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第1話 血がつながっているだけで妹のつもり? 上


 月夜の砂浜に制服女子の大群が押し寄せる。

 多くは高校生の容姿だが、中には中学生や小学生らしき姿も混じる。

 足はふらつき、目はうつろで、悲しげにうめいていた。


「おにいちゃ~ん……待って~」


 たったひとりをめざし、包囲をじわじわとせばめる。

 追いつめられた小柄な少年はひざまで海につかり、青ざめていた。


「ぼくは年上が好きなのに!」


 背後の海面から、すらりと腕がのびる。

 少年をたぐりよせ、豊かな胸へ押しつけた女性は長身に切れ長の目。


「先生……!?」


「おにいちゃん、つ~かまえた」


 おとなびた美貌はほほえんで犬歯を見せ、少年の首筋へあてる。

 闇に絶叫が響いた。


「うわあああああ!? ありがとうございまーす!」


 少女たちも口々に叫ぶ。


「おにいちゃ~ん、わたしも~!」


「ひど~い。おにいちゃんにはわたしがいるのに~!」


「おにいちゃんのばか~!」


 少年の手足に次々と歯形がつけられる。

 騒ぎは少しずつ静まり、女教師も、少女たちも、ふらふらと砂浜へ引き返す。

 少年がふらふらと体を起こし、かすかにつぶやいた。


「どこにいるの……おにいちゃ~ん」



 * * *



 小柄な少年は十数時間前の早朝も、同じ砂浜を歩いていた。

 服装も同じ半袖の白ワイシャツに紫の紐ネクタイ、グレーの制服ズボン。

 その時にはまだ多くの学生が部活の練習にはげみ、文化系の部活も演奏やデッサン、あるいはただの散歩もふくめて、平和に海水浴場を楽しんでいた。

 制服や体操着は、様々な学校のデザインが混じっている。


 緑の豊かな『井網島いもうとう』は徒歩で一周しても半日とかからない、小さな孤島だった。

 砂浜は広く、海は遠浅で澄んでいる。

 少年の向かう先にはさらに小柄な少女がひとり、流木に腰かけ、島の地形を指で計測し、スマホにメモしていた。

 少年と同じ配色のスカート制服で、体格よりもサイズがやや大きい。


栗沙くりさちゃん、それって歴史研究会の調査?」


 寝ぼけたような二重まぶたがふりむく。


「ん。やっぱこの島、史跡のたぐいは地味だけどね。うさんくさい縁結びの神社だけ。ほぼ漁業のみの暮らし……そこにいきなりアレ」


 砂浜に沿った防砂林の向こうに、城壁のような巨大ビルが強引に突き立っていた。


「でもあのホテルは、過疎化の救い主らしいよ? 本格営業は来年からなのに、今もう修学旅行で数百人は集客できているみたいだし」


「こんな島でなにを学べとゆーのか……真桑まくわくんは科学部だっけ? とってつけたような研究課題の最中?」


「実質で帰宅部だから。顧問もやる気なくて、もう自由時間……で、栗也くりやくんはどのあたりにいるかわかる?」


「ん。おにいなら向こうでボコボコに……気になるからわたしも行く」


 もさもさした少女は方向を指さして立ち上がり、砂をはらう。


「スマホの電波が届いてないと、待ち合わせが悲惨に不便だよね」


 真桑進まくわすすむは相手が友人の妹であっても、女子とふたりきりでは緊張しがちだった。


「ん~。地図とかネット検索できないのも地味にきつい」


 勝本栗沙かつもとくりさは口調や表情まで寝ぼけたようにマイペースだった。



 海岸ぞいに茂みをまわりこむと、道着姿の少年が長身の少女に蹴り飛ばされていた。

 いちおうは組手練習になっていたが、実力差は明確で、ほぼ一方的に押しこまれている。


「古流柔術って、殴る蹴るもありなの?」


 真桑は見ているだけでも痛そうに顔をゆがめ、栗沙もあきれたように口を開ける。


「おにいによると、いまだに実戦殺人を重視した怪しい流派だってさ」


「部活教育には向かなそうだね?」


 見物客は多かった。


「きゃーあー! 春梅はるめさま、かっこいいー!」


「春梅おねえさま、ステキ~!」


 女子の声援はほとんどが長身少女のキリッと濃いまゆや、踊るストレートロングの黒髪へ向けられ、相手の少年はサンドバッグのように見向きもされない。


「おにい、悲惨だな~。双子ながら、よ~がんばる」


 栗沙は苦笑して、自分と似たクセ毛の少年を哀れむ。

 男子ではやや背が低く、向かい合う『春梅さま』こと剣間春梅けんまはるめとそれほど変わらない。

 筋肉はついているが、男性ならではの太さにはなっていない。

 妹に似た中性的な顔で、骨格がやや頑丈がんじょうそうな程度だった。

 しかし表情だけは不屈の真剣さをたたえている。

 何度となく倒されても、がむしゃらに起き上がってかまえなおした。

 そのふたりの間へ、優雅な足どりの少女が割って入る。


「春梅さん。そろそろ交代していただけませんか?」


 春梅よりさらに少し背が高く、栗也とほぼ同じだった。

 明るい色の長髪を豪勢に編み上げ、それに見劣りしない容姿と微笑。

 栗也と組手をはじめるなり、春梅と同じ数の有効打を半分の時間でたたきこんで地面へはわせる。

 そして準備ができたとばかりに春梅へ向きなおると、見物している男女からも『杏理華ありかさま』コールが盛り上がった。

 皆桐杏理華みなぎりありかの楽しげな様子に、剣間春梅はいっそう表情を引き締める。


 勝本栗也かつもとくりやひとり、はいずって試合場から離れ、寝転んだまま息を整える。

 手の届かないところへ置いてあったタオルを妹から手渡され、すねた顔を見せた。


「真桑に栗沙まで……笑いにきたのか?」


 腕と脚にいちおうの防具はついていたが、あちこち赤くれている。

 真桑は苦笑し、栗也より細い肩をすくめる。


「笑えない痛さに見えるけど。こんなガチで朝練しているの、柔術部くらいだよ?」


「男子はおにいだけ? もっとわんさかいなかった?」


「数日おきに半減して、一ヶ月でオレだけになった」


「お嬢様たちから殴る蹴るのごほうびは、おにいが独占か」


 栗沙の見せたガッツポーズを栗也は力無くひっぱたく。


「オレは強くなりたいだけで……校内最強の格闘系部活がどれかと聞いたら、みんなに断言されたんだよ」


「最強すぎたよね。女子が。どっかの格闘大会で優勝した『杏理華さま』と、それを追って引っ越してきた準優勝の『春梅さま』だもんね。顔と成績までよくて、おにいがどう太刀打ちすればいいのか、わたしもさっぱりわからんよ」


 いつの間にか、数人の男子も囲んで心配していた。


「それでも栗也のしぶとさはたいしたもんだぜ? オレは二週間しかもたなかったのに……オマエがそこまでひたむきなマゾブタとは思わなかったぜ」


「だからちがうって。というかそんな動機で二週間も続いた栄田えいだのほうがこわいよ」


 たぶん平和な風景だった。



 達人女子同士の組手練習は熾烈をきわめ、ドシガシと重い響きの応酬は声援すらのみこませる。


「春梅さん!? 杏理華さん!? なにをしているのですか!?」


 中断させた女性は砂浜でもスーツ姿で、足元だけサンダルだった。

 ふたりに見劣りしない長身で、切れ長の目をつり上げて見物客をにらみ散らす。


竹見たけみ先生? ご心配なく。この程度は私たちにとって遊びのようなものです」


 杏理華は余裕を見せて会釈えしゃくし、春梅は緊張して小さくうなずく。


「あなたたちがどう思っていても、まわりから見て真剣勝負なら、事情を知らない人たちを心配させるでしょう? 顧問も来ていないのに……」


 杏理華は目をふせて鼻で笑い、春梅はちぢこまって頭を下げる。


「先生。オレたち本当に危険なことはしていませんので……」


「おにい。逆効果」


 栗沙は兄を止めようとしたが、すでに竹見はふり返り、はいずるボロボロのサンドバッグ系男子を目撃していた。



 杏理華もしぶしぶと頭を下げるはめになる。


「朝食は他校のかたを驚かせない格好で来てください。いいですね?」


 竹見千鶴たけみちづるのおとなびた美貌びぼうが去り際にも厳しい視線を向けると、春梅と栗也はふたたびちぢこまる。

 真桑はプロポーションの良い女教師へこっそりガッツポーズをとり、栗沙にぺちんとひっぱたかれる。

 杏理華はまだ竹見にも聞こえかねない距離でケロリと明るい声を出した。


「そろそろ朝食ですね? せっかくですから、部員でごいっしょしませんか?」


 同じ道着の女子部員が数人、うれしそうに杏理華の汗をタオルでぬぐっている。

 春梅はぎこちなくうなずくと、となりの栗也へ視線を向けた。

 ようやく立ち上がっていたが、ふらふらと頼りなく、しかもどこからともなくわいた数人の男子が次々と肩を組んで追い討ちをかけている。


「栗也~? オレたち親友と別々にメシを食うなんて薄情はくじょうはできないよな? いやもちろん、部活の親睦しんぼくだってかけがえのない大事なものだから、ごいっしょすべきだよな? な?」


「こういう時だけ親友になるなよ栄田……に備井田びいだ椎田しいだ泥田でいだ伊居田いいだまで……」


 まだ増殖し続けていた。


「……というか、女子だけの話だろ?」


 栗也が栄田そのほか大勢をふりはらうと、目の前には杏理華がほほえんでいた。


「男子部員もぜひ。栗也さんには感謝しているのですよ?」


「え?」


「私と春梅さんはいつでも、練習相手の不足が悩みですから」


 春梅も無言で小さくうなずき、ほかの女子部員たちは自らの力不足に苦笑してうなだれる。


「私は家にも週一で講師を呼んでいますが、学校にもこれほど長持ちするサンドバッグがいてくださって、助かっています」


 春梅もうなずきかけて、あわてて首をふる。


「いくらなんでも、サンドバッグ呼ばわりは……」


 杏理華は悪びれることもなく、少しだけ首をかしげる。


「なにか問題が? 反撃できるならともかく、まだ受けきるだけでも安定していませんよ?」


 ほかの女子部員は黙認して苦笑をそむけ、栄田そのほか大勢の男子は華麗な暴君を称賛して何度もうなずく。

 栗也は慣れた様子で少しまゆをしかめるだけで、栗沙はかえって心配になった。


「むごい……おにい、やっぱ少しはマゾブタ趣味もあるんでないの?」




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