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京の都の見廻り隊  作者: 葉月望
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第六話 『宴会だけじゃないんだからね!』

 ――あの阿国さんの言葉で、わだかまりが少し氷解した私は、今まで迷惑をかけた京の町の人々のために見廻り隊に入隊したのだ。その気持ちは今も変わりはしない――だからあの頃の目をしているわけがないんだ。


 「阿国さんの勘違いですよ、私は――」


 「ねぇ、あの人、昨日の若様の侍従じゃなかったかしら?」


 真剣に悩んでいたのに……。


 私の話を流し中庭に面した廊下を歩く斯波さんを顎で示す。


 阿国さんの顎の先を見ると、確かに斯波さんだった。しかもなにやら急いでいるような感じである。


 「あー、あたい用事思い出したから、また今度幽霊寺行くわよ帰蝶!」


 「だから、私は行きませんよ」


 私の言葉を背中で聞きながら、手を振り足早に去っていく阿国さん。


 何の用事があるのやらあの人に……。


 斯波さんが起き出したって事は、そろそろバカ若様も起きだす頃かな?


 「生娘の汗は良い匂いがするのぉ」


 私の背後で、バカ若が顔を近づけクンクン鼻を鳴らしていた。


 いつの間に背後に!? 気配に気づかず背後に立たれ、驚きと気持ち悪さで握っていた木刀をおもいっきりバカ若の頭に振り下ろしてしまった。


 「あああぁ、ごめんなさい、バ、青地様! 大丈夫ですか?」


 慌ててバカ若を見ると地面に顔を突っ込んで倒れ、ヒクついていた。


 「いたたたぁ……、青天の霹靂へきれき。生娘をからかうもんじゃないなぁ……」


 生娘、生娘言うなこのバカ若様が!


 「なにかいったか生娘?」


 「いえ別に……それより大丈夫ですか?」


 嫌がるの分かっていて、わざと言ってるなこのバカ若様め……。


 「うむ、やばいかもしれん。部屋で膝枕しながら休ませてくれ」


 ギリギリギリ……久しぶりに、こんな歯ぎしりするほど怒りを抑えることはなかったわ。だいたいこんな助平に膝枕しなければならないとはなんたる屈辱! 切腹したい気分だわ……。


 しかし、頭を殴ったのは私の責任……しかたないかぁ。


 しぶしぶ、部屋に戻りバカ若の頭を膝に乗せ、冷えた手ぬぐいで患部を冷やす。


 「うむうむ、極楽じゃな。しかも生娘の良い匂いがたまらん」


 記憶をなくすぐらい殴ってやろうかしら?


 「ところで、生娘!」


 「あのぉ、青地様、私の名前は京極帰蝶といいます」


 自分でも顔が引きつっているのが分かるぐらい引きつらせ笑顔を作る。


 「そうか、そうか。では帰蝶よ、見廻り隊はいつもあのように大勢で深夜まで無粋な警備をしておるのか?」


 「いえ、お恥ずかしながら、最近京の町を騒がせている盗賊団がいまして、その取り締まり強化であのように出回っているのです」


 「いつも、あのように大勢が見回ってるようでは京とはなんと物騒なとこだと思ってな」


 「普段の京はそんなことありませんよ、ご心配めさりますな青地様」


 慌てて取り繕う。京に悪い印象を持たれたくないわ。


 「そうじゃな、私には関係ないことじゃ、それに、今はこの膝枕が最高じゃ~」


 「あ、ありがとうございます」


 そういうと、微かな寝息が聞こえてきた。


 ちょ、このまま寝るなんて……しかし、寝顔は本当に美しい。長い睫に薄い唇、すらりとした鼻筋となにもかもが完璧な顔立ち。

 そっと髪を触ると、サラサラと流れとても気持ちよく、何度も何度も触る。それぐらいの役得があってもいいわよね。


 春の日差しが心地よく、お昼寝をするには最高な日であろう。わたしも春眠の粉をかけられた様に、何度もあくびがでてしまった。




 「ふぁ~っ、よく寝た寝た」


 ――結局、一刻もの間、膝枕させられてしまった……。


 「お目覚めになりましたか若」


 ちょうど、バカ若が起き出した頃に斯波さんがひょっこり帰ってきた。


 「斯波さま、今までどちらにいらしたのですか?」


 「それは、もちろん……」突然斯波さんの動きが止まる。


 「今日の宴会場所に決まってるではござらぬか!」


 「以心伝心、一蓮托生。今夜も京美人とイチャイチャ踊りだな!」


 そういうとバカ若は着物を脱ぎ捨て、ふんどし一丁の姿になる。慌てて私は部屋から退散すると、バカ若と斯波さんは大騒ぎしながら着替えだした。


 芸者遊びってそんなに楽しいものなのかな? まったく理解できないわ。


 そんなものに付き合わされる私の身にもなってほしい。それに、また、昨日みたいな変な連中と係わり合いにならなければいいのだけれど――不安だ……。


 私の不安を余所に、バカ若たちは京の観光名所にはまったく目もくれず、ただまっすぐに祇園へと突き進んで行く。しかも、入ったお店がよりにもよって、昨日大騒ぎした所だった。


 案の定、着た芸伎げいぎは阿国さんで、すでに千鳥足で現れた。


 よくこんな芸伎げいぎを雇っているものだと不思議で仕方がない。


 「あらぁん、お兄さん方また来てくださったのねぇん」


 「おうおう、そなたの蹴りが忘れなれなくてまたきてしまったぞ」


 「この足が気に入ったのねぇん」


 着物の裾から右足をスルリと出す仕草は、女の私が見てもドキリとした。そして、出した右足をゆっくり伸ばすと、その甲でバカ若のあごをさする。すると恍惚こうこつとした目で阿国さんを見つめるバカ若。


 完全に調教済みじゃないの。


 ――私は一体何をしているのだろう……こんなところで意味のない警護をさせられ、無駄に時間を過ごして……今頃見廻り隊のみんなは京の町の夜回りに出ている頃だろう。


 そう思うと、今のこの状況がじれったくて、じれったくて、怒りがこみ上がってくる。


 「なぁに帰蝶ちゃん? こわぁい顔しちゃぁってさぁ」


 阿国さんが千鳥足で近づき、肩に腕を回し寄りかかってきたので、やり場のない怒りを阿国さんにぶつける形で睨んでしまった。


 「もう、そんなぁ、こあい顔するん帰蝶ちゃんは、嫌いだぞうぉーっ」


 呂律が回っていない阿国さんは、酒臭い息を匂わせた顔を近づけ、私の頬を突っついてきた。


 「もう、やめてください……」


 阿国さんの指を払いのけようとすると上手くかわされた。


 「どうしたぁー、生娘よぉー、楽しんでおらぬのかぁー」


 今度は、バカ若が胡坐あぐらをかいて私の前に座る。


 「私は、あなた様を護衛するのが任務。遊んでいるわけにはいかないのです」


 「それなら、わしが許す! 飲め飲め生娘よぉー」


 「あぁ~~ん、若様、おやさしぃ~~ん」


 私はさかずきを受け取らないように拳を強く握り膝の上に置く。するとバカ若は、私の手を握り無理やり盃を持たせようと指をこじ開けようとしてきた。


 「止めて下さい。私はまだ任務中です!」


 「わしが許すと言っておるのだ、さっさとこの盃を持て生娘!」


 受け取らない。受け取れ。とそんなやりとりを何度か繰り返しているうちに、我慢の限界を超え「放っておいてください!!」と怒鳴り、盃を払いのけた。


 一瞬「しまった」という感情がこみ上げたが、後戻りが出来ず――


 「私は部屋の外で警護しますので、十分お楽しみください!」


 立ち上がり、乱暴にふすまを開け閉めして、部屋を出てると廊下に座り込んだ。


 さすがに気まずい気分になってしまったけども、あの人達も私の気持ちも考えず好き勝手にやってるんだから――と自分に言い訳して、盗賊取締りに参加させてもらえない怒りと、好き勝手にやってる二人に対する怒りの両方を宿し、何故か涙が溢れそうになるのを堪える。




 しばらく色々考えていたが、ようやく気持ちが落ち着くと部屋の中の様子が気になった。


 私が怒って出て行ったせいか、中は静まり返っていた。冷静になるとあの人たちは楽しんでいるだけなのに、私が八つ当たりして場の雰囲気を壊してしまい反省した。


 謝ろうかと思い少し障子を開けると「帰蝶お帰り~~」と阿国さんとバカ若と斯波さんがいやらしい笑顔を浮かべ待ち構えていた。


 「ほらね。あたいの言ったとおりだろ、帰蝶は必ず気にして戻ってくるって! ホラホラ出すものだしな」


 「く~~、生娘ここは根性を見せて障子を開けるな~」


 悔しそうに小銭を阿国さんに差し出すバカ若。どうやら私が障子を開けるか開けないかの賭けをしていたようだ。


 「帰蝶も戻ってきたことだし、さっさと酒盛り始めるよ~~~」


 阿国さんが場を仕切り音頭をとる。


 「こうなったらヤケ酒だあああああ! 斯波今夜も飲み明かすぞ!!」


 こうして、またも宴会が始まった。


 ああ、少しでも、悪かったと思った私がバカであった……。


 ――宴会も大盛り上がりして、阿国さんもバカ若も何事もなかったかのように接してくるので、真剣に怒っていた自分がバカらしくなっていた。




 祇園の町を出たのが、丑三つ時頃で、フラフラな足取りのバカ若と斯波さんの足元をしっかり照らしながら歩いていると――


 「そこの連中止まれ!」


 後ろから私たちを呼び止める声が聞こえた。聞き覚えのある声に嫌な予感をしながら振り向くと――やはり、柳生宗矩やぎゅうむねのりと坂崎が立っていた。


 「誰かと思えば、また帰蝶か。毎晩宴会ご苦労様だな」


 あきらかに嫌味としかとれないセリフを吐く宗矩むねのりだが、言われてもしかたないような今はそんな気分である。


 「お前も、要人の警護をしているなら、いい加減こんな刻限まで出歩く危険を考えろ」


 はじめて宗矩むねのりから嫌味以外のまともなことを言われ自分の耳を疑う。


 でも、私にだって分かってるのよそれぐらい。と言い返せず俯いていると、バカ若が、ゆっくり宗矩むねのりに近づき宗矩むねのりの顔を見て微笑むと――ゲロを吐き出した。


 「うわ、汚ね!」


 ゲロを吐かれ、後ずさる宗矩むねのりと坂崎。慌てて、バカ若に近づき背中をさすって介抱する。 ――今のって、もしかして、私をかばってくれた?


 「と、とにかく、いつ盗賊団と出くわすかわからないんだ、早くその方を連れて旅館に戻れよ帰蝶」


 嫌悪感をまるだしにした宗矩むねのりが、足早に立ち去ろうと知ると、追いかけるようにバカ若が口を押えながら追いかける。


 今日一番楽しい出来事だった。ありがとうバカ若。と心でお礼を述べる。



 ――ピィーピィーピィー。



 闇夜を切り裂くように、笛の音が寝静まる京の町に響いた。この笛の音は盗賊団を発見した時の音である。


 私の肌が粟立つのを感じた。


 「盗賊団が出たみたいだ、行くぞ坂崎君」


 宗矩むねのりたちは急いで笛の音が聞こえる方へと走っていった。


 一緒に駆け出したくなる衝動を必死に堪え、バカ若たちのほうに振り返る。


 「……さあ、巻き込まれる前に私たちは旅館へ戻りましょう」


 上手く笑えているのだろうか? と思える程、今の自分の気持ちと表情が伴っていないのを自覚していた。


 「よぉし、我々もぉ、賊の討伐に参加するぞぉう」


 そう言うとバカ若と斯波さんは肩を組み千鳥足で歩いていく。


 「な、何言ってるんですか!? 危険ですから盗賊は見廻り隊に任せて宿屋に戻りますよ」


 人が必死に堪えているのにこのバカコンビは……。


 「心配ご無用。私達の剣の腕前は、国中に鳴り響いている程ですから、ねぇ、若!」


 「そうじゃ! 盗賊に十人や二十人など、朝飯前の一騎当千」


 ダメだ。酔っ払いの戯言ざれごとに付き合い切れないわ。


 「はいはい、わかりました。酔っていない時にお願いしますね」


 「このぉ、たわけぇー! これのどこがぁん、酔っ払っておるというのじゃ」


 そういうとバカ若は斯波さんの肩から手を離し、フラフラの足取りで刀を抜こうとするので、とても危ないので、とにかく今はなだめた。


 ――しばらくそんなやりとりをしていると、笛の音が徐々に近づいているように感じられた。


 本当に、ここにいたら巻き込まれそう。


 その不安がすぐに的中したことが分かった。


 近くの民家の屋根で瓦を踏みしめる音が聞こえてきた。ふっと顔をあげると、黒装束の男達が千両箱を担ぎ民家の屋根を走っていた。


 あまりの急な出来事に呆けてしまった私は、見廻り隊の声で我に返る。

 見廻り隊が、続々と盗賊団を追って走っていく姿は、なんともいえず、不気味なものであった。


 「帰蝶、こんなところで何をしている!」


 急に名前を呼ばれ飛び上がるほど驚き、声のしたほうを見ると父の姿があった。


 「わ、私は青地様の護衛でいるのよ」


 つい、父の言葉に反発して喧嘩腰に話してしまう。


 「それなら、早く宿にご案内いたせ!」


 そういうと、私の返事も待たず父は盗賊団の追跡に加わった。


 相変わらず人の気も知らず好き勝手に言う人だ。


 「今の見廻り隊の男は、生娘の父親か?」


 珍しく真剣な表情のバカ若に少し驚く。


 「……はい、嫌な父親です」


 「重厚感があり、毅然として貫禄のあるいい武士ではないか」


 父親が褒められ、なんだかこそばゆく感じたが、自分の妻の臨終さえも看取らなかった男がいい武士なものですか! と、心の中で叫ぶ。


 「いい武士かもしれませんが、いい父親ではありませんでした!」


 そう、私は父親としてあの人は認めることは出来ない。


 「あれが盗賊団か……面白いものも見れたな斯波! さて、宿に戻るか」


 二人は肩を組み、千鳥足で宿のほうへと歩みを進めていった。


 もう我慢できない。


 確かに、この任務も大事なのだろうけど、あんなものを見たら私ももっ

と京の町の役に立ちたいと強く感じた。


 よし! 明日隊長に直談判しよう………………もう、今日だけど……。




                                           <つづく>



   ――次回 第七話 『幽霊寺』――


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