第七話 『幽霊寺』
――お昼過ぎ、今日こそ警護の任を解任してもらい、盗賊団の取り締まりに入れてもらえるよう東郷隊長に言うわ。
そう決心をして、布団を片付け、食事を済まし、顔を洗って気合を入れる。
家を出る前に父の部屋を覗くとそこに父の姿はなく、戻ってきた形跡もなかったので、おそらく遅くまで盗賊団を追いかけていたので、見廻り隊の詰め所に泊まったのだろう。
不謹慎にも盗賊団が捕まっていないことを祈りつつ家を出た。
――見廻り隊の詰所は、おっさん臭が辺り一面に篭り、大勢の見廻り隊士が思い思いに雑魚寝していた。
この様子だと、また盗賊団には逃げられたようね……。と内心で喜びつつ、雑魚寝している隊士の合間を縫うように歩き隊長を探す。
鼻がもげそうになる悪臭の中を彷徨いながら、中庭に面する縁側に辿り着くと、一人うな垂れるように座っている隊長を見つけた。
なにやら考え事をしているようで、話しかけにくい雰囲気だったが、ここで気後れするわけにはいかない! なによりこの悪臭の中、いつまでも待っていられなかった。
「あ、あの、東郷隊長、お疲れのところをすみませんが、お話したいことがあります」
朝の勢いを思い出し隊長に声をかける。
「…………あっ! おはよう帰蝶」
私の声にゆっくり振り向く。
見廻り隊の隊長とは思えないほど線が細く、頼りなさそうに見え、性格も女性のようで細かい気配りができて、剣を振るうより事務仕事に向いているそんな雰囲気の人である。
そんな隊長だが剣の腕は素晴らしく、三十代で新陰流の免許皆伝を取得しているほどなのだが、全然そんな風には見えない。
「おはよう、帰蝶。昨日はもう少しというところまで賊を追い詰めたんだが、やつら相当に実践慣れしている盗賊だよ。数十人で取り囲んだ囲みを容易に突破して見せたんだ、隊にかなりの被害がでてね……。で、話って?」
やつれた顔で、無理に微笑む隊長を見ると、とても配置転換を言い出せる雰囲気ではなかったが……。
「……あの~、実は……配置換えのお願いに来ました――負傷者も増え、人手が足りないはずです。青地様の護衛の任務はどなたか軽症の方に代わっていただき、私を盗賊団取締り隊にお加えください!」
「……う~ん」と空を見上げながら考えている様子の隊長。
「ダメだね」
じっくり間を置き、笑顔で断られた。
「な、なぜです!? 私だって夜遅くの仕事にも耐えて見せます。だからお願いします私にもチャンスを下さい隊長!」
この機会を逃さないように隊長に食い下がる。
「……帰蝶はどうして、盗賊団取り締り隊に志願するんだい?」
「ど、どうしてって……、そりゃ、京の治安を護りたいからです!」
――な、何かを試す質問なの? 隊長の真意が読めず困惑する。
「京の町を護るのは、なにも盗賊団を取り締るだけではないんだよ。要人の護衛も立派な京の町の警備にもなるんだから」
「そ、そんな、私はもっと積極的に京の町を護りたいんです!」
「今の君が、盗賊団の取り締り隊に入っても怪我をするだけで得るものはない。もっといろんなものを見て回るほうが今の君には必要だよ」
それ以上は聞かないよ。とばかりに右腕を上げ、私の次の言葉を封じた。
今の私では怪我をするって、どういうことなんだろう?
――なんか態良くあしらわれたような格好で見廻り隊詰め所を出て、バカ若が宿泊している宿に足を向けた。
しばらく隊長の言葉の意味を探ってみたが――まったく理解できず、ブツクサ文句を言いながら歩いていると、通りの反対側を歩いている斯波さんを見かけた。
また一人で出歩いて……何処に向っているんだろう?
疑問が好奇心に変わるまでに、そう時間はかからなかった。さっそく斯波さんの尾行を開始する。
――斯波さんは京の町をキョロキョロと見渡しているだけで、どこかに入ろうとしている様子はなかった。まるで、下見をしているようにも思えた。
そう思うと、私の中で一つの疑惑が思い浮かんだ。
――斯波さんと盗賊団は、何か関係あるのだろうか?
その考えが浮かぶと、全てが合点がいくように思えた。
昨日斯波さんが一人宿屋を出た日の夜に盗賊団が出没したのだった。祇園で飲んでいるのも情報収集が目的なのだろうか?
ますます斯波さんが盗賊団と繋がっているように思えてくると、隊長や父さんはそのことに気づき、私にバカ若の動向を探るよう暗に言っていたのかもしれない。
そう思い至るとストンと心が一つのところに落ち着いたように感じた。その瞬間、誰かが私のお尻を撫でる。
悲鳴を上げそうになったが、両手で口を塞ぎ声を殺すことに成功した。
そして、ゆっくり振り向くと、してやったり顔の阿国さんがいた。
「ちょっと、阿国さん驚かさないで下さいよ!」
「生娘にしては色っぽいお尻じゃない?」
妖艶な笑顔を浮かべる阿国さんの言葉におもわず赤面してしまう。
「私は、今忙しいので後にしてください」
一喝して阿国さんを追い払おうとしたが、阿国さんは私の腕を離さなかった。
「わかってるわよ。あんたもあの男の動向が気になるんやろ?」
「えっ?」驚いた。どうやら阿国さんは前々から何かを感じ取っていたようだ。
「阿国さん、何か知っているのですか?」
「あたいの情報網をなめなさんなよ。芸能者や浮浪民たちはどこにでもいて、この場にいながら京の町の出来事はすべてあたいの耳にはいってくるのさ」
凄い……。見廻り隊より優れた情報網を持つ阿国さんに驚嘆と感心した。
「で、でも、なんで今まで教えてくださらなかったのですか?」
その質問に阿国さんは、振り向くとまるで少年のような悪い笑顔を浮かべて――
「そりゃ、あんたがかまってくれないからに決まってるでしょ」
言い終えると、すぐに顔を正面に向け斯波さんの後を追いかけ始めた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ阿国さん」
正面を向いたまま、こいこい。と腕だけ回して阿国さんが私に合図を送る。
そりゃ、話を聞かなかったのは私だけど、一言言ってくれれば話ぐらい聞いたのに……。
そんなことを思いながら、阿国さんと斯波さんの尾行を再開した。
――しばらくは何も起きず、淡々と尾行を続けていたが、一軒の廃寺の前で止まると、まるで様子を窺うように見始めた。
斯波さんが様子を窺っている廃寺は、阿国さんが頻繁に私を連れて行こうとしていた幽霊寺であった。これは何かの偶然か? それとも阿国さんの予定通りなのか? と考えを巡らしていると阿国さんと目が合う。
すると、意地悪な笑顔を浮かべて私を見てきた。
はいはい、私がかまわなくて悪かったですよ……。
――この廃寺は、十年前に住職が亡くなり跡を継ぐ者がいなかった。どうやら陰湿な住職で、小坊主たちを次々いじめては辞めさせたり、お寺同士の付き合いもしていなかったようだったので、お寺はそのまま放置され、確か十年ほど放ったらかしだったはず。その為すべてが荒れ放題で、幽霊がでそうな雰囲気が昼間からでも漂っていた。
しばらく廃寺を覗いていた斯波さんが、辺りを気にするように見渡しだしたので慌てて姿を隠した。
少し間を置いてからもう一度覗くと、斯波さんが幽霊寺に入っていくのが見えた。
「一体、何をしているのでしょうね?」
それを確かめるために尾行しているのだから阿国さんに聞いても分かるわけがないのだが、聞かずにはいられなかった。
「退屈しなさそうなのは、間違いあらしなさそうだね」
嬉しそうにしている阿国さんを見ると不安が頭をよぎるよ。
などと考えていたら、斯波さんが慌てて廃寺から出てきた。
「あたいはあの男をつけるから、帰蝶は廃寺のほうを調べてな」と言うと、阿国さんは私の返事を聞く前にさっさと斯波さんの後をつけた。
「もう……」取り残された私は、しかたなく廃寺の方を調べることにした。
決して怖い訳ではない! 断じてない!! 幽霊なんて存在してるものですか!
そう自分を鼓舞しつつ廃寺に近づく。
間近で見ると本当に薄気味悪いお寺である。門から本堂に続く道は雑草が生い茂り、障子は見事に破れ、屋根の瓦にはお決まりのように雑草が生え、烏が三匹ほど私を観察するようにじっとこっちを見ていた。
逃げ出したい衝動にかられるが、私も見廻り隊の端くれ、確かめもせず逃げ出すわけにはいかない。
ゆっくり本堂の石階段を昇り、破れた障子から中の様子を窺う。
――中は暗く、光の届く範囲には人影はおろか荷物すらなかった。
「な、何よ……何もないじゃない」
これで帰ってもよかったのだが、やはり見廻り隊としての責任感とこのまま引き上げれば、阿国さんになんて言われるか分からないという恐れが私の腕を動かした。
ギィィィ~、という嫌な音をさせながら障子を開け中に踏み込む――ギシギシと一歩足を踏みしめるたびに、床が軋み部屋中に響く。
「だ、誰かいませんか~?」と震えた声で呼びかける。我ながら情けない……。
もちろん私の声に答える者はなかったが、それでも奥までいって確認しようと歩みを進める。
中はそれほど広くなく、本当にお寺? と思いたくなるほど何もなかった。おそらく金目のものは根こそぎ持っていかれたのだろう。それにしても廃寺というからもっと埃っぽくて、蜘蛛の巣だらけを想像していたのだけど、思ったほどでもなかった。
それでも中は薄暗く、ところどころ開いた穴から太陽の光が射しこむだけの薄気味悪い雰囲気は十分にあった。
斯波さんが、こんなところに入らなかったら私も入らなくて済んだのに! と変な怒りがこみ上げてきた。
そんなことを思いながら奥へ奥へと進んでいくと――ギシィッ……と背後で床が軋む音が聞こえた。
慌てて振り向くが、そこには誰もいなかった。私の心臓は、これでもかといわんばかりに激しく脈打つ。
「き、き、気のせいよね。ハハハ……」
すると今度は、早く床を擦りながら移動する音が聞こえた。
「だ、誰かいるんでしょ! お、阿国さん!?」
全神経を研ぎ澄まし、辺りの気配を感じようとすると――バン! バン! バン! バン! と壁を叩く音がいたるところから響きだした。
四方から聞こえる打音が私の感覚を狂わせ、まるで部屋が回っているのではないかと思うほど揺れだす。
恐怖で頭が真っ白になる寸前、壁を壊して複数の腕が現れた。
「いやああああああああ」
ここから私の記憶はなく、どこをどう走ってきたか覚えていなかった。
気がついたらバカ若が泊まっている旅館の前にいた。
「ど、どうなさったんですか京極さん? 真っ青な顔して」
旅館の前を掃き掃除していた丁稚奉公の男の子が、不思議そうな顔で見上げていた。
安心感からか突然足に力が入らなくなり、その場にへたり込んでしまった。
「だ、大丈夫ですか京極さん!?」
丁稚奉公の男の子が心配そうに覗き込むが、それどころではない。本当に幽霊がいたなんて……あんな怪奇現象が起こるなら誰もあそこに近づかない訳ね。
とりあえず、心配してくれてる丁稚奉公の男の子に声をかけ、息を整えながらバカ若の泊まっている部屋へとゆっくり歩いていく。
そういえば、斯波さんを追跡している阿国さんはどうしたんだろう? それに斯波さんは、なんであの幽霊寺をのぞいていたんだろう?
色々な疑念が湧き上がり、この事実をあのバカ若は知っているのだろうか? 報告するべきか考えていると、いつの間にかバカ若の泊まっている部屋の前に着てしまった。
ここで考えていてもしょうがないと、覚悟を決め声をかけた。
「青地様、帰蝶です。お迎えにあがりました」
…………返事がない――まだ寝ているのかしら?
もう一度声をかけようと息を吸った時、ふすまが開いた。
「おはようございます――あれ? 斯波さん!?」
ふすまを開けて顔を出したのが斯波さんだったので、思わず尾行したことを口走りそうになった。
顔を出した斯波さんは俯きかげんで、しかもどこか元気がなかった。
「……斯波さん? どうしました?」
「…………な、なんでもないでござるよ」
返事に少し間があったので、おかしく思い顔を覗き込む。
「ぎゃああああああああ!」
先ほどの幽霊事件のせいで思わず悲鳴をあげてしまったが、覗き込んだ斯波さんの顔は、あちこち腫れ上がり、暴行を受けた形跡がありありと残っていた。そんな惨たらしい顔で無理に笑おうとするから余計に不気味であった。
「何事だあああああ!」と私の叫び声を聞き、あちこちの部屋から泊り客が顔を出してきたり、宿屋の従業員まで来る始末。
事の顛末を話して、平身低頭謝り、ようやく事態を収拾することができた。
「みっともないことするなバカ者!」
一番言われたくない相手から、一番言われたくない言葉を浴びせられておもわず「いつもバカなことやってるでしょが、バカ若様が」とボソリと呟く。
「今何か言ったか?」
「いえ、何も……。それより斯波さんその顔どうなされたんですか?」
私は疑いの眼をバカ若に向けた。
「わ、わしはなにもしていないぞ! なぁ、斯波」
私の疑惑の目に気づいたバカ若が、斯波さんに同意を求める。
「はい。町を一人歩いていると変な連中に絡まれただけでござるよ」
「変な連中の中に女の人もいました?」
まさか、阿国さんじゃ……。その心配が、そんな変な質問となってでてきた。
「えっ!? あっ……いや、い、いなかったですぞ……。なぜ、そのような事を聞きなさる?」
「そ、それは……勿論、犯人を絞り込むためですよ」
私の言い訳に斯波さんとバカ若はなぜか困った表情をしていた。
そして、思いがけない一言を言だす。
「それほどの怪我ではないので、被害届けは出しません」
「ええっー、なぜですか?」
そんな酷い目にあって、被害届けを出さないなんて信じられなかった。警護の任に就いていて、こんな目にあわせてしまったのは私の責任でもある。
だいたい阿国さんに斯波さんの尾行を任せず、私がやっておけばこんなことにはならなかったはず。
そんな思いから、何度か斯波さんに被害届を出すように促す。
「斯波がよいといっておるんじゃもういいではないか生娘よ。それより気分直しに祇園に繰り出すぞ。なぁ斯波!」
「そうですな、パァーとやって忘れますか!」
いや、パァーっとやって忘れることではないでしょ!!
何かを隠しているように感じられたが、このまま問い詰めても答えてくれそうにないので、後で阿国さんに聞いてみよう。どうせ阿国さんの出入りしているお店に行くに決まっているのだから。
まだ明るいうちから祇園へと向かった。
私も最近は、バカ若に付き合わされているせいで祇園に詳しくなってきていた。
この祇園というところは赤を基調にして、人の闘争本能というか、欲望を駆り立てる色彩で視覚を刺激していた。視覚の次は嗅覚を刺激するために、甘いやさしいお香が焚かれ祇園中に充満してリラックスさせている。また、気分を高揚させるために、あちこちでリズムのいい太鼓や笛などの音楽を各お店から流して、否が応にもテンションを上げられる。そこまで計算された町が祇園である。
そんな派手な祇園の町に引けをとらないのがバカ若の美貌であった。すれ違う女達は皆バカ若の美しい顔立ちに心をときめかせ必死にアピールをする。
本当に、知らぬが花とはこのことだろうとしみじみ思う。バカ若がバカ若たる所以を知れば百年の恋も冷めるだろう。
そんなことを考えていたら、一人の芸能者風の若い男がバカ若に近づいてきた。
<つづく>
――次回 第八話 『幽霊退治の始まり』――




