キ ヅ キ ナ ヨ
「だっ……誰だ」
俺は必死に叫ぶ。怖いのだ。得体のしれないそれが目の前にいるのだ。
もう冷静に落ち着いてなんかいられない。震える足で何度も転びそうになりながら必死に逃げた。入場ゲートとは違う方向に向かってしまったようだが、そんなことを気にする程の心の余裕が今の俺にはない。
ライトアップされた遊園地は明るく、不気味だ。俺とそれ以外に人の気配は一切ない。
二、三分走り続けただろうか。最近運動不足だった俺はもう息が上がってきた。急いで右手に見えた建物の陰に隠れる。
ここまで逃げ切れたならもう大丈夫だろう。辺りに気配は感じられない。
緊張の糸が切れた俺は周辺を調べてみることにした。脳内を先ほど「見てしまった」不気味なそれと『おかえり』という言葉が呑み込もうとするのを無理やり押さえつける。今は安全確保が第一なのだ。
どうやらここはジェットコースターの乗り場の建物らしい。真ん中に大きな階段がそびえ立っている。足元には大量の空のスプレー缶と煙草の吸い殻。壁に所狭しと描かれた落書きは街灯から差し込む光に部分的に照らされ、不思議と綺麗に感じた。
ちゃぽん……ちゃぽんと水音。雨水でも流れているのだろうか。静けさの中に響くその音は、まるで足音のようだ。
空気が重い。先ほどまでは、ただ逃げることだけを考えていたから何にも思わなかったが、落ち着いてみるとここもれっきとした廃墟なのだと気づく。できることなら早く家に帰りたい。もう夜だ、母も心配するだろう。取り敢えず母に電話してみるか。
ない。ない……ない。ないのだ。確かにポケットに入れていた筈の携帯がないのだ。逃げる途中で落としたのか……いや、そんな訳はない。俺は携帯を外で一回も使って……。あれ。俺って携帯持ってたんだっけ?
足首にひんやりとした感触。
声を出せない。
ケタケタと笑い声。
「イイカゲン、キヅキナヨ」




