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京の都の見廻り隊  作者: 葉月望
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第八話 『幽霊退治の始まり』

 そんなことを考えていたら、一人の芸能者げいのうもの風の若い男がバカ若に近づいてきた。斯波さんの件があったので、私は芸能者げいのうもの風の若い男を止めようとした。


 「ま、ま、ご心配めさるな」と、斯波さんが逆に私を止めた。


 「しかし、あんなことがあったばかりですよ、ここは用心しないと……」


 止める斯波さんを振り切って、芸能者げいのうもの風の若い男の元へ行こうとしたが、バカ若が笑顔で振り向く。


 「この者が良い店に案内してくれるそうじゃ!」


 バカ若は、嬉しそうに芸能者風の若い男の後に着いて行った。


 まて、まて、まて、あきらかに怪しいだろ! そんな得体の知れない男について行ってぼったくりな店だったらどうするのよ。


 「ちょっと青地様、得体の知れない者の案内で入るお店は危険ですよ」


 バカ若を止めようと袖を掴む。


 「この者は良い奴じゃぞ! わしのことを頭が良いと言ったのじゃ、人を見る目がある。そんな者の言うことじゃ、間違いがあるわけがない!!」


 露骨な嘘に騙されてるーーーー。


 ダメだ。バカ若に話しても埒がない――ここは斯波さんを説得するほうが……。


 「ほう、そんなに美人が揃っているのですか! それは垂涎すいぜんものの楽しみですなぁ」


 斯波さんも美人に釣られ、鼻の下を伸ばしてついて行く。


 ダメだこいつら――完全に丸め込まれている。


 私の言葉を聞かず、二人は芸能者風の男の後を嬉々としてついて行く――暫く歩くと芸能者風の男がお店の前で止まった。


 お店の作りは、いつも行っていた阿国さんのいるお店より数段格式が高そうだった。お店の中に入ると芸妓さんが玄関先でお出迎えしてくれた。


 はわわ……。もう、ぼられるというより普通に高いよここ……大丈夫なのかバカ若様~。


 私の心配をよそに、二人は芸妓たちに手を引かれ、足取り軽やかに二階へ飛ぶように上がっていく。


 もう、どうなっても知らないぞ私は!


 部屋に入いると更に驚くことに、三十畳はある部屋と十人の芸妓げいぎが三つ指立てて待ち構えていた。


 そして、芸妓げいぎたちに手を引かれ、上座へと案内されて座るが、私のような庶民にとっては落ち着かない雰囲気であった。


 バカ若と斯波さんは、左右に美しい芸妓をはべらしてご満悦まんえつな表情で酌を受けていた。


 「お美しいお侍さんも一献どうぞ」と私より綺麗な芸妓さんがお酒を勧めてきたが、勤務中だから、と断ると残念そうに微笑み、代わりに食事を勧めてくれた。


 いつもと勝手が違い過ぎて、落ち着かない気分で宴会を見守るしかなかった。





 ――宴もたけなわになった頃、このお店に案内した芸能者風の若い男が入ってきて、斯波さんに何やら耳打ちをすると二人で座敷から出て行った。


 何かあっては困ると、私が立ち上がるとバカ若が私の袖を強く引っ張る。


 「おう、生娘どこへいく?」


 「いえ、ちょっと……」ったく、生娘いうな!


 「なんだとぉ、そうだ、みんな聞いてやってくれ、この見廻り隊の女子おなごはまだ生娘なのじゃ!」


 囃子はやしの音や雑談の聞こえる部屋でも、それ以上に大きな声で宣伝するように叫ぶ。


 「な、な、な、何を言い出すんですか青地様!」


 顔から湯気が出るんじゃないかと思うほど熱気を感じる私の元へ、興味を持った芸妓たちが集まってきた。


 「ええ~、まだ知らないんだお侍様」


 「あんな気持ち良い事知らないなんてかわいそう」


 芸妓たちが恥ずかしいことを遠慮なく言ってくるので、私が照れて俯くと更に面白がって、どんどん卑猥ひわいな言葉を浴びせかけてきた。


 「どれ、わしがひとつ手ほどきしてやろうかな」


 舌なめずりしながら、泥酔しきった濁った眼で私に近づいてくるバカ若に、思わず刀を抜きバカ若の鼻先におもいっきりつきたててやった。


 「ハハ……、じょ、冗談だよ、帰蝶ちゃん……」


 正気に戻ったバカ若が苦笑いを浮かべると、一斉に芸妓たちが笑い出した。


 まったく、冗談にもほどがあるわ……。


 そんなやりとりをしていると、斯波さんが戻ってきた。そして、バカ若に耳打ちする。


 「では、今日はこれでお開きにするか」


 斯波さんの耳打ちで、急に宴会を終了させたバカ若に驚いた。


 一体何があったんだろう? お開きにするにはいつもより早すぎる。それに斯波さんがあの若い男と話して戻ってきてから急な展開だし……何かあるわね。


 お店を出るまで芸妓たちとの別れを惜しむバカ若と斯波さんだったが、一切私に説明をしてくれないままだった。


 芸妓たちに見送られてお店を出たが、支払いを済ませた雰囲気もないバカ若たちは、いつになく陽気に祇園の町を歩く。


 「帰蝶殿、今宵こよいの護衛はここまででいいので、先にお帰りください」


 斯波さんの突然の申し出に何かあると確信した。そうだと分かるとこのまま帰るわけにはいかない。


 「いえ、私は青地様の護衛が任務です。宿舎に戻るまでお供させていただきます!」


 絶対に引き下がらない覚悟で言い放つ。


 「いやいや、まだお若い帰蝶殿を毎日明け方まで連れ回すのには忍びないです。祇園の町にも慣れましたので、ご安心下さい」


 どうしても私を帰らそうとする斯波さんに、なおも食い下がる。


 ――祇園の町の大通りで、そんなやりとりをしばらく斯波さんと繰り返していた。


 「一蓮托生いちれんたくしょう――いいではないか斯波、生娘も一緒で!」


 「しかし…………若がそう言うのであれば……」しぶしぶ承知してくれた斯波さん。


 そして、バカ若たちはずんずんと歩いていく。まるで行く場所が定まっているような確かな足取りだった。


 二人の後ろを歩きながら、私がいることで、計画が露呈ろていすることを恐れた二人が旅館に戻ったらどうしようかと思った。それなら、あの時帰るふりをして二人の後をこっそり尾行したほうが、何かを企てているかはっきりしたかもしれないと――いや、今からでも遅くないかもしれない。それとなく自然に「あっ、急用を思い出したので私帰りますね」と、言って抜ければいい。


 よし! その手で行こう。


 それとなく自然に、自然にと……。


 「……あ、あのぉ――」


 私が口を開くと、暗闇から人が現れた。


 「――遅かったじゃない二人とも――あっ!? やっぱり付いて来たんやね帰蝶!」


 暗闇から姿を現したのは、大太刀『数珠丸』をぶら下げた阿国さんだった。


 「ど、ど、どういうことですか、これは??」


 「まぁ、まぁ、百聞は一見にしかず。黙って付いて来なさい」


 あきらかに混乱気味の私をよそに、阿国さんはニコニコ笑いながら、相変わらず有無も言わせず強引に引っ張る。


 そんな阿国さんに私も従っていってしまう。もう、習慣となってしまったようだ。


 でも、阿国さんはバカ若たちが来ることを分かっていたような口ぶりだった。


 バカ若たちと阿国さん……どういった繋がりがあるのだろう?


 ――祇園の町を抜け、人通りの少ない通りを黙々と歩く不思議な組み合わせの四人組。暫く歩いて行くと、見覚えのある場所にでてきて肝を冷やした。


 「……ちょっと、阿国さんこの道って例の場所に行く道じゃ?」


 先頭を歩く阿国さんに早足で近づき、そっと耳打ちする。


 「さすが見廻り隊隊士やねぇ。そやよ、今から幽霊退治さ」


 いやあああああ、無理無理無理! 昼間でもあれだけ怖かったのに、夜なんてもっとやばいわよ。


 阿国さんの暴走を止めようとしたが、時すでに遅く、冷気の固まりのような幽霊寺が、今にも私を飲み込みそうな雰囲気で目の前に出現した。


 「ちょ、ちょ、ちょっと、やめておきましょうよ~~阿国さん……青地様、ここは幽霊が出るお寺ですよ」


 完全に腰のひけている私を、これまた完全に無視して幽霊寺を睨むように三人が立っていた。


 「やつらは、確かにいるんだろうな?」


 「間違いないわ。あたいの情報網をみくびらないでよ」


 得意げに話す阿国さん。


 「昼間に私が見たんだから間違いなくこの廃寺には幽霊がいますから帰りましょう」


 一気にまくし立てるが、まるで私が見えていないかのように幽霊寺を見つめる三人。


 なんなのよ一体? 幽霊にでも憑りつかれているのかしら?


 「じゃあ、行くわよ」と阿国さんが先頭を切って廃寺のボロボロの門をくぐる。


 「見廻り隊を待たなくていいのか?」


 いつになく慎重な顔つきで、斯波さんが阿国さんに問いただす。


 いやいや、幽霊退治は見廻り隊の管轄外ですからね。


 「ええの、あないな連中が来たところで、邪魔になって逃げられるだけさかい」


 見廻り隊の事を馬鹿にされ反射的に阿国さんを睨んでしまったが、そんな私の視線をサラリと受け流す。


 「それもそうだな、行くか!!」とバカ若も阿国さんに続いて門をくぐる。


 おい、バカ若、何を納得しているんだ。


 心でツッコんでいる間に、阿国さんとバカ若と斯波さんは門をくぐり、幽霊のいる本堂に向かって歩いて行く。


 怖かったが、私は護衛という任務があるので、慌ててバカ若たちについて行った。


 小走りで走っていた私の顔に、阿国さんの色気のあるおこうの薫りと柔らかな背中の感触が当たる。


 どうやら先頭を歩いていた阿国さんが右腕を水平に上げ、止まれの合図を出したようだ。


 バカ若たちが怪訝けげんな顔で見ると、阿国さんは地面を指し示す。


 私たちは指示された地面を見たが、いたって普通の地面にみえた。一体何があるのだろうとよく眼を凝らしてみると、しっかり見ないと分からないほどの細い紐が一本、門の間を通っていた。そして、その紐の先は本堂まで続いているようであった。


 これって、この廃寺に侵入者があった場合、それを中の人間に知らせるための仕掛けではないだろうか!? 幽霊だったらそんな仕掛けが必要なわけがない。どうやら阿国さんたちは、この廃寺には幽霊ではなく人がいる事を知っていたようだ。


 しかし、一体何者? それに阿国さんたちの目的は?


 そんなことに思いを巡らしている間にも、阿国さんたちは仕掛けの紐をかわして本堂に近づく。


 とにかく、この目で確かめようと私も後をついて行く。


 本堂にゆっくり忍び寄ると、隙間から僅かの明かりがこぼれ、人の笑い声も聞こえてきた。


 疑惑は確信へと変わった。私達はお互いの顔を見て、本堂の中の人に気取られないようにゆっくり本堂の入り口付近に近づき、破れた障子から中の様子を窺う。


 本堂の中では、六脚の燭台しょくだい蝋燭ろうそくがゆらゆらと輝き、おそらく二十人前後はいるだろう一癖も二癖もありそうな男達が、酒盛りをしながら賭博行為を行っていた。


 その中に、見覚えのある男達がいた。バカ若と阿国さんが初めて出会った宴会場で、一緒に騒いだ男達のかしらで、確か石川五右衛門とかいうめんどくさい男とその仲間数人であった。


 「阿国さん、これは一体どういうことなんですか?」


 私は小声で近くにいる阿国さんに問いただす。


 「あら? あんたにまだ言ってなかったかいな?」


 「聞いてませんよ!」


 「あいつらが京の町を荒らしまわっとる盗賊団だよ」


 とんでもない事をしれっと言い放つ阿国さんに、私は思わず大声でツッコミそうになったが、寸前のところで阿国さんに口を塞がれた。


 「どうして、知っていたなら早く教えてくれなかったんですか!!」


 「あたいは、ずっとここに連れて来ようとしたんやけど、あんたが断っとったんやないかいな」


 まったく悪びれた様子もなく飄々《ひょうひょう》と言う。


 「そ、そうだけど……盗賊団だって言ってくれれば私だって……」


 「正直に話しても、今のあんたはあたいの言うことを信じなかったさ。それより話は後、あいつら一人も逃がすんじゃないよ紅夜叉!」


 「――逃がさないのはお前達のほうだぜ」




                                           <つづく>



   ――次回 第九話 『幽霊寺の死闘』――

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