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Birth(5)

【??? 郊外 雪原】


 ――……ぁ。


 断絶は一瞬。純粋な質量が墜落・・することによって生じた大破壊と衝撃波により、少女は途切れていた意識の連続性を取り戻す。

 部分部分に入るノイズを、頭を振って払いのければ、意識は再度のクリアを宿す。

 状況把握。

 己は雪の上に倒れている。雪の冷たい感触が頬に触れ、体の前面にも布越しのそれを感じる。

 両の腕を地面について起き上がろうとしてみれば、ずるりと背中から崩れ落ちる重量がひとつ。

 見れば人影。体は女性。


「――――」


 お付きの女性だ。フードの下に隠れた顔に見覚えがある。だが、叫ぼうにも名前を覚えていなかった。お互いにその程度の面識で、今回の旅でたまたま同行することになったというだけの浅薄な関係にすぎない。

 だというのに自分を庇ってくれたのか。

 女性の背中、フードの上から背中に突き刺さる無数の土塊が彼女の肉体に与えたダメージを物語る。


「ぁ――――ぐっ!」


 瞬間。体の奥底からこみ上げてきた衝動を抑えるために、その全体をくの字に曲げた。両の手は下腹の辺りに強く押しつけ、喉置くからこみ上げてくる熱い何かは頬を地面に強く押しつける痛みで強引に引き戻す。


 駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ。

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。


 唇を強く噛みしめ、その痛みで体の自由を強引に取り戻す。今度は遅滞なく、両手を地面に叩き付けるようにして跳ね起きた。


(――竜は?)


 足下に倒れ臥している侍女のことは意識の外に無理矢理追いやる。彼女のことは心配だが、今はそれ以上に気にすべき要件がある。

 果たして竜はそこにいた。

 広場の出口付近に強引な着陸を入れた赤き竜は、その体躯をクレーターとなった地面の上に置いている。強烈な衝突が生んだ熱量が雪を溶かし、地面を赤熱させる。四つ足で立つ竜は、その偉容を誇るように長い首を擡げさせ天を仰いでいる。


 ――おぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!


 咆吼が放たれた。少女は反射的に両耳を掌で塞ぐ。それでもなお、鼓膜をつんざく爆音に、一瞬で平衡感覚が体から失われた。自然、よろけ膝から崩れ落ちる。体は身を丸めることを少女に対して要求するが、頑としてそれを拒否した。


(倒れてしまえば、次の状況に対応できないですから……ッ!)


 正直に言えば膝さえつきたくなかった、と己の弱さをなじりたい気持もある。

 だが今はそれを意識の端へ。

 くらくらとしながら顔を上げて、自分を庇った侍女以外の姿を視界に求める。

 あの時、自分は先頭を走っていた。ならば皆は自分の背後にいるはず。だが、炸裂により吹き飛んだ己の体は、広場の入り口ではなく、中央付近の崖側にはじき飛ばされていた。

 視界を巡らせれば、広場の全容が見えてくる。

 広場の真ん中に立つ者は誰一人としていなかった。自分と共にあった皆はそれぞれが、広場を半円とした場合の入り口側に散り散り吹き飛ばされている。

 皆が皆、倒れ臥して気を失っているか咆吼に耳を押さえて蹲っている。


(これは、まずいですね……)


 思うまでもない、非常に手詰まりな状態だ。まともに立ち上がっている者が一人もいない。

 竜は咆吼を終えて、首を降ろした。竜眼はその双眼がこちらの一団を捉えた。

 鋭い眼光の下、細長い口に微かな赤い光の収束。甲高い収束音。


竜の息吹(ドラゴンブレス)が来ますね)


 遺跡から自分達を追い立てた大破壊が今度こそ、必中の状況を以て打ち込まれる。

 そうなれば、終わりだ。誰一人として助からない。

 次も誰かに庇われるかも知れない、とどこか他人事のように思う。先ほどの侍女のように、己を庇ってくれる存在が誰かいるかも知れないと。

 甘えと願望。


(――馬鹿みたいです)


 そんなことに何の意味もないというのに。庇われたところで、もろともに焼き尽くされるだけだ。生存のために、庇ってくれた者が負うだろう傷の深さすら考慮しないこの願望は、自分の浅ましさを表すようで不快だ。

 自分を卑賤に貶めようとする不快は、誇りを以て払わなくてはならない。

 自分の友人ならば、必ずそうするだろうとこの場には居ない、高潔な女性を思う。

 先ほど、己を庇ってくれた侍女に視線を送る。うつぶせに倒れ臥したままの彼女だが、僅かながらに体は上下している。呼吸は途切れていない。そのことにひとつ、安堵の吐息をいれ、


(報いなければ)


 と、決心をひとつ。勢い、今度こそしっかりと立ち上がり、広場の出口を目指して駆け込めば自然と一人で竜と相対する位置となる。


「赤き竜よ!」


 腕を振り上げ、竜に対して叫びを上げる。こちらを見ろと、明確な意志を相手にぶつける。

 それで十分。竜は、己に相対する勇者を見捨てはしない。竜眼は鋭くこちらを射貫く。

 それにすくみそうになる心を抑えて、


「私が相手となります!」


 非力なこの身で、挑戦を告げた。

 背後、己の名を叫ぶ親愛なるメイドの声が聞こえる。この旅でずっと自分を気遣い続けてくれた彼女だ。


(ありがとうと伝えられないことを、お詫びします)


 今は、竜を見つめるこの瞳を少しでもそらせないから、その叫びには答えられない。

 赤き竜は何を思ったのか口腔にため込んでいたマナの収束をやめた。続いて、首を深く後ろに引けば、長大なその構造上、その位置は高くなる。遙かな高みからの見下ろし。

 それを一身に向けられていると思えば、それだけでも恐ろしい。

 だが、竜の取ったその姿勢は、


(私を、挑戦者として受け止めてくれたということです)


 有り難いと心から思う。こちらを敬ってくれた戦士の心構えだ。竜は長く生きる。それこそ世界の発生から悠久の時を生きていると風聞する書物があるくらいに。

 その長い時間の中、彼らは独特の誇りを持つと耳にした。

 竜種は広く物語に描かれる。英雄のその障害として、その象徴として彼らは物語の上で現れる。

 彼らの誇りは、挑戦を受ける試練たること。英雄の志を示す者に対して、竜種はそれを最大限に尊重し相対を示す。

 獣ならざる高潔なその知性を生存のために利用した。非力なこの身のなし得る、最大限の奇跡だ。

 あとは可能な限り逃げるだけ。それで十分。きっとこの竜も、挑戦者がその程度の存在だとは分かり切っていることだろう。


(だから感謝を。非力な私の挑戦を受け止めてくれた、その心意気に)


 そしてひとつの誇りを与えてくれた竜に最大の敬意を。


(皆を生かすために囮となる私の勇気を、相対に値すると認めてくれたその心にも感謝を)


 最後の最後で、竜に認められたのならば引きこもりの読書家としては、十二分すぎる栄誉だろうと。

 口端に笑みすら浮かべたところで、


「――――――え?」


 ――それは来た。

 竜の直上から僅か左にあった崖の崩落。その滑落は崖との繋がりを失ったところで大岩の自由落下による威力となった。大質量のその先に、竜の巨大な体躯がある。

 崖が、竜を打撃した――。


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