牢より来たりし物語
「どうしてこうなった!」
犯罪とは縁がなかったはずの僕、それが今、魔王軍の手先とか言われ…牢に入れられてしまった。入れられた根拠はたぶん…ビジネススーツを着ていたからなのではないだろうか?見たこともない装いに警戒してしまっただけだ。話せばわかる…はず。
「参ったなぁ…」
地下の悪臭漂う牢は三方を壁に囲われ、湿度が非常に高く…床に敷かれた藁はヌメヌメしている。錆びついているが丈夫な鉄格子は僕らを閉じ込め、面する廊下は狂人達の叫び声を響かせる。僕はビジネススーツ一式とトランクスまでも没収されると、着心地の悪い黄ばんだボロ服を着させられていて、衛生環境の悪いことこの上なかった。
「出せや!ごらぁぁぁぁぁああああああ!」
「黙れ!」
僕は鈍い打撃音を耳にしながら、入って左側の壁にもたれて座った。すると…正面にはこの牢の同室者を捉える形となる。その同室者は体育座りをしたまま、頭を壁につけ、天井をボーッと眺めていた。燃えるような赤色の髪を持った同い年くらいの男性で、結構なイケメン、大人しい系だな。攻めか受けかで言うと…十中八九受けだな。
「あの?初めまして」
とりあえず話しかけてみる。
「…?」
顔がこちらを向き、目が合った。しかし彼から返球がない。それでも首を傾げているのだから「何か?」とでも言っているのか。ならば、一方通行じゃないはず。
「え~っと…敏夫って言います。なんか大男に連れられて」
「……………………………………………………クート」
間が長い。でも、返ってきた。クートというのは名前だろう。
「クートさんはどうしてここに?」
「…………………………同じ理由」
「あ~、大男に?」
頷いた。では、あの大男は投獄することを仕事にしているということか。
「………………………大男、名前はゴッタス…………………伯爵家の御曹司」
あの大男が貴族?…ってか、意外とクートさんが話してくれる。この調子なら、この人から情報を聞き出せるかもしれないな。
「すみません、ここってどこですかね?」
「…?」
「あぁいえ、遠方から地図なしの旅をしておりまして…」
「……………ここは魔国と王国の国境に最も近い街…サンドウッド」
「なるほど。だから民兵とかいう人々が決起集会を開いていたのか」
それとなく呟いた言葉にクートさんの眉がピクリと動く。
「…………………それは本当?」
「へ?」
「…………………民兵が集まっていた?」
「えぇ、勇者?に続くみたいですよ?」
僕が見たことを言ってみると、クートさんは怯えた表情になり、頭を抱えて丸くなった。
「クートさん?」
「………………また大勢が死ぬ」
クートさんの肩が小刻みに震えた。やっぱりいつの時代にも、戦争に怯える人はいるものだ。
「辛いけど、戦争ですもんね…」
僕がそう言った途端だった。
「違うっ!」
さっきまでとは違い、クートさんはいきなり大声を上げた。
「ちょ…クートさん?」
「あいつらは僕らを殺しに来る!あれは戦争じゃない。虐殺だ!僕らはただの獲物にすぎない!勇者だって何人死んだ!もう嫌だ!助けて…!」
「落ち着いてください!どうしたんですか!」
何やらクートさんが錯乱状態になっていたので、慌てて駆け寄り、震える肩に手をやるも…
「触るな…!」
振り払われてしまう。聞きたいことがまだたくさんあるというのに、妙な地雷を踏んでしまった。
「クートさん…」
「もうダメだ…おしまいだ…」
その言葉を最後に、クートさんは丸くなったまま…何も話さなくなってしまった。