第25話 妹としてのプロ意識が足りない 上
姫苺やぷりは男性陣を隠して二本のオールを操っていたが、男子ふたりの時よりも船足が速い。
さらには慣れた手つきで砂浜までロープを遠投してきたので、丁田と夕田が引っぱり寄せる。
「すげえなアイドルの運動能力?」
「いや、地元島民の技能だろ?」
砂浜に上がった他校の男子ふたりと若い男性マネージャーは頭を下げるが、現役アイドルは大きなため息であいさつした。
「ひどい目にあった……で、救助ヘリはどこ? それともホテルが復旧した?」
勝本栗沙はスマホ動画の再生で応える。
『おっそい! 声がかれちゃうでしょ! はい出発! ……おにいちゃん、わたしのために残って戦ってくれるなんて! …………うっわ、十秒もたねえでやんのおにいちゃん』
姫苺は男子生徒一名を捨てごまにした自身の所業を見せられても平静を演じた。
「そ、それは緊急避難というもので、平常心を保てない状況でしかたなく……」
栗沙は眠そうな無表情でコクコクとうなずく。
「そうでなくて、姫苺ちゃんが催眠暗示を利用していた証拠ね? 吊るされる前に協力してね容疑者さん」
「な!? わたしだってなにも知らなくて、妹ゾンビどものイカれた妄想に合わせて自前の対策をしただけで……」
「うんうん。でもこの動画を見た人はどう思うかなー?『洗脳工作を知っていた証拠』というタイトルで投稿したら、どう思うかなー?」
「く……っ!?」
「でもわたしは地元アイドルさまが救助に活躍する姿を見たいなー? そうなれば、こんな動画はただの言いがかりとして投稿者がたたかれるだけだし。で、仲良く協力できそー?」
「そう…………もちろん任せて! はじめから、そのつもり!」
瞬時にヒロイン表情と裏声へ切りかえたバケモノの厚かましさに、栗沙はわずかに感心した。
そんなふたりのやりとりに、男性陣はマネージャーを含めてどんびきしていた。
感染者たちは真桑を追っていた海水浴場から、ふたたび散開をはじめている。
栗沙たちは見通しのよい道を避け、防砂林を横ぎって村役場を目指した。
「で、催眠暗示とか変な薬って、どれくらいの人数が関わってる感じ?」
「植坂っていう人がレコーディングに何度も変な口出しをしていたけど……あと、製作会議でよくいっしょにいたのは村長とホテルのおえらいさん? 柄楠田さんのほうが詳しいでしょ?」
指名されたマネージャーはビクリと顔をそらす。
「ええまあ、だいたいそのあたりで。たしか『御神体のカビからとれた新成分』とかなにか、変わった話し合いをしていましたが。なにせ大事なスポンサー様なもので、下手な探りも入れられず……」
栗沙は淡々とうなずく。
「なるほど怪しい。署でくわし~く話を聞かせていただきましょーか」
村役場のドアをノックすると、紫州田高校の短髪女子が出てきて笑顔を見せた。
「無事だったんですね? よかった……」
栗沙が相手の不自然さに気がついた時には、すでに他校の男子が腕を引かれていた。
「……でも、どこにいたんです? わたしを置いて……にいさんのバカ!」
あいさつのように腕へかみつかれ、止めに入ったもうひとりも地元の中年女性に飛びつかれる。
松小路があわててドアを閉めようとした時、顔を上げた短髪女子生徒と目があってしまう。
「あれ……にいさん?」
「うんうん、また今度ね柿沢さん」
他校の生徒を見捨ててさっさとドアを閉じた教員に冷たい視線が集まった。
「いやほら、彼らもまんざらではなさそうだったし……」
ドアをドンと押されたが、そのあとにはしわがれた声が続く。
「逃げてくだされ~。巫女神さま~」
「長老さん!? 無理しちゃだめだよ!?」
と言いつつ栗沙もドアを開けようとはしない。
「心配はないのです。どうやら巫女神様への信仰で、かまれても狐憑きにはならんようで~」
「え。なにその特殊耐性?」
「あー、じいさんたちはゾンビ薬を抜いた昼飯を出されていたかもな? 体力的にやばそうとか、ほかに飲んでいる薬と混ざってやばそうとか」
松小路がはじめて理科教師らしき見解を述べた。
丁田と夕田は『巫女神様』『長老』などの怪しい単語で置き去りにされている。
「ちょっと!? わたしが頼んでも拒否しやがった伝承者をその子にしちゃったの!?」
地元アイドルは謎の設定に謎の嫉妬心を燃やすが、マネージャーの柄楠田は周囲へ集まりつつある妹ゾンビを警戒し、手ぶりで一行を急かした。
ドアごしには珍奇な修羅場まで聞こえる。
「ほうれ、おにいちゃんであるぞ~」
「どう見てもおじいちゃんでしょ!? どいてください!」
「さきほどまでは子猫のようになでられていたであろうに~」
栗沙は小さく「緊急避難」とつぶやき、信者を見捨ててホテルへ走った。
「長老さんもまんざらではなさそーだし」
クズ教員の言い分をまねしてみると、余計に罪悪感が強まる。
夕田と丁田、姫苺とマネージャーの柄楠田も栗沙に続くが、なぜか松小路だけは大きく遅れていた。
「ま、待って。足ひねった……最近ちょっと、運動不足で……」
栗沙は夕田と丁田へ目くばせを送る。
「まさか先生がわたしたちを守るために残ってくれるなんてー!?」
栗沙の力強い棒読みに、夕田と丁田も迅速に続く。
「うわあ、見直したぜ松小路先生! ただの足手まといだと勘ちがいしてたー!」
「兄貴と呼ばせてください先生! むしろおにいちゃんと呼びたい今日このごろ!」
最後は「おにいちゃんがんばれー!」と声を合わせて手をふり、決して足は止めない。
遠く夜道の向こうから、おにいちゃん役を押しつけられた松小路の断末魔が響く。
「オマエらっ、成績表は覚悟しておけよ!? オレは男もけっこういけるほうだし……いだだ!? ていうか、かまれるよりかむほうが……!」
姫苺は「都会の子は怖い」とつぶやきつつ、やはり足は止めなかった。
「あれ? あの人、男性教師のわりにゾンビの半分は見向きもしませんよ?」
柄楠田が残酷な事実を報告してしまう。
「げ。あいつ捨てごまにもならないの?」
姫苺のつぶやきに栗沙が頭を下げた。
「うちの問題児がもうしわけありません。まさか役立たずのまま自滅で終わるとは……天国の真桑くんも浮かばれないな~?」
森を抜けて見えてきたホテルは五階の端が突然に火を噴く。
「え」
爆炎は一瞬でおさまったが、不自然な明るさは残り、黒煙が上がり続ける。
「ガス爆発? ゾンビちゃんがスプレーの使いかたでもまちがえた? たてこもっている人がガスコンロでも使った?」
栗沙にも判断はつかないが、背後には感染者の群れが迫っており、駆けるしかない。
白く重たげな煙も加わり、炎らしき明かりは消え、方向のくっきりした懐中電灯の明かりだけになった。
「すぐに消火器を使った……かな?」
少し遅れて上の階からも騒ぐ声が聞こえ、やがて七階と五階のベランダで会話がはじまる。
「火は消したから! もうだいじょうぶだって上にも伝えて!」
「わかった! なにか手伝える!?」
そんな会話も聞こえはじめて、栗沙はほっとする。
もし春梅がいたなら、五階の生徒は制服からして銘鳴高校だと気がついただろう。
同じ階にいる人数の少ない小中学生たちのめんどうを見ていた。
七階は下と隔離するバリケードを作った部良座高校が宿泊している。
事故の初期で鬼島小桃も助言していたとおり、脱出路をふさいでしまった状態では、なにより怖いのは火災だった。
「階段の近くにウイスキーを置いたバカがいたらしくて、割れてた!」
「この暑さだと揮発して引火もしやすいだろうに、どこのバカだ!?」
栗沙は不良教師から没収した『土産店の高級ウイスキー』を置きざりにしたことを思い出して笑顔がこわばる。
「ごめんなさいごめんなさい……すべて松小路のヤロウのせいで!」
ケガの功名というべきか、隔絶されていた五階と七階がベランダごしに情報交換をはじめ、十階以上の階でも生徒がちらほらと顔を出しはじめていた。




