もうっ!?」
柿沢は顔をしかめるが、梨保子のあごがゆるんだすきに、抱きすくめて押さえこむ。
「落ち着くんだったら、このままでもいいから……そんなに強くかんだら、あなたの歯までおかしくなっちゃうでしょ?」
梨保子は抵抗をやめて、抱きしめ返すだけになった。
「ごめんなさい……」
胸が密着し、柔らかく体温を伝えている。
太ももまでするするとからみつき、背中をまさぐられ、くちびるは首筋にふれるかどうかをゆっくりとなぞられた。
柿沢のこわばった顔がみるみる真っ赤になる。
「ちょっ……? これって幼児退行というより……なんであのいかれたヒロインのまねをしてんの?」
映画の兄役をまねして頭をなでつつ、インターホンへ手をのばす。
「ほら……いい子だから、もっと、こっち……に……?」
手は受話器へ届いたのに、持ち上げようとしなかった。
なでている手も止め、あたりを見渡す。
ぼんやりと、誰かを探すように。
やがて小さくつぶやく。
「どこに……いるの? ……おにいちゃん……?」




