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京の都の見廻り隊  作者: 葉月望
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第十四話 『またまた、大立ち回り』

 月の光を切り裂くような誰何すいかが、私達の鼓膜を揺らし現実へと意識を戻した。


 「囲まれたか!」と蒲生さんの言葉通り、中庭はすでに多数の兵に囲まれ、私達が入ってきたふすまからも数人の兵が陣取っていた。


 私達は手に手に武器を持ち臨戦態勢をつくる。


 「阿国!」初めて聞いた利休様の心の叫びのような声に、振り向く阿国さん。


 二人はしばらく無言でいると、阿国さんが少年のような笑顔を浮かべる。


 「あの世でも達者でね、爺さん」


 「ああ……ああ……。お主もな阿国……」


 死に逝く人に「達者でね」と言ってあげれる器量というか、優しい言葉はないんじゃないかと思えた。そして、阿国さんらしい最後の言葉に、利休様は嬉しそうに何度も何度も頷き微笑んでいた。


 その後は、蒲生さんと山三郎さんが交代で、利休様に言葉をかけ、最後に私が頭を下げて行こうとすると、利休様に呼び止められた。


 「京の狂乱師、紅夜叉よ。あの者、出雲阿国のことを頼んだぞ」


 「え? なぜ私の異名を?」天下の茶聖である千利休様が、一介の不良であった私の異名を知っていたことが驚きもあり、嬉しくもあった。


 「阿国から、よくそなたの名前を聞いていたのでな」


 阿国さんが私の話を……どうせろくなこと言ってなかったんだろうけど……。


 「阿国さんは、私なんかいなくても大丈夫ですよ」


 「フフフ……。あの者は、ああみえて寂しがり屋なんじゃ。」


 ええ!? あの阿国さんが寂しがり屋ですってーー? 天変地異の前触れのような話だ。


 「新しい時代は、そなたたち若い者が創っていかねばならない。特に阿国は、この時代に掛け替えのない輝きを放つ逸材……だが、あやつ一人では輝ききれぬ、そなたたち良き仲間がいてこそなのじゃよ」


 利休様の言葉の一部は理解できた。阿国さんの存在は時代を越え生きるのだいうことは、しかし、その輝きに私達が必要だとは思えなかった。それでも、利休様が言うのだから私はその言葉を信じよう――それが、きっと、それぞれに与えられた運命であり巡り合わせなんだとそう感じた。


 利休様に別れを告げ終わった頃には完全に囲まれていた。


 その囲みを前に、大太刀を担ぎ睨みを利かせている阿国さんは、どんな修羅場をくぐってきたのだろうと、思わずにはいられない程の豪胆さである。


 利休様の後ろのふすまが開くと、更に五人の男達が部屋になだれ込んできた。


 「この者達は私の知人だ。別れをいいに来ただけだから無事に帰してやってくれ」


 利休様が、私達の安全を図ってくださったが、それが通じる雰囲気ではないようである。


 「侵入者は、誰だろうと切り捨てよ! と我が主君から命令が出ています」


 男達は、すでに抜刀して臨戦態勢をとり、いつでも斬りかかれる状態である。


 「あんたたち、気抜くんじゃないよお! 相手はあの上杉景勝配下の武将だ。気合入れていきな!!」


 「賊が気安く我が主君の名前を語るな!」


 取り囲む男達の中から一際目立つ出で立ちで、兜には「風の神、雷の神、火の神」と書かれたうちわをあしらった前立てをつけた武将が現れた。一目で歴戦の猛将といった雰囲気を全身から発していた。


 「チッ、水原親憲すいばらちかのりかぁ……やっかいな男がでてきたな」


 そう言った蒲生さんの全身に緊張が走っていた。あの人が、越後の虎と言われた上杉謙信に、剛の者と讃えられた水原親憲か。


 「相手は女を含め、たった四人だ。さっさと捕らえろ!」


 水原の号令一家、一斉に襲い掛かってきた。しかし、ここは戦場とは違い人数は多ければいいってことはない。私達は部屋を巧みに使い相手に包囲させないように動き回る。


 流石は、大大名家の上杉家の家臣、昨日の賊たちとは違い一合で切り倒せるほど甘い相手ではなく、かなりの激闘を繰り広げることになっていた。蒲生さんも部屋を巧みに使い上手く戦う。山三郎さんは部屋の中央を陣取り、槍をうまく使って、次々と敵を倒していった。


 その中で、阿国さんだけが中庭に降り立ち、あの上杉家家臣団を睨みつけるだけで動けなくさせていた。何度も言うけど、あの人は何者なんだろうか……。


 「ハン! これが天下に鳴り響いた越後の虎の家臣団かい?」


 阿国さんの挑発に、一人の兵が気合の掛け声とともに切りかかる――それを一太刀で切り伏せた。


 「どうした。この男だけかい下半身にちゃんとブラ下げているのは!」


 阿国さんの挑発に、今度は二人が同時に切りかかった――それも、一太刀で二人同時に切り倒す離れ業を披露してみせた。さすがに上杉家の家臣団といえ気後れしていた。


 今日の阿国さんは神憑っている。


 「なんだい他はいないのかい? まったく、これじゃ、謙信公も草葉の陰で泣いてるよ」


 その一言は、家臣団の反感と怒りを一気に増幅させたようだ。今まで阿国さんの覇気に押さえられていた兵達だったが、一気に阿国さんに襲い掛かる――が、突然、兵達が倒れ、足を押さえて痛がり出した。どうやら阿国さんの周りには撒菱まきびしが巻かれていた。


 本当に抜け目のない人だ……。


 「何をやっているたかだか四人の賊に!」


 水原の怒声が屋敷内外に響くと、乱れていた守備隊の隊列が徐々に戻りつつあった。


 「そろそろ次に移るよ! 山三郎、道を作りな! 次にオッサンと紅は三郎の援護、あたしが殿しんがりを務めるから安心しな」


 守備隊の隊列が戻る前に、私達は阿国さんの指示に従い動く。


 先陣を務める山三郎さんが、槍を振り回し敵を威嚇しながら進む。山三郎さんの槍捌きは、昨日廃寺でみせてもらったけど、今日はそれ以上に切れがあり圧巻の動きであった。

 山三郎さんが一突きすれば、道は開けて呆気ないほど容易に進めた。そして、あと少しで塀というところで山三郎さんの快進撃が止まった。


 「賊が、調子に乗るなよ」


 山三郎さんの行く手を遮る様に、上杉家の剛の者水原が、鬼の形相で立ちはだかる。


 「おっかないオッサンがでてきたぜ」


 あの山三郎さんも、水原のだす威厳や貫禄にわずかに気圧される感じであった。その気持ちを払拭ふっしょくするように、気合ある声を吐き出し水原に向かっていく。


 山三郎さんの神技に近い槍を一つ一つ丁寧に受ける水原は、決して華麗でも派手でも目を引くほどの剣技でもないが、その分、確実な剣捌きで付け入る隙が見出せない。


 山三郎さんが止まったことで、徐々に包囲の輪が縮みはじめる。


 「が――いや、さとさん。ここは私に任せて三郎さんの援護に行ってあげて下さい」


 このままではダメだと思い蒲生さんに提案してみた。


 「そうしたいのだが……敵もそれを読んで、わしの動きを封じ込んできている」


 確かに、敵はどうやら私達を各個撃破する作戦にでたようだ。それをされると、たった四人しかいない私達には絶望的であった。


 「ちょっと、どうするんですか阿国さん。このままじゃ、私達……」


「うるさいね! ここは頑張るしかないだろ」


 投げ出したような阿国さんの言葉に、絶望の二文字が頭にくっきりと浮かんだ。


 だったら、私が活路を作る!


 敵の攻撃を払いながらチャンスを窺っていた。


 「やめときな紅。そんなのは通用しないよ」


 私は阿国さんの助言を無視することにした。この状況を打破するには一か八かやるしかない。


 隙を窺い続けると、ついにその時がきた!


 水原が山三郎さんの槍を受け止まった一瞬を狙い、右手の刀を投げた。


 私の愛刀はまっすぐ水原の眉間目指して飛んでいく。水原は目の前の山三郎さんに集中していて私の愛刀が飛来することにまったく気づいていなかった。


 水原の命を取ったと思った瞬間――激しい金属音が響くと、私の愛刀は上空高く跳ね上がっていた。


 水原の眉間に当たる寸前、飛来する私の刀に気づくと山三郎さんと組み合っていた刀で弾いた――が、そのせいで、水原の脇がガラ空きになった。そこを見逃さず、山三郎さんの槍がうねりを上げて襲い掛かる。


 「あの世で謙信に侘びなオッサン!」


 「うおおおおおおおおおおおお」


 大地を揺るがさんばかりの雄叫びをあげて、山三郎さんの槍を左手で受け止めた。


 「――謙信公もそうだが、得体の知れぬ賊にやられたとあっては景勝様や、水原家ご先祖に対して面目ないわ!」


 鼻息荒く声を荒げて言い放つ。山三郎さんが慌てて槍を引き抜こうとしたが、ビクリとも動かず、槍を握った左手から血が流れていた。


 「成敗!」と右手の刀で山三郎さんに斬りつける。


 山三郎さんは槍を手放したことで、水原の攻撃をかわせたが、完全に丸腰になった。


 「逃がさんぞ」


 丸腰の山三郎さんを睨みつつ、水原は奪い取った槍を投げると傷ついた左手を一舐めする。




                                           <つづく>



   ――次回 第十五話 『私、聞いてませんよ!?』――



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