5.彼の動機
ーー酷い耳鳴りがして。
ポケットの中にしまった右手がジクジクと痛む。
血塗れのナイフを一時保留、見なかった事にしてポケットに戻している時だ。
路地の奥から凄い勢いで走って来る何かに驚き手元が狂ってザックリとやってしまったのだ。痛い。
その後から酷い耳鳴りとそれに伴う頭痛、じわじわと血の滲み続けるそれに悩まされている。お約束的に毒でも塗ってあったのだろうか。
それはマズイ。
半分くらい意識も持って行かれてるのかもしれない。あ〜、くらくらする。
何処かで誰かが「ルドルフ」という名を呼んだ。ああ、よく見れば先程の何かはトナカイで彼の鼻は鮮やかな赤色をしていた。
彼ほど有名になったトナカイもいないだろう。
ぴかぴかの鼻は赤く光るのかランタンの様に灯るのか興味が尽きない。
……彼を見て込み上げる懐かしさは俺のモノではない。
俺によく似た声でジャックと名乗った彼は今にも泣き出してしまいそうだった。
「泣きたいなら泣けばいいのに」
「ん?何か言ったか?」
振り返るトナカイって可愛いんだな。
「いや、なんでもない」
正直、全くそれどころではなかったのだが。
泣きそうな幽霊を慰める方法なんて他に知らない。