第九話 『幽霊寺の死闘』
ひんやりした物が私の顔に触れると同時に、ひんやりした言葉が背後から投げかけられた。
ゆっくり振り向くと、おっかない顔で私達を睨みつける手下その一、その二、その三が月光に照らされ鈍く光る刀をチラつかせていた。
これってまずい状況よね――あっという間に、私は人質になってしまったようだ。
「いやだねぇ、お兄さん方。あたいたちは親分さんに呼ばれて来た芸伎ですよ」
無理のあるウソだが、阿国さんの流し目を受けて落とせない男はいない。
「お、おう、そうだったな……ちょっと待ってな、中に通してやるよ」
――ほら落ちた。
私の首筋に刀を押し当てた男が、他の仲間に合図を出して障子を開けさせた。
「お頭、四匹の鼠を捕まえたがどうする?」
バレてるじゃん! 一瞬上手くいったと思ったけど――
「どこの世界に見廻り隊の羽織を着た芸妓がいるんだよ」
ごもっともでございます。
本堂から男たちが、ゾロゾロと手に手に得物を持ち近づいてきた。
「……てめぇら、一昨日宴会に乗り込んできた奴等じゃねぇか!」
そういった男は確かに一昨日一緒に飲んだ男で、名前は伴佐衛門とかいう抜き身の真剣の様な男だった。
「酒のいい匂いに釣られてやってくりゃ、あんたたちだったか――これも何かの縁、一緒にまた飲ませてくれよ」
バカ若が、誤魔化すように言葉を発する。
「おうおう、あの時の御仁たちかい。伴佐衛門~~一緒に、あっ! 飲も~~うじゃ、ないかぁ~~」
バカとバカは、何か引き合うものでもあるのだろうか?
この連中の頭も、相当の傾奇者でめんどくさい人物であった。
「何言ってんだ五右衛門よ。こいつら見廻り隊の回し者に違いないんだぞ。さっさとバラして逃げようぜ」
私の首筋に刀を突きつけている男が怒鳴るように叫ぶ。
「わかっているさぁ~~。こいつらに、飲ませるってぇ~~のは、あっ! 自分の血をたらふく飲ませてやるって、ことさぁ~~な!」
五右衛門の合図で男達は一斉に刀を抜いた。
どこまでも芝居じみた真似をする。
「こんなことになるなら槍を持参してくるんだったな郷舎さんよ」
「まったくだな、お主の神技を久しぶりに見れたというのに」
――え? バカ若と斯波さんが急に人が変わったような話し方をしている。
「阿国殿と帰蝶殿よ、すまないが自分の身は自分で守ってくれ」
別人のように話すバカ若にわたしの思考はついていけないでいた。
「そっちこそ、〈槍の山三郎〉の異名が噂倒れでおへんこと祈ってるわ」
「ちょっと阿国さん!? 私だけ事情がわからないんですけど?」
「ま、ここを切り抜けたら説明してあげるわ――よッ!」
私に刀を突きつけていた男の胸を、阿国さんの大太刀が鞘越しに突き飛ばす。
阿国さんの言うとおりだ。とにかく、ここを切り抜けなければ事情どころじゃないわね。
不名誉な人質状態から阿国さんに助け出された私に、刀を使う者が三人と鎖鎌を使う者が一人の構成の輩に取り囲まれていた。
すでに、他の人たちも敵と戦闘状態に入っていた。
とにかく私は、同時に襲わせないように立ち回る。この中で、鎖鎌を使う者が厄介だ。鎖鎌とは、草刈用の鎌の柄の後ろにおよそ五メートル程の鎖を繋ぎ、その鎖の先端に重さ一キロ程の分銅がついた遠近距離用武器である。さすがにこの武器を相手に、背後を取られるのは命取りだ。とにかく先に倒したいところだが、それは敵も分かっていて、そう簡単に間合いに入らせてくれない。
「ちょこまかちょこまか男がするんじゃないよ! それでもナニが付いとるのかい?」
阿国さんの大声が、刀と刀がぶつかる金属音や地面を擦る音など、戦いの喧騒に混じり夜の廃寺に響く。
気が付くと、私の視界に阿国さんが入っていた。
「なんだいその鎖鎌って、間違えて自分のナニを切り落とさないように気を付けなよ」
執拗なまでの挑発――阿国さんにしては珍しい……何かの意図があるようだ。
よく見ると、阿国さんの相手も私と似たような構成で、やはり鎖鎌の敵にてこずっているようだった。
――なるほど、そういことね阿国さん。
私が阿国さんの意図を理解して頷くと、不敵に笑い返してきた。
「そこでふんぞり返ってるキモ男! すぐに後悔させてあげるさかい、喧嘩売った相手が悪かった事をね!!」
さすが阿国さんだ。先ほどの私達の合図を誤魔化すように五右衛門を挑発してみせる。
「あいやぁ~、まっこと殺すにはおしいぃ~~おんなだッ、なぁ~~」
「あんたは殺しても惜しくないやつだよ」
阿国さんと私は、敵の攻撃をかわしつつ徐々にお互いの相手にしている鎖鎌使いを間合いに近づける。鎖鎌の男は自分の相手しか見ておらず、徐々に死へと近づいていることに気づいていなかった。
そして、お互いの鎖鎌使いを間合いに捕らえた。
「自分の相手ばかりに気をとられてるんじゃねぇ!」
伴佐衛門が、私達のやろうとしていることに気づいたが――一瞬遅かった。
伴佐衛門の声より速く、私達はお互いの鎖鎌使いの懐に入り、一刀両断の元斬り伏せた。それと同時にお互いの対峙していた敵を入れ替えた。
敵は標的を見失ったように右往左往する。私は手近にいた敵との間合いを一気につめると、一太刀で斬り伏せる。
阿国さんのほうも一人斬り伏せていた。
「何やってんだバカ野郎共!」
一瞬で四人がやられたことに伴佐衛門が叫んだことで、他の男達もこっちに気を取られた。その隙を逃さず、バカ若と斯波さんも一人ずつ倒した。
これで一気に流れがこちらに向いてきた。
「ヨッと、ようやく〈槍の山三郎〉のお手並みを見せることが出来るぜ」
そう言うとバカ若……いや、山三郎さん? が敵から奪い取った槍をしごきだす。
それでも、まだ相手は親玉を入れて十二人の盗賊が残っている。お頭の五右衛門の力は未知数だが、伴佐衛門と呼ばれている男の技量は相当のものであるのが分かる。一対一で、互角の勝負が出来るほど実力は拮抗しているのに、多数相手であの男を相手しないといけないとなるとかなりの覚悟が必要だろう。
「よう、五右衛門。お前はどっちをやる?」
「あっ、そうだなぁ~~、おいらはッ、極上の踊り子の女をぉ~~、頂くぜぇ~~」
イチイチ大袈裟な振り付けを付けながらしゃべる五右衛門は、阿国さんを指名してから鉄扇子を二振り懐からだした。
「あんた、いい女を喜ばせる術を心得ているんだろうね? あっけなくイかれたんじゃ悶々としちまうから、うんと頑張りなよ」
そういうと阿国さんは、自慢の大太刀を右手に持ち構える。その姿はまさに優美。
「本来ならサシで勝負したいところだが、時間もなさそうなんで三対一でやらせてもらうぜ」
伴佐衛門は仲間に合図を送り、私達に二人ずつ部下をつけた。そして、残りの仲間で山三郎と斯波さん? の相手をさせた。
「伴佐衛門~~、あっしにはッ、いらねぇ~~ぜぇ!」
「遊びたいのは俺も同じだが、いつ役人が来るか分かったもんじゃねぇんでな」
意外に状況を分析する伴佐衛門は相当できるようだ。
「前と後ろから、ゾクゾクするねぇ」
恍惚とした表情を浮かべる阿国さんを見ると、こっちが赤面してしまう。
「ねぇちゃん、余所見してると逝くぜ!」
振り向くと伴佐衛門が間合いにはいっていた――慌てて身をかわす。
伴佐衛門の凶刃を寸前のところでかわすことが、崩れた態勢を建て直し、間合いから離れることで精一杯だった。
「ただの小娘ではないようだな」
そういうと伴佐衛門は右手に刀を構え、左手を袖の中に隠した。
明らかに左手は陽動だろうが――しかし、左の袖に何か仕込んでいる可能性もあるので、否が応でも警戒しないといけなかった。
私達がそんな攻防をしている頃、山三郎さんと斯波さんはそれぞれ三人に囲まれ、苦戦しているようであった。
それでも山三郎さんの槍捌きは華麗で、力強く、優美であり、三人同時の攻撃も槍を背中で回し刀を弾き返していた。その所作と美しい顔立ちが相まって、まるで神に捧げる舞のようであった。
斯波さんも決して弱いわけではないのだろうが、ここにいる人たちが凄すぎて若干見劣りするが、見事な太刀捌きで、三人の男達につけ入る隙を与えなかった。
山三郎さんの槍に、三人がかりでも劣勢な様子を見て、斯波さんと対峙していた三人の男の一人が、山三郎さんの方へ加勢に行く。
三人がかりだと苦戦していた斯波さんだったが、一人抜けた隙を逃がさず反撃に転じた。
斯波さんは目の前の男に上段切りを繰り出す。男はそれを受けるが、弾き飛ばされる。それを見て、斯波さんの右側にいた男が仲間の援護に入るが、それを見越していたように男の太刀をかわして、ガラ空きとなった男の背中に、斯波さんの太刀が一閃して斬り伏せた。
山三郎さんを相手にするため途中で合流した男が、慌てて斯波さんの方へ戻ろうとした――その隙を見逃さず、山三郎さんの槍が男の背中を貫いた。
その僅かな勝負の綾で、形勢は山三郎さんと斯波さんに大きく傾いた。
阿国さんの方も激しい死闘が繰り広げられているとおもいきや、二人して踊っているようであった。
しかし、よくみると五右衛門は、踊るように鉄扇子を阿国さんに投げつけていた。その鉄扇子を阿国さんは舞うようにかわしていたので、二人で踊っているようにみえたようだ。しかも投げた鉄扇子は五右衛門のほうに戻り、それを曲芸師さながら掴むとまた投げつける。五右衛門は七つの鉄扇子を自由自在に操っているのだった。
しかし、阿国さんは何故鉄扇子をかわすだけなんだろう? あの大太刀なら打ち落とせそうなのだが……。
その理由はすぐに分かった。かわした一つの鉄扇子が大木にまっすぐ向かっていくと、そのまま突き刺さると思った瞬間、鉄扇子は大木をすり抜けた――と思ったのも束の間、大木は悲鳴のような轟音を出し、鉄扇子が通ったところから真っ二つに伐られ倒れたのだった。
あんなものをまともに受けては、いかに阿国さんの大太刀とはいえ、弾かれバランスを崩すか、酷ければ大太刀ごと真っ二つされそうな威力である。それが五右衛門の鉄扇子を受けない理由だろう。
「あッ! どうしたぁ~~、よけてばかりじゃぁ~~、わッしをイかせる事はぁ~~、できやぁ~~あッあッあッ、し~な~い~ぜぇ~~~~」
「あまりにも退屈な攻撃なんで踊って盛り上げただけだよ。他に凄いテクニックがないんなら、終いにしてイかせてあげるよ」
そういうと阿国さんの目付きが変わった。
次々襲い来る鉄扇子を下から突き上げ、七つ全てを空に舞い上げる――と、それが一点に纏まって落下して、阿国さんの足ものに折り重なる。それを踏みつけた着物の裾が開け色白の乳白色な細く長い太ももとふくらはぎが覗く。
「あいやぁ~、その手並み、その表情~、日本一の芸妓だなぁ~」
五右衛門のお世辞にまったく聴く耳を持たず、大太刀を担ぐと顎を上げ見下すように五右衛門を見る。
「……つまらない芸につまらない科白……。飽き飽きだねぇまったく……。死にな!」
言い終えると同時に阿国さんが斬りかかった――だろう……私でも一瞬捉えることが出来ないほど素早く、捉えた時には阿国さんの大太刀がうねり上げて五右衛門に襲い掛かっていた。
大太刀の閃光が五右衛門の身体をすり抜け真っ二つにした――ように見えたが、斬られたように見えたのは五右衛門の残像で、本体は阿国さんから離れていた。
「そうそう焦るもんじゃぁねぇ~~ぜ。じっくりとッ、かわいがらねぇ~~となぁあ~~いい女ってぇものはよぉ~~」
五右衛門は、両手の袖から二つの鉄扇子を閉じた状態で取り出し両手に握っていた。
「小娘、余所見ばかりしてるんじゃないぜ」
阿国さんの戦闘に気を取られていた私の隙を逃さず、伴佐衛門の太刀が襲い掛かってきた。咄嗟にその太刀を受けると、袖に隠していた左腕が、袖の中で動いたので慌てて伴佐衛門から離れる。が、何も仕掛けてこなかった。
何か仕掛けようとしていた? それとも囮? と考える暇もなく、背後から男の刃が襲いかかってくる。それをかわして、隙が出来た男に斬りかかるが、それを伴佐衛門の刀が弾く。弾かれはしたが、私はバランスを崩さず返す刀で伴佐衛門に斬りかかろうとしたが、またも袖に忍ばせている左腕が中で動く。咄嗟に刀を引くと、飛び道具に対応する動作をしたが、またしても何もせず、右手の刀で連続の突きを繰り出してきた。私はたまらず後方に飛んでかわす。
急がないといけないと言いながら、その実しっかり私をからかって遊んでいるわね。それにしても、あの左腕は厄介だわ……必要以上に警戒しなければいけないし、おそらく伴佐衛門も私の疲労を狙っているはず……何とかしなければ、このまま連中に絡め獲られそうだわ……。
伴佐衛門は、仲間に合図を送ると左右から同時に襲い掛かってきた。私を休ませないつもりのようだ――だったら待つだけの愚を冒さず、技量的に劣る右から来る男に向かっていく。
一撃で決める。
右側の男は、向かってくる私に防御の構えをとる。
時間稼ぎか。
――それならばーッ。
私は踏み込んだ右足を男の直前で踏みしめ、素早く身体を半回転させ背後に迫りつつある伴佐衛門に斬りかかった。
伴佐衛門は、まるで私の動きを見透かしたように笑顔を浮かべ待ち構えていた。ここで、躊躇して動きを止めると完全に挟み撃ちに合いやられるだけ、それならばそのまま伴佐衛門を狙うだけ! 奴は右手一本で刀を操っているのに対して、私は両手で刀を握り渾身の力で込め打ち込めば、伴佐衛門を斬れなくても刀を弾き飛ばすことは出来るはず。片手で刀を扱うには相手の刀を受けるのではなく流すのが目的で、まともに打ち合えば両手で刀を操る者の方が有利であるのは自明の理!
――弾き飛べぇ~ッ。と、強く念じながら刀を振り下ろした。
今まで左腕を袖に隠していた伴佐衛門だが、左腕を袖からを出すと両手で刀を握り私の刀を受けた。
「これで終わりだ小娘。やれぇー」
鬼が笑ったらこんな感じなのだろうと思わせる程、薄気味悪い笑顔を浮かべる伴佐衛門の顔を間近で見る私のすぐ背後で、男が刀を大きく振りかぶっていた。
<つづく>
――次回 第十話 『紅夜叉伝説再び』――




