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異能調査官 作者:まさし

1章 断ち切れない女

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1話

「それで、いったいいつまで待たせる気だ?」
古びたビルの一室で若者は、苛立ちを隠すことなく目の前に座る男へ話しかけた。話しかけられた男は若者を一瞥すると、まるで何事もなかったかのように、手に持つ書類へと視線を戻していった。
その態度にますます苛立ちを感じたのだろう。若者は、乱暴な手つきでテーブルの上にあるカップを手にすると、それを一度に飲み干した。

「教養がないとは悲しいことだな。香りを味わうということ知らないらしい。きみのような無礼者に飲まれるコーヒーに対して、私は同情の念を抱くよ。」

若者の態度に思うところがあったのか、男は手にしていた書類から眼をはなし、かけていたメガネをはずすと、若者をにらめつける。
男の年は60を超えたといったところか。毛髪はすべて白く染まっているが、その立ち振る舞いは洗練されており、衰えたと印象を感じさせない。しわひとつないスーツを着こなすその姿もあいまって、まるで英国紳士のような印象を受ける。

「そうかい。俺としては、こんな苦いものを客に振舞う奴のほうがよっぽど無礼だと思うよ。」

男の鋭い眼光を受ける若者は、そんなこと気にした様子はなく。手にしたカップを乱暴に戻し、テーブルの上に足を投げ出すと、悪びれずにそう答えた。
年のころは20歳なかばといったとこか、老紳士とは対照的に、しわが目立つくたびれたスーツを身につけただらしない印象を受ける若者だった。

「どうやら、君には難しい話だったようだな。認めよう。君のようなものにコーヒーを振舞った私が愚かであったことを。」

老紳士はあきれたかのようにそういったあと、テーブルのカップを手に取り、優雅な動作で口へと運んだ。

「そんな話はどうだっていいだろ?こっちだって暇じゃないんだ。人を呼び出しておいていつまで待たせるんだ?いい加減、俺を呼び出したわけを話してくれ。」
「そうだな、私としてもこれ以上、君と不愉快な時間を過ごすことは避けたい。」

我慢の限界に達しつつある若者に対して、老紳士は書類を差し出す。若者はそれをぞんざいに受けると書類に目を通し始めた。

「本日、名古屋市市内の繁華街で、路地に横たわる男を若い男女が発見した。彼らはすぐに警察へ通報し、駆けつけた警察官が確認したところ、首から上がなくなっている男を保護したとのことだ。」
「殺人ってことか…それで、その首なしの死体がどうかしたのか?」
「私の話をちゃんと聞いていたのかね?」
「どういうことだ?」

老紳士の質問の意図が理解できなかったのか、若い男は書類から顔を上げ、不思議そうに老紳士にたずねる。

「私は死体が発見されたなど言っていない。首のない男を保護したと言ったのだ。」

老紳士の発言を理解したのであろう、若者の顔には驚きの表情が浮かぶ。

「まさか、首がないのにそいつは生きているのか?」
「その通りだ。首の切断面からは失血が一切なく、脈拍も正常だ。念のため、医師が確認したが、首から上がないことを除けば、なんら異常はみられないそうだ。」

老紳士はそういった後、肩をすくめ、難儀なことだと呟いた。

「なるほど、そんな芸当、確かに異能者にしかできないな。」

平静さを取り戻した若者が自身が呼び出されたであろう理由に思い至り、納得した様子で呟く。

「君にしては理解が早いな、手間が省けて助かるよ。」

そんな若者に対し、すかさず水をさす老紳士。若者も少しむっとした様子だったが、いちいち取り合っていても時間の無駄だとわかっているのだろう。若者は気を取り直し、話を先に続けた。

「保護された男の身元については、調べはついたのか?」
「幸い、男には前科があったため、指紋から身元を特定することができた。男の名前は、景山直樹カゲヤマナオキ、27才独身、詐欺や恐喝といった小さな犯罪を繰り返すゴロツキだ。詳しいことは渡した資料の最後に記載されている。背後関係については現在調査中だが、おそらく何らかの組織に属することのない、素行不良の一般人と思われる。」
「詐欺、窃盗、恐喝…麻薬にも手を出していたのか、また、ずいぶんとくだらない男みたいだな。」

渡された資料を捲りながら、若者は自身の感想を述べる。

「君に言われては、さすがにその男も不服だろう。」

さすがに気分を害したのだろう、若者は老紳士をにらめつける。その鋭い視線を受けても、老紳士は動揺した様子はなく、平然とコーヒーを口にしていた。

「話を元に戻すぞ。それで、その首がない男が見つかったことに対して、俺は何をすればいいんだ?」
景山カゲヤマには同棲する女がいた。彼女は、景山カゲヤマの首のない体が発見されて以降、行方をくらましている。おそらく、彼女が今回の事件に関係があると見て間違いないだろう。」
「男に愛想をつかせて逃げただけじゃないか?本当に関係あるのか?」
「それを調べるのが君の役目という訳だ。理解してもらえたかな?」
「女の名前は?」
飯田香織イイダカオリ、20歳。ホステスとして働いていたようだ。」
「他には手がかりは?女の交遊関係は調べがついていないのか?」
「その点については現在調査中だ。突然の事態だ。事件の目撃者および報道機関への隠蔽工作、事件をもみ消すために関係各所への根回しなど、我々としても手を焼いていてね。それ以上の情報については、調査する余裕などなかったのだよ。」
「時間がありませんでしたってか、無能な奴の常套句だな。」

老紳士の言葉に、若者は額を手で覆い、あきれた様子で呟いた。

「まことに遺憾ながら、その通りだ。それで君に無能な我々の代わりに現地へ赴き調査をお願いしたいというわけだ。引き受けてもらえるかな?」

若者の辛らつな言葉にも、老紳士は堪えた様子もなく、そう切り出した。若者はテーブルの上に投げ出していた足を戻し、席に座りなおした後、手にした資料を真剣な表情で目を通す。資料を読み終わり、しばらく考え込む様子を見せた後、老紳士に対し返事を返した。

「断る。情報があまりにも不足している。右も左も分からぬまま飛びこむなんて自殺行為だ。ミイラ取りがミイラになるなんて俺はごめんだ。」
「なるほど、依頼を断るか。相変わらず、君は考えが浅いな。もう一度よく考えたまえ、我々への協力を拒むということは、君にとって不都合な結果を招くことにならないか?」
「あいつは関係ないだろ!」

老紳士の言葉に思い当たることがあったのか、若者は怒りをあらわにする。
若者は勢いよく立ち上がると、テーブル越しに老紳士へつかみかかった。

「まったく、落ち着きたまえ。いいかね、残念ながら我々は善意で彼女を助けているわけではないのだよ。君に利用価値を見出したからこそ、我々は彼女に対して手を差し伸べたのだ。その君が協力を断るというのならば、我々としても心苦しいが、彼女への支援を打ち切らねばなるまい。」

つかみかかれた老紳士は、若者の剣幕など意に返さず、冷静に若者に語りかける。
若者はしばらく老人をにらめつけたあと、しぶしぶ老紳士を解放する。そして観念したかのように両手を挙げた。

「わかったよ、俺の負けだ。あんたの言うとおりすればいいんだろ。」
「分かって貰えたようで、なによりだ。」

若者は不貞腐れたように答え席へ座りなおす。老紳士も若者につかまれ乱れた着衣を直し、姿勢を正した。

「とりあえず、君はこのまま名古屋へと赴き、飯田香織イイダカオリについて情報を収集してくれ。」
「対象を見つけた場合は?」
「我々に指示を仰いでくれ。話し合いができるようであれば、なるべく無傷で確保したい。貴重なサンプルだからな。」
「サンプルね…モルモットの間違いじゃないか。話が通じそうもない場合は?」
「そのときはきみの判断で行動してくれ。」
「好きに処分してかまわないってことか。気前がいいんだな。」
「君への信頼の証だと思ってくれてかまわない。だが、そうなった場合も、サンプルの扱いはなるべく丁重にお願いしたい。遺体の損傷が少ないほうが、こちらとしても助かるのでね。」
「あまりのうれしさに涙が出そうだよ。いつも通りの汚れ仕事か…分かったよ。」

若者はため息をついた後、椅子から立ち上がり、もう用はないとばかりに老紳士へ背を向ける。背を向ける若者に対し、老紳士は声を掛ける。

「女については情報が入り次第おって伝える。連絡は常に取れるようにしておけ。」

若者は分かったとばかりに背中越しに手を振ると、老紳士を残し、部屋を後にするのであった。
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