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Drahenstein(15)

幻想機巧アカシック・レコード……」


 口にして、実際の意味を自身の記憶の中に求めるがどうにもしっくりこない。広義に捉えるならば、集合知という意味合いになるが、狭義には一昔前の神秘主義的な概念が含まれた、いささか以上に宗教的な単語として捉えられることもある。

 どちらにしろ、自分はマナと同様にそのことに対して一定以上の知識を持たないようだが……しかし、アカシック・レコードと来た。


(それを二千年前の異邦人が名付けた、か)


 自身が元いた世界の歴史に於いて、二千年前と言えば丁度西暦元年かという頃合いだ。当然のように日本には国家らしき国家が有ったかは未だに判然としていない程の昔で、西洋諸国はギリシア・ローマの古代世界だ。

 その世界の住民が、アカシック・レコードと名付けたとは到底思えない。


(という事は、こちらの時間では二千年前という事だがもしかすると、近しい時代の人間なのか?)


 異邦人とは一体何者なのか、疑問は深まるが今は答えを出す時ではない。考えるべきはアカシック・レコードという単語の方で在り、魔術についてだ。


「その様子ですと、やはり、聞き覚えがある言葉のようですわね」


「ああ、多少はある、と言った程度だがな」


「ふふふ、そうですの」


 リリベッドはこちらの言葉に笑みを深めた。


「なにかあるのか?」


「いえ、わたくしは余り関係ないのですけれどルスティは喜ぶだろう、と思いましたの」


 問いかけると、笑みを含んだままの明るい声音でリリベッドは応えた。


「姉は、異邦人の伝承に憧れていますから」


 聞いて、なるほどと思う。確かに、アカシック・レコードという単語を通してだが自分と異邦人が繋がったのであれば、それを喜ぶという感覚は理解できなくもない。

 言い換えるなら、お気に入りのサッカーチームに所属する海外選手と同じ郷里の人間に会った、と言うような喜びだろう。

 よくよく考えるなら、そこには全くの繋がりがないはずだと分かるのだが、


「異邦人のよすがに触れたような、そんな気にはなれますでしょう」


 そういうことだ。

 リリベッドの言葉に頷きを返すと、彼女は土産話が出来たとばかりに笑みを一層深めた。

 そして気を取り直すと、リリベッドは告げた。


「魔術に関する講義を続けますわね?」


 言葉に、頷きを返した。


 ◆


「さて、マナと魔術の基礎概念については簡単に説明しましたから、ここからは応用――つまり、どのようなことが出来るか、について講義しますわ」


 告げてから、リリベッドは先ほどのホワイトボードの前に移動するとなにやら文字を書き加えた。単語にして三つほどを縦の箇条書きに。相変わらず読むことの出来ない、見たことのない文字で描かれているのだが、


「――――。」


 リリベッドは、その文字を見つめながら左手で指を鳴らすと次の動作で、文字を隠すように掌で上をなぞった。動作の後、ホワイトボードの上に残ったのは見覚えのある文字だ。

 記されていたのは以下の通り、


 魔 法


・魔術

・レウプリカ

・言霊


 という文字列だ。


「これで、読めますわね?」


 問いかけに八雲は頷く。その様子を見て、リリベッドは安堵の吐息を漏らすと話を続けた。


「この世界で一般に魔法、と言われる技術は大別して大体、三つの物に分類されますわ。すなわち、魔術とレウプリカ、それと言霊。この三つですわね」


 告げながら、リリベッドはボードに書かれた文字の下に補足を加えていく。


「魔術というのは、先ほども言ったとおりマナを体内に取り込み現象を再現する魔法体系のことを言いますわ。これが、最も一般的でポピュラーとも言える技術ですわね」


 動作を続けながらも、リリベッドは話を続けた。


「続いて、レウプリカというのは魔法の中でも物質の創造や加工に特化した体系のことを言いますわ。例を挙げると、この白板なんかがそれに当たりますわね」


 最後に、言霊と書かれた列の下に文字を書き付けると、リリベッドは八雲の方を振り返りながら告げた。


「三つ目、言霊というのは言い換えれば、呪文をつかった魔法のことを言いますの。魔術というのが、体内に取り込んだマナに情報を書き加えるのに対して、言霊というのは体外のマナに対して情報を直接書き加える、というのが二つの間の差異ですわね。言葉による情報変換による現象再現。傍から見ると、一番インパクトがあるのはこの分野かも知れませんわ」


 ホワイトボードにはそれらを簡略にまとめた説明が書き加えられていた。


魔 法


・魔術    体内に取り込んだマナに情報を書き加えることによる現象の再現。

・レウプリカ マナに物質情報を書き加えることによる存在という現象の再現、及び加工。

・言霊    呪文。言葉によってマナに働きかけ情報を上書きすることによる現象の再現。


「全てに共通するのは、現象を再現する、という一点ですわね。言い換えるならば、この世界で起こりうる情報以上の事は再現不可能ですの。また、その情報を明確に抜き出し、書き加えることには一種の才能や理論が必要になりますし、人が一度に扱うことの出来るマナの総量というのも才能や努力、或いは種族によって異なりますわね」


 一息。


「理解できまして?」


 ◆


 さて、と八雲はリリベッドの言葉に腕を組んで考え込んだ。果たして、自分は理解できているだろうか、と。

 魔術については大方理解したつもりではある。無論、言葉の上でに過ぎない以上、それは机上の空論に等しいのだが、何事についても学ぶとはそういう部分が大半を占める。それを実際に扱うとなった時、言語化された物にはどうしても言葉の意味上の限界があり、伝え切れていない空白が存在する。それを、実際の行動によって、経験を蓄積し、言語化できない部分で埋めていく作業を努力という。


(さしあたって、努力が必要な部分を差し引いて理解できているか、否かと言われると)


 難しい問題かも知れない、と八雲は思った。


(言霊や、レウプリカという概念については想像はしやすいのだがな)


 前者にしろ、後者にしろ、似たような魔法や技術が出てくる漫画などは知識として今の八雲の中にも残されているのだ。ただ、それ故の難しさがあるだろう、と八雲は思っている。


(それは、想像された作品(ファンタジー)と現実の差異だ)


 漫画や小説作品に出てくる魔法というのは、言い換えるならば万能の力である。それは、想像という物が現実の法則に囚われない自由な物だから、という理由ではなく、作品に出てくる魔法というシステムがそういう役割を担うからだ。

 魔法というのは奇跡という呼ばれ方もする。古代の神話や伝説にはこうした、魔法とも奇跡とも呼べる万能の力を持ったアイテムや登場人物が現れては、英雄や神々のために、それぞれの属性に与えられた役割を実行する。

 作品上の魔法というのはそれら、万能の力をベースとして発展してきた経緯がある。文化によって、その表現のされ方に差はあれど、不思議なことに、全世界的にその思想は一貫している。


(それこそリリベッドの言っていたアカシック・レコードじみた話だが)


 集合知ないしは、なにかしら共通の元ネタから発達していると言われても信じられてしまうほどには、それらの根底を流れる思想は似通っているのだ。


(だが、元居た世界の知識というのはこうした魔法の類が現実に存在しなかった可能性の方が大きい)


 自分が使っていた、竜を殺した力があった以上全くなかった、と否定するのは難しいのだが、少なくとも、この世界のような魔法の体系が存在しなかっただろう、と八雲は予想している。


(それ故に、自分が持っている知識というのはいわば空想上の魔法という役割に対する知識だ。現実に使用されてきたツールとしての体系ではない)


 その間に生じるギャップが、果たしてどれ程の物になるのか予想が付かない。だから、理解できているかという問いには難しいと言わざるを得ない。だが、同時に、そうした知識を前提にしたうえでならば理解できているとも言える。


(果たして、どう考えるべきか)


 こればっかりは、自分の中で答えを出すにも限度がある。どうしたものか、と少し考えを巡らせたところで、気になったことがひとつあった。


(そういえば、二千年前の異邦人がアカシック・レコードについての名称をつけたと言っていたな)


 そこにどのような経緯があったのか、知り得ぬ事だが、


(魔法の大本である存在に名付けたくらいだ、魔法に関する知識を実践的に手に入れていたとしてもおかしくはない、か)


 だとするならば、ひとつの推測が立つ。


「ひとつ、質問だが二千年前の異邦人は、魔法を使えたのか」


 問いに、きょとんとした表情を見せてから、リリベッドは応えた。


「ふふふ、面白い質問をしますわね。ええ、確かに使って居たと伝え聞きますわね」


「そうか……ありがとう」


(だとするならば、二千年前の異邦人は俺とそれほど変わらない知識前提に立った上で魔法を使い、アカシック・レコードという名称を名付けた可能性が高い)


 故に、こうも言い換えられる。


(この世界の魔法は、万能の力ではないにしろ、今の理解で格別大きな問題が無い、という事だ)


 無論、全くないわけではないだろう。しかし、通じないわけでは決して無いはずだ。

 そしてそれは、逆説的にこの世界の魔法がかなりの水準で万能の力であるという証左でもある。


(この世界の街並みや、人々の生活様式をよく観察したわけではないが、もしかすると、この世界というのは自分の世界で言う科学知識を補う形で魔法が発達した世界なのかも知れない)


 或いは、代替して、と言っても良いのかも知れないがと八雲は推察する。

 少なくとも、城に未だに住まうということ。城塞都市の城壁が未だに機能しているという事。そして、雪中を集団で徒歩によって移動していたこと。


(昨晩、泊まった部屋でも照明は電気照明ではなく魔法を使った物のようだった)


 部屋の仕組みについて説明してくれたのはアティだったが、彼女が告げたのはベッド脇に備え付けられている、ランプ型照明の使い方だ。根元にあるスイッチを押せば明かりが付く、と彼女は告げたのだが、何処にも電気コードらしきものや電池を使っている形跡がなかった。


(おそらくは、あれもレウプリカという魔法技術によって作られた物だったのだろう)


 こうした細々とした点でも、科学と魔法の互換が行われている。きっと、それはダイレクトな入れかえと言うよりは寧ろ、科学技術や学問上の発展の上で行われてきた蓄積の上で現れているはずだ。

 それが正しければ、この世界における魔法というのは、自分の知る世界における科学技術と同等の万能の力として機能しているのだろう、と八雲は考える。


(無論、願えば叶うというような酷く単純な方程式ではないのだろうが)


 複雑化された学問体系の上に、万能が具体化されているというのであればきっと、いや、おそらくは推察に間違いは無いと確信できる。

 その上で、もし表面に見える部分で自分の知る知識よりも生活の利便性で劣って見える部分があるのは、


(この世界における、文化や考え方の上で重要性が低かったか、或いは別の面で選りすぐれている面があるか、なのだろうな)


 何にしろ、実感してみなければわからない事だな、と八雲は思う。そして、そんなことがこれまでも沢山あり、同時に、これからはもっと自分の前に現れてくることだろうと。


(それを楽しみと思えている自分は、中々肝が据わっているのかも知れんな)


 胸に手を当てれば、とくん、と脈打つ確かな鼓動がある。果たして、どんな未知が自分の前に現れてくるのか、期待に高鳴る響きだ。


「大方、魔法については理解できたみたいだ」


「質問はひとつしかしてませんけれど、大丈夫ですの?」


 ああ、と八雲は応えながら右手で髪をかき上げた。


「あとは、実践と生活の中で、足りない部分を埋めていくことにする」


「あら、そうですのね。ふふふ、それは元気で大変、男らしいと思いますわ」


 要するに、体験学習で後は補うという表明にリリベッドは口元に深い笑みを浮かべ、同時にその様子をまぶしげに眺める弓なりの瞳が彼女の喜色をあらわしている。


「そう言ってもらえて光栄だ」


「ふふ、期待していますから、裏切らないようにしてくださいましね」


 告げてから、ふと、思い立ったとばかりに表情を切り替えながらリリベッドが言葉を続ける。


「そういえば、わたくしのことはリリィと呼んでくださって結構ですわ。リリベッドというのは、中々に呼びづらい名前ですから」


「……いいのか?」


 八雲がそう確認を取ったのは、リリベッドがそれなりの地位を持っているだろうからだ。少女とは言え、実際にそのような相手に、自分のような出自も明らかでない人間が愛称で呼んでいいものかと。

 だが、リリベッドはそのようなことを傍から気にしていないようなまったく変わらない笑みで応えた。


「ふふふ、貴方ならば構いませんわ。何しろ、異邦人の守護者なのですもの――多少の特別待遇とて、吝かではありませんの」


「それはまた……」


「ええ、多少以上の打算と好意と、期待と思い込み。そしてからかいの気持ちが大半ですわね――リリィと呼んでくださいますかしら、ヤクモ様?」


 言いながら、リリベッドは一歩を八雲の側に踏み込み、体を前のめりにしながら上目遣いに見上げる。

 表情には蠱惑的な笑み。大きな黄昏色に塗れた瞳は妖しい光と挑戦的な眼差しを宿す。

 何処までが本気で、何処までがからかいなのか。


(わかったものではないな)


 思いながら、しかし、瞳の奥に底知れない何かをリリベッドには感じる。それを魅力というのか、彼女の瞳が持つ魔力なのか。


(まぁ、女性に見つめられた男というのは大体、そうやって魅了されていくのだろうが)


 自分は、どうだろうかとは考えない。ただ、リリベッドをまっすぐに見つめ返しながら、八雲は少し芝居がかった動作で応えた。


「喜んで、そう呼ばせて貰うさ、リリィ」


 口元には挑戦的な微笑を浮かべての返答。それに、リリベッドは満足したのか、頷きを入れると、体を離す。


「ふふふ、やっぱり面白いですわね貴方は」


 謁見の間で、期待していたとおりですわ、とリリベッドは告げ、更に一歩体を離す。

 ステップを踏むように体を回転させながら離れると、八雲を振り向きながらに彼女は告げた。


「これからも、よろしくお願いしますわ、ヤクモ」


「ああ、こちらこそよろしく頼む」


 時刻は、既に太陽が真上に上がろうとしていた。

 冬の日差しが、二人の間に降り注いでいる。


「そろそろお昼ですわね」


 空を見上げながらリリベッドは言う。


「昼食には、最後にもう一つ講義をしてから参るとしましょうか」


「もう一つ……?」


 首をかしげる八雲に、リリベッドは、ふふふ、と笑い声を上げ、左手を天に掲げた。

 指先は、親指と中指が触れあう形。


「ええ、基礎と応用の説明が終わったなら、最後に残すはただひとつ――」


 それを擦り上げれば指が鳴る。パチンと言う音が、冬の空気を振るわせ響き、


「――実践ですわ!」


 瞬間、リリベッドの背後に極大の魔術光が煌めいた――。


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