沈みし街と心
「うっ…いてぇ…」
頭が痛い。耳鳴りがする。ここは…どこだ?
「そうだ!クートさん!」
思い出した。確か、巨人を中心に地面が陥没したんだ。それに僕とクリアさんは巻き込まれて…
「クリアさん!」
立ち上がり、周囲を見回す。
どれだけの時が経ったのか、空は茜色に染まっていた。落ちた時に気絶してしまったらしい。また、陥没した理由は地下にあった牢が巨人の重みに耐えきれなかったみたいだ。僕が今いる場所は天井がなくなった地下の廊下で、崩れた天井の上で寝転がっていた。もし牢から逃げ遅れていたら、今頃は崩れた天井の下敷きになっていただろう。
「クリアさん!クートさん!」
クリアさんはすぐ見つけられた。近くでうつ伏せになって気を失っている。しかし…
「な…!冗談だろ…」
彼女の左腕が……………僕1人じゃどうしようもできないほど大きな瓦礫に挟まれ…押し潰れていた。あたりには圧迫された時に生じたのか…血が飛び散っている。水風船が裂けた、そんな感じだ。
「ウッ…オェ」
彼女に背を向け、僕は口から胃液だけを吐き出す。そして、俯いたときに自分のボロ服にも彼女の血が飛び散っていることに気がつく。
「う……うわぁぁぁぁあああ!」
恐怖に駆られ、着ていた服を脱ぎ、丸めて遠くに投げた。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
落ち着け…落ち着け…まずは確かめないと。
僕は冷たい夜風に上半身を晒しながら、ピクリとも動かない彼女に近づく。
「クリアさん…?」
恐る恐る血で濡れた彼女の鼻に手をやる。
「呼吸…してる」
生きていた。でも…だからこそどうする?
「腕は…切るしかないのか」
僕は自分で投げたボロ服を回収しに行く。途中、巨人族に踏みつぶされた軍人のものと思しき痕跡を見つけたが、見なかったことにした。そして別のものを見た。
茜色に染まる砂の街…至る所に転がる死体…倒壊した建物…多くを踏み潰した巨人の足跡…
「世紀末じゃないんだからさ…」
カカシも巨人も見当たらない。捕らえられていた味方を救出して撤退した…ということか?それとも近隣の街を今も破壊し続けているのか?
「また推測……」
自分がいかに物語の中心にいないかがわかる。この世界に来て、今のところは何においても蚊帳の外だ。尤も、だから生き残れたのかもしれない。魔族が消えた今、とりあえずは安全と見ていいはずだ。
「あった」
1段下がった地上を歩いてボロ服を手に取り、足早に戻る。
「まずは止血?」
医学知識なんて持ち合わせていない。けど…やらないと。
「せ~のっ!」
まずは瓦礫から彼女を遠ざける。潰された左腕はすでに切断されていた。出血量はわからない。地面にある血は左腕のものかもしれないし…。勇気を振り絞って断面を覗いてみる。グロいだけで…さっぱりわからなかったが、血が出ていることはわかった
「ウッ…吐かないぞ…絶対に」
僕はボロ服を広げ、程々の大きさの正方形になるように畳み直して、1枚の布となったボロ服で断面を直接押さえた。殺菌もしていない…臭い…そんなボロ服で血を止めようだなんて、僕もなかなか酷いことをする。代用品がないから仕方ないじゃないか、と言い訳を心の中に並べておく。
「止血って…圧迫する方がいいんだよな?」
ギュッと力強く押さえてみると、黄ばんだボロ服にジワッと赤色が生まれる。
「とりあえず…とりあえずは良し」
でも、外は冷えてきた。砂漠って夜は寒いんだっけか。どこか場所を移さないといけない。包帯になるようなものも探したい。
「どこかに…」
クリアさんの傷口を押さえながら首を伸ばしてもう1度周りを見る。すると、あることを思い出した。
そういえば…ここって、クリアさん曰く、王国軍の陣だったんだよな?だったら、医務室的なところもどこかにあるはずだ。「医務室」ってどこかに書いてある…
「僕、この世界の字が読めないんだったぁ…」
クリアさんをお姫様抱っこする。抱えると同時に傷口を押さえる。筋肉が衰えているせいか…華奢なクリアさんの身体がやけに重く感じる。
「寒い…火が上がっているところに行こう。暖が取れるはずだ」
僕は脱出時に使った階段を上る。元々は地上に出るための階段だったのに、今は空しく空を目指す階段となっていた。見晴らしの良い高台と化した階段の頂上からあたりを見渡す。すると…やはり荒廃したサンドウッドの街が広がっていた。街全体に地下空間があったらしく…街は地下へと沈んでいる。
「煙…煙…あった」
遠くの建物の窓から火の手が見えた。あそこに行けば火の確保はできる。燃やすものなら……たくさんありすぎて困るほどに…
「いかんな。生きることを考えよう」
暗くなる前に移動しないと。暗闇にいるのはもうごめんだ。
僕はクリアさんを抱え、崩壊した街に飛び込んだ。