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Birth(3)

【??? 郊外 雪原】


 曇天。

 空は一面が厚い雲に覆われている――雪雲だ。

 雪はまばらに舞っている。向かうのは真下。地面の方角だ。ほぼ無風に近い大気を雪がひらひらと降りていく。

 地面もその一面が白く化粧を施されている。所々に見え隠れしている深緑は木々だ。雪に覆われた木々の集まりを森という。針葉樹林によって構成された森は、付近の広い範囲を占めている。

 森の横には細長い道が一本通っている。道を挟んだ反対側は急な勾配があり、垂直にそそり立つそれは崖だ。崖と森の間に走る細長い道は、くねくねと折れ曲がり頼りない。

 そこを全力で疾走する一団が居た。彼らは一様にローブを羽織った男女の集団だ。男は鎧をまとい、女は軽装。

 集団の前方を走るのは女性たちで、男たちは列の後ろを走りながら背後を気にしている。

 と、そこで音がきた。音の邦楽は集団の背後から。

 重低音の炸裂音だ。それが三発。続いて一発。空気を振るわせる震動の爆発が、集団を襲う。

 次の瞬間、森の一部を吹き飛ばして巨大な影が空に舞った。

 影は空中で緩やかに静止すると、その場で縦に一回転した。

 その空を覆う翼を広げたシルエットは竜だ。

 限りなく黒色に近い赤竜は四肢をだらりと下げたままに、長大な首を眼下の集団へと向ける。

 竜の口元に光が収束した。赤色のそれはマナだ。

 甲高い独特の収束音の後、それは威力として発射された。

 八メートルほどの光球として射出されたそれは、集団からわずかに反れて森に着弾する。

 瞬間に起きた現象を爆発という。

 純粋な破壊力として射出されたマナが引き起こした魔術的炸裂は、着弾地点を中心に木々をまき散らし、莫大な熱量と爆風が衝撃波を伴って集団へ襲いかかった。

 破片から集団を守ろうと男たちが矢面に立ち、二人が衝撃波と共に飛来した木々にぶちあたり吹き飛ばされた。残りの八名は、各々が身に纏った鎧と、眼前に尽きだした両腕を支点に展開された不可視の壁――障壁により、それらをやり過ごした。

 だが、その壁を巻き込むようにして背後にいた女たちに強烈な風が吹き込む。

 彼女たちが身に纏うローブが激しくはためいた。

 着脱式だったのだろう、幾人かのフードがローブから外れ宙を舞う。

 その中に蒼の色彩が目立つ長髪を持った少女が居た。

 風が収まる。少女は吹き飛んだ二人へ視線を送ると、彼らが仲間に支えられて再び走り始めるのを確認した。

 安堵のため息をひとつ。それと同時に再びの疾走を始めた。

 逃げ始めた彼らの上空を、高速の竜が飛翔する。



 森と崖に挟まれた細長い蛇のような道。そこをひた走る集団の先頭を行くのは白いローブに身を覆われた蒼髪の少女だ。

 走りながら彼女は空を見上げている。右手側にある森から伸びた木々の枝が所々遮る空には、旋回する竜が覗き見える。

 竜はこちらこちらを見失っているのか、降下してくる気配はなかった。

 どうしてこうなったのか、と少女は人知れず心の中でため息をついた。

 つい十分ほど前まで自分は遺跡の中に居たはずだ。

 遺跡には調査目的で訪れた。遺跡中枢にある儀式場にマナの異常がないかの調査だ。

 これから近隣の街であるノルネア・アリフステッドでは大きな祭りが行われる。多分に宗教的意味合いの強い、十数年に一度という珍しい祭りだ。

 その祭りには魔法的な儀式が行われる予定があった。かつてその地で行われたという英雄伝説にちなんでの、再現セレモニー的なもので、各国からの来賓を招いての盛大な物だ。

 その祭りの成功を期するために、一度街の周辺にマナの異常がないかを調査する必要があった。異常と一言に言っても様々にあるが、


 ――高濃度のマナが異常に蓄積するのは、大きな魔法が勝手に発動する危険性がある


 という忠告に従い、近隣でも最もマナの濃い遺跡へおもむくこととなった。

 宗教的聖地としての意味合いが強い遺跡だ。森深い未開の地にある為に、誰かが巡礼すると言う事もないが、そこに立ち入るためにはそれなりの権威という物が必要だった。

 だからといって、なんで私が向かわなければならなかったんですかね、と少女はこの場にいない威風堂々たる竜人の娘の姿を思い描いた。

 彼女に頼まれれば、立場上、少女は嫌とは言えない。無論、相手側もそれを判っているし、実際の所嫌といったところで彼女は、そうか、と頷くだけだろう。それだけの高潔な精神を持った人物だと少女は彼女を評価している。

 そうなってくると、つまりは、彼女に対して一方的に感じている己の引け目が嫌と自分に言わせなかっただけの話な訳で。

 赴くことになったのは断ることの出来なかった自分のふがいなさが原因だと、少女は良く理解していた。理解はしているが。

 それでも。


 ――やはり納得の出来ない物は、納得できないものでして


 と、少女は胸中に愚痴った。

 もやもやとした感情の大半は自分へと向けられた自己嫌悪。

 嫌悪なんて感情は、誰に向けられても良い気持にはならないもので、それには自分すらも当てはまる。

 感情のデフレスパイラル。一向に下がり続けるテンションの中で、どうにかたどり着いた遺跡での作業中に事件は起こった。

 突如として"起動”する遺跡。

 ほとばしる光。回転を始める立方体。


 ――あそこに見えていたのは、本当にレーギャルンだったのか


 少女には自信がない。すべからく、何につけても。自分自身から生じたなにもかもに。

 少女があれをレーギャルンだと断定したのは己の中に知識があったからだ。実物を見たことがあったわけではない。そもそも、その知識というのも昔読んだ本に書いてあったと言うだけの話。


 ――いつ読んだのかもわからない、なんという本から得たのかも判らない


 古代の遺跡に眠る回転する立方体。その名をレーギャルンという。知悉していたからと、その知識に対して自信を持てなければどれ程の意味があるものか。

 そもそもアレがどういった働きを持つ装置なのかについては名前以上にうろ覚えだ。

 聖女伝説に連なる聖遺物のひとつで、古代に起きた戦争の名残だというのは覚えているが、明確にどのような機能を持っていたかについては調べてみなければ判らない。

 なんという中途半端さだろうかと自分を殴りつけたくなる。

 そんな後悔も今は何の意味もない。

 つい十分ほど前に暴走を始めたそれらは、次の瞬間に現れた巨竜によって占領された。

 その場にいた少女も調査隊の皆もその異様の前には全力で逃げ出すより他、選択肢はなかったのである。

 そうして始まった逃走劇は一言で言うと絶望、二言目を言うと無理ゲー。三言目には詰んでいると付け加えたい位のどうしようもなさだ。


 上空には竜が飛翔している。慣れぬ疾走は精神を摩耗する。

 少女は己をインドア派だと強く自覚している。平静からして外に出ないで本ばかり読んでいるのだから当然至極。そんな自分が十分以上も走り続けている。

 少女は思う。割と奇跡だ、と。こんなに体力があるだなんて思いもしなかった。今度から、たまには外に出て過ごしてみるのも悪くない。――今度があるのなら。

 疾走は続く。竜から逃れられるまで。自分の周囲には、付き従う調査団の一団も並走している。半分はお付きの女性で、もう半分は護衛の兵士だ。

 皆が皆必死の様相で逃げている。

 弱音は後にしよう、と少女は思った。彼女たちを生きた形で帰さなければ行けないと。帰して上げなければならないと、強く

 息は上がり呼吸は辛い。喉はひりつくようで、慣れない運動にうまく汗のでない体は熱をため込み酷く重い。

 それでも、と足を踏み出したとき。

 そこで少女は己の失敗に気が付いた。


「周囲が、開けて――」


 それまで細長く、木々に所々隠れていた細い道が円形に開けている。

 そういえば、遺跡に向かう途中、一度歩みを止めて休息を取った地点があった。

 その場所は良く開け、うっそうとした雰囲気が途端に明るくなったのに合わせ、気分もましになったのを覚えている。

 ここがその場所。


 ――迂闊……ッ!


 既に少女を含めた集団は開けた場の中央にまで躍り出ている。何を遮る物もない、完全に"空からさらけ出された”この場所。

 足を止めた彼らの上空に、急速降下を仕掛けてきたのは先ほどから上空を旋回していた赤竜だ。

 身の丈、五十メートルにも及ばんとする巨体によるエアリアルダイブ。

 質量による純粋爆撃が炸裂した――。


 

 

 


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