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京の都の見廻り隊  作者: 葉月望
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第十三話 『茶聖、千利休』

 聚楽第じゅらくだい付近に到着すると、すでに山三郎さんたちが準備を済ませて待機していた。


 近づく私達に気づくと、少し呆れたようなため息をつきつつも微笑みで迎えてくれた。


 「覚悟はできたようですな帰蝶殿」


 「生娘が、男も知らずに死ぬでもしらないぞ」


 山三郎さんの毒舌も、この時は何故か心地よく聞こえた。


 聚楽第じゅらくだいのいたるところに篝火かがりびが焚かれ、塀沿いには、等間隔で完全武装の見張りの兵が立っていた。こんな厳重な警備を敷かれた聚楽第じゅらくだいに進入して、利休様を助け出すという極めて難易度の高い任務をこれから行おうとしているのに、なぜだろう――このわくわくしたような気持ちは……。


 「そろそろ、陽動の騒動が起こるわ」


 これから行う作戦の概要はこうだ――私達の進入する側とは反対の場所で、阿国さんの仲間の芸能者たちが騒動を起こす。そちらに注意が向いている間に、私と阿国さんと蒲生さんと山三郎さんの四人が聚楽第じゅらくだいに潜入して利休様を救い出す――それが大まかな作戦だが……ほとんどは行き当たりばったりのようなザルのような作戦だ。


 合図の騒ぎが起こるのを待っていると、闇から一人の男性がかけよってきた。その男性は以前バカ若――山三郎さんを高いお座敷に案内した男で、確か定吉さんという軽業師の芸能者だそうだ。その定吉さんが阿国さんに耳打ちすると「いくわよ!」と阿国さんが小さい声で合図を出した。


 予定通り、屋敷の反対側にいる私たちにも聞こえる程の陽動の喧騒が聞こえ始めた。その音が聞こえ、塀を守っていた兵が数人いなくなる。おそらく騒ぎの応援に行ったのだろう。これで隣の兵との間隔は広がった。私たちのいる場所から近くにいる兵に、山三郎さんと蒲生さんが素早く駆け寄り気絶させた。用意していた熊手付きの縄を塀の屋根に引っ掛けよじ登る。


 塀を越え中を窺うと、煌々《こうこう》と篝火がたかれ、その光が日本庭園に見事な陰影をつけてより、美しく魅せていた。


 屋敷の近くには、僅かに人が残っていたが、篝火の揺らめきと同じく、その動きは慌しいものであった。


 しばらく息を殺し見守っていると、警備の兵の姿が見えなくなったので、一気に中庭を駆け抜け屋敷に取り付く。


 なんとか、ここまでは誰にも気づかれずに来れた。


 「予定通りだね。で、どこに爺さんがいるかわかってるのかい?」


 「ああ、ここにしっかりはいってるよ」と山三郎さんが頭を指差す。


 辺りを警戒しながら屋敷の中をゆっくりだが、なるべく急ぐように移動していく。


 屋敷は外から見るより広く、間取りが分かっていないと、探すだけで朝まで時間がかかりそうな程広そうだった。だが、私たちにとって幸運なのは、屋敷の中は意外なほど警備の手が薄く、おそらく外の警備に兵を割き、中まで入らせないつもりの布陣なんだと思った。そのおかげで、屋敷内を自由に動き回れるわけである。


 「止まれ!」と小声で山三郎さんが囁く。


 山三郎さんが指し示す方向に二人の人影が立っていた。どうやらあそこに利休様が監禁されているようだ。


 「俺と郷舎殿で、中庭を横切って向こう側に回るから、お前達でこちら側の見張りを倒してくれ」


 山三郎さんの作戦に頷く。


 「めんどくさいね……」と言い、阿国さんが歩き出す。


 「ちょ、ちょっと待ってください!」


 みんなの静止を完全に無視して廊下を走り出した。


 「くそっ!」山三郎さんが、苦々しい顔で阿国さんの後を追う――私達も続いた。


 「な、なにやつ!?」見張りの男達が阿国さんに気づいた時には、一撃で男を気絶させ、続けざまにもう一人の見張りに金的を食らわせる。男はうずくまるように倒れ失神していた。それを見た山三郎さんたちも痛そうに自分の急所を押さえていた。そんなに痛いものだろうか? 女の私達にはわからない……。


 「この、じゃじゃ馬が!」


 山三郎さんが、小声で阿国さんを叱りつけた。


 「もたもたしている時間がもったいないやろ――男の癖に小さいこと気にしなさんな」


 山三郎さんの怒りを平然と受け流す阿国さん。


 「名乗らぬ無礼をお許しください。我々は利休様をお迎えに参った者です」


 阿国さんと山三郎さんのやりとりにかまわず、蒲生さんはふすま越しに利休様に話しかけていた。


 「……入りなさい」


 ふすま越しから聞こえた声は、私がイメージしていた老齢な声というよりも、ピンと張り詰め、凛と響く深い声色だった。


 「――失礼します」と蒲生さんがゆっくりとふすまを開けると、部屋の奥に背筋が伸びた黒い影が、月を背景にまるで芝居のワンシーンのようにたたずんでいた。


 「折角、これほど美しい月夜に来てくれたというのに、もて成すすべがなくて残念だ」


 月明かりのせいか、やつれた表情が青く浮かび上がり、病人のように思えたが、その眼には優しさと穏やかさをたたえ、それでいて毅然と他者を圧倒する鋭さを奥深くに忍ばせているような双眸そうぼうのように思えた。


 「利休様。我が主君――」


 「四知じゃよ」


 凛とした佇まいのまま利休様の鋭い一言が、蒲生さんの言葉を止めた。


 「――お心遣いありがとうございます」


 利休様の言った四知とは、古代中国の名言〈四知〉の引用だと思われる。楊震ようしんという高官のもとに、ある夜、お金を届けに来た男がいた。その男は楊震に推薦してもらって役人になれたので、お礼の意味を込めた賄賂のお金を渡そうとしたのだが、楊震ようしんは断った。それでも男は「ここには誰もいませんから、どうぞお受け取り下さい」と更に差し出しましたが、「天が知っている。地が知っている。私が知っているし、君も知っている。知る者がいないなど、とんでもない!」と言って断り、その言葉に男はたいそう恥じてその場を去った。今、主君である蒲生氏郷様の名前をだせば、必ず露呈するだろうと、そうなれば蒲生家とその家臣たちに迷惑がかかる。それを利休様は四知という名言を出して、蒲生さんの言葉を止めたのであった。そのことが分かった蒲生さんは、利休様の優しさに深々と頭を下げた。


 「では、端的たんてきにお話します――御身の救出と、その後の安全を図りますので、まずはここからの脱出をいたします――ご準備を」


 私の心臓は高鳴っていた。利休様は選択肢を得た。あとは、その選択肢の中からどれを選ぶかは……利休様しだいである。


 「そなたたちの気持ちはありがたい――だが、わしは、ここから逃げも隠れもせぬよ」


 静かに答えたが、その静かさとは裏腹に固い決意に満ちた声だった。


 意外な答えに、蒲生さんは驚き動揺していた。阿国さんと山三郎さんは軽いため息をついた。私は……少しの驚きと、どこか得心した気持ちだった。多分その得心したのは、利休様の佇んだ姿勢を見た時だろう。その姿は、何か固い意志を持った人間特有の存在感のあるものであった。


 「な、なぜでございます。ここにいては不当に殺されるだけですぞ」


 なおも説得を試みる蒲生さんの必死の形相を見て、利休様は苦笑いを浮かべ返答に困っているように私にはみてとれた。


 「……阿国や、いるんだろ! 隠れていないで出て来なさい! 結果が分かっているのに、何故、この者達に危険なことをさせた」


 頭を掻きながら、ゆっくりとふすまの裏から姿を表す。


 「あたいだって万能じゃないんだよ。あんたの気持ちを完全に把握しているわけやないんでね。万が一にも爺が、生きたいなんてぬかすかもしれないやろ!」


 「笑止! この期に及んで、そんなことぬかすか阿呆め! わしを説得するより、この者達を説得するほうが容易かろうに……まぁ、お前の言わんとすることも分かる。よく来てくれた。その気持ちだけありがたく受け取っておくよ」


 明日にも切腹を言い渡されるかもしれない状況で、笑顔を浮かべれる利休様は、さすがに天下人を相手にしてきただけはある。


 「それでは、我々が主君に叱られまする!!」


 「そなたらの主君が何者かは知らないが、おそらくわしの知っている者ならば、わしがそう申していたと言えばわかるはずじゃ」


 「……むざむざ、無実の罪で死ななくてもよろしいでしょう。どうか我々と共に脱出してくだされ」


 深々と頭を下げる蒲生さんは、主君の命令だけではなく個人的な気持ちが込められているのが分かった。


 「――何を言っても無駄だよ! この爺さんは言い出したら聞かないから、放っておきな――まったく、やっぱりついてくるんやなかったよ」


 そういうと、阿国さんはさっさと立ち去ろうとする。


 「これ、待ちなさい阿国!」


 「なにさ爺さん。今更命乞いかい?」


 「いや、お前さんにわしの辞世の句を聞かせてやろうと思ってな。これが傑作なのじゃよ」


 イタズラ小僧のような笑顔を浮かべる利休様。


 「どうせ、ろくでもないものだろうけど……爺さんの最期の願いだ、聞いてあげようやないの」


 どっかと胡坐あぐらをかいて座る阿国さん――この二人は状況がわかっているのだろうか? まるで日常の会話のようにしているが、いつ警備の人達が戻ってくるか分からない状況を意に関することなく、自らの死すら愉しむようにしている。


 「――では、いくぞ」


 「人生七十力囲希咄 吾這寶剣祖佛共殺 堤る我得具足の一太刀 今此時ぞ天に抛」

 〈人生七十年。えい! やぁ! とう! 我がこの宝剣で、祖仏も共に我と共に殺してしまえ、上手く使いこなすことのできる刀を引っさげて、今、天にこの身を放つ〉


 ――という感じの事を言ったみたいだけど……聞き終えた後、しばらくみんなに沈黙の帳が下りた。


 突然阿国さんが大声で笑い出した。


 「いいんやないの爺さん。あんたらしい辞世の句だ。後世まで残るよ」


 阿国さんの笑顔に、利休様も大きな笑い声を上げ「じゃろう、じゃろう」と子供のように目を細め笑っていた。


 私達は理解に苦しみ、お互いの顔を見合わせ苦笑いを浮かべる。


 「……のぉ、阿国や、最後にお前の舞が見たい」


 利休様が笑顔のままそう告げた。その言葉に阿国さんは、夜空に浮かぶでっかいお月様を見上げたまま黙り込む。


 「――そうさね、まだ、完成していない舞やけど、爺さんの餞別せんべつに今までに見たことのない舞を見せてあげるよ」


 縁側に出て、月を背景に手を腰に当てて立つ。


 「お、阿国殿、そんなことをしている暇はないぞ」狼狽える蒲生さん。


 確かに、いつ見回りが戻ってくるか分からない状況で、のんびり舞を舞っている暇などないはず――だけど、阿国さんの舞を利休様に見せてあげたくなった。


 「なぁに、神様か仏様もそんなに無粋じゃないよ。爺さんの最後の願いぐらい聞き届けてくれるだろうさ」


 「そうだぜ郷舎殿、ここはどっかと阿国の舞を見せてもらおうじゃないか。酒がないのが寂しいがな」


 山三郎さんは胡坐をかいて座りだした。私もその場に座る。


 それを見て、諦めたように大きなため息を吐き、蒲生さんも観念して座る。


「さぁーー! 阿国よ! 天、地、人、総てがお主の舞を心待ちにしておるぞ」


 両手を広げ利休様が阿国さんを鼓舞する。


 「神も仏もまだ見たことない舞を見せてあげるよ!!」


 啖呵をきった阿国さんは、意識を集中させると、月の光をまるで一身に浴びているようにキラキラと輝き神々しかった。そして、まるでいにしえ天宇受賣命アマノウズメノミコトのように舞い始めた。


 その舞は、阿国さんが男装にふんした様子を表現しながら、小刻みに踊り、時に力強く、時に優しく踊り、それは傾く者をイメージして踊っていた。


 舞について詳しくないが、確かに一度も見たことのない舞であった。その奇抜さ、その妖艶さ、そして、なによりもその情緒じょうちょが見事に表現され、観るものを圧倒しつつ引きずり込む不思議な魅力がある舞だった。すると、山三郎さんも立ち上がり、阿国さんに合わせるように舞い始めた。その舞はまるでかよわい女性のような物腰でありながら、傾く者のように奇抜な動きを魅せていた。


 戦国時代最高の美少年とうたわれた山三郎さんの舞は、京一の芸能者、阿国さんと並んでも遜色そんしょくがなく、動きや演技、そして美しさを兼ね備えていた。そして二人の共演は、まるで何年も何回も練習を一緒に重ねてきたかのように、息の合った舞を魅せていた。


 月の光が、流れるように二人を照らす、その煌めきが、まるで音楽を奏でているようであった。本当に二人の舞は、太古に神々が踊った神聖な踊りのような、燦然さんぜんとしたものである。


 私達の心は、悠久の時を旅しているような、そんな幻想に心を埋没させ、時が経つのを忘れさせていた。そして、太古の神々の踊りや舞に浸るように埋没していった。


 ――阿国さんたちの踊りが終わってもまだ、心は悠久の時の中を漂うように呆然としていた。


 ――パチパチパチ。と私達を現実へと引き戻す拍手が聴こえた。


 「至極至極。お主の言うとおり、それは誰も見たことのない舞だったな。ゆうなれば、そう! かぶく者の舞。傾奇かぶきの舞だな」


 利休様は穏やかな笑顔で何度も頷き、手を叩いて褒め称えた。


 「傾く者の舞で、傾奇か……。うん、いい名前だね」


 後の世の話になるけど、阿国さんが今演じた踊りが大流行して、歌舞伎という新しい演劇が誕生するのであった。――が、それは後の世の話で、今の私達には関係のない余談である。


 私達は、阿国さんの素晴らしい踊りに魅了され、現実を失念していた。


 「そこにいるのは何者だ!」


 月の光を切り裂くような誰何すいかが、私達の鼓膜を揺らし現実へと意識を戻した。




                                           <つづく>



   ――次回 第十四話 『またまた、大立ち回り』――


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