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Underground(3)

 早朝。雪に冬日が照り込むまぶしく、透き通った天候。白一色と言ったノルネア・アリフステッドの装いの中、人々は早々に営みを始めていた。

 街中をジョギングする者から、店の前の雪かきをする者。メインストリートの雪を商工会の若者達がかき出せば、子ども達はできあがった雪山で早々に遊び始める。パン屋からはパンを焼く香ばしい匂いが漂い初め、住宅街の方もまた、煙突から炊事と暖炉の煙を上げ、日常の始まりが静かに告げられていた。

 だが、人々はありふれたその光景に、しかし一つの非日常を盛り込んでいく。

 雪かきを終えた店主やバイトは、一度店の中へと入り込むと、戻ってきたときには(シダー)で編み込まれたリースを抱え、店の扉に取り付け始める。

 また、子ども達が雪で作り出すのは三体の雪だるまだ。大きな雪だるまに、中くらいの雪だるま。そして、子ども達の誰もが苦心して、一番細部にこだわりを持って作り上げるのが竜の雪像である。拙く、犬のようにも、猫のようにも見える小さな竜も数多くあり、その中には、子どもが作ったとは思えない精巧な雪像も含まれているが、総じて、楽しんで作ったというのが伝わってくるできばえだ。

 街は日常の始まりを告げながら、始まろうとする祭りへ向けて、静かに盛り上がりつつあった。

 そのような住宅街から離れ、閑静な行政区のその中央、そびえ立つ城の城門前に視線を向ければ、二つの人影がある。

 独りは長身痩躯で黒のロングコートに身を包んだ青年。もう一人は、ウシャンカ帽を身につけ、暖かな装いに着ぶくれした小柄な少女。

 ヤクモとノルンである。

 二人は、城門から出ると並び立って歩き始めた。


 ◆

「行き先は」


「そうですね、予定では市街地の方を見回ろうかと思いましたが、少々遠回りをしてしまうんですよね」


 城門から出でた二人は、雪道をぐるぐると歩いていた。城は防衛の観点から路が巡っているため、城を中心に一周、ぐるりと回らなければ敷地外に出られないからだ。

 代わり映えのしない真っ白な景色を尻目に、ヤクモが告げた短い問いかけに、ノルンは少し考え込む素振りを見せる。

 昨晩の予定では、ヤクモに市街地を紹介しながら街を歩く予定だったが、しかし、


(それだと、目的の地下大図書館とは道のり的に真逆なんですよね)


 より正確に言うなら一度通り過ぎる形になる。

 ノルンの脳裏にノルネア・アリフステッドの地図が略式に思い出された。

 丁度、円に近い形の城壁都市の中央を横切る絶壁。上下に分かれる行政区と市街区。地下大図書館への入り口に当たる、地下都市は行政区の真下にあるから、一度したに降りてから絶壁へと向かう必要がある。


(だけど、市街地を見ようと思えば一度、絶壁から離れて歩かなきゃならない、と)


 ぶっちゃけて言うなら、めんどくさい、とノルンは思った。暖かな室内にいたときなら、慈善の心から市街地を案内しようという気持ちも湧いたが、そこから離れて外を歩けばそうした余裕の贅肉などどこかに消し飛んだ。

 寒いし、長い間は歩きたくない。

 幸い、地下空間に入り込めば比較的屋外よりは暖かだ。大地によって冷気は遮断されるし、暖められた空気は地表によって耐熱されて、放射もされにくい。

 ただ、約束した手前、全く案内しないというのも体面が悪いので、


「……大通り前まで、歩きましょうかね」


 丁度、半円を作る絶壁に寄り添う形で円の中心へ歩けば大通りの正面へと出る。通りを一望するには細部を見通せない以外は、過不足ない位置だ。

 そこから絶壁側へ歩けば、地下への入り次もすぐだし、時間的にもそれほどの浪費にはならない。


(仕事在りますしね、仕事)


 対して、それを聞いたヤクモは数瞬考え込む素振りを見せた。腕を組み、首を傾げ、中空を見つめたのはそこに想像の地図を思い描いたからだろう。そうした思考の行程を経てから、


「うん、楽しみだ」


 と、口元に軽く笑みを浮かべているのを見て、ノルンはぐっと胸元を押さえ顔をそらした。


(ざ、罪悪感が突き刺さるようですねこれ)


 どうひいき目に見ても喜んでいるような表情を浮かべられては、こちらの怠惰はいよいよもって隠し通さなきゃならない。いや、なんとなくばれたとしても、この青年ならば気にしないような、そんな感じもするのだが、


(今以上の罪悪感にはこちらが耐えられません)


 ただ、寒いのもやはりいやなので、


(せめてメインストリート前にたどり着いたら少しだけ説明と解説をしましょうかね)


 そうこうしているうちに、二人は城の敷地を巡り終え、行政区へと足を踏み入れようとしていた。


 ノルネア・アリフステッド城の最上階の自室に考え込むアーデルハイトの姿があった。早朝に目覚め、自室で朝食を取って後、彼女はそうしている。

 ソファに座り、目の前のテーブルにおかれた食後のお茶にも手をつけずアーデルハイトはそのままでいる。と、暫くして、こんこん、と言う軽やかなノックの音が室内に響き渡った。

 アーデルハイトが顔を扉へと向ければ続いて断りが入る。


「アーデルハイト様、失礼致します」


「アティ、来たか」


 扉を開いて現れたのはメイド服のフルヴィアティリスだ。

 丁寧に扉を閉めてから彼女は室内へと歩を進め、部屋の中央、暖炉の前に備えられた応対用のソファに座るアーデルハイトの元へと近寄る。


「お呼びと聞いて参りましたけれど」


「うん、呼んだ。まぁ、そんな長くは時間を取らないさ。一つ、頼み事があってね」


 言いながら、席へ座ることを勧めるアーデルハイトにおずおずと従い、フルヴィアティリスは向かいのソファに腰掛けた。

 しかしながら、ソファーに座った彼女の表情は疑問に曇っていた。


(はて、アーデルハイト様からの頼み事とはなんでしょう)


 この時期に早朝から自分を呼び出すような要件が何かあっただろうか、と頭を巡らせるもフルヴィアティリスにはてんで思いつかない。

 初めは気まぐれから自分にお茶を入れて欲しいだとか、部屋の掃除をしてほしいだとか、そういった軽い頼み事かとも思ったが、改まった形でソファーに座らせられるという事はそれなりに、かしこまった要件と言う事になる。


(口では簡単な事柄のように告げられましたが、実際は違うようですし)


 フルヴィアティリスは対面に座るアーデルハイトの表情を伺う。いつも、喜色を浮かべている事の多い彼女だが、今日は平坦に近い。無表情とも違う、表情を感じ取らせない表情。いっそ、仮面と言ってしまってもいいかもしれない。

 こうした様子をしたアーデルハイトというのは、フルヴィアティリスの経験上からすれば、


(酷く真面目な事案を扱った、政治的な会話をするとき、あるいはそうした相手を前にしたとき)


 ということは、もしかすると、これからの会話はそれに類する事柄と言う事になる。


「で、要件というのはだがな」


 そうこう考え込んでいる内にアーデルハイトが口を開いた。

 自然と、フルヴィアティリスは姿勢を正して話を聞く体勢をとる。その様子を見て取りながら、アーデルハイトはフルヴィアティリスの瞳をまっすぐに見つめながら告げた。


「――選りすぐりの精兵を集めて欲しい」

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