主人公はだ~れだ
「出してくれ!頼む!」
「こっちに来るなぁ!」
「シシカだ…!本当にシシカだ!」
「死にたくねぇ!やめろ!」
カカシ…っぽい魔族は僕に何もすることなく、ゆっくりと廊下を進んでいった。代わりに近隣囚人の皆さんが異常なまでに騒がしくなった。鉄格子を叩く音や叫び声が廊下中に響き渡る。この様子だと、見回りの兵士は逃げたか殺されたか…さっきの鎌を見る限り、後者の方が濃厚だ。でも、あんなに動きが遅いのに、どうやって人を殺すのだろうか。
「クートさん…クートさんってば!」
僕は牢の隅で丸くなったクートさんの肩をさすりながら、それとなく錆びた鉄格子を見る。仮にカカシが暴れても…牢の中が安全である保障が欲しかったのだ。
「もうダメだ…もうダメだ」
クートさんの怯え方は大げさなのかもしれない。過去に何か因縁があったのかもしれない。ひょっとしたらPTSDみたいなのを抱えているのかもしれない。しかしながら、近隣囚人の様子を聞く限り…魔族の存在感はかなり驚異的であることがわかる。そして今更ながら…
「異世界転移の方だったか」
RPGの世界にお邪魔しているらしい。魔族に怯える人々が王国に暮らし、魔王を頂点とする魔族の国が魔国として強勢を振るう。希望の光は勇者ってところか?
サンドウッドは国境に近い街。僕が見たのは勇者に続こうとした民兵組織。しかしサンドウッドの牢には魔族がいる。つまりサンドウッド内にはすでに魔王軍が侵攻している?勇者も民兵組織も敗北したということか?
今日は1日1回の食事が6回目を迎えた。その時には見回りの兵士も平然と食事を配っていたはず。カカシが現れたのは食後何分だ?もし、魔王軍がサンドウッドに攻め入ろうものなら、住人は見回りの兵士も含めて避難するはずだ。となると…サンドウッドは奇襲を受けた?
「やっぱり推測の域を抜けない」
思い出せ。中二病を患った時、僕が読んでいた異世界ものの内容を。確か主人公は平凡だった。でも異世界に来ることで特別な力を手に入れる…知恵と勇気で何でも切り抜けていたはずだ。僕にも何かあるかもしれない。
「死ぬ寸前での覚醒やメインヒロインの降臨…何もイベントが起きてないぞ」
最悪な牢生活を6日間もして、魔族に殺されるとかバッドエンドすぎるだろ。もっとほら……女神とか…いろいろと出てくるでしょ?主人公のご都合主義になるところだろ…!
「いかん…よくわからんことを考えた」
僕は邪念を捨て、クートさんから離れると、恐る恐る鉄格子に近づいてみる。
「おい…!やめろ!た…助けろぉぉ!」
カランカランカラン!
……鉄パイプが地面に落ちた音が聞こえたのは気のせいだろうか?
「ににににににに…逃げろ!」
「おい!なんでお前ら牢から出てんだよ!俺らも出せ!」
「冗談じゃねぇ。早く逃げねぇと!」
「おい待て!おい!」
しばらくすると、カカシが進んでいった方から数人の囚人達が廊下を走り抜けていく。まさか…カカシが切った鉄格子から脱出したということか。
「僕も出してください!」
走り抜けていく囚人に声をかけるが取り合ってもらえない。しかし、4人ずつ…着実に僕の目の前を走り抜けていく。これは一体どういうことかと耳を澄ましてみる。
「私がカギを持ってます!順々に開錠してますから待っていてください!」
野太い男達の声しか聞いていなかったから、女性の声はよく聞こえる。脱出した誰かが牢の鍵を入手してくれたみたいだ。いい人もいるもんだ。この牢に女性がいるなんて知らなかったけど。
「クートさん、脱出できそうですよ。さぁ立って」
「あ…あぁ…」
僕は前からクートさんの両脇に手を差し込み、全力で抱き起こす。筋肉量が減っているのを感じたが、クートさんを立ち上がらせることに成功した。後はクートさんに肩を貸し、脇を支えて鉄格子に向かう。
「早くしてくれ!」
「待って!落ち着いて!」
声が近くまで来た。多分、あと6部屋くらいまで来ている。
ガチャ…ガシャン!
「急げ!逃げろ!」
ガチャガチャ…ガシャン!
「俺らも続け!」
「こっちも早くしてくれ!」
ガチャガシャン!
「ありがとう!」
推測を誤ったか。今、隣の開錠を行っているみたいだ。
「クートさん、行きますよ」
ガチャガチャ……ガシャン!
「これで最後ですね!」
その声と共に目の前に現れたのは………
「兵士さんですか?」
見回りの兵士と同じ服を着た女性だった。つまりあれだ…牢の管理者側の人間だ。てっきり全員殺されたのかとばかり…
「すぐ開けますからね!」
女性は手慣れた様子で南京錠を外す。鉄格子の一部が扉となって開いた。
「クートさん、行きましょう!」
僕はクートさんと一緒に牢を出ようとするが、クートさんの足取りが重たい。このままでは逃げ遅れる。悪いことをして牢に入れられた囚人らしく、クートさんを残していくか?そんなの無理だ。
「すみません!手を貸してもらえませんか?この人、怯えて動けないみたいなんです!」
咄嗟に開錠してくれた女性に声をかけた。平和ボケした素晴らしい共生力だ。
「わかりました!反対側から支えます!」
女性も女性で僕の要求に素早く応じてくれた。さすがに囚人全員を解放しようとしただけのことはある。絶対に出世に向かない主人公気質の持ち主だ。
「出口まで案内します!」
あぁ、こんな人がメインヒロインだったら言うことなしなんだが…
「ありがとうございます!」