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京の都の見廻り隊  作者: 葉月望
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第十五話 『私、聞いてませんよ!?』

 「一人目!」


 獣の雄叫びのように吠え、丸腰の山三郎さんに水原の剛剣も唸りを上げる。山三郎さんは、間一髪一太刀目をかわしたが、完全にバランスを失い跪く。そこを水原の二の太刀が咆哮ほうこうをあげ襲い掛かる。


 ――ギュギィィィィィィン。と鋼と鋼がぶつかる轟音が鼓膜を激しく揺さぶった。


 「さがれ!」


 蒲生さんが、水原の剛剣を防いでいた。


 「かたじけない」


 山三郎さんは態勢を立て直して、私のところまで下がる。


 「まんまと逃げられたが、お主の命は確実に頂くぞ」


 激しい鍔迫り合いをしながら睨みあう二人。


 「――まったく、だから言ったやろ、余計なことするなって……おかげで窮地やないの」


 阿国さんが、敵の攻撃を防ぎながら、大きなため息と共に愚痴をこぼす。


 「ごめんなさい。ごめんなさい」


 「どうすんのよ、三郎は丸腰で、あんたは片腕をもがれたような状態でさ……」


 穴があったら入りたいぐらい恥ずかしい失敗だ……。


 「それぐらいにしてやれよ。それよりどうする?」


 当然だが、私たちの窮地は敵にとっての勝機。そのチャンスを逃すことなく波状的な攻撃を仕掛けてきた。


 とりあえず山三郎さんが丸腰なのは不安なので、私の刀の鞘を渡す。


 「くそ!? こいつら、ここぞとばかりに勢いずきやがって……このままじゃ本気でやばいぞ。それに、あの人じゃあ水原には勝てない……」


 山三郎さんの言う通り、蒲生さんは水原の攻撃を受けるだけで精一杯の様子だった。


 「分かりました。私が囮になるんでその隙に逃げてください!」


 針のむしろに座らせられているような感じで辛すぎる。


 「あ、そう。じゃ、お願いね」


 冷たい阿国さんの態度に、ついふてくされてしまう。


 「ケンカしている場合じゃないだろうが。力を合わせてなんとかここから脱出する手を考えようぜ」


 山三郎さんの言うことは正論だけど、これ以上力をあわせることができるのだろうか。今でも十分すぎるほど力をあわせていたのだが。


 でも、ここでそんなことを言い合っている暇はない――とにかく、何かいい知恵を絞り出さないと……。


 「南瓜頭かぼちゃあたまで良い知恵なんか浮かぶわけないだろ。あんたらはあたいを守る為に生贄として祭壇に登ってきな」


 「くそ! ほんとかわいげがない女だぜ」


 ほんとほんと。と、山三郎さんの愚痴に頷く。そんな漫談みたいなことをしているまに、徐々にだが、私たちの距離は縮まりお互いの背後を守るように戦っていた。


 ――ついに蒲生さんが私たちのところまで追いやられてきた。


 「すまん。しかし、あの水原かなり手強いぞ……」


 「そんなのわかっているよ。もっと頑張れないのかいこのダメ男が!」


 いつにもまして、毒を吐く阿国さんだが、かなりイラついている様子だ。


 「男共はねじ伏せた。あとは女二人だが、武器を捨てて投降すれば、楽に死なせてやるぞ」


 私たちを取り囲む敵の先頭に立ち、水原が最後通告をしてきた。


 「こんな雑魚的な男共やったぐらいで粋がってんじゃないよ! 三下の親玉風情が!」


 今日の阿国さんは吼えまくるねぇ。


 「威勢が良いな女。だったらお主が、一番にわしに斬られるか」


 剛直な雰囲気の水原が、ついに阿国さんの挑発に乗ってきた。それほど勝利を確信しているのだろう。


 「うちの雑魚ですら倒せないあんたに、あたいが斬れるわけないだろ」


 電光石火の動きで、水原との間合いをつめる阿国さん。


 なりふり構ってないなーー。


 完全に意表を尽かれた水原は、阿国さんを懐深くまで侵入させてしまい唖然とする。その水原に、阿国さんは容赦なく大太刀を浴びせかける。


 不意を尽かれたとはいえ、水原は阿国さんの太刀を辛うじて受け止めるが、片膝を地面につく。


 「無様に膝なんかついて、あたいに許しを請う練習かい?」


 「調子に乗るなぁああああ、女風情が!」


 顔を真っ赤にして、怒り心頭の水原が、阿国さんの大太刀を押し返そうとした。しかし、微動だにしない阿国さんの大太刀に、わずかに焦りの色を濃くする。


 その水原に対して、阿国さんは踏ん張りながらも笑顔を浮かべ、水原を挑発する。


 余裕に見えるが、いつもの阿国さんなら毒舌の一つや二つ浴びせかけているはず、それができないってことは、かなり真剣に押し返しているって事だろう。


 「ぬおおおおおお」大地が揺れんばかりに水原の雄叫びが響く。徐々に阿国さんの大太刀を押し返し始めた。


 そして、ついに水原が阿国さんの大太刀を押し返す。


 弾かれた阿国さんは、すぐに体勢を立て直す。水原もすぐさま臨戦態勢を整えていた。


 そこから阿国さんと水原の台風のような激しい斬撃の応酬が繰り広げられた。私たちは自分たちの戦いを忘れ、全員が固唾かたずを呑んでその戦いを見守っていた。


 水原は阿国さんの変幻自在の太刀筋を総て受けながらも、阿国さんの隙をついては反撃の太刀を出す。本当に凄い戦いだ。


 しばらく打ち合っていた二人だが、一旦お互いに距離を置く。そして、阿国さんが落ちている刀を拾い上げ、その刀を左手で持つと後ろにまわした。


 「ちょ、ちょと、その構えは……」


 まぎれもなく、その構えは私の二刀抜刀斬りの構えだった。阿国さんが盗んだ!


 「ほう、また、怪しげな技を出すつもりか?」


 ――怪しげって何よ!


 「まぁ、つたない小手先の技だけど、ご賞味あれ」


 ――だったら使うな!


 人の気も知らずに、二人はお互いの間合いを計りながらジリジリと近づく。水原にとっては始めてみる構え、警戒の色を濃く浮かべていた。それがわかるだけに阿国さんは逆に攻め込まず、水原の緊張を長引かせ、その緊張が緩んだ一瞬の隙を狙っているのだと分かった。


 確かに、阿国さんの新しい構えは警戒に値するし、その為に水原は阿国さんの一挙手一投足に全神経を注ぐ必要がある。そんなことを長く続けていると神経衰弱となり、判断が鈍くなる。それはすなわち――死を意味する。


 だから、そろそろ動くわね。


 そう思った瞬間、水原が動いた。阿国さんの術中から抜け出すには、自ら動くしかないと、水原は阿国さんに小細工をさせないために激しく打ち込む。


 もちろん、私が編み出した二刀抜刀斬りは、相手の力を上手く絡めて封じ込んで、左手で持った刀で止めを刺す技。相手に切り込んでもらわないと力が発揮できない。いうなれば水原は私の術中にはなったようなものである。


 ――って、私の技だって強調しとかないと、阿国さんの技になってしまいそうで心配だ……。


 「オッサン、何を怯えているのさ。こんな怪しげな技にさ」


 斬撃を受けながら、更に挑発するのはいいけど、その言い方やめて欲しい……切実に。


 「獅子は、例え兎にでも全力で立ち向かうものだ。そんな小手先の怪しげな技に誰が怯えるか!」


 もういい、勝手に言って……。私に構うことなく二人の刀の応酬が続いていた。


 そして、水原の上段からの攻撃を阿国さんは上手く大太刀で絡めると、そのまま一緒に地面へと突き立てる。そこから阿国さんは、素早く大太刀から手を放すと、左手に握っている刀へと手を伸ばす。水原の脇は完全にガラ空きになっており、そのガラ空きの脇にめがけ切り込めばすべてが終わる。


 刀を抜く瞬間、屋敷の裏手から爆発音と共に花火が打ちあがった。その音に驚いた阿国さんの動きが一瞬止まった。その隙に、水原は後方へと飛び退き、阿国さんの刀が虚しく空を切り裂いた。


 「一体何なの!?」


 謎の打ち上げ花火のせいで、千載一遇のチャンスを逃した私たちだが、阿国さんだけが微笑んでいた。


 「お前達下がりな! 早く!」


 阿国さんに言われ、おもわず私たちは塀から離れると、その塀の向こう側から何かが投げ入れられた。その物体が地面に落ちると、内臓を揺さぶる様な激しい爆音を上げて爆発した。


 その爆発により警備兵は大混乱に陥る。更に爆弾は、どんどん塀を越えて送り込まれてくる。


 「どうなっているんです阿国さん?」


 事態が呑み込めず、警備兵のように私の頭も大混乱となっていた。


 「おーい、あねごおおお。こっちですうううう」


 爆弾が投げ込まれている塀から少し離れたところで、男が手を振りながら叫んでいた。


 どうやらその男は、阿国さんの舎弟の定吉さんだった。


 「ほんま、遅いんやからあのバカ。さぁ、逃げるよあんたたち」


 阿国さんの合図で、混乱している警備兵の囲みを抜け定吉さんのいる塀へと走った。


 「お前達、取り乱すな! 賊が逃げるぞ追えええええ」


 鬼のような形相で、混乱を立て直そうとする水原だが、その頃私たちは、塀の近くまで来ていた。


 「阿国さんは、これがあること知っていたんですか?」


 「当たり前やろ――逃げる算段もなく、こない厳重な警備の中へ入り込むほどバカじゃないわよあたいは!」


 阿国さんの言う通りだけど……私聞いてないし……。


 「山三郎さん達も知っていたんですか?」


 「――まさか、キミが知らなかったとは……」


 蒲生さんが、申し訳なさそうな顔で謝る。


 それに引き換え阿国さんは、大笑いしながら走っている。


 いつかこの人を出し抜きたいと、心底思いました。


 私たちが塀に近づいてもまだ、爆弾が塀の向こう側から投げ込まれ、一部の警備兵は混乱したままだったが、水原の指揮の元、体勢を立て直した警備兵が私たちを追いかけてきた。


 「急いで下せえあねさん」


 塀の上から縄梯子を降ろす定吉さん。


 「この愚図が、何をチンタラやってたんだい!?」ぼやきながらも、急いで縄梯子を登り始める。


 「すみません。外の警備を始末するのにてこずってしまって……」


 「言い訳はいいから、次からしっかりやりな!」


 「申し訳ねえぇ、あねさん。それより、後の方々も急いでくだせい、敵がすぐそこまできているんで」


 定吉さんに言われ振り向くと、恐ろしい顔の水原を先頭に、警備兵たちがそこまで来ていた。


 阿国さんの次に私が昇る。次の蒲生さんが縄梯子を昇り始めた時にはもう、五、六歩のとこまで水原が来ていた。とても逃げ切れそうになかった。


 「みなさん耳を塞いでてくだせいよ」


 そういうと定吉さんは、花火玉に火をつけて水原めがけ投げる。


 ちょっと待ってよ! 縄梯子昇っている最中で耳なんか塞げないわよ。


 花火玉が地面に落ちる寸前で、色とりどりの綺麗な閃光と内臓を揺さぶる爆発音を轟かせた。瞼を閉じていても眩しほどだった。


 近くで花火玉が破裂したことで、さすがの水原も動きが止まる。その隙に塀の上に辿り着くと、花火の閃光が輝いているうちに縄梯子を引き上げ、阿国さんたちは塀の上から飛び降りた。


 私は、少し気になり屋敷の方を振り向く。


 「紅なにやってるの、早く降りてきな!」


 阿国さんにせかされ、降りようとした瞬間――花火の閃光が縁側に立つ利休様の姿を浮き上がらせた。


 「なにをしている、早くやつらを追え! 絶対に逃がすな」


 塀越しに水原の怒鳴り声が聞こえた。


 「今度あったときはその首もらうからなオッサン!」


 「お前みたいなとんまに捕まるかぁ。一昨日きな」など、どうみても負け惜しみにしかとれない罵詈雑言を口々に言っていた。みんな一通り言いたいことを終えると闇の中を走っていった。


 私は、最後に見た利休様の事を思い出していた。一瞬だったので確かなことはいえないけど、笑っていたように見えた。


 「阿国さん……利休様、最後に笑っていましたよね?」


 気がつくと、阿国さんと二人だけで闇夜の道を走っていたので問うてみた。


 「あんたも見たのかい。良い笑顔やったね」


 「はい……私は生涯、あの利休様の笑顔を忘れません」


 「……あたいもあんな笑顔で最期を迎えたいものさ」


 いつもの阿国さんじゃないようなことを言っていたけど、確かにそのとおりだ。最期を笑顔で迎えれるように生きたい。


 「――阿国さんは大丈夫ですよ。きっと笑って死にますよ」


 「なんか、あんたトゲのあるいいかたするやない」


 「さんざん迷惑かけられていますからね」


 私の言葉に大笑いで答える阿国さん。


 そして、阿国さんとも別れ、私は家路を急いだ。




                                           <つづく>



   ――次回 最終話 『また、いつの日かって、いい言葉ですよね』――



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