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◆あなたに一粒チョコレート◆  作者: 友崎沙咲
vol.1
1/6

エースは幼馴染

***


「春っ!春っ!私、今日は無理かもしんないっ!腕に力入んない」

「何言ってんのっ。社会の単位足りなくなっちゃうよ?これくらいの高さ、頑張ればいける!」


私は菜穂にそう言うなり、目一杯腕を振ってからスクバを放り投げた。


「オッケ!」


見事に私のスクバは弧を描いて塀の向こうへと消えていき、バサッと音だけが聞こえる。

私はそれを見届けた後、同じクラスの菜穂を振り返った。


「ほら、菜穂も早く」

「……分かった。けどそろそろ、もっと楽に入る方法考えようよ。毎回ここから入るのは体力的に辛いわ」


「なら髪をもっと暗い色にする?スカートも中途半端な長さにしてソックスも足首までの三つ折りだね。そうすれば、校門で待ち構えてる学年主任をクリア出来るわ」


学年主任はうるさい。

スカートの長さや髪の色に規定はないはずなのに、時々思い出したように校門に立っては生徒の服装や髪に文句をつける。


私と菜穂は特に眼をつけられているから、学年主任が校門にいるのを見ると、こうして野球部の練習場側の塀を乗り越えて校内に入るのだ。

さっきの私の言葉に、菜穂がゾッとしたように眉を寄せる。


「髪がこのアッシュブラウンじゃなくなったら私じゃないわ。三折りの靴下?!昭和でも無理」

「じゃあここから入るしかないっしょ!おりゃっ!」


私は道路の端から助走をつけると思いきり塀によじ登った。

壁の向こうは丁度野球のバックネットで死角。

職員室は本校舎だから、先生たちに見つかりにくいしね。


運悪く、何度か野球部の顧問に見つかったけど、今日は確か出張のはず。

私は塀の一番上に腰かけると、下を確認しながら学校内に飛び降りた。

よし、朝練が終ったのか野球部は誰もいない。

余鈴は鳴り終わったけど本鈴はまだだ。


「菜穂、早く」

「分かった。っよっ!……痛っ!」


塀の高さは多分二メートルくらい。

何とかよじ登り、着地した菜穂は僅かに顔を歪めたけど、どうやら無事みたいだ。


「さあ、行こ!社会始まる」

「うん」


その時、


「春?」


うわっ!


「瑛太!まだ朝練?!」


瑛太……浅田瑛太は私のお隣さんで幼馴染で、おまけに同じクラスだ。

ゆっくりと立ち上がった瑛太が、バックネット越しに私を見下ろして静かに続けた。


「道具片付け終わったとこ。今から急いで教室いく」

「そっか。私達も急ぐわ。じゃね!」

「おお」

「菜穂、行こ!」

「うん」


私たちは教室を目指し、バタバタと走った。


***


「あー、何とか間に合ったね」


1年D組である私と菜穂は本校舎だ。

それに瑛太も。

辛うじて一足先に教室に滑り込んだ私と菜穂をみて、社会の田中先生が苦笑する。


「川瀬春と安藤菜穂!もっと早く来いよ~」


私はテヘヘと笑い、田中先生を見た。


「ごめん、先生。次は頑張る」

「それからなあ、バレてるぞ?!塀よじ登って入るんじゃねぇよ!」

「はーい」


すると先生は出席簿から眼を上げて教室を見回し、首をかしげた。


「浅田は?おい浪川。お前も野球部だろ。アイツはまだ朝練か?」


浪川龍士が焦ったように私の隣の瑛太の席を振り返った。


「あー、えっと」


その時、


「遅れてすみません。着替えてました」


凛とした瑛太の声で、男子よりも早く、クラスの女子全員が教室の出入り口に眼をやる。


「おー、10分以内だから負けといてやる。早く席につけ」

「はい」


スクバを肩から下ろしながら私の隣に近付く瑛太を見ると、彼はチラリとこちらに視線を投げた。


「遅」

「部室に寄ってたんだ。着替えなきゃ汗臭い」


その時、カタンと小さな音を立てて席についた瑛太から、風にのって僅かに甘い香りがした。

……なに……?


反射的に眉を寄せ、瑛太の方向の空気を小さく嗅ぐ。

汗の臭いなんて全然しないけど、その代わり甘い香りがする。

瑛太から。

この甘い香りは……たとえるなら……バニラみたいだ。


「なに」


私を斜めに見た瑛太の瞳からは何も読み取れなくて、私は小さく別にと呟くと教科書に視線を落とした。


***


「ねえ、見て見て!」


昼休みに菜穂が、ウキウキしたようすでスマホの画面を私に向けた。


「んー?」

「これ、すっごい良くない?」

「なに?ピアス?」


画面いっぱいに写っているピアスは、凄くキラキラと輝いていて大きかった。


「これって、ダイヤ?高そうだけど」


私が驚きながらそう言うと、菜穂は首を横に振って笑った。


「ダイヤじゃなくてクリスタル。ほら、歌手のMAYAがCMしてるやつ」


菜穂は、アーティストのMAYAの大ファンだ。

MAYAのしているアクセは常にチェックしているし、服だって何着かは同じのを持っている。


「これね、そんなに高くないの。一万円くらい。だからね、バレンタインのチョコのお返しに、彼氏にねだろうかと思ってるんだ」


バレンタイン……。


「そ、そうなんだ」


菜穂の彼氏のヨシ君は近くの男子校の一年先輩で、何度か会ったことがあるけどかなりお洒落でカッコいい人だ。

女子力の高い菜穂と彼氏は凄くお似合いだし、私と違って菜穂は器用だ。


「今年はヨシと過ごす初めてのバレンタインデーなんだ。で、チョコ手作りするからさ、春も一緒に作ろ?」

「えっ!」


思わずギクリとする私に、菜穂はあからさまに嫌な顔をした。


「あのさ、春。そろそろ好きな人とか作りなよ。バレンタインデーまであと一ヶ月しかないよ?ほら、前にヨシの友達紹介したじゃん?あの人なんてどうよ?春のこと気に入ってるっぽかったし」


「あー、あの冬休みに一緒にカラオケした?」

「そ。三浦君。どうよ?」


どうもこうも、どんな顔だったか思い出せない。


「うーん」

「じゃあ、先週告白してきたA組の鮎川君は?」


鮎川君は……爽やかイケメンで、なんかこっちが気後れするわ。


「うーん。断っちゃったから今さら……ねぇ」


その時、


「おーい、浅田ー。野球部の先輩が呼んでるぞー。自主練の新メニューがどーとか」


出入り口付近にいた男子が机に突っ伏していた瑛太を呼んで、菜穂の言葉が途切れた。


「あー、サンキュー」


ムクッと身を起こした瑛太が髪をガシガシとかき上げながら席を立ち、私達に背を向けた。


「あ。なんか……分かった……」


わざとらしく菜穂が眼を細め、瑛太の後ろ姿を見つめるから、私は首をかしげた。


「分かったって、なに」

「春が恋しない理由」

「は?」


眉を寄せる私をチラリと見て、菜穂は廊下へと消えていく瑛太に再び視線を移して呟くように言った。


「春が恋できないのはさ、瑛太……浅田瑛太が身近すぎるせいなんじゃない?」

「瑛太?なにそれ」


私がますます眉間にシワを寄せると、菜穂は呆れたように溜め息をついた。


「浅田瑛太の人気を知らんのか、あんたは!」


瑛太の、人気?


「一年生ながらにあの恵まれた体格で、運動神経抜群じゃん?野球部ではエースで四番!さぞかし先輩達の反感買ってると思いきや気取ったり天狗になったりせず人一倍裏方の仕事もやるものだから可愛がられてるしね」


私はビックリして菜穂を見つめた。


「そうなの?!詳しいじゃん」

「そうよ!この間、職員室で野球部顧問の福井がサッカー部の顧問に自慢してたもん」


へえー……。

菜穂はまだ続ける。


「加えて整ったカッコいい顔。明るいけどチャラチャラしてないしね。それに浅田、人を真っ直ぐに見つめるじゃない?それに勘違いする女子が続出してるのよ」


……確かに私はよく、学年を問わず女子達に瑛太の事を尋ねられる。

誕生日とか、血液型とか、趣味とか。


瑛太がモテるのは分かるし理解もしている。

中学の頃から男女問わず人気者だったし。

高校入学してからグングン背が伸び始めて顔つきも男っぽくなり、輪をかけてキャーキャー言われるようにもなっていって。


この頃からあまり女子の前ではバカをやらなくなったけど、それが逆にカッコいいとかいうコが多くて。

でも。でもね。


「フッ」


私が思わずニヤリと笑うと、今度は菜穂が眉を寄せた。


「なに、不気味」


知らないって幸せよね。

みんなは知らないのよ、瑛太の保育園時代も幼稚園時代も、小学生時代もね。

そりゃあもう、ガキ大将のクセにすぐ泣くわ、夜は怖がってひとりで眠れないわ、やっと寝たと思ったらオネショの量はハンパないわで、ジャイアンのが断然マシだったんだから。


「ふ、ふふ……ふふ……」

「春、怖い」


私は何とか笑いを噛み殺しながら、大きく息をついて菜穂に告げた。


「とにかくね、瑛太は関係ない。私にしたら瑛太はただの幼馴染みだもん」

「でも今は、あ」

「あれ、瑛太。どしたの?」


昼休みの教室は騒がしいし話に夢中になっていたせいで、私達の横まで帰ってきていた瑛太に気付かなかった。

そんな私を瑛太は静かに見下ろしていたけど、やがてポツリと口を開いた。


「春。買い出し付き合って。マネージャーがインフルエンザなんだって」

「あ、うん。分かった」


私は瑛太からプリントを受け取るとそれに眼を通して再び顔を上げた。


「じゃあ帰ったら瑛太の部屋……あれ?」

「もういないわよ」

「早」


菜穂が後ろを振り返りながら腕を組んだ。


「浅田が今ムッとしてたの、気のせい?」

「朝練きつくて疲れてんじゃない?」


私はプリントを半分に折り畳むと机に突っ込んで、食べ終わったお弁当を片付けた。

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