第13話 おにいちゃんならすべてを受け入れて 上
勝本栗也と鬼島小桃が六階へ降りると、ゆるくカーブした廊下の先にちらほらと感染者らしき姿が見えた。
小桃はタオルで自分の顔を隠してフラフラ歩いてみたが、感染者はふりむいてしまう。
「くっそー、実験失敗か。感染者が感染者には興味を持たない法則がわからねえ……体臭とかも変わるのか?」
「でも少し反応がにぶいかも? もう行こう……ん?」
女子生徒のひとりが走ってくる。かなりの速度で。
「おにい……ちゃん!」
手足を激しく動かしているのに、首の向きは定まらない怪しいランニングフォーム。
「なんだよあのゾンビにあるまじき運動力は!?」
小桃は階段へ逃げるが、栗也は前へ出てかまえた。
「個体差があるみたいなんだよ。同じ部の女子も、蹴りはやけにしっかりしていた」
「酒癖みたいなもんか? あれは陸上部なのかな……ていうか逃げろよ!?」
栗也は腕にもう一枚タオルを巻き重ねて盾にかまえ、タックルのようなハグを受け流して押さえこむ。
館内は床がカーペットになっているが、それでも道場の畳に比べると硬く、骨折させないためには気をつかった。
両足をタオルでぞんざいに縛るだけで、すぐに階段へ向かう。
ほかの感染者も集まってきていた。
「あの勢いで転ばれるとちょっと怖かったから。特に階段は」
「むう。ゲームのゾンビと違って、ぶっ殺しちゃまずいどころか、ケガもさせたくないのがやっかいだよな……なに赤くなってんの?」
「なんでもない…………部活でも、寝技まで女子といっしょにやることは少ないんだよ」
栗也がすねたように小さくつけ足す。
補足するなら、たがいに厚い道着ではなく薄い夏服、しかも相手が短めのスカートでは、肌が触れてしまう面積と生々しさにかなりの差がある。
「あー。今の子、出ているとこ出ている感じだったから……っておい、そんなことで気を散らしてミスるなよ? ちょっと耐性つけておくか?」
小桃が胸を差し出すように突き出す。
「え……」
栗也がさらに赤くなって固まると、小桃も赤くなって胸を隠す。
「ごめん。そんな本気で見られるとこまる」
五階への階段にバリケードはなかったが、四階への階段は中途半端に埋まっていた。
そして五階の廊下は感染女子の数がやや多い。
特に小中学生が多く、なぜか体操着だけでなくスクール水着姿まで混じっている。
小桃が重なるベッドやソファーを乗り越える間にも、感染者は次々と群がってきた。
栗也は背後を守りながらも、階段という慣れない足場、相手を気にしての手加減、そして『感染した歯』という凶器の対応に苦戦する。
ひとり目の中学生を押さえて口へタオルをかませ、ふたり目の小学生はソファーの下敷きに抑え、三人目の高校生を……
「ごめん!」
束縛のために脱がせた服はジャージだが、それでも栗也には抵抗の強い作業だった。
ずり下げて余ったそでを結べば、おおざっぱな拘束になる。
しかし映画のゾンビと違い、半端な拘束は自力で脱出してしまう問題があった。
ひとり目が早くもタオルをはずしてしまい、一階上の陸上部らしき女子まで追って来ていた。
小桃に続いて栗也もソファーの山へ上がり、ベッドを持ち上げてまとめて押しつけるが「おにいちゃんのいじわる~う!」の合唱と共にまとめて押し返される。
「そこだけ協力とかやめてくれよ!?」
不安定な足場で何人も同時に相手では、鍛えた男子の腕力でも厳しい。
それでなくても薄着やスカートの女子が暴れたり床に転がると、栗也には直視が厳しくなりがちだった。
小桃は下の階に着いていたが、物陰から人影が迫る。
栗也が注意する前に気がついて向きなおったが、ふりあげた棍棒は途中で止まる。
「夏実……!?」
「も~う! どこに行ってたの~!?」
腕脚の細い小桃はボリュームのある夏実に押し倒され、かろうじて顔へ棍棒を押しつけて歯を遠ざける。
「ってコイツ、ふだんから頭悪そうなせいで区別つかねえ!?」
「なにそれ、ひど~い! おにいちゃんのバカ~!」
「やっぱり感染してやがったかー!? って、おにいちゃんくせえ男子ならそこに一匹いるだろうが!? なんでこっち来る!?」
「知り合いへの好感は多少なり残っているのかな?」
栗也は先に夏実の両足首を縛ったあとで引きはがしにかかる。
「いーやーあ! わたしはおにいちゃんと永遠にいっしょなのー!」
「あ、それヒロインのセリフか。よくおぼえていたな? でもアタシを相手にキスシーンの前ふりはやめろ」
小桃は押し倒されたまま、夏実の口をタオルでふさぐ。
「んぐ~う!?」
「暴れるなって。お前けっこう腕力ありやがるんだから……ほら、もう立たせろ」
小桃が夏実の頭をなでると、うれしそうに胸へ鼻先をうずめてくる。
「かむ以外は別に、ふだんと同じウザさだな?」
小桃は夏実にしがみつかれたまま、栗也に支えられて起き上がる。
「というか夏実さんはなぜか、動きがやたら良いような?」
「バレーボールでわりとガチに鍛えているせいか? あといつも『おにいちゃん欲し~』とか言ってたのも関係ある……のか?」
「妹になりたい願望?」
「誰でも多少なり『優しい年上の異性』は欲しいだろうけど、夏実は特に甘えたがりだから」
四階エレベーターホールの両側はパラソル社のドアでふさがれていて、ほかの感染者は見当たらない。
しかし上の階から感染女子の群れが障害物を越えつつあったので、下の階へ急ぐ。
三階も同じ構造で人の気配はなく、栗也は会社のドアが開かないことだけ確かめる。
「ん……えっ? ちょっ……」
小桃が急にあわてた声を出し、夏実にしがみつかれたまま女子トイレへ急ぐ。
三階中央の女子トイレは栗沙と真桑が隠れていた場所だったが、この時点ではすべての個室ドアが開いていた。
非常灯ひとつだけが照らし、小さな窓の外は日没が近い暗さになっている。
夏実を個室へ押し入れ、ドアが内開きだったため、上から個室いっぱいのソファーを詰め込んでつかえ棒にする強引な手法で閉じこめた。
「むぐ……んんん…………だ~し~て~! も~う!」
「ここだと逃げ場がないから、早く出たほうが……どうしたの?」
小桃は洗面台へ片ひざをのせ、太ももを洗っていた。
ひっかき傷から血がにじんでいる。
「夏実の爪、両手とも血がついていたんだ。アタシ以外も誰かをひっかいている!」
「唾液じゃなくても危ない?」
「ものによっては血のほうがやばい。乾きかたとか、前にひっかいた相手にもよるだろうけど。狂犬病とかでも、すぐに洗うとマシになるって聞くし…………おい、もしアタシが発症したら……」
「抱きつかれる前に縛って閉じこめるように善処する」
栗也の即答に小桃は少しまゆをしかめる。
「……うん。そう……まあ、少しくらいは殴ったりさわったりも許すから」
「でも小桃さんがあんな風になったら、抑えきれる自信ないけど」
夏実は個室でガスガスボスボスと元気に暴れ続けていた。
「おまっ……!? そこは男として守りきるとか言い張れよ!?」
「もしかして『妹ゾンビ』になりはじめている?」
「一般常識だバカヤロウ!」
小桃は顔を赤くしつつ、つかんだ栗也のえりからなかなか手を離さない。




