蝶カッコいいパリス様VS名も無き少年 3
こんなことなら逃げなければよかったのか?
やはり息子は呪われているのか?
夜逃げ一家の夫婦はそう考えていた。
夜逃げ一家はごく普通の一般家庭であった。
―――息子の『力』が明らかになるまでは。
一家の息子は特別な力を持っていた。
筋力が強いとか接続係数が高いとかそういう話ではない。
神の象徴である仮面を被ることによって神の力の一端を振るうことができるのだ。
一家の息子である少年はある日森の近くで仮面を見付けた。
その仮面は神殿に飾ってある仮面に酷似していた。
少年はもしや神殿のものかと思い近くの木陰に仮面を隠したまま神殿に飾られてある仮面を見に行ったが、
神殿にはちゃんと仮面が立てかけられており、
しかもよくみると若干だけ色が違い神殿にある者の方が黒ずんだ赤をしていた。
だから神殿のものではないと判断した少年はその仮面を自分のものとすることにした。
再び木陰に仮面を取りに行くとやはりそこには仮面があった。
その仮面は何かに対し隠す気もなく強い怒りを表しているような仮面であった。
それのもととなる彼らに信仰されている神もやはり怒り狂いながら魔を打ち倒す神とされており、
神殿にあるその神を象徴した仮面は『怒りの仮面』と呼ばれていた。
仮面を見つめていた少年はなぜか仮面に被れと言われているような気がした。
少年は仮面を被った後、次にとる行動は決まっていた。
仮面を被った時にはどうすればいいのかが既に分かっていたからだ。
「変身」
少年の心の中を突如荒れ狂う怒りが支配し、少年は自分の中身が変質するのを感じた。
そんな中その剣呑な雰囲気に逃げ出そうとしているものがいた。
エオマイア、RANK Fの哺乳類モンスター。
極端な場所を除き大陸のほぼ全域に存在する原始的なネズミのモンスターの一種だ。
非常に高い繁殖力と驚異的な長寿を併せ持つものの………如何せん弱い。
―といっても一般の人間には十分な脅威であり、ましてや武器も持たない子供など襲われれば生きてはいまい。
だからこそ不用意にも森に近づいた愚かな人間の子供を襲おうとしていたのだ。
しかし少年はなぜか森から走り去ってしまった。エオマイアは獲物に感づかれたかと思っていた。
だが再び少年は森に帰ってきたのだ。エオマイアは歓喜した。
そして少年に襲い掛かった。
少年は弱者が弱者というだけで強者に蹂躙されることへの激しい怒りを感じていた。
何故感じるのかはわからないが滾々と泉のように湧き出てくる怒りを少年は鎮める方法を知らない。
だから怒りに身を任せぶつけることにした。
まず最初に自分より弱いものが来たと見るや襲い掛かってきた巨大なネズミに対して。
「チュー――――」
エオマイアは歓喜の声を上げながら少年に襲い掛かった。そこに反撃される恐怖など無い。
苦労することなく確実に仕留められる相手だった。だからその声は弾んでいたのだ。
しかし―――――、
「<お前も僕を嗤うのかっ!!>」
何故か脳内に直接意思を伝えるかのように変換されてエオマイアに伝わる少年の声にエオマイアは驚いた。
「<弱いから奪われるなんていやだ。お前たちが奪うから悪いんだ。>」
見ればいつの間にか少年の衣服が変化し、
神官が着る衣装を原型にしたような赤と黒を基本色にした攻撃的な戦衣を身にまとっている。
「ヂュヂュヂュヂュヂューーー!?」
――――そして何よりも其処には脆弱な少年の気配ではなく、
明らかにエオマイアより格上の存在の気配がした。
思わず生存本能が刺激されて逃げようとしたが、
――――――遅い。
「<『俺』はそんな貴様たちを絶対に赦さない。>」
少年、いや『怒りと争いの神』はエオマイアの身体を刃のついた手刀で切り裂いた。
少年はうっすらとであったがその日の事を思い出した。
その日から少年は何かに導かれるかのように集落から離れた場所に行き、
モンスターに襲われ、そのたびに変身して戦った。そして勝った。
弟の様子がおかしいと一家のもう一人の子供である姉である少女は弟の後を付けた。
「変身っ!!」
「キュキュキュー!!」
「何っ?どうなってるの?」
「姉さん!?」
その結果神の姿になって戦う少年を見てしまった。
だが少女は弟が戦うことは許容はできないものの、
モンスターを倒し持ち帰ることでいい暮らしができるものと思った。
実際に少年が持ち帰るモンスターの死体などで家族の暮らしは裕福になった。
少年が最下級ランクとはいえたびたび子供の身でモンスターの死体を手押し車で持って帰ってくることに、
少年の両親は不思議に思い聞いた。
モンスターの墓場でもあるのか、と。
その質問には姉が答えた。
弟は神様に変身できるの、と。
少年は実際に変身して戦うのを見せた。
埒外の異能であった。神の祝福だと思った。
当初夫婦はまず最も喜びそのことによって一家を取り立ててくれるだろうとの考えもあり、
夜遅くであったが、神官の所にその話を持っていった。
…それがいけなかった。あくまで宗教的業務を遂行する神官に対し、
現実に神の力を振るうことができる少年。
集落において神の権威がどちらに動くかということを恐れた神官は彼ら一家を異端として公布したのだ。
少年の一家の立ち位置は一夜にして逆転した。
時折モンスターの死体を売りに来る見た目からは判らないが意外と強い父親の居る裕福な家から、
あろうことか神殿の仮面を盗み出し、邪法を用いて神の力を奪い神を騙る悪魔の少年がいる家へと。
少年の一家は何とか誤解を解こうと神官に訂正したり周囲の人に説いて回ったが、
神官が神殿の仮面を隠してしまった以上盗んでないとは言っても急に裕福になった妬まれやすい一家と、
力を持ち神の代行者として振る舞う神官の弁では、
どちらが聞き入れられやすいかなど火を見るまでもなかった。
挙句に少年の持っていた仮面は、神官によって罅割られてしまって完全な変身ができなくなっており、
神の姿を見せるには不十分な姿と力の変身しかできなくなっていた。
それでも凡人よりは十分に強いが、
幾ら強くても人という社会性に強く依存しすぎた生き物は一人では生きていけない。
人は個人で家を作ることも食事を確保することも毛皮に変わる衣服を確保することもできない。
強き個人も弱き多数の前にすり潰されてしまうのだ。
少年は罅割れてしまった仮面に更に何度も鉄の棒を叩きつけた。
仮面は完全に割れてしまったが少年達を取り巻く周囲の眼は変わらなかった。
だから少年の一家は集落から逃げることにした。
たまたま集落に来ていたたび商人の一向について他の集落に移り住むことにしたのだ。
危険なフィールドを移動する旅商人の護衛だけあって屈強そうな男たちが多く、
万が一モンスターに襲われることがあったら守ってもらえるという父親の判断だった。
しかし商人お抱えの冒険者たちは粗暴で粗野な男たちばかりであった。
真昼間から酒を飲み集落の女性たちにやたら絡んでいたし、
少年の姉である少女もそこそこの容姿であったため幾度か絡まれた。
商人に付随する形で移動している最中も夜逃げ一家の母と姉は何度も男たちの下卑た視線に晒された。
そして二日前の夜、遂にその下卑た欲望が爆発したのだ。
容姿はそれほどでもないがそれなりに豊満な身体を持つ母が相手をした結果、
姉にまで被害が及ぶことは無かったが、この先は判らない。
頼みの綱の父親は子供二人に対しただ黙って耐えるんだとしかいうことはできなかった。
次の日には父親と母親は相変わらず商人たちに媚び、
商人はそんな二人を無視し姉に話しかけていた。
そして昨日の夜、またしても母親は男たちの相手をさせられていた。しかしその中に商人の姿は無かった。
そして姉もどこかにいなくなっていた。
少年が姉がいなくなったことを父親に言うとまたしても黙って耐えるんだという回答しか返ってこなかった。
少年は弱い父親と自分に対する怒りを消し去ることはできなかった。




