生きる道
「こっちに行った方が近道なんです」
「そうなんですか。お願いします。ついでに状況とかも教えてくれると…」
「サンドウッドは魔王軍の奇襲を受けました。あのシシカは牢の奥に投獄された魔族の仲間を救い出すためだけにここに乗り込んできたようです。住人も自警団も避難を始めています」
味方の救出作戦だったのか。民兵も出払った今…攻め込むのも簡単らしい。
「しかし、いいんですか?囚人を逃がして?」
「囚人を魔族にアンデッドとして使わせるよりかはマシです。それに逃げ切れるのは一握りでしょう」
それって僕らも含まれているのか?
僕は地下の入り組んだ廊下を女性の指示で進んでいく。地上が近づいているのか、外から大きな音がたくさん聞こえる。火縄銃の銃声かな?日本にいた頃、名古屋城で実践してくれたところを見たことあるし…それと似た音が聞こえる。ついでに何かの唸り声も。
「これから僕らはどうしたら?」
「国際法上、一般市民には手出しができないですし…捕虜の待遇も条約で定められていますから…抵抗さえしなければ真っ当な扱いを受けられるはずです。投降することをおすすめします」
何だ。国際法なんてものがあるのか。じゃあ素直に捕まろう。死ぬよりかはマシだ。
「あなたは?」
「私ですか?私は王国に仕える身ですので、最後まで戦います」
「そうですか。ご武運を」
嫌になる。70年前にいるみたいだ。最後までって…
「正面の階段を上ってください」
「クートさん、あと少し」
光が見えた。どこか懐かしい…太陽の光だ。
「階段を上ると王国軍の陣に出ます。裏から可能な限り遠くに。捕まったら抵抗しないでください」
「わかりました」
階段前に到着する。日光の暖かさを足で感じ、上るにつれて全身で感じていく。
「出ます!」
日光に照らされて、初めて女性の顔を見る。青い髪の麗人だった。顔中泥まみれだが、それでも麗人と言えるのだから、きっと普通に美人なのだろう。
「お手伝い感謝します!え~っと…」
階段を上りながらお礼を述べ、名前も聞いておく。一応、命の恩人なのだから。下心があるわけじゃないぞ?…たぶん。
「クリアです。クリア・アリン。あなたは?」
「小暮……………いえ、トシ・コグレです」
あ、ちょっとカッコつけたかも。
「クリアさん、また会いましょう!」
「ええ、必ずや!」
久しぶりに乾いた砂を踏む。ついに地上に出たのだ。久しぶりの日光で目の前が真っ白になる。僕は空いている手で太陽を隠した。そしてまだ明るい地上の様子を見た。
「巨人族めぇぇぇぇぇぇええええええ!」
10m先に1人の男がいた。恰好からして軍人だろう。彼は悔しそうに斜め上を見上げ、火縄銃を見上げた先に向けていた。
「そんな…!」
3人4脚で今まで歩いて来たが、女性…クリアさんも立ち止まり、男が見上げている先を見て力の抜けた声を漏らす。僕は眩しすぎて上を見ることができないが、とてつもなく嫌な予感がしたのは確かだ。
「くそ…くそ…」
男は泣きながら引き金を引く。とても大きな銃声が乾いた大地に響き渡る。そして男は煙が昇る火縄銃を捨て…呆然と立ち尽くした。
「くそ…くそぉぉぉおおおおお!」
最後に男は膝から崩れ落ち、上を見たまま叫んだ。
ドン!
本当に最後に、だった。次の瞬間には男は消えていたのだ。そして、代わりに巨大な緑色の足が出現し、僕達を影が覆った。雲一つない晴天で、開けた場所にいたはずなのに…僕達は光を失った。
「きょ…巨人族がどうして…」
クリアさんが何を見たのか、僕は巨大な緑色の足を下から順に追った。脛があり、膝があり、巨大な布で隠された腿があり…へそがあって、乳首があって、首があって…
「50m…もっとか」
首が痛くなるまで見上げると…緑色の巨躯の正体がわかった。
「ありえない。どこから湧いたのよ…」
巨躯の正体はとにかくデカい緑色の人だった。たぶん男だ。僕らから見て左向きに立っているのだが、各所に毛が生えているので、男ではないだろうか。腰に布を巻いているだけで、上半身裸なのも気になる。しかも、かなりの筋肉質。腹筋なんてバッキバキに割れていた。そもそも足の大きさだけで10mはある。いろいろと規格外すぎる。
「逃げなきゃ…投降なんて通用しないんじゃ…」
僕はそう言うだけで、足が竦んで動けなかった。クリアさんの顔には何か諦めたようなものが見えた。
「もう…お終いなんだ…どうせ…どうせ…」
「クートさん!」
立ち竦んでしまった僕とクリアさんをよそに、クートさんはふらふらと巨人の方に歩き出した。
「よせ…ダメだ…クートさん!」
「戻ってきてください!危険です!」
僕達は声を上げるだけで、歩き続けるクートさんを止めることができなかった。
「クート!」
僕が叫ぶ。クートさんは巨人の正面に立ち、こちらに振り向いた。
「もう…」
巨大なつま先がクートさんに迫る。まるでスローモーションだった。クリアさんは目を見開き、両手で口を覆うと…クートさんを凝視する。
「ダメだ!」
僕はその時になって足が動いた。でも、クートさんに差し伸ばした手は空を掴む。
「お終いなんだ」
クートさんは最期に笑った。そして、つま先に蹴り上げられ…
「クート…さん…」
僕達は巨人と一緒に地下へと落ちた。