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京の都の見廻り隊  作者: 葉月望
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第三話 『新しい任務』

 「よおぅ帰蝶きちょう。引ったくり犯逮捕おめでとうさん」


 背後から馴れ馴れしい聞き覚えのある不愉快な男の声が、私の鼓膜を揺らす。

 聞こえない振りをして、声が聞こえた方向とは逆へと歩みを進めた。

 

 「おい帰蝶、宗矩むねのり君が話しかけてるのに無視するな!」

 

 「いいよ坂崎君。帰蝶のやつは、京都連続押し込み強盗の捜査に参加させてもらえず、いじけて俺達と顔を合わせられないんだよ。まぁ、帰蝶には小者を取り締まっているぐらいが、お似合いだろうけどね。じゃあ俺達はこれから見回りいってくるんで、ゆっくりお昼でもどうぞ帰蝶チャン」


 「ハハハハハッ。宗矩むねのり君はやさしいなぁ」


 言いたい放題言って、宗矩むねのりと腰巾着の坂崎が高笑いを上げながらどこかにいった。


 「お前なんか、押し込み強盗の連中に斬られてしまえ!」と、小声で毒づいてやった。


 本当にいけすかない奴だ。


 有名な剣術道場の長男で、免許皆伝の腕前だが知らないけど、剣の腕前を鼻にかけたお坊ちゃんが、本当に嫌な奴だ!


 そんな奴に好き勝手言われて、どうにも腹の虫が収まらず、笑いながら歩いていく宗矩むねのりの背中におもいっきり舌を出してやった。


 「更生したと思っても、そのおてんばは直らんなぁ竜子よ」


 ごっつい腕をムキムキの胸板の前で組み、ゴワゴワの髭と顔中にある傷跡が印象的で、どこからどうみても堅気の人に見えない厳ついおっさんが溜息を漏らし、私の背後に立っていた。


 「お、お父さん!? 威圧感あり過ぎなのに背後に立たないでよ怖いでしょ」


 ――しかし、ほんと、私お父さんに似なくて良かったぁ~……。


 「詰所ではお父さんではなく副隊長と呼べと言ってるだろ竜子!」


 私の父は、下京の見廻り隊の副隊長も勤めている。無骨で粗野でデリカシーもなく女心っていうものがまったく分かっていない中年オヤジだけど、それでも見廻り隊では人望の厚い人なのである。


 「私もその竜子って名前で呼ばないでって言ってるでしょ!」


 「いい名前じゃないか竜子って、わしが考えてやったんだぞ」


 「ほんとやめてよ~。今は私、帰蝶って名前に改名したんだからね」


 竜子って、センスの欠片もない名前をお父さんがつけようとした時に、誰か止めようとしなかったのかしら?


 「帰蝶なぁ……。ピンとこないが、まぁ今は名前のことはどうでもいい、お前に新しい任務が下った」


 お父さんの言葉を聞き、私は胸が躍った。ようやく私も押し込み強盗事件に参加させてもらえるのだと。


 「京都下京見廻り隊七番隊隊士京極帰蝶は、本日より要人警護の任務命令がくだった」


 お父さんの口から出た言葉は、私が欲しかったものではなかった。


 「ええ!? 要人警護の任務ですって?」


 「そうだ、青地元珍あおちもとよし様の警護だ。そのお方は会津若松城城主の蒲生氏郷がもううじさと様の遠縁のお方で、京の都を見物しに今回上京されたる事になった。蒲生家といえば大大名家、その方の縁者に何かあっては困る。まして、今は押し込み強盗が徘徊はいかいしていて物騒になっている時だ、くれぐれも青地様の身に危険が及ばないようにしっかり警護するのだぞ、たつ、いや帰蝶!」


 「そ、そんなぁ、私は押し込み強盗事件のほうで頑張りたいの!」


 「これは命令だ! 復唱はどうした京極隊士」


 「……京極帰蝶、青地元珍あおちもとよし様の警護の任務拝命しました!」


 「くれぐれも青地様の御身に危険が及ばぬよう、しっかり任務に励むように! まもなく到着される頃だろう。四条大橋で待ち合わせになっているので、今から向かうように」


 「わかりました京極副隊長!」


 やけくそになった私は大声を張り上げ、大地を力一杯踏みしめ詰め所を出て行った。


 なんで私なのよ? そんな大大名の遠縁の人の護衛なら、お家柄からして私よりあの嫌味な有名剣道場の坊ちゃんにやらせればいいでしょ! あ~もう、ムシャクシャする!


 肩で風を切りながら大股で待ち合わせ場所である四条大橋へと向かう。


 ――このやり場のない怒りや鬱蒼とした気分の時に、この沈んだ京の町の雰囲気が今の私の気持ちを少し和らげてくれるようだ。もし、笑顔で話しながら歩いている人を見かけたら睨み殺さんばかりに睨みつけそうな、あの頃の帰蝶が出てきそう……。


 朝この道を歩いている時は逆の気分だったのに……。




 ――私はお父さんの文句や押し込み強盗の文句、あの坊ちゃんの文句、はては穏やかな天気にまで文句をいいながら歩いていると、前からいかにも関わり合ってはいけない様な男達が歩いてきた。


 その先頭を歩く男は散切ざんぎり頭に、一本角を生やしたように髪の毛を立たせて結び、腰には男の人の腕はあろうかという真っ白な注連縄しめなわを巻き、一尺はある長い下駄を履いて、派手な着物を揺らしながら足をがり股で大きく開き右足一本で二、三歩歩くと今度は左足に代え、また二、三歩歩くとまた右足に交代して歩く歩き方をしていた。


 見るからに面倒くさそうな男と、そのやや右後ろを歩く男は、寝巻きのような着物に派手な羽織を肩に掛け、眼光鋭くその面構えは人を斬った事のある目つきをしている。そして、その他三人の手下がそれに付き従って歩いてきた。


 私は足を止め男達を注意深く観察すると、その視線に気づいた先頭を歩く痛い男以外の連中は、私の見廻り隊の羽織に気づきどこか挑戦してくるような目つきで、私を睨みつけてきた。


 高鳴る自分の胸の鼓動を聞きながら、若い頃の血がうずくのを必死に堪えた。


 まったく、なかなか昔の悪い頃の癖って抜けなくて困るわ……。



 ――一触即発の睨み合いが続いたが、無事に何事もなくすれ違うことが出来て、ほっと一安心。


 しかし、見慣れない連中だったわね。


 しかも先頭を歩いてた男の右後ろの奴は、かなりの腕前のようだった。それに、人を何人も斬ったことのある独特の匂いを醸しだしていた。これは若い頃の私の経験からくる勘であるから間違いなさそう。


 そんな事を考えながら歩いていると、いつの間にか待ち合わせの四条大橋に着いた。


 ――まだ、青地様は着いていない様であった。


 一人、橋のたもとに立ち、川の流れを眺めながら何故、押し込み強盗のほうに回されないのかを考えた。

 それは、私の昔の所業のせいで上層部に信用されていないのかもしれない。でも、私の昔の正体を知っているのは、隊長の東郷さんと父上だけ、やはりまだ入隊して日も浅い私には、荷が重過ぎると判断されているのかもしれない。など、答えの出るはずのない理由を考えていた私に、男性が話しかけてきた。


 「あなた、見廻り隊の警護の人ですか?」


 話しかけてきた男の人は、四十代でガッチリした体格の身なりはしっかりしていて、どこかの武家の人のようである。


 「はい。あなた様が青地元珍様でしょうか?」


 「よかったぁ、意外にすぐに見つかった。拙者は青地様のお守り役の斯波義銀しばよしかねといいます。若の警護と京都の案内よろしくお願いします」


 深々と頭を下げる斯波さんは、流石大名家に仕える武士といった雰囲気をだしていた。この分だと若と呼ばれる方も、しっかりした御人なのだろうと察しがつく。


 「若、若! こちらにおられましたぞ」


 斯波さんが、振り向き橋の出入り口付近に佇む男の人に声を掛けた。あの人が青地様なんだ。


 こちらに向いて、ゆっくり歩いてくる姿は優雅で芝居の役者のようであった。そして、近づいてきた青地元珍様の顔を見た瞬間、私は人生で初めて、はっと息を呑んだ。青地様の顔は美しいって表現するのも陳腐なほどに美しく、すれ違うすべての女性が立ち止まり魂を奪われたように青地様をずっと見続ける。


 こんな美しい男性にめぐり合うことは金輪際、二度とないだろうと思わせる程の美しい男性であった。


 「若、こちらが京都見廻り隊の……、お嬢さんお名前はなんといいましたかな?」


 はっきりいって、おじさんの声は微かに聞こえていたけど、普通に無視して近くに立つ青地様に私は魅了されていた。


 「お嬢さん? お嬢さん! 見廻り隊のお嬢さん!」


 「は、はい!?」


 「お名前をお聞きしたんですが?」


 さすがに気分を害したような表情を斯波さんが浮かべていた。


 「ああ~、す、すみません。私は京極帰蝶といいます。よろしくお願いします」


 「この方が青地元珍様です」


 恭しく青地様を指し示す斯波さん。その紹介を受け青地様の唇がゆっくりと動き出す。

 その所作すら魅入られる。


 「片言隻語へんげんせきご


 「…………………………はい??」


 「どうだ斯波、見事な先制攻撃じゃろ。見よ! このおなご、私の博学に驚いて目が泳ぎまくっておるぞ」


 両手の拳を力強く握り、嬉々とした様子で斯波さんに報告する青地様……。


 「お見事です若様!」


 それに対して、斯波さんも盛大に拍手を送る……。



 ま、ま、まさか……。痛い系? の人ですかーーー。


 な、なぜ? 顔やスタイルは超一級品なのに、おつむのほうは三級品?


 ってか、斯波さんのヨイショに浮かれ、青地様橋の真ん中で小躍りしているし……。



 ダメだ。



 私の心が係わり合いになるなと、危険信号を激しく発信している!


 今なら、すみません、私見廻り隊のものではないんですよー。と、言って逃げれる――。


 ――って、無理無理無理。逃げれるわけないじゃん!



 最悪だ。



 一旦落ち着こう、橋の手摺てすりに手を掛けて深呼吸よ。


 「勇往邁進ゆうおうまいしん


 耳元でささやく青地様の言葉に全身の力が抜け、その場にうずくまってしまった。


 「斯波見てみろ、たった二言でおなごのやつ私に屈しおったぞ」


 私の顔を覗き込もうと、いろんな角度から見てくる青地さ……いや、もうバカ若でいい。私の頭を突っつき反応を楽しもうとする始末。


 ああ神様仏様、これは私が若い頃に行った罪の罰でしょうか?


 「若、それぐらいにしてあげませんと京都を案内してくれるものがいなくなりますぞ」


 「うむ、そうじゃな。私の凄さを徐々に教えてやるか」


 いらん、いらん。お父さん、恨みますよ……。


 「ささ、おなごよ早く京都を案内いたせ」


 すべて若い頃の行いの償いだと思い、気を取り直してバカ若を京の町見学へと案内することにした。


 とりあえず、法隆寺や金閣寺などのお寺巡りをしながら、私の懺悔ざんげも兼ねて回ってみる。


 しかし、このバカ若……歩き方から変わっていて、足を思いっきりまっすぐに上げ、そして、振り下ろし歩く。なんて疲れる歩き方をするのだろう。


 ――が、黙って歩いている分には超美形で、すれ違うすべての女性が立ち止まり、魂を奪われたようにバカ若をみる。まさに知らぬが仏とはこの事だろう。


 お寺巡りしながらも、バカ若はことあるごとに分けの分からない四字熟語を使っては、私の体力を奪い取っていった。


 「おいおなご、寺巡りは飽きたぞ。祇園に連れて行け!」


 「あのぉ、バ……、青地様。私には京極帰蝶と言う名前があります」


 「あぁ、そんな名前だったな。では帰蝶よ、私は祇園で遊びたいぞ!」


 「……わかりました。どうぞ、気が済むまで遊んでくださいませ」


 「意気軒昂いきけんこう! 有為転変ういてんぺん! 鯨飲馬食げいいんばしょく!」


 「絶好調ですな若! わたくしめも何やら興奮してきましたぞ!」


 バカすぎる……。


 願わくば浮かれすぎて、転んだ拍子に頭をぶつけてまともに戻ってくれることを切に願います。顔だけはもったいないほどの超美形なんだから。


 しかし、私の知っているお座敷といえば、阿国さんがお小遣い稼ぎでやってるお座敷しか知らないけど、まさか、このバカ若と阿国さんが鉢合わせしないだろうか? もし、そんな事になったら私にはどうすることも出来ないわよ……。


 そんなことを考えながら知っている扇屋さんの暖簾のれんをくぐった。




                                           <つづく>



   ――次回 第四話 『どこまでが無礼講?』――


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