表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
京の都の見廻り隊  作者: 葉月望
1/16

第一話 「京の治安を警備する、その名は見廻り隊」

 天正十九年二月二十一日(一五九一年四月十四日)羽柴秀吉が正親町天皇から豊臣の姓を賜り、太政大臣に就任――平安京大内裏跡(内野)に朝臣としての豊臣氏の本邸『聚楽第じゅらくだい』を構える。そして、後北条氏を下し天下を統一することで豊臣秀吉は戦国の世を終わらせた。


 順風満帆に思われた関白秀吉だったが、後継者に指名していた鶴松が病死した。そのため、甥・秀次を家督相続の養子として関白職を譲り、太閤(前関白の尊称)と呼ばれるようになる。


 ようやく訪れた平和な世を祝福するかのように、京の都にお天道様の光が燦燦とやさしく降り注ぐ。こんな穏やかな陽気の日には、下京の町を活気良く動き回る京人達だけど、私とすれ違う人の顔は、どれも梅雨のお天気のように、じっとりと、暗く、沈んでいた。


 そして、その人たちの口々に上る話題は――

 「聞いたか? 今度は山上屋が『修羅鬼』に襲われたそやぞ!」


 「まったく、ようやっと戦乱の世も終わりつつあるってんのに、いつになったら落ち着くのやら……」


 ここ最近、商人の家々に押し入る『修羅鬼しゅらき』と瓦版などで呼ばれる連続強盗団――奴らは押し入った商家の者を皆殺し、放火まで行う悪逆非道ぶりに京の町の人々は、戦々恐々として夜を過ごしていた。それが京の人たちの顔を暗く沈ませている要因だった。


 ――だがしか~し、京の町の人たちにとって暗い話でも、私にとってはむしろ僥倖ぎょうこう! 幸運である!


 下京の見廻り隊に入隊して一年目の私、京極帰蝶きょうごくきちょうにとって、この事件は出世へのチャンス!


 これだけの大事件を私の手で、下手人たちを捕らえれば、あの頑固で頑迷な私の上司でもある見廻り隊副隊長の父や見廻り隊の仲間、それとあのお坊ちゃんでいけすかない同僚の宗矩むねのり……あいつは事あるごとに私を馬鹿にしたり、からかってくる最低な男。どこかの剣道場の御曹司らしいが、あんなやつが跡目を継いだらその道場は間違いなく潰れるわね、断定してやるわ!


 そんな奴らの鼻を明かして、女にだって町を守れるんだってところを分からせてやるんだから!


 そう息巻き、まだ真新しい見廻り隊の制服である白地に袖口と裾に山形の模様(ダンダラ模様)下京の見廻り隊の隊色の紅色に染めあげた羽織と、白い布の上に銅板を張り付けた額当て、その銅板に皇室御用達の桐紋が刺繍ししゅうされており、その桐紋入りの額当てが私達見廻り隊の誇りである。その誇りを着込み、下京の町を巡回する。


 「きゃぁっ! 引ったくりよぉ」


 鷹の様に目を光らせて歩いていると、中年女性の叫び声が私の鼓膜を震わせた。

 瞬時に身を翻し、羽織を風にかせ中年女性に駆け寄る。


 「引ったくりよ捕まえて!」と何度も叫びながら中年女性が慌てて走る男の背を指示していた。

 「任せて!」と京の町の治安を預かる見廻り隊隊士として、治安を乱し、か弱い女性から物を奪う卑劣な引ったくり犯を逃がしはしないわ!


 「何!? あたしより貧弱な娘がひったくり犯なんか捕まえれるの? 心配やわ~」


 わざとなの? と疑いたくなるほど大きな声でボヤく中年女性の声を背中で受け流し、私はひったくり犯を追いかけた。


 無駄だと分かりつつも逃げる引ったくり犯に「待ちなさい!」と叫ぶ――が、案の定待ちなさいと言われて素直に待つ悪者はいないわね。


 でも、逃がさないわよ!


 ――真新しい羽織を風に靡かせ走る。走る。全力で走る。


 足の速さには、それなりの自信はあったのだけど……追いつけないなんて……。


 しかも、引ったくり犯は人波を縫いながら走っている。それなのにどんどん離されていくなんて……とんでもなく足が速く敏捷性のある引ったくり犯。


「逃がさないわよ、引ったくり犯!」負け惜しみに叫ぶと男は振り向き――


 「わしは韋駄天小僧って言われてんや。そのわしに追いつけるかよ」


 そう言うと男は立ち止り、舌を出して自分のお尻を叩き私を挑発してきた。


 ムカつくぅぅぅぅッ。絶対捕まえる!


 しかし、私の意志と思いに反して、男との距離は徐々に広がっていく。


 少しだけ、私の心に諦めの芽が顔をのぞかせた時だった。引ったくり犯の行く手に大勢の人達が集まっているのが見えた。


 天啓!


 引ったくり犯はその人垣を避ける為、回り込もうとしていた。この天啓を活かすべく、私は前方にいる大勢の人の集まりに向け、「その男捕まえてくださぁぁぁい!」とありったけの声を張り上げた。


 ひったくられた中年女性に負けないぐらいの声で叫ぶと、大勢の人垣が真ん中で割れ、一人の男性が現れた。


 その男性は理解を示したように右手を大きく振り、そして木刀のようなものを握ると引ったくり犯に向け無造作に投げた。


 ――しかし、投げた木刀は、引ったくり犯の頭上を激しく回転しながら飛び越えていく。


 あーん、下手くそ!


 引ったくり犯も頭上を越えていく木刀の軌道を確認して、高笑いを上げながら振り向く。そして、一気に加速して私を振り切ろうと目論んでいるように上体を沈めた。

 ――だが、引ったくり犯の頭上を越えたはずの木刀は、弧を描いて地面に落ちると引ったくり犯に向かって襲い掛かった。

 加速した途端だったのと、完全に油断していた引ったくり犯は、バックスピンがかかり自分に向かって来る木刀をよけることが出来ず、自ら突っ込むように木刀の切っ先にあたる鋭利な部分が、引ったくり犯の股間に深々と突き刺さった。


 「うきゃうんんんんん」


 今まで聴いたことのない奇声を発しながら、引ったくり犯が活きよいよく転ぶ。その後は股間を押さえ、涙を流しながら小刻みに震えていた。

 女の私には分からないが、相当痛そう……しかし、女性の荷物を引ったくったりした天罰であろう。


 見事に? 引ったくり犯に木刀をぶつけた男性を讃えるように、集まっていた人々から大喝采が起こっていた。

 私はようやくその人だかりに近づく――と嫌な予感がした。

 昼間から大通りに大勢でたむろう。しかも、集まっている人たちの風体はちょっと、いや結構怪しげであった。

 まぁ、それでも引ったくり犯を捕まえてくれたんだし、市民の協力に感謝の言葉をかけようと私はその人垣の中心にいる男性に近づいた。


 「どうもご協力ありがと――って、ああああ! 阿国おくにさん」


 「やっほぅ、紅夜叉べにやしゃ


 男性だと思っていた人は私の知り合い、いや、天敵とも言うべき阿国おくにさんだった。


 「もう、止めて下さいよ、その呼び方……」


 私の嫌がる姿を見て喜ぶ阿国さんは、無邪気という言葉がピッタリの満面な笑顔を私に向ける。

 ほんと、この人は変わり者、いや、そんな生やさしい言葉で片付けれるような人ではない。この阿国さんは、私より一つ年上の十八歳。スラリとしているが、出るとこは出て、ひっこむところはひっこんだ男性だけではなく、女でも見惚れる理想的な体型をしているしかも長身で美人と言える顔立ちは、まさに非の打ち所もない完璧な女性なのだが……その出で立ちが奇妙で、男物の着物を着崩し、腰には嘘か本当か、阿国さんいわく、天下の名刀と歌われた大業物おおわざもの大太刀〈数珠丸じゅずまる〉を下げ、腰まで届くほど伸ばした髪の毛先はバラバラで、大きな胸の谷間を見せびらかすように京の町を闊歩して歩く姿は、まさに傾奇者かぶきものの称号がよく似合う変わり者であった。


 そんな阿国さんだが、出雲大社勧進興行いずもたいしゃかんじんこうぎょうの祭礼の巫女でもあり、仮装や行列に踊りを結びつけ、歌やはやしを伴った小歌踊りの風流踊りをする芸能者げいのうものとしての一面ももっていた。

 ――が、ほとんど昼間は怪しげな連中を集め、バカ騒ぎをしていては問題事ばかり引き起こしていた。その例として、変な発明家に協力したあげく、あわや京の町を吹き飛ばす大事件を起こしたり、町で見かけた武士が偉そうにしているといって、その武士の屋敷に肥溜めを撒き散らしたり、酒に酔っ払って大勢で京の町を裸で徘徊したり、京の豪商人を騙して大金をせしめるが、バレて四条河原に裸で吊るされたりと、とにかく問題ばかり起こすので、見廻り隊でも第一級要注意人物の筆頭に挙げられるほどである。

 私は引ったくり犯を縛りながら阿国さんを取り囲んでいる人達を観察する――どうやら阿国さんと同じ芸能者げいのうもの傾奇者かぶきもの、または職もない放浪者などが集まっているようだ。

 絶対怪しげなことをしていたに決まっている! と私は確信めいたものを感じた。


 君子危うきに近寄らず。さわらぬ神に祟りなし!


 「……こんなところで阿国さん、何してるんですか?」――嗚呼~私のバカ……。


 ついつい見廻り隊の職務と責任感が阿国さんに問いたださずにはいられなかった。


 「異邦人いほうじんとのコンタクトやけど?」


  ――聞くんじゃなかった……。


 私の本能が、これ以上関わり合うなと危険信号を激しく明滅するので、お茶を濁すように笑顔を浮かべ、引ったくり犯を引き立てようとした。


 「それではみなさん、引ったくり犯の捕獲にご協力ありがとうございました!」


 深々と頭を下げ、足早にこの場を退散しようと急ぎきびすを返す。


 「おう! 今度はご褒美に、その可愛らしいお尻触らせてな帰蝶きちょうちゃん」


 ――やめろ! 私に関わらないでよ!


 下品な冗談に大爆笑している男達を全員セクハラでとっ捕まえてやろうか! と本気で考えたが、後ろで控えている地獄の門が開く前にぐっと怒りを押さえ、私は苦笑いを浮かべ立ち去ろうとした。

 そんな私の背中越しに男たちの下品な揶揄が聞こえたが、聞こえないふりをして輪から離れることが出来た。




                                           <つづく>



   ――次回 第二話 『その女、取扱注意』――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ