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第28話 おにいちゃんだけが私に命令していいの 上


「おにいちゃ~ん!?」


 男子ふたりの負傷で、白衣の妹ゾンビたちもあわてて駆けよってくる。

 しかしその半数は、負傷者をかばおうとする柔術女子の勇姿へ浮気をはじめ、剣間春梅けんまはるめは制圧の順序に迷う。


武威田ぶいだ!?」


「かまうな! 発症までは時間がある!」


 ふたりの男子は頭や顔を打たれてひるみながらも感染女子を押さえていたが、片手を骨折している武威田がかみつかれていた。

 テーピングが薄い指関節の部分から血が出ている。


「兄貴をどこへやった~!?」


 鬼島小桃おにしまこももはなぜか春梅ばかりにらんでいたが、激昂げっこうしながらもすばやく間合いをとってしまう。

 視線や首はふらついているが、感染を疑いたくなる身のこなしと判断力で、腰まわりをゴソゴソあさる時間を与えることはかなりの危険に思えた。

 しかしそちらには栃里とちざとがモップをかまえていたため、春梅は背後の最も近い白衣ゾンビふたりを先に倒し、すぐに栃里の加勢へもどる。


 小桃の噴射したスプレーは意外にも、モップの間合いの外から栃里に目つぶしをかける。

 殺虫剤でもスズメバチ駆除用の、射程距離が特に長いスプレーだった。

 春梅は経験上、小桃を少し余計に警戒している。

 距離があっても相手の視線から逃げ、自分の目を守りながらもぐった。

 しかし警戒が『少し』では足りない相手だった。

 スプレーを持つ手を捕らえる直前、スマホの撮影用ライトが目に向けられ、暗がりに慣れていた視界を奪われる……目つぶしは二重に用意されていた。

 それでも気配を読んで勘で動き、ヌンチャクもどきの追撃から致命打ちめいだだけは受けないようにしのぐ。

 春梅は栗也が兄のようにふるまって杏理華を制止していた姿を思い出し、恥辱ちじょくをこらえて演技力をふりしぼった。


「やめて! お……おにいちゃんの言うことを聞いて!」


「そんなかわいい兄貴がいてたまるか~!?」


 うれしい返答だが、望ましい結果ではない。

 感染者は『おにいちゃん役』を近い対象で済ませる傾向が強いはずだった。

 しかしなぜか小桃は、この場の格闘系男子ふたりと王子様系女子を無視して、嫉妬ばかり燃やしている。

 春梅は自分ばかり憎まれていることから、うっすらと理由には感づいていた。

 それで集中しきれない自分を叱咤しったする。


「あ、おにいちゃん」


 小桃が指した方向を見て、うっかりヌンチャクもどきの不意打ちをくらってしまう。

 ゆがむ視界によろめきながら、マヌケすぎる自分を叱咤し、感染者とはいえ悪質すぎる小桃をうらんだ。


「春梅さん、走って!」


 栃里が小桃へ組みついていた。

 春梅がそう気がついた時、すでに栃里は腕へかみつかれていた。


「がふっ、ごら!? はぐっ、じゃまだ~!?」


 よほど加減かげんなしに思いきらねば、人体へかみついても血までは出ない。

 それだけ感染者の狂気が強い証拠だったが、テーピングすら歯で裂く小桃の暴れようはさらに一段上の恐怖を感じさせた。


「すまん、こっちも置いていけ!」


 かまれていなかったほうの男子もいつの間にか殺虫剤をかぶっていたらしく、目を閉じて二体の白衣ゾンビを押さえながら、三人目に足首をかまれていた。

 シロウトばかりの妹ゾンビに、腕におぼえのある四人がまさかの惨敗……それでも認めるしかない。

 この場にとどまって複数の白衣ゾンビと同時に小桃の相手をするのは、危険が大きすぎるけだった。


「ごめんなさい!」


 春梅は懐中電灯を消し、月明かりを頼りに研究棟へ駆け出す。


「どんまいだよ春梅さん」


「というか不甲斐なくてすまん」


「あとでオレを見かけたら気をつけろよ!? わりとしっかり妹になる自信がある!」


「待って~。おにいちゃ~ん」


「待て! てめ!? 兄貴はどこだよ!? 返せよアタシの兄貴いいいい!」



 ふたたび独りになってしまった春梅は、これまで感じなかった心もとなさをおぼえる。

 それでもとりあえず、いつ背後から小桃が駆けてくるかもわからず、距離をとらねばならない。

 小桃が単独であれば、足場も視界もよい場所へ誘いこみ、こちらも武器や不意打ちなどを駆使して捕縛すべきかもしれない。

 しかし植坂有葉人うえさかゆはとがどう動いているか、まったく予想がつかなかった。


 研究棟に隣接する金網かなあみに囲まれた駐車場へ出る。

 あちこちから雑音が聞こえて様子を判断しにくい。

 自動車の一台はドアが開いたままで、背広の中年男が寄りかかって地面に座りこみ、ぶつぶつうめいていた。

 先にもふたり、若い男性会社員が倒れて、うめきながらはいずっている。

 サングラスをかけていないし、髪もオールバックではないが、杏理華のスマホで見た植坂の顔ではないことをいちおう確認しておいた。


 建物ぞいの並木に隠れながら玄関へ向かうが、正面から入ってよいものか、近くの窓を割って侵入すべきか、またも不慣れな問題に悩む。

 実戦重視の流派とはいえ、特殊部隊じみた訓練は一部しかとり入れてない。


 人の気配が多すぎる。

 白衣の感染者に混じって、なぜか普段着の小学生も多い。

 ペタペタした足音やなにかを引きずる音もどこからか聞こえ、もし犯人が混じっていても判別が難しい。

 さらに「おにいちゃ~ん」のまばらな合唱も続いていたが、車道へつながる正面玄関のあたりから、違和感のあるうめきが聞こえてくる。


「おにいちゃ~ん。助けて~」


「いたいよ~。おにいちゃ~ん」




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