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夏の攻防戦

お久しぶりです。

短編を書きました。

どうぞよろしくお願いします。

部室から出られなくなって、もう一時間以上経過していた。


そろそろクラスの友達が、先生が、誰かが心配して探してくれるのではないだろうかと思いながら、いつまでも外に出られないことに、相田草太は焦りを感じている。


「座ったら? 相田クン」


夏島響子は木製の硬い椅子に腰掛けて言った。片膝を腕で抱え、背もたれにこめかみをついている。透き通った瞳で草太を見つめてた。彼女は屈託なく、どこか諦めを感じさせる調子で言った。響子の端正で落ち着いた表情を見ていると、草太はドアを叩くのをやめざる得なかった。


草太は響子の脇を抜け、奥の窓を開けると、柵の隙間を覗いて人がいないか確認する。閉じ込められてから三回以上扉と窓を行ったり来たりしたが、授業が始まっているせいか、誰も通らない。


「なんだっていきなり扉が閉まるんだっ」


柵をつかむ草太の手に力が入る。


「さぁ、どうしてかしらねぇ」


響子は前髪を人差し指で掴み、チリチリと捻って言った。シャツはだらしなく第二ボタンまで開け、暑い暑いと気怠げに溜息をつく。草太は彼女の胸元から視線を外すと、赤くなった顔を手のひらで強く叩いた。


「君は外に出たくないのかよ。今体育の授業をやってないってことは、少なくともあと一時間はここから出られないってことになるじゃないか。それに今日は月曜日だから放課後の部活がないんだぞ」


「じゃあしばらく相田クンと二人っきりだね。見つかった時になんて言われるかな? しばらく変な噂されちゃいそー」


「へ、変な噂ってなんだよ」


正直、たまったものではない。


曰く、彼女と放課後にゲームセンターで遊んだ男子生徒の一家が一ヶ月後、北海道に転勤になった。


曰く、あろうことか彼女の家に遊びに行った男子生徒が家族ごと、一週間後にオーストラリアへ旅立った。


状況を考えるに、この様子が超影響力を持つであろう夏目家に伝われば、自分の家族は明日にはブラジルで暮らすことになるかもしれない。そう考えると、草太の背筋に寒気が走った。


響子は口元を手で軽く覆い、クスリと笑う。


「えー、色々あるじゃん? 相田クン、やらしー」


「『やらしー』ってなんだよ。別にそういうのないだろ」


「ないかもだけどさ。あるかもよ?」


ドキン、と草太の心臓が大きく跳ね上がった。


相変わらず響子は 椅子に座ったままで、じっと草太の様子をうかがっている。その目つきは刺さるように鋭く、かなり挑発的だった。彼女の唇を舐めるしぐさや髪を耳にかきあげる指先の運びが、どこか草太を誘惑する。


草太はグッと自分の胸に手を当て、シャツを握りしめた。


「閉じ込められてるっていうのに慌てないんだな、夏島さんは」


「出られないんじゃ仕方ないじゃない。だったら外に出るのは一旦忘れて、この際だから相田クンと私。お互いをもっと知り合うってことにしない?」


途端、響子は ゆらりと椅子から立ち上がった。彼女はブラウスの前をはだけさせ、草太に向かってゆっくりと近づいく。ピタリと彼の前で立ち止まり、固く握られた拳を優しく手に取った。彼女は草太の手のひらを自分の胸に置いた。


草太は、自らの手がどんどんと柔らかいスポンジに埋もれていく光景に驚愕した。脳の奥、頭の深部まで白が瞬時に広がる。草太は思わず手を振りほどいて飛び退くと、手と顔が焼けたように熱く感じて息が詰まらせた。


「お、お、お互いを知り合うだって? 同じクラスなんだから知ってて当たり前だろ!」


「ふふん、わかってるくせに」


響子はズイと草太に向かって顔を近づけた。


男子なら誰でも憧れる美少女が目前にいる。奇跡とも地獄とも思えるその状態に、とてもじゃないが草太の目線は定まらない。


「ねぇ、相田クン」


草太の目線は彼女の顔を見まいとクタクタと下がっていく。


肩、胸、腰つき、太もも。焦りがどんどん草太の視線を落とす。


「ちょっと、どこ見てるの?」


「や、見てない。どこも見てない」


「嘘。絶対下の方見てた」


響子はふふんと微笑すると、自身のスカートを草太にクイと摘ませた。草太の心臓の鼓動がドクドクと速く高鳴る。


「いいよ。見ても」


草太の耳元で囁かれる声がとても官能的だった。


スカートの裾を持つ手が彼女によってどんどんと持ち上げられていく光景に草太は唾を飲む。


途端。


「わー! やっぱ無理!」


押し寄せる緊張にたまらず響子を押しのけた草太は、開かない扉に向かって体当たりを仕掛けた。よろよろと情けなく怯んだ草太は泣きそうな顔を床に押し付け、自分の不甲斐なさを呪う。


「なにやってんの、相田クン」


「無理無理無理! 絶対無理! 百回生まれ変わってもありえない!」


「むー。そこまで拒否られるとちょっとムカつくな」


「ムカつくって。僕をからかってそんなに面白いのかよ……」


「からかってる訳じゃあないんだけど……よっと」


「よっと?」


草太が頭を上げようとしたその時、バサリと何かが彼の額にかぶさった。それが何か。タオルの柔和さでないことはすぐに思い立った。しかし出てこない。


生暖かくて甘い香りがとても心地良い。うっとりと眠くなるような、そんな肌触り。


草太は夢心地な気分で頭に乗ったブラジャーを取った。


「こ……ぶ」


「こんぶじゃないよ?」


「こここここ、ぶぶぶぶぶブラブラ、ブ」


「コブラブラブラってか! えい!」


「ひぁ」


草太は押し付けられる響子の肉体に小さく悲鳴を上げた。


首元にかかる響子の息が、草太の体を痙攣させる。


「まだ見せてあーげーないっ」


「見せるとか見せないとかじゃなくて当たってる! 当たってるから!! 柔らかいの当たってるってば!!!」


「あは。どう?」


「『どう』じゃない! 『どう』かしてるぞ君は! 『どう』にもこうにも一体何がしたいんだ!」


「えー、『どう』もしてないのにちょお酷くなーい? そんなんじゃ女の子にモテないよ、相田クン」


「モテなくていい! あ、いや。モテたいけど! いやいやそうじゃなくて、何が目的で僕に体をくっつけるんだ君は!」


「そ・れ・は・ね。君が私以外を選んではいけないように、ちゃあんと唾をつけておかないといけないからだよっ」


草太は響子の意図がどうしても頭に入らない。


その言葉を聞いても以前、夏島響子が自分をからかっているとしか思えなかった。


「つ、唾だって!?」


「なんていうのかしら? そう、マーキングってやつよ。印ね。自分のおもちゃに名前を書いておくように。はたまた冷蔵庫の中に大切に入れたプリンを誰かに食べられないようにするのと何も変わらないわ」


確かに、今の自分は彼女におもちゃにされている。その上、ぐるりと草太の体に手を巻きつかせた彼女が、首元で囁く様は蛇のよう。捕獲した獲物をぺろりといってしまう五秒前である。


「僕を食べるつもりか」


「『食べる』とは野蛮な表現だね、相田クン。正直あと一、二年置いておこうと思ったんだけど、ちょっと状況が変わってね。そこまで待っていてはやや遅い……どころか他に取られてしまいそうだから、いい機会なのでお先に頂いてしまうというわけなのよ」


「いい機会ってなんだ。こんな冴えない男を誰が取るっていうんだよ」


「冴えないなんてとんでもない。相田クン、使い魔としては抜群に優秀なんですもの」


途端、雷が地に落ちたような轟音とともに、獣の脚が扉をぶち破って侵入した。


やっと次の一言ひねり出せたのは、響子が草太を腕に抱え、体育館の中央に宙から着地してからだった。


「あ、ありがとう?」


「どういたしまして」


彼女は機械的に返答すると抱えた腕をあっさりと離し、草太を床に落とした。


草太は強打した尻をさすりながら見上げると響子は短い髪を右手でかき上げ、短く息をついた。


「全く、急いでる時に限ってどうしてこう邪魔が入るのかしらね」


彼女は草太の聞いたことのない言葉を唱え始める。呪文、というやつだろうか。空に切った人差し指の先から光が溢れ、文字となってその場に静止した。


「相田クン、ちょっと痛くするけど我慢してね」


「え、あ、はい」


不思議なことに、草太は不安と興奮が入り混じった心持ちだった。


じっと目を閉じて体に力を入れる。


途端、ギチリと何かが引きずり出される感覚に草太はたまらず絶叫した。例えるならそれは、心臓を麻酔なしで引き出されるような激痛。草太の悲鳴は野生獣の咆哮さながらだった。


「イッテェな、なにしやがる!!」


「うるさいわよ、もう痛くないでしょうが」


「なにをそんなわけ」


ないだろ、と言いかけて草太は気づく。


確かに響子の言う通り既に痛みはない。それどころか身体は軽く、まるで宙に浮いた感覚だった。


「いい気分でしょ?」


「そうだね。なんていうか、ふわふわした気分だよ」


「そう、いい気分なら問題ないわね。ちょっと、そんなに飛ばないでよ。手が届かないじゃない」


「ああ、ごめんごめ……ん?」


唐突に気づいた感覚に、草太は思わず閉口してしまう。


床がとても遠い。夏島響子と話す目線がずいぶん下だ。


「ね、聞いてる? 早く床に降りてきなさいよ。そのままだと相田クン、天井をすり抜けて空まで飛んでっちゃうわよ」


「え、今僕浮いてる?」


「だって体から魂が抜けてるんだもの。そりゃ体も浮くわよ」


「魂だって? 僕は死んだのか?」


「死んだとも死んでないとも言えるわ。いわゆる、幽体離脱ってやつよ」


「ゆ〜たいりだつぅ〜?」


信じられない事態が起こると、それがたとえ自分の身に起こっていることでも他人事のように思えてしまう。


草太は気の抜けた声で響子に聞き返すと、彼女は首が疲れたと言わんばかりに自分の肩に手を回した。


「危ない!」


響子の背中に襲いかかる影に気づいた草太は身を突き出すと体を大にして立ちふさがった。


刃物が目の前に迫り来る。草太は目を固くつぶった。


「草太」


ポツリと呟く女子の声がした。目を開けると、見知った幼馴染で後輩の女の子が、剣先を草太の喉元に向けているのが見て取れた。草太はじんわりと背中に汗をかいた気分で喉を鳴らす。


「や、やぁ、晶。昨日の夕飯ぶり……だな?」


草太の瞳に犬川晶の驚いた顔が映る。


華奢な体つきに、長い黒髪。紺色の短いスカートがふわりと揺れた。


「狼の使い魔が青い長剣に変わった。なるほど。犬川家の魔術師で間違いなさそうね。相田クンはこの『魔術師』と知り合いなの?」


そうだ、とはすぐに言えなかった。


学年で言えば、小学生に入る前から。今では同じ剣道部に所属していて、昨日彼女にボコボコにされたのを思い出して落ち込むくらい強い。昨日、犬川の屋敷で夕飯をご馳走になったことも明瞭に思い出せる。


無口で、どこか放っておけないような『普通の』女の子として知っている。


だから、自分の身よりも大きい長剣を肩に担ぎ、唸る巨大な狼を背にした彼女を、草太は知らない。


だからこそ、何の変哲もない学校の制服と、無骨で鋭い長剣がとてもアンバランスだった。


響子は振り返ると、自分を守る草太の姿に微笑した。


「相田クン、早速使い魔としていい仕事したわね」


「え、あ、いや」


草太はしどろもどろに返答した。


晶は尖った八重歯を噛み締め、ギロリと響子を睨む。


「草太を渡せ」


「嫌よ。相田クンは私のものだもの。それに、あなたには三鈷柄の利剣があるじゃない」


「断るというならば、この明吉祥で切り捨てる」


カチリと長剣が高音を鳴らした。


「晶お嬢様、気をつけなされ。夏島の魔術師は先先代のお館様を死に追いやった一族。油断してはなりません」


「わかってる。明吉祥、行くよ」


言うが早いか晶は響子の背後に回り込むと、彼女めがけて長剣を振り下ろした。


途端、自分の刀が何かに弾かれたことに晶は目を丸くする。


しかし瞬時に体勢を立て直し、さらに死角から刀を振り払う。


赤い火花が跳ねた。正面から自分の明吉祥を受け止める小さな刃に、身体が痺れるほど強い初力を感じ、瞬時に晶は飛び退いた。


「ちょっと、背が小さいからって武器まで小さくならなくてもいいじゃない、相田クン」


「そんなこと言われても」


「つまんない返事。スゲェとかヤッベェとか、そういうセリフは出てこないわけ?」


というより、驚くタイミングをなくしたというのが彼の本音だった。自分が小さなナイフとして響子の手の内に収まっていることにリアクションできない。


「もうどこから突っ込んでいいのかわからないくて」


「そう。じゃあの子を倒したら、ちゃあんと説明してあげる」


響子はナイフを顔先まで近づけると、刃を赤く尖った舌でチロリと舐め上げた。


草太はくすぐったい感覚に羞恥と快感を感じる。


晶は垂れそうな頭を意地で持ち上げた。それでも信じたくない事実に、震える体を抑えきれない。


「草太を」


晶は唇から血が流れるほど噛み締め、刀を握る拳にさらに力を込めた。彼女は叫ぶ。


「返せ!!」


瞬間、晶は猛スピードで駆け出した。弾かれたスーパーボールのように、周囲の壁を飛び交って刀を振るう。


けれど夏島響子は悠然と踊るように晶の剣を避け、平然と手にしたナイフで反撃をかけた。


子供のお遊びに付き合っている大人、というのに近い感じだと草太は悟った。


「明吉祥!」


晶の長剣が弾け飛ぶ。彼女はよそ見をした隙を突かれ、響子に蹴り飛ばされる。


地面に刺さった明吉祥が叫んだ。


「お嬢様! ご無事ですか!?」


「心配ない。少し油断しただけ」


がくりと膝から崩れた晶に向かって、明吉祥は大狗の姿となって彼女の前で唸りを上げる。


「お嬢様、ここは一旦引き上げましょう。夏島の魔術師は後でお館様と協力して倒せば良い」


「ダメだよ。それじゃ草太が本当に奴の使い魔になっちゃう。あいつに、魔術師の武器なんてやらせちゃ絶対ダメ」


「しかしそれではお嬢様の体がっ」


明吉祥は言い終わる前に姿を消した。紙となって響子の足元に落ちるのを晶はぼんやりと見つめた。


響子は狗型の青紙を踏みにじると、髪をかき上げて微笑した。


「何使い魔と呑気に雑談してんのよ。式神なんて道具じゃない。そんなのと仲良くして、甘ちゃんにも程があるわ」


晶の額から大量の汗が流れ、それが頬を伝ってポタリと地面に落ちた。


「そんな、明吉祥……明吉祥!」


彼女の頬から汗とともに涙が伝った。


草太は自分の体で他人を傷つけたことに、脳の奥が軋む思いをする。


「やめてくれ夏島さん。もういいだろう? 二人が戦うなんておかしいじゃないか」


草太の発言に響子はクスリと笑った。


「何言ってるのよ相田クン。私は魔術師で、この女も魔術師なのよ。もうそれだけで理由なんてお釣りがくるくらいあるわ」


「魔術師だからってそんな理由で戦うのかよ。一体魔術師ってなんなんだよ」


「魔術師っていうのね、その名の通り魔術を扱う職業で、神秘を成し遂げようとする者よ。そして、その魔術師が戦うのは縄張りを侵された時と、使い魔を奪う時。その二つだけ」


「使い魔を奪う?」


「使い魔は魔術師の魔力を増大させ、より大きな力を与える存在。その能力が高ければ高いほど、魔術は良質なものになるの」


草太には、それがどのくらい凄いことのか見当がつかない。


アドバイスをもらうのと変わらないのではないのか?


「その程度ならまだいいわよ。でもね、何十年、何百年と研究してきたものを奪われるのは我慢ならないわ」

つまり、長年の努力を力でねじ伏せられてしまうということらしい。


一生懸命作った原稿を、他人に見られて先日発表されてしまうようなものだ。


確かにそれはたまらない。


響子は晶を見下ろし、斬とナイフを振るう。しばし静寂が続いて、響子は呟いた。


「相田クン、どういうつもり?」


ナイフは宙で静止したまま、ピクリとも動かない。晶も顔をぽかんとして見上げたままだ。


左手も添えて上下前後に動かそうとするが、徒労に終わる。


「僕には、そんなことできない。人を殺すなんて。悪いこともしていないのに」


「そう、主である私に背くというのね」


「僕にだって意思はある。したくないことは、持ち主を裏切ってでもしないぞ」


「相田クンは私が死んでもいいんだ?」


「そんなことはさせない。僕が守る」


「ね、矛盾してない? それ」


「してないよ。人は殺さない。主は守る。武器として十分使える条件じゃないか」


晶は草太の言葉を聞いて目を丸くし、響子は唇を噛み締める。


「そんなの武器として意味ないわ。使い魔は道具。何も考えずに使役されればいいのよ!」


響子が叫び声を上げると、ナイフはふわりと霧散し、だんだんと人型となって晶のそばに立つ。


「そんな主とはいられないな。大丈夫かい、晶。さ、帰ろう」


「草太……」


「ちょっと相田クン! 何を勝手にっ」


「黙れよ猫かぶりの勘違い女」


響子は草太の暴言に言葉を失う。彼女の片足が無意識に後ろに下がった。


「使い魔を道具としか見ない傲慢な魔術師め。僕はそんな魔術師の言いなりになんかならない。ここから立ち去れ、でなければ」


草太は目を静かに閉じると光となり、晶の手の中に入り込む。


晶は右手に収まった光り輝く太刀に、驚き目を見開く。


「僕が相手だ。晶をこれ以上傷つけるというなら、僕は主を守るために戦うぞ!」


晶はゆらりと立ち上がり響子に向かって剣を構える。


殺気は先より強く、響子は息を飲む。だらりと頭から汗が流れた。


「草太、ありがとう」


「よせよ。先輩が後輩を守るのは当然のことだぜ」


晶はピクリと眉を動かした。すっと息を吸い込み、一気に吐き出す。


「草太、後で話がある」


「奇遇だな、僕も聞きたいことがいっぱいある」


響子は隙のない晶に対し、武器もなく。反撃はできない。


彼女は大きく舌打ちをしたかと思うと次の瞬間、背後に高く跳躍して姿を消した。


沈黙がその場に残る。晶はしばし構えたままでいたが、ついに緊張が解けると脱力して、その場に倒れこんだ。


全身からどっと汗が噴き出し、肺の奥から息が抜けていく。


「死ぬかと思った」


「そうだな。助かったよ晶。ありがとう」


「ん。別にいい」


草太は仰向けに寝転ぶと、晴天の青い空をまっすぐ見た。壮大な入道雲が視界に入る。


耳をすませば、小鳥がわずかにさえずるのが聞こえた。音もなく風が髪を優しく撫ぜる。


「ああ、外の空気っておいしいな」


草太は深呼吸をすると、自分の体がふんわり浮かんでいくのを感じた。


まるで魂が抜けているような、言葉にできない開放感。


「ちょっと、草太! そのままじゃ死んじゃう! 死んじゃうから早く元の体に戻ってよ!」


終わり

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