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Drahenstein(10) ―模擬戦:VSルスティカーナ―

 城から出でて、街の川によって出来た区分の内、北北東の区画へ行くとそこには巨大な施設群がある。

 最も目を引くのは区画の中央に聳え立つ円形競技場だ。

 外見はコロッセオもかくやと言った荘重さで、作り上げた財力を誇示すると共にこの施設自体にも相応の威厳を与えている。

 その他にも、様々な娯楽施設がこの区画には存在しているが、そのほぼ真北の位置に他の施設とは雰囲気を異にする無骨な建築物がある。

 装飾は門にのみ存在し、背の高い柵は広範な地域を四角に囲っている。

 建物は三階建て。区切られた地域の三分の一をそれが占めているが、残りは広大なフィールドだ。

 正門には『ノルネア・アリフステッド第一練兵所』と記された看板が掛けられている。


 ◆


 建物の側、フィールドに突きだしたベランダとなっている場所にアーデルハイトとノルンがいた。

 彼女たちは前日の謁見のまでの服装に比べて大分カジュアルで動きやすい服を着ている。

 アーデルハイトは前の大きく開けたロングコートに、地面に付かない程度にゆったりとしたロングスカート。そのどちらもが赤と白を基調とした色合いとデザインで、動きやすさを考えて作られているのが分かる。

 対してノルンはというと、


「なんだ、そのもふもふとした服装は」


「寒いですから」


 もこもことした耳当てのある帽子(ウシャンカ)を被り、首には長いストール。白い毛皮が首回りと裾にあしらわれているコートに身を包み、下は生地の分厚いスカートだ。

 先日に比べれば儀礼ばってない分、動きやすく、また気候に合わせて過ごしやすさを重視した服装だ。

 そんな衣服を身に纏った二人の視線の先、フィールドで行われているのは模擬戦だ。

 戦闘を行っているのはリリベッドとルスティカーナの双子。

 そして――


「さて、竜を殺したという実力の程を見せて貰おうか」


 アーデルハイトの視線の先、刀を抜いて立つのは八雲だ。

 彼は刀を正眼に構えると、距離を取って双子と対峙している。

 表情は眉根が寄せられた険しいもの。

 それは相手の強さを推し量ってのものと言うよりは寧ろ――


「まぁ、余り期待しない方が良いと思いますよ――本人もそう言ってましたから」


「そうなのか?」


「ええ」


 ノルンは、八雲の顔に浮かぶ困惑の表情を見つめながら静かに答える。


「ヤクモはどうにも、戦い方を忘れているようですから」


 ◆


「ふふふ。さぁ、いつまでもにらみ合っていても仕方がありませんから、そろそろ始めますわよ」


 リリベッドの宣言に同意の頷きを返す。

 それを合図に模擬戦が始められた。

 こと、ここに至る経緯は至極簡単なものだ。

 謁見のまでのやりとりの後、食堂に集まっての昼食の場でアーデルハイトが言い出したのだ。


「護衛官として雇うからには、近衛としての実力を見ておきたいところだな」


 と。その瞳の奥には好奇心という名前の輝きが煌めくのを隠し切れていなかった。

 ノルンはというと、また始まった、と言わんばかりにため息を吐いていた。

 リリベッドやルスティカーナはアーデルハイトの提案に乗り気のようで、寧ろ積極的に手伝うと言い始め、しまいには、


「ふふふ。では、私たちが模擬戦の相手を務めますわね」


 と告げるに至った。

 昼食が終わってから後、自分は再度、ノルンを捕まえて、


「自分は、竜を倒した技術などは思い出せていないんだが」


 それでもいいのか、と確認を取った。それを聞いたノルンはと言うと、


「まぁ、それでいいんじゃないですか。貴方が雇われるのに変わりはありませんし」


 と言う反応。そんなものか、とその場では思うことにしたが、


(いざ、模擬戦の場に立ってみるとやはり違うな)


 見られている、と言う緊張感。敵と相対しているという緊迫感。

 だがそれ以上に、刀を握っている違和感(・・・)が払拭できない。


(竜と戦っていたときは、身体の中に残っていた記憶にただ従っているだけだったが)


 それ故の万能感のような、一種のトランスが今は訪れない。

 寧ろ、刀を握り、相手と相対すればするほど自分の中で違和感が膨れあがっていくばかりだ。


(どうしたことだろう)


 と内心首を捻る。あの時とは何が違うのだろうか、と。


(失われた記憶と、今ある自分の間にある溝、か)


 それは思った以上に大きく、深く、もしかするとどうしようもなく致命的なものなのかも知れない。


(ともあれ、だ)


 模擬戦は既に始まっている。四の五の言う前に、まずは集中しなければいけない。

 そちらは未だに怪我人だから、一応の手加減はするわーと、リリベッドは模擬戦前に言っていたが、正直なところそれも当てにはならない。


(こちらの一般常識の中に、魔法や魔術なんてものが有りはしないのだからな)


 故に、これから戦うのは完全なる未知との相手だと頭に強く叩き込む。


「――では、行きますわよぉ!」


 模擬戦が始まった――。


 ◆


 模擬戦のフィールドは横倒しの長方形だ。

 縦に五百メートル、横に八百メートルの長さを持つそれは辺の中央から伸びる直線に分割され、四ブロックに区切られている。

 その内の最も、建物に近い側の上方のブロックの中央に八雲たちは居る。


(さて、どうくるものかな)


 視線の先に立つ双子を見つめながら、八雲は待ちに徹することにした。

 互いの距離は目算で、二十歩ほど。走ればその半分もかかるまい。

 だが――ギリギリ対処が間に合う距離ではある。

 問題は、反射で対応が出来るかどうかでは無く相手が何をしでかしてこようと、それに反応できる間合いだ。

 この距離では、遠距離からの攻撃には反撃を容易に行えないが、


(何をされても、初段は避けられる)


 それが最大の目的だ。


(最初から勝てるとは思わない方が良いのだろうな)


 何しろ、この世界はどうやらびっくり箱のような世界なのだから、何が飛び出してきたとしてもおかしくない。

 まずは知識を。度のような攻撃手段が存在するのかを知らなければならない。

 眼前の二人は子の前と同じ服装だ。

 黒のシャツに身を包んだルスティカーナと白のシャツに身を包んだリリベッド。

 お互いにモノクロームの配色になるようなスカートを穿いている。

 光に透けると薄い緑色の輝きを放つリリベッドの髪と、桃色の輝きを纏うルスティカーナ。

 違いは、リリベッドが両手に何も持っていないのに対して、ルスティカーナは細身の剣を手にしていること。


「――――行くよ」


 口にしたのはルスティカーナだ。

 平坦で低い声音で告げると、宣言のそのままに、彼女は身を低く前傾させた。

 来る――八雲は刀の柄を強く握りしめる。

 初動の一歩は緩やかに。二歩で加速がついたと思うと、三歩目でそれは来た。


「な――に?」


 口から漏れたのは呆然といった不理解の言葉。

 眼前、ルスティカーナが三歩目を踏み込んだ瞬間、彼女は髪の色と同じ燐光を軌跡に、十歩の距離を一歩で詰めた。

 それは、疾走と言うよりは跳躍に近い一歩だが、しかし、


(――速さが違う!)


 前傾させた身体をそのままに、彼女が二歩目を踏み込んだ。

 思うより、早くからだが動いた。


「――ッ!」


 金属と金属が高速でぶつかり合う鈍い音と感触。飛び散る火花よりも早く、ルスティカーナは一撃のあと八雲の背後に回り込んでいる。


「驚いた」


 未だ、動きを見せないリリベッドに気を使いつつ、半身になってルスティカーナの動きに追随すれば右の耳に、彼女の呟きが聞こえた。


「一撃を防がれるとは思わなかった」


「それは褒めているのか」


「こくり」


 擬音付きで首を縦に振るルスティカーナ。

 

(どうにもこの子は素直な性根らしいな)


 こういった性格を天然というのだろうか。

 しかし、褒められたのは良いが正直なところ運の要素が八割だと、八雲は冷静に今のやりとりを受け止めている。


(まったく見えなかった)


 ただ、高速で駆け抜けるのだけは予想できたため、その軌道上に力よりも速度を優先した一撃を置いた(・・・)だけだ。

 それが運良く、彼女の一撃に当たってくれた。

 しかし、手には重い痺れが今も残り、


(今も、違和感は消えて無くならない、か)


 しっくりこない、と言う表現が一番近いか。

 どうにも、刀を握っている、戦っているというイメージが遠く、ぼんやりと靄の向う側にあるようだ。


(いけないな)


 このままでは、いけない。そうは思えど、具体的にどうすれば良いのかまったく思いつかない。


(竜と戦っていたときはどうしていたのか)


 ぼんやりと思い出されるのはあの時の記憶。

 あの、人の身で敵うとは露とも思えなかった異形を相手に、自分の肉体は一体どう戦っていたというのか。

 それを思い出せれば、今の状況にも対処できそうなものだが、


(思い出せれば苦労も無く、その暇も今は無い、か)


 桃色の光を纏ったルスティカーナが剣を構え直した。二撃目が来る。


(リリベッドが動きを見せないのが気になるが)


 まずは、ルスティカーナの速さになれるのが先決だと、痺れる両手で八雲は刀を握り直した。

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