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京の都の見廻り隊  作者: 葉月望
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第十話 『紅夜叉伝説再び』

 やられた! と思った瞬間。


 「帰蝶!」と阿国さんの声が聞こえ、倒れている男の刀を私に向け蹴り飛ばす。その刀はするどく回転をしながらまっすぐに私に向かってきた。


 私はその刀を右手で受け取ると、背後から切りかかってくる男の刀を、受け取った刀で受け流す。その反動を利用して左手の刀で男を切って捨てた。


 「くそガキがああああ」


 余裕の笑顔から一転して、伴佐衛門は悪鬼の如き形相で向かってきた。私は両手の刀をクロスさせ伴佐衛門の刀を受ける。力任せに刀を押し、顔を近づけ睨み殺すような表情をしていた。


 自分で言うのもなんだが、この若さで数々の修羅場をくぐって来たんだ、そんな形相に怖気づいたりはしないわよ――とはいえ、いつまでもオッサンの形相を間近で見たくない。私は右足で、伴佐衛門の腹部を蹴り飛ばしてやった。


 伴佐衛門は地面を二回転ほどして止まると、地面に唾を吐き捨て、若干冷静さを取り戻した表情をしていた。私は伴佐衛門が地面を回っているうちに右手の刀を地面に突き立てると、左手の愛刀を鞘に収め鞘を握り左手に持ち腰の後ろに隠す。そして地面に突き立てた刀を右手で握りなおすと伴佐衛門に向け構える。私が編み出した二刀流抜刀斬りの構え。


 「ようやくでたね、紅夜叉の本気の構えがさ。これからが面白くなるよ」


 阿国さんの茶化す声が微かに聞こえる程度、私は意識を目の前の伴佐衛門に集中させる。


 「……ガキが何をいきがってんだ。ぶっ殺してやるよ!」


 伴佐衛門はまた左腕を袖に隠すと、右手で刀を構えて私に向かってきた。今度はさっきまでの私とは違い二刀で対峙できている分、左の袖に何かを仕込み仕掛けてきたとしても対応できる状態である。


 そして、私の間合いに伴佐衛門が入ると、私から斬りかかった。それを受けた伴佐衛門が上段から斬りつけてきた――私が受け流すと突きを繰り出す――伴佐衛門がかわすとお互い態勢を立て直した。


 伴佐衛門との片手同士の激しい応酬だが、お互い相手の左腕に意識をとられる分相手の出方を窺うような戦いとなる。どのタイミングで伴佐衛門の左腕の何かが仕掛けてくるのか、また、伴佐衛門も私の後ろに隠した左腕の刀をどのタイミングで使ってくるか分からず、まさに右手の刀のやり取りは、自分の仕掛け時を計りつつ相手の仕掛けに注意するやり取りである。


 そして、チャンスは私の方が先だった。伴佐衛門が刀を振り下ろしてきたのだった。


 今だ!


 私は伴佐衛門の刀を受け流し、地面に一緒に向かわせようとしたが、何故かいつもより自然にというか、私の刀も地面に吸い寄せられるように向かって行く――そして私と伴佐衛門の刀は地面に突き刺さった。


 その刹那、いつの間にか私の眼前に伴佐衛門の左袖があった。そこから抜き身の小刀が現れる――その小刀は、私の顔があった場所を通過して髪の毛を数本切り落としただけだった。これはかわそうと思ってかわしたのではなく、右手の刀が地面に刺さった瞬間に、左手の愛刀を抜こうとして顔が動いたおかげで、伴佐衛門の投げた小刀をかわせたのである。まさに、私の二刀流抜刀斬りのおかげであった。


 無防備になった伴佐衛門の懐めがけ愛刀を一閃させた。


 右手に肉を切る感触はあったが、いつもの鈍く嫌な感触ではなく軽い感触だった。


 「浅かったか!?」


 伴佐衛門は地面を転がり間合いを取ると、左手で右のわき腹を押さえ片膝をついた状態でも、臨戦態勢をとっていたのはさすがというしかない。


 どうやら私は、伴佐衛門の小刀の突きに反応して僅かに腰が引けたせいで、踏み込みが甘くなり、一撃で仕留める事が出来なかったようだ。


 「あなたの負けよ、大人しくお縄につきなさい」


 伴佐衛門は丸腰の上、わき腹に傷を負った状態――私の勝利は確実のものとなった。


 「あめぇんだよ! 斬れるうちに斬っておかないと後悔するぜ」


 負け惜しみとしかとれないセリフを吐くが、経験上伴佐衛門の言うとおりである。この手の輩は殺すまで食らいついてくる。負ける事とは死ぬこと、勝つためにはどんな手段でも使う。それが彼ら裏の世界を生きる男達である。だから私は伴佐衛門の動きを完全に封じるために、切っ先を喉仏に突き立てようと一歩踏み込んだ。


 「危ない紅!」阿国さんの叫び声が聞こえた瞬間――私の刀に馬が体当たりしたような重く激しい衝撃が伝わると、一瞬で私の右手から刀を落とさせた。


 「いッたぁい!?」


 右手に激しい痛みを残したその衝撃の正体は、五右衛門が扱っていた鉄扇子であった。


 「あっ、残念無念だなぁ~~、おッ、お嬢さんよぉ~~」


 あの男、阿国さんと遣り合っていながらこちらの様子も窺っていたなんて――只者じゃないわね……まぁ、只者じゃないわね、あのしゃべりかたと動きは……。


 相変わらず下駄をガタガタ鳴らし、怪しい動きをしながらしゃべる五右衛門。


 「だから言ったろうが、斬れるうちに斬っておかないと後悔するってな!」


 伴佐衛門は近くに落ちていた刀を拾うと、切っ先を私に向けてきた。鉄扇子に刀を弾かれ、私は完全に丸腰となっていた。


 自分の言葉を実践するように、伴佐衛門は容赦なく斬りかかって来た。必死に伴佐衛門の繰り出す攻撃をかわすが、徐々に伴佐衛門の刀は私を捉え、見廻り隊の羽織を切られ、髪の毛も切られ、顔も切られたりと追い詰められる。


 だけど、何が不幸か幸福か分からないものである。


 伴佐衛門の刀をかわしていると、倒れている男につまづき転んだ。


 「とことんツキのない女だな! 死ねええええええ!!」


 嬉々とした顔で、伴佐衛門が大きく振りかぶる。


 ――ダメだと思った時に、手に触れた物があった。それは、私が躓いて倒れた男の刀であった。


 私は夢中でその刀を掴み、振り下ろされてきた伴佐衛門の刀を防いだ。激しく軋む鉄と鉄の音、なんとか最悪の事態は避けれたが、それでも伴佐衛門が覆いかぶさるように全体重を刀にかけてきた。


 ギリギリと嫌な音が刀と腕から聞こえながらも、必死で伴佐衛門を押し返そうと抵抗するが、さすがに男一人の体重と押さえ込まれる力にはかなわず、じりじりと伴佐衛門の刀が目前に迫ってきた。


 「そのかわいらしい顔も二目と見れない顔になって死ね」


 こんな緊急事態なのに、かわいいという言葉におもわず反応してしまった自分が情けなかった。


 ――もうダメ……。


 その時だった。廃寺を囲むように声が聞こえてきた。


 「京都下京見廻り隊だ、大人しくしろ!」


 聞き覚えのある野太く下腹に響く重低音の大声は……間違えない父の声だった。


 「くそ、手こずり過ぎたか――逃げるぞ五右衛門!」


 伴佐衛門は刀を引き、五右衛門の合図も待たずに裏へ逃げていった。私は全神経と体力を使い果たし、起き上ることが出来ずにいると、次々と見廻り隊士達が廃寺の中庭になだれ込み、逃げ遅れた強盗団の残党と交戦状態になっていた。


 怒号と激しいつばぜり合いの音が響く中、精も根も尽きて寝転がったいた私に気づいた父が近寄ってきた。


 「帰蝶、こんなところで何をしていた?」


 「説明は後でします。あいつらは連続押し込み強盗犯です。必ず捕まえてください!」


 「そのタレ込みがあったので急いできたのだ。とにかく後で必ず説明してもらうぞ!」


 私の肩を強く握る――痛いって、本当に力加減の分からない人だ。


 「無事で良かった」とポツリと呟き、肩にほんのりと父の温もりを残し盗賊団を追う。


 一瞬自分の耳を疑ったが、少し嬉しかった。


 その頃、山三郎さんたちと戦っていた盗賊団の男達も伴佐衛門の後を追って逃げたり、逃げ遅れた男たちは激しく抵抗を試みていた。


 そして、阿国さんと戦っていた五右衛門は見廻り隊士に囲まれていた。阿国さんはすでに戦闘意欲が失せているみたいで大太刀を収めていた。


 「まったく、どいつもこいつも無粋なやつらだぜぇ、せっかく美人と楽しくまぐわっていたのによぉ~~、しょうがねぇ~~、またなぁあぁ~~、美人さんよぉ~~」


 これだけの見廻り隊の猛者に囲まれ、平然としている五右衛門はやっぱり只者ではない。


 「阿国いいいい、お前までいたのか! 何をやっていたんだ」


 父の問い詰めを無視して、私の方に歩いてくる阿国さん。


 「阿国いいか、お前にも後でちゃんと話を聞くからな!」


 「それより、その男逃がさないようにね~」


 吠えまくる父に阿国さんは、振り向かず手を振り答える。


 「分かっているわい。この状況で逃がすものか」


 「生憎あいにくだなぁ~~お侍さんがた。あっしは、日本一の、あッ! 大泥棒~~石川の五右衛門だぁ~あッ! 必ずまた、この京に~~戻って、くる、ぜぇ~~」


 十人の見廻り隊士に囲まれながらも大見得を切る五右衛に、隊士たちは殺気をみなぎらせていた。


 今にも襲い掛かり切り刻まれそうだった五右衛門は、天に向け鉄扇子を投げる。


 鉄扇子は、五右衛門の背後にある廃寺の屋上に突き刺さる。その鉄扇子の先端には縄が結ばれ、それ利用して五右衛門は見廻り隊士の囲みから、嘲笑うように廃寺の屋上へと逃げた。


 「だから言ったのに……」


 阿国さんは、鮮やかな五右衛門の手際にやられた見廻り隊士をため息交じりでなじる。


 「逃がすな! 追え追ええええ!」


 廃寺の屋上へ向けて怒号が飛ぶ。それを尻目に五右衛門は、同じ要領で隣の家の屋根へと飛び移ろうとしたところを、一人の見廻り隊士が塀を三角飛びしながら登ると五右衛門の縄を切る。その擦れ違いざまに、五右衛門へ斬りかかる――その斬撃を五右衛門は下駄で防いだ。そして、その太刀を踏み台にして隣の家の屋根に飛び移る。


 「剣呑けんのん剣呑!」


 下駄を脱ぎ捨て、五右衛門は高笑いをあげながら家屋の屋根を渡り闇夜へと消えていった。


 五右衛門の身軽さに驚いたが、それ以上にその五右衛門に果敢かかんに挑んだのが、あの柳生宗矩だったのがもっと驚いた。




 ――後日談だけど、今日取り逃がした五右衛門は後に京の町を騒がせるだけでは飽き足らず、時の権力者太閤秀吉に挑んで捕まった。そして、京都の三条河原で生きたまま油で煮られる。処刑される直前に五右衛門は、辞世の句を詠んでいる「石川や 浜の真砂は 尽きるとも 世に盗人の 種は尽きまじ」という句で、この句の意味は、「五右衛門一族がなくなっても、砂浜の砂が無くならないように、盗人は世の中からは消えないだろう」ということである。彼らしい最期の皮肉であった。



 見廻り隊の全員は、逃げる五右衛門一味の後を追った。


 ――廃寺に残るは、私と阿国さんと山三郎さんと斯波さんだけになった。


 「……説明してもらってもいいですか阿国さん」


 真正面から阿国さんを睨む。


 「そう慌てなさんな紅夜叉、ゆっくり話せる場所で話そうか」


 阿国さんにそう言われ廃寺を後にした。




                                           <つづく>



   ――次回 第十一話 『散り散りの心』――

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