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第17話 おにいちゃんを独占していいのは妹だけ 中


 剣間春梅けんまはるめはホテル南端から四階に到達する。

 中央付近のエレベーターホールとは異なり、近くにトイレやソファーなどはない。

 すぐに製薬会社のカード認証ドアでふさがっている点は同じで、開かないことを確かめる。

 そこへ皆桐杏理華みなぎりありかによる二度目の館内放送が流れ、照明が一斉に消えた。

 すぐに非常灯へ切り換わったが、設置間隔の広さで影のできる角度が多くなっている。

 外は日が沈みかけ、遠く聞こえるのはセミと『妹ゾンビ』のうめきだけ。

 それでもとりあえず、春梅は胸をなでおろして長いため息をつく。


「感染症状で死ぬことはなさそう、か……」


 自分のせいで感染者をふたり増やしてしまったばかりだった。

 ふと足が止まる。

 事故の状況は悪化を続けているように思えた。

 これ以上の深入りは危険すぎるとも感じる。

 しかしたった今、自分を安心させてくれた杏理華の放送は突然に途切れた。

 杏理華もまた苦しい状況かもしれない。


 試合でも部活練習でも、あと一歩で追いつけない苦汁を何度となく飲まされている相手だった。

 春梅はかつて、公式大会の決勝で杏理華に敗れたことで、親から投げ飛ばされるように独りで引っ越してきた。


『わたしは雪辱をはたすために来ました』


 そんな春梅に対し、杏理華はなにかと世話を焼こうとした。


『それでは、なおさら歓迎しなくては』


 杏理華は春梅を練習相手として使いたおしたが、それはおたがい様だった。

 そして春梅が武術鍛錬よりも苦悩した家事全般においては、いろいろと一方的に助けられてしまった。

 友人として尊敬し、心配する気持ちのほうが強い。

 下の階へ踏み出す。

 踏み出せば迷わない生きかたが身についている。



 三階もパラソル社の事務所で、二階はホテルの従業員室。いずれもかぎがかかっていた。

 一階に着くと外へのドアを見つけるが『非常口』と表示されているのに、この非常時に施錠せじょうされたままだった。

 ホテルの中央へ向かう通路には入れた。

 スーパーの裏側にあたり、搬入倉庫との間になる。

 店への出入り口もあったが、店内側に大きなカゴ台車が並んでふさがっていた。

 通路の行き止まりにある扉から騒ぎが聞こえる。鍵はかかっていない。


 そっと開けて様子を見ると、スーパー側に広いガラス窓が続き、店内では何人かの男子生徒がカゴ台車をバリケードがわりに配置している。

 入口前には女子生徒が数人、イスやモップで武装して店内と怒鳴りあっていた。


「包帯とか消毒液はすぐに必要なんだってば! 少しでいいから渡してよ!」


 客用入口の自動ドアは閉まったままで、その向こうではガラの悪そうな数人の男子が威圧いあつするように笑っている。


「オマエ、バカ!? 医療品なんか一番の貴重品だろ!? そんな簡単に渡せるかよ!? ここはオレらが守ったんだから、オレらが配りかたを決めるんだよ!」


 女子生徒の代表はモップで自動ドアをたたき割りはじめた。


「いいから、開けて!」


 男子生徒たちはドアを開けるが、モップを奪って突き倒す。


「ふざけんなてめえ!? 安全地帯を壊してオレらを危険にさらすなら、ゾンビと同じように……」


 さらにふり上げたモップへ、春梅が飛びこんでいた。

 腕で受け流しつつ、横っつらへひじをたたきこむ。


「せっかく、杏理華さんが放送してくれたのに……!」


 春梅の顔がくやしげにゆがむ。

 受け流した腕はなんともないが、こんな時に下劣げれつなふるまいをできる人間が直視にたえない。

 突然の乱入者に男子生徒たちも女子生徒たちも驚き、怪訝けげんな目で見る。


紫州田しすた高校二年、剣間春梅です!」


 暴漢への名乗りは礼儀などではなく、武術を用いた結果への責任も覚悟している表明だった。

 相手の男子はまだ何人もいて、工具で武装している。

 春梅は自分の技量では無謀だとわかっているが、暴力の優位だけでニヤついている顔があまりにおぞましい。

 金づちを加減なしにふるってきた……そんなことをできる人格が怖い。

 逃げたいが、そうして工具をよけられない女子生徒たちを残すほうが怖い。

 近い三人の男子は格闘経験者のように感じたが、自分よりは技量が劣る……そう見てとり、かいくぐって掌底しょうていであごを突き上げ、続けざまにもうふたりも一撃でしとめた。

 それでもふだんより、自分の体を重く感じる。

 神経は動きに集中したまま、思考では自身の不調と消耗を察していた。


「な……!?」


「すご……亜留田あるだ恵洲田えすだまで一撃!?」


 さらにもうひとりを蹴り倒すと、残りの男子は戦意を失っていた。

 ほかの女子生徒たちもイスなどで牽制けんせいし、加勢してくれていた。

 春梅はそのどちらも、運がよかっただけと考える。

 戦いを避けられなかった経緯も、ケガ人を多く出した結果も、恥ずべき未熟と自分に言い聞かせる。



 争っていた生徒たちは同じ学校で、店内に残っていたふたりの男子はもともと心苦しかったようで、すぐに女子たちへ協力しはじめた。

 店外にいた残りの男子たちも、ふてくされながらも仲間の拘束を止めようとはしない。


「やっと入れる……けど、ゾンビだけ通れないバリケードって、どう作ったらいいんだろ?」


「というか、この店って本当にたてこもって安全?」


 スーパーの扱いで女子たちが意見を交わす中、口をつぐんでいた春梅にも声がかけられる。


「あの、紫州田しすた高校さんも、なにか調達に来たならご自由に……というか何者? あの、よかったらわたしら銘鳴めいめい高校の……」


「あ、いえ、友達を探して急いでいますので」


 謎の格闘少女がぺこぺこ頭を下げてそそくさと逃げ去る姿は不思議そうに見送られた。



 館内通路をさらに北へ、中央ロビーの近くまで進むとシャッターの下りたコンビニ、そして土産グッズ店の裏口になる。

 その先のロビーホールへ近づくと「おにいちゃ~ん」コールがあちこちから聞こえた。

 観葉植物に身を隠して様子を見ると、レストランや外の広場は感染者が特に多い。

 見えるだけでも十数人。下手をすれば数十人に囲まれそうだった。

 向かいのフロントは無人で、ほかに放送施設のありそうな場所を思いつけない。


 館内の案内図を探していると、フロントの近くにある階段の地下から、多数の「おにいちゃ~ん」コールが近づいてくる。

 上り階段には大量のイスや机が詰まっていた。

 いったん引き返そうかと考えた背後の通路も、ゆるいカーブの先からうめき声が集まってくる。

 スーパーの裏口にいた生徒たちが戦っている気配もない。

 物資を運んで階上へもどっただけかもしれないが、感染者の大群が接近して撤退した可能性もある。

 とりあえず最も近い土産店の内部を探り、そっと裏口から忍びこんだ。


 店内は背の高い棚が多く、感染者の数も少なそうで、単調に同じ場所をうろついている。

 三つある出入り口のうち、ホール側はブラインドが閉められていて、屋外側の自動ドアは動作していない。

 じっと隠れていれば、やりすごせるかもしれない。しかし囲まれてしまう危険もあった。いざとなれば、どのように突破すべきか。

 春梅は考えてみようとしたが、自分の空腹に気がつく。

 ふだんならすでに下校して、帰宅まで待てなくてコンビニやファーストフード店へ飛びこんでいる時刻だった。

 スーパーでなにかもらっておけばよかったと思う。

 すぐに食べられる惣菜パンかお菓子か……と考えて、菓子類ならば土産品にも並んでいることに気がつく。

 外側の出入り口に近いコーナーにあり、客ゾンビの目をかいくぐっての奪取は危険そうだった。

 それでも今の自分にはストレスがたまっている自覚もある。

 こんな時だからこそ、空腹などで集中を乱さない配慮もばかにならない。

 とはいえ、こんな状況で土産品をこそこそ食べる算段を真剣にしている自分はどうにも情けないとも思う。

 そしてあらためて、独りでいる心細さが痛い。



 春梅は結局、カスタードまんじゅうの大箱を抱えて床に座り、次々と開封しながら複雑なため息をついた。

 街灯が照らす正面広場は日没と逆方向で、空はすでに紫より群青ぐんじょうに近い。

「おにいちゃ~ん」の声はいくらか減っていたが、消えてはくれない。

 人のことは言えないが、客ゾンビも居座り続けている。

 そんな状況で、店にひとつだけの非常灯が弱まってきた。


 館内にあるほかの非常灯はついていたので、たまたま故障かと思ったが、ロビーホールやレストランには複数ある非常灯も、明るさが異なっていた。

 ひとつはいつの間にか、豆電球のような暗さになっている。


「え? まだ停電して一時間くらいしか……?」


 春梅は非常灯だけはずっと点灯してくれるものだと思っていたので、しばらく思考が止まる。

 激突音が突如、裏の通路から響いた。

 ガラガラと突き崩す騒音が続き、春梅は身がまえる。

 近くの棚で武器に使えそうなものを探しはじめた時、女子の声が聞こえた。


「こんな派手に音をたてたら目立つだろ?」


「ん? それならついでだ……春梅さーん!? いませんかー!?」


 勝本栗也かつもとくりやの声がして驚いた。


「春梅さーん!?」


 安心して、力が抜けた。


「春梅さーん!?」


 そしてうれしかった。


「春梅さーん!?」


 恥ずかしくなってきた。


「おい、ゾンビを集めちまうから、もうやめろって」


 同行している女子の意見に、店内の春梅が大きくうなずく。

 レストランや広場にいる感染者たちをかなり呼んでしまったはずだった。

 せめて十二個入りのうち十個まで食べてしまった菓子箱を隠すまでは待ってほしい。

 真っ赤になっている顔も見られたくない。


「春梅さあああああん!?」


「こ、ここです! 無事ですから!?」


 栗也が絶叫しながら外へ出ようとしたので、飛び出すしかなかった。

 春梅がぎこちない笑顔で半泣きになっている理由は、本人もよくわからない。




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