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京の都の見廻り隊  作者: 葉月望
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第四話 『どこまでが無礼講?』

 ――この世の中には神も仏もいやしないのが、しみじみ分かった……。


 お座敷に現れた芸伎がよりにもよって、阿国さんだとは……。


 「なぁに、しみったれた顔したはるのさ帰蝶。あたいが現れて気に入れへんみたいね」


 「いえ、そんなことありませんよ……」本当のこと言ったらどんな非道い目に合わされるかわかったもんじゃないわ。


 「まぁいいけどねぇ~。パァーといきましょうお侍さん!!」


 阿国さんが両手を叩き合図を出すと、料理やお酒が運び込まれる――気が付けばただの飲み会のようになっていた。


 「うひょー! 空前絶後の舞じゃのぉ」


 阿国さんの、ただただ酔っぱらいが千鳥足で動き回っている動作を舞だと思って、ぐりんぐりんと頭を激しく回しながらバカ若が褒めちぎる。

 斯波さんもバカ若の相手もせず、酒を飲みまくっていた。しかし、お酒とは凄いと思う、初対面の阿国さんとバカ若と斯波さんなのに、まるで昔からの知り合いのように飲み合っている。

 

 「斯波、決闘・・じゃ!」


 「おお、久しぶりにやりますか若!」


 ちょっと、決闘って穏やかじゃないわね。


 さすがに止めようと身を乗り出すが、立ち上がる二人が手に持っているものは割り箸であった。


 あ、ああ……割り箸を使ったお遊びの決闘か……と思った瞬間、二人は背中を向け合い中腰になり着物の裾をまくりお尻をだした。


 「ちょ、ちょっと、何をやってるんですかお二人とも止めて下さい!」


 いきなりお尻を見せられ動揺する私の制止も聞かず、二人は割り箸をお尻で挟むと、その姿勢で割り箸をぶつけだした。


 割り箸を剣に見立てたおふざけのようだ――が、見せられるこちらはたまったものではない。


 「斯波あああ、腕、いや、尻を上げたなあああ!」


 「まだまだ若の尻には負けませんぞ!」


 真剣に割り箸を落とし合う二人……しかも丸出しのお尻……見苦しい絵だ。本当に最悪だわ……もう帰りたい。



 ――激しく掛け声をかけながら戦う二人に阿国さんが近づく。


 「うっとうしんじゃああああ」


 そういうと阿国さんは、二人の割り箸の先をおもいっきり叩く。


 「##*&!*#~~~~」


 バカ若と斯波さんは、まったく発音のしようがない奇声を上げて飛んでいった。


 痙攣しながらも畳に爪を立て痛みに耐えるあたりはさすがは武士? みたいな。


 「――芸伎……、い、今のは、かなり効いたぞ……」


 生まれたての小鹿のように小刻みに震えながら、涙を流し尻を押さえるバカ若の姿に私は笑いを堪えるのが大変だった。


 「見苦しいもの見せるからだよ。座敷を汚すんじゃないよ」


 阿国さんからプロ意識というものをみせてもらった気がした。――が、それも僅かな時間であった。阿国さんも着物が乱れ、飲んだ徳利をその辺に投げ捨ててる有様……とてもお座敷を大切にしているようには見えない。


 「そなた、飲んでばかりいないで次の舞を見せろ!」


 「あたいの舞は、おまはんら程度に見せるにはもったいない代物だよ」


 じゃあ、あんたは何しにきたんだ! と心の中でツッコミをいれる。


 「だけど、あないな汚いもの見た後のすすぎとして、あたいの舞を拝ませてあげるわ」


 そういうと、もつれる足で立ち上がり、懐から扇子を取り出しゆっくり前に突き出す。


 すると、まるで別人のようにゆっくり舞い始めた。


 舞に関してはド素人の私でも阿国さんの舞は美しく妖艶であるのが分かる。それでいてどこか切ない舞でもあった。


 仕事を忘れ、迂闊うかつにも私は阿国さんの舞に心を奪われた。


 我に返りバカ若を見ると、小指を鼻の穴に突っ込み呆けた顔で阿国さんの舞を見ている。やはりバカ若には阿国さんの舞のよさが分からないか……と当然のように思った反面、なぜか淋しく思えた。

 それが何故なのかわからなかったが……。


 舞が終わると私と斯波さんは、阿国さんに惜しみない拍手を贈るが、バカ若だけはダラダラと拍手をする。


 「まぁまぁ、じゃのぉ」


 眠気眼で、下唇を尖らせて吐き捨てるように言うバカ若。


 「ドアホが、あたいの舞にケチつけるなんて百億年早いわよ!」


 一回転して、阿国さんの右足の蹴りがバカ若のこめかみを直撃――激しくバカ若を蹴り飛ばした。


 錐揉きりもみしながら、隣の座敷の仕切りであるふすまを突き破りバカ若が飛んでいった。


 「ちょっと阿国さんやり過ぎですよおおおお」


 慌てて隣の座敷に顔を出すと、隣の座敷からは、突然の珍事に悲鳴と怒号が飛び交っていた。


 蹴り飛ばした張本人は、一人笑顔で手酌しながらお酒を飲んでいた。


 「おい、石川大丈夫か?」


 どうやら飛んで行ったバカ若の下敷きになった人がいるみたい。


 「お前ら、よくもうちのかしらに手だしてくれたな!!」


 隣の座敷にはバカ若の下敷きになっている男をいれて五人の男達がいた。しかも、いかにもガラの悪そうな連中が殺気立って睨んできた。


 なんか大変なことになってきたわよ、警護している者の身にもなってよね。


 「私は下京見廻り隊隊士の京極帰蝶です。連れが大騒ぎしてしまい本当に申し訳なかった。ここは私に免じてその怒りの矛を納めてもらえないでしょうか?」


 「申し訳ないで済むと思ってるのかねえちゃん?」


 男はそう言って破れたふすまを踏みしめこちらの座敷に入り込んできた。


 この男どこかで……?


 「何言ってはるのお兄さん。座敷では無礼講だよ。やったのやらないだの無粋なこといわないの」


 徳利に指を突っ込み、その徳利をくるくる回しながら恫喝してくる男を阿国さんがにやけた笑顔で指差す。


 ……そうだ! バカ若と出会う前に町中で見かけた怪しげなチンピラ連中

だ。


 そのことを思い出し、阿国さんに気をつけるように注意をしようと思った瞬間――


 鈍い光が一閃すると、指さす阿国さんの第二関節ごと徳利がことりと畳に落ちた。


 「貴様!」と私は反射的に抜刀すると、切っ先を切りつけた男に向け今にも斬りかかりそうになったところを「お止め紅!」と阿国さんの一喝で動きを止めれた。


 危なかった……護衛の身で刃傷沙汰にんじょうざたを起こしていたら始末書だけでは済まなかっただろう……だけど、阿国さんの指が……やりきれない気持ちで阿国さんを見ると、斬られた指を眺めていたが、ゆっくり立ち上がる。


 その威圧感に、私を含めここにいる全員が圧倒されるのを感じた。


 やばい――。本気の阿国さんが暴れたらこのお店が崩壊するわ。


 私はなんとか阿国さんを止めようと、刀を収め、恐る恐る近づこうとした。


 「ったく……。そんなに暴れたいなら――」


 阿国さんが俯き指が切り落とされていない左手を懐に忍ばせる――その動作だけで、この場の空気が張り詰めた。


 男達は一斉に腰の刀の柄に手をかけ、阿国さんの次の行動に神経を尖らせる。


 「ここは座敷だよ、みんな踊りなああああーーー!!」


 斬られたと思った指をにょきっと立たせると、懐に忍ばせた左手には派手な扇子が握られていた。その扇子を高々と上げ、頭上で振り回し阿国さんは満面の笑顔を浮かべていた。


 まったく予期せぬ阿国さんの行動に、座敷に居た誰もがついていけず思考が停止したように固まる。


 「――げ、芸伎が、なめやがって……」


 いち早く阿国さんの悪ふざけに反応したのは、徳利を切り落とした男で、またも阿国さんに切りかかろうとした。


 「あっ、まちなぁ~、伴佐衛門ばんざえもんんんんん~」


 バカ若の下敷きになっていた首魁しゅかいの石川って男が意識を取り戻し、阿国さんに切りかかろうとしていた男を止める。


 石川の一声で動きを止めた伴佐衛門は、舌打ちしつつ不服な顔をしながら刀を納めた。


 そして、立ち上がった石川はまだフラつく足取りで阿国さんに近づく。


 私はまだ、警戒したまま事の成り行きを見守る。


 阿国さんの間近まで近づくと、吟味するように石川が眺める。

 二人が並ぶと、女性にしては男にも負けないほどの長身の阿国さんだが、石川はそれよりも頭一つ程高く、天井に頭が届かんばかりで圧巻だった。


 阿国さんを見下ろす石川に対して、妖艶ようえんな瞳と薄っすら微笑んだ唇を浮かべて見上げる。


 「……芸伎、名前は?」


 たいがいの男は阿国さんのその表情で落ちるが、この石川も例外ではなさそうだ。


 「絶世の美女を落とすにしては色気のない質問やねぇ、おにぃはん」


 今度は挑戦的な上目遣いで石川を見る阿国さん。


 「伴佐衛門! 今からこっちの席のもんと、一緒に飲もうぞぉ~」


 振り向き両手を挙げ、石川は大声で笑い出した。その姿を見て伴佐衛門ら他の仲間は溜息をつき苦笑いを浮かべる。


 「わっしは、石川のぉ~五右衛門と申すものだぁ~以後お見知りおきを~」


 「あたいは阿国」


 意気投合したかのように、笑い声を響かせお互いの盃にお酒を注ぎ飲み合う。


 ――いやいやいや、勝手に話進めないでよ。こんな得体の知れない連中と一緒に飲めますか。


 私が断ろうと一歩前に出ると、その出足を阿国さんに払われ派手に転ぶ。


 「あたいを楽しませることが出来はるかしら? おにぃはん方」と私の上に座った阿国さんが言い放つ。


 「ちょっとちょっと!! 阿国さん勝手に決め――グエッ」


 断ろうとした私の口を塞ぐ為に、阿国さんは全体重を背中にかけてきた。その重みでお腹が圧迫され、私の口は完全に塞がれた。


 ――だいたい、あたいを楽しませることができるかしら? って芸伎が客をもてなすもんじゃないのかー?


 口を封じられた私の最後の希望は、斯波さんが断ってくれることだ。


 その肝心の斯波さんはバカ若の介抱をしていた。私は畳を叩き斯波さんに合図を送ると気づいてくれた。


 私の気持ちが分かったのか、斯波さんが頷いてくれた。


 斯波さん言ってやって、断る! と――。


 「若が気絶していますので私が代わりにお答えします……ここは大いに盛り上がりますか!」


 ダメだ……まともな奴はひとりもいない……。絶望した私は全身の力が抜けた。


 斯波さんの最後の一言で、男たちは一斉に部屋と部屋との敷居であったふすまを取り除いた。


 もう私の口を封じる必要がなくなった阿国さんは、私を解放してお酒を飲みながら派手に踊り始めた。


 すぐに目を覚ましたバカ若も加わって、更に混沌とした宴が明け方近くまで続き、お店を出るころには朝日が綺麗だった。


 最後に阿国さんとの別れを惜しみ泣きじゃくる五右衛門は、宴会の最中も散々阿国さんを口説くが、阿国さんはまったく相手にしなかった。


 仲間に引きずられながら五右衛門一味は朝焼けの中帰っていった。


 ――やれやれ。


 五右衛門一味を見送り、私達も帰ろうと振り向くと、バカ若も阿国さんとの別れを惜しんで泣きじゃくっていた。


 ――うっとしい男ばっかりだ……。



 宿泊している宿まで、この千鳥足のオッサンたちをつれ、四苦八苦しながら歩くいていると「そこの連中止まれ!」と呼び止められる。


 「誰かと思えば、要人警護の帰蝶じゃないか」


 背後から虫唾むしずの走る声が、私の鼓膜を不愉快に揺らす。


 じとりとした目で振り返ってやると、ニタニタした顔で宗矩むねのりと坂崎がこっちに近づいてくる。泣きっ面に蜂とはこのことだろう。一番会いたくない奴と会うなんて……。


 「こっちは盗賊の取締りで、帰蝶は接待で深夜までお酒の付き合いかぁ、大変だな」


 ――ほんと嫌味な奴だ。


 「あら、あんた達も私に気を使わずさっさと盗賊を捕まえてくれていいのよ。それとも私が盗賊取り締まり班に加わるまで待ってていてくれているのかしら? それはないわね、だったら単に捕まえれないだけかしら!」


 一気に言いくしたててやった。いつも大人しく聞いているだけだと思うなよ。今日は散々な目に合ってるんだからね、ちょっとは発散しないと。


 「……心配しなくてもすぐ捕まえてやるよ。お前の出番なんかないからな! 行こうよ坂崎君」


 顔を真っ赤にして怒っていたな宗矩むねのりの奴、ざまあ見ろよ。


 「天晴れな口上だったぞ生娘」


 天晴れ、天晴れ、と大声で連呼するバカ若を静めながら宿へ歩いていると、目の前に物々しい灯りが灯った大きな屋敷が飛び込むように視界に現れた。


 ――聚楽第じゅらくだい


 「貴様らここで何を騒いでいる!」


 門を警備していた二人組みの侍に呼び止められる。


 「すみません。私は下京見廻り隊七番隊隊士の京極帰蝶といいます。こちらの方は――」


 「いや、我々ははるばる東北から出てきた田舎者ゆえ、このような素晴らしい建物につい騒いでしまい失礼申し上げる」


 斯波さん、あんた意外にまともなんだ。と失礼なことを思いながら感心した表情で見る。


 「ここはお前達のようなものが近づいていいところじゃないんだぞ、さっさと立ち去れ!」


 ――カチン。ってダメダメ……昔っからこの手の高圧的な態度には反感と反発してしまうわ。


 自分を抑えつつ笑顔を浮かべながらそそくさと聚楽第じゅらくだいを後にした。


 「京極さん。あそこはなぜ、あのように物々しい警備がなされているのですか?」


 「帰蝶でいですよ斯波さん。あそこが有名な聚楽第じゅらくだいです。ですが、今は茶聖の千利休様が軟禁されているのです。その身を救おうと利休様のお弟子さんで、前田利家様や細川忠興様に蒲生氏郷様やその他大勢の大名方の動向を牽制するために上杉景勝様の家臣団が警備されているんですよ」


 「なるほど、それでこの物々しい警備ですかぁ……」


 斯波さんは振り返り聚楽第じゅらくだいを見る。


 「し、斯波、は、吐きそうだぁ~」


 「わ、若ちょっと待ってくださいよ」


 急ぎ路地裏に連れて行こうとしが、途中で吐き出したバカ若。どこまで迷惑かけるんだ……。




                                           <つづく>



   ――次回 第五話 『過去の恥ずかしい話の一つや二つ』――


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