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第26話 妹としてのプロ意識が足りない 中


 勝本栗也かつもとくりやは保育施設で八人の感染女子に囲まれていた。

 皆桐杏理華みなぎりありかも含めると正確には九人。

 しかし栗也が痛めた脚を引きずりながら組み合う相手は杏理華だけだった。


「待って……抑えて!」


 倒れて悶絶している者も含めると、十数人の女子がいる。


「なぜ、お兄様がかばうのです!? まさか、そんないかがわしい関係を……強要されたのですか!? このかたたちに!?」


 しがみつく栗也というハンデがあってなお、杏理華は次々とニセ妹の競争相手を蹴散らし、その半数ほどは一撃で起き上がれなくなった。


「ゾンビはゾンビを襲わない暗黙の了解までやぶるなんて、杏理華さんの意志が強いおかげか、傲慢がひどいせいか……」


「ひどいよおにいちゃ~ん! 夏実なつみをトイレに監禁しておいて、そんな子とエロエロしてたの~!?」


「うわ夏実さん!? もう抜け出していたの!?」


 やけに動きがいい少女のひとりは髪や体にボリュームがあり、鬼島小桃おにしまこももの友人である海老平夏実えびひらなつみだった。


「頼んだらほかの子が手伝ってくれた~」


「そうだった……ゾンビのようでゾンビと思いこむとまずい……」


 ゾンビにあるまじき武装という工夫もしていた。

 夏実はなぜか特大の『イモーテルくん』人形を手にしていたが、意外にも杏理華はとっさに攻めあぐね、はじめてモワッとした先制攻撃をくらう。

 ただしダメージは皆無で、直後にタックルで人形ごとふっとばした。

 気がつくとほかの感染女子もすべて倒れている。


「お兄様、どういうことですか!? 私がいるのに……こんな子たちと!」


「に、にいちゃんを守ってくれて、ありがとうな! 杏理華……さん、こっちに来て!」


 栗也は無理な笑顔で腕を引き、無人になった暗い廊下へ引っぱりこむ。

 杏理華のふくれ顔を警戒して頭をなでながら、ソファの陰へしゃがませた。


「お兄様? またそんな風にごまかして……」


「ウソじゃないよ。オレひとりだと三人以上の同時はきついから、いてくれて本当に助かった」


「それなら、もっとしっかりと……」


 栗也はすでに片腕でしっかりと杏理華を抱きしめている……不意の致命打を避けるために、両腕を抑えておく必要があった。

 それ以上に密着する気はなかったが、組み技でまたどこか体を壊されるよりは、ふたりの尊厳と比較してあきらめるしかない面も大きい。


「杏理華は本当にいい子だ……」


 少しだけ引き寄せたつもりが、疲れで頭が下がっていた。

 髪のサラサラした感触と柔らかな香りが心地よい。

 うっかりくちびるが耳にかすると、杏理華がビクンと全身をふるわせた。

 栗也も驚くが、せがむように抱きしめ返されていた。


「お兄様……もっと……」


「だめだよ。こんな……もう……」


 栗也は震える手で髪をなでながら、杏理華の肩ごしに、よたよたした小柄な女子がじっとり見ていることに気がつく。


「夕飯ぬきのまま、スーパーもコンビニも素通りで来たのに……おにい、軽蔑していい?」


「見くびるな。話を聞け…………聞いてください」


 やましい気持ちも認めざるをえなかった。



「また、お兄様とのじゃまをする人が……!?」


 ふりむいた杏理華の目つきで栗沙くりさはおおよその状況を察し、あとから来た姫苺ひめいちごたちに距離をとらせる。


「いや、あれは実の妹だから……」


 栗也はうっかり口走り、はっと青ざめる。


「お兄様!? 私以外に妹って……」


「下の妹だよー。杏理華おねえちゃん」


 栗沙が両手を上げて後ずさった。


「そ、そう。杏理華さんが上の妹で、栗沙が下の妹……だろ?」


 栗也が無理な笑顔で頭をなでくると、杏理華の視線はとりあえず攻撃目標からはずれる。

 離れている丁田ていだはぼそりと「双子の兄妹の間に『上の妹』ってなんだ?」とつぶやくが、夕田ゆうだは「それよりオレはどうすれば栗也の位置に代われるんだ?」と歯ぎしりした。

 栗也は杏理華の視界をふさぐように抱え、栗沙と手ぶりで交信し合う。


「おにいは脚を痛めていて、春梅はるめちゃんが植坂うえさか氏を追ったみたい」


「今の数秒でよくそこまで通じるな……というかやつは春梅さまひとりに犯罪者を追わせ、おのれは外道の限りをつくしていたのか!?」


 丁田も歯ぎしりをはじめ、栗沙は小さくつっこむ。


「そーだけど、まずは杏理華ちゃんを刺激しないように、そこの感染者さんたちを縛って、両側のドアをもっとちゃんとふさごうか。安全地帯を作ったあとで『お兄様』の移植実験を……いや、まじめな話。もしおにいも感染した時に、女王様の手綱たづなをとれる人がいないとやばそーなんで」


 夕田と丁田がやたら精力的に働きだした。



 姫苺は栗也に抱えられている杏理華を見て首をかしげる。


「あの状態なら、みんなで縛っちゃえばよくない? 柄楠田えくすださんはレスリングで主将やってたし」


「しっ、もっと小さな声で。視線も向けない……あれぜんぶ、ひとりでやっちゃう女王様だから」


 ガラスごしに十数人の倒された感染女子が見えていた。


「たぶん、おにいが必死に止めながらでも、あの惨状……ん?」


 杏理華がそわそわと動いていた。

 栗沙は性的な動作であれば黙認してあげようかと思ったが、視線が姫苺へ向けられていることに気がつき、あわててとなりのマネージャー柄楠田を杏理華の視界から押し出す。


「……姫苺ちゃんの近くにいる人は目標にされやすいから!」


 特に柄楠田は年上男性であり、容姿や身なりもそれなりに整っていた。

 保育施設へ入れて伏せさせるが、杏理華は栗也を引きずって姫苺へ近づいてくる。


「お兄様、この人は……?」


「杏理華おねえちゃん。この子はわたしの友だちだから……」


「そ、そう。栗沙の友だちだから、別にいいだろ? 一番大事なオレの妹は杏理華なんだから……」


 兄が不本意に言っているとは思いつつ、ブラコンの実妹はどうしても非難の視線を向けてしまう。

 栗沙は姫苺も遠ざけつつ、小声で警告しておいた。


「姫苺ちゃんはまわりの男性を『おにいちゃん役』に見せやすい代わり、その近くにいる姫苺ちゃん自身は『憎きニセ妹』に認定されやすいのかも」


「なぜわたしがニセ」


 姫苺はに落ちない顔だったが、杏理華が美脚で栗也を捕らえたまま、腕だけでにじり寄ってくる姿に後ずさる。


「あんなに胸をこれみよがしに……妹の友だちなのにお兄様に近づくなんて……なぜみんなお兄様をたぶらかそうと……?」


「いや、オレは外見がよくたって、今日の映画ヒロインみたいな頭のおかしい甘ったれなんか怖くて色気を感じないよ?」


 栗也のつぶやきに栗沙は内心『この島の全ニセ妹を否定しやがった!?』とツッコミを入れるが、口には出せない。

 姫苺は内心『芸名までいっしょにしたヒロイン役声優を前にいい度胸だコラ!? まったくもって同感だが、これで食ってんだ文句あるかああああ!?』と絶叫するが、口には出さない。やや顔に出ていた。


「わたしは姫苺ちゃんのこと好きだから……」


 栗沙は第二のバケモノが覚醒かくせいしないように抱きついたあとで、はっとひらめく。


「そう……実は性的に深い仲なの! 杏理華おねえちゃんも応援してくれる!?」


 栗也は『え?』という声をかろうじてこらえる。

 杏理華にも珍しくとまどいが見られた。

 栗沙はすかさず姫苺の胸へ頭をうずめ、グリグリと押しつける。


「姫苺ちゃんはわたしとラブラブなので、誰にもあげないからね!? ね!?」


 そのまま保育施設の中まで入って杏理華の視界からはずれると、姫苺は赤くしかめた顔で栗沙をひきはがす。


「気をそらすためだろうけど、本気になったりしないでよ?」


「春梅ちゃんならともかく、絶望的にありえないからだいじょうぶ」


 栗沙が急に真顔で淡々と答え、姫苺は笑顔でうなずく。


「チャンスがあれば兄妹まとめて海へ沈めてやる」


 先に身を隠していたマネージャー柄楠田は現役アイドル(自称)をなだめた。


「そういう発言は録音されていない確認をしてから……あと、ちょっといいかな? 春梅さんという女の子ひとりで植坂さんを捕まえに行ったの?」


「あの女王様とほぼ互角な豪傑系女子だけど……植坂さんて実は強いの?」


「いや、そんな感じはしないけど……ボウガンとか狩猟罠の改造を自慢してきたし、なにかにつけて人をサンプルとか言いたがるし……」


壮絶そうぜつな小者感でむしろ怖いね? 大企業研究員の科学知識に中学生なみの自制心? ん~、杏理華さまならそーゆー迷惑ヘンタイを問答無用で瞬殺しそーだけど、春梅ちゃんは苦手そ~」


「あと本職以外だと無駄に行動力があるというか、節操せっそうなく社交的だから、怪しい方向の仲間作りは意外に早いというか……」




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