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Drahenstein(8)

 紆余曲折。筆舌に尽くしがたい説教の後、


「さて、詰問やさらし者にはしないと言ったが、質問や見世物にしないとは言ってない」


 ま、気楽に行こうかー、と言いつつアーデルハイトは玉座に座り直した。

 頭を抱えているのは隣に座っているノルンで、ため息を吐き出しているのはアーデルハイトの抱き付きに説教を噛ました背後のアティだ。

 自分はと言うとその様子を先ほどと変わらない位置で半ばぼんやりと眺めている。

 抱き付かれた後の展開はそれはそれは苛烈極まりない様子で、怒髪天を衝く美人というある意味貴重な光景を見られた。


(美人は怒らせると怖いと言うが)


 本当に、その通りだと心から思う。


「というわけでこれから色々聞いたり、弄ったりしていくつもりだがいいか?」


「まぁ、当然だろうな」


「おや、わかってるじゃないか」


「覚悟はしていた」


 うんうん、いいねぇー、と頷くアーデルハイト。

 こちらはといえば、むしろそうされる腹づもりでここに来ていた手前、抱き付かれたり礼を言われたりと言った態度の方が色々反応しがたい。


(もっとも質問されたところで答えられることには限りがあるのだが)


 分かる範囲では答えようと、そう思う。


「ふふふ、それもいいけれどそろそろ、こっちにも紹介して欲しいところね」


「おお、そうだったな」


 さて、何を言われるのか、と身構えたところで左手から声がかかった。

 そういえば、先ほどから玉座の左右には顔が瓜二つな少女が立っていた。


「紹介しよう」


 こちらから見てアーデルハイト側の右方。黒のブラウスに白のスカートを穿き、白を基調とした、光に透けるとうっすら桃色に色づく髪が特徴的な、無表情の少女が一歩前へ。


「ルスティカーナ・フォン・ヴァイゼマークグラーフと」


 続いてノルン側の左方。白のブラウスに黒のスカートを穿き、白を基調とした、光に透けるとうっすら緑色に色づくかみが特徴的な、どこか上品な雰囲気の少女が一歩前へ。 


「リリベッド・フォン・ヴァイゼマークグラーフだ」


 二人は共に、まったく同じ動作で一礼をする。

 表情や、髪型、服装に動作まで線対称で、色彩だけが対照的な二人の動きに思わず目が眩んだ。

 鏡写しの麗しい少女が、動作まで揃っている姿はどことなく異様で、現実味がない。

「くすくす……よしなに、ヤクモ様」


 こちらの戸惑う様子を眺め、蠱惑的な笑みを浮かべながらリリベッドと紹介された少女が言う。

 もう一人のルスティカーナと紹介された少女は、何だか無表情にこちらを注視している。


(どうにも調子が狂うな)


 見られているだけというのも落ち着かなければ、リリベッドの笑みは何だか背筋がゾクゾクとする類のものだ。

 ただ黙って立っているだけだというのに何だか、むしろに上げられたような心地になる。

 相手もそれが分かっているのだろう、より一層笑みの色を濃くしてこちらに視線を向けている――いや、片方は相変わらず無表情なのだが。


「そうそう、いじめてやるな。色々素直な話を聞けなくなるじゃないか」


「それもそうね」


 アーデルハイトにたしなめられる形で、リリベットは視線をふっとそらした。対してもう一人の少女は、相も変わらずだ。


(もしかして、あれは素なのか)


 じぃ……っとこちらを見つめる視線がどうにも気になって仕方が無い。


「で、まず何から聞いていくんですか」


「そーだなー」


 ノルンに問われ首を傾げるアーデルハイト。

 うーん、うーんとしきりに唸っている。暫くそうしてから結論が出た。


「じゃあ、簡単なところから行こうか」


 と、一拍を置いてから、


「――ヤクモ、お前は一体何者だ?」


 と、にこやかな笑顔で告げた。


 ◆


 さて、困ったものだな、と八雲は思った。


(どうにも答えようのない問いかけがいきなり来た、と)


 自分は記憶を失っている。しかしすべてではない。よく知られている記憶喪失のメカニズムにあるとおり、自分が消失しているのはシナリオ記憶と一般に言われる――要するに自分に関する過去情報だ。

 言葉や、単語知識など、そういった記憶とは別のものである。

 そしていま、アーデルハイトにされた問いかけは、過去情報から導き出されてしかるべきものだ。

 自分は何者か、と言う問いかけに過去がなくては答えようがない。

 しかし、ここは同時に詰問の場でもある。ここでの受け答えは、おおよそ今後の自分の立場を決定づけることだろう。

 迂闊に、適当な返答も出来ない。誤魔化すという手も無いではないが――ちらりと、視線を向けた先。先ほどからこちらを微動だにせず見つめるルスティカーナの視線がある。


(どうにも落ち着かん)


 これだけ注視されると、嘘をついたときの後ろめたさも相当な物になりそうだ。そうするときっと、自分はぼろを出す。出さない自信はあまりない。

 どうしたものか、と思っていあてもなく視線を彷徨わせているとノルンと視線が合った。

 そういえば彼女はこちらが記憶を失っていると知っている。なにがしかの助け船を出してくれないものかと期待してみるが――なんだか彼女はカクカクとした非常にゆっくりとした動作で視線を外した。


(万事休すか――ッ)


 どうにも助けなどないようだった。よくよく考えれば、ここに至るまでの間にノルンからアーデルハイトに対してなにがしかの説明があったとしてもおかしくはない。否、寧ろあったはずだろう。その上で、この場が設けられ、この質問があるのだ。

 なにがしかの意味がある、問いなのだ。しかし、それに対して有効な答えを自分は見いだせない。

 結局の所、こうなれば開き直るよりないと、心に決める。口に出来るのは、ただ一つ真実だけなら、まっすぐにそれを伝えることにした。


「自分が何者かだが」


 口にして、一息、間を空けて、


「――自分にも分からない」


「ほう。分からないか」


「ああ。まったく分からない。自分が何者であるかが一番分からずにいる――俺は記憶を失っている。その話は?」


「ノルンから既に聞いている。自分に関する何もかもをどこかに置いてきてしまったようだと」


(置いてきたとは、また言い得て妙な例えだ)


 そして、自分が記憶を失っていたことをやはり知っていたな、と思う。推測したとおりなのだろう、ノルンがやはり気まずそうにこちらから視線をそらし続けている。

 虚栄や誤魔化しに逃げずよかったと内心の安心を得るが、質問はまだ続いている。自分もまだ答えを返しきってない。

 だから、言葉を続ける。


「自分は記憶を失い、どうしてあの場に居たのかもわからない人間だ。どのような過去を持ち、どのような経緯であの場所に至ったのか察することすら難しい」


 だから、と。


「だから、自分が何者であるかという事に答えを返すことは出来ない。それは、たぶんこれから新たに手に入れ直してくものだからだ」


 故に、


「きっと、自分は未だ何物でも無い、ただ立花八雲という名前を持つ一人の男でしかない。それがすべてで、それ以上はこれからにある」


「その通りだな」


 アーデルハイトは席上で一つ頷きを見せた。


「お前の言うとおり、記憶を失ったお前は何者でも無い。ただの、名前を持った人間だ。うん、それに間違いは無いけど、お前は一つ忘れているよ」


「忘れている?」


 なにか、失念したことでもあっただろうかと首をかしげれば答えが来た。


「――お前は竜を殺し、私の親友を救った人物だ。それを言いたくてこの問いかけをしたんだ」


「――――。」


 なるほど、たしかに。自分はそんなことを成し遂げていたな、と思う。

 何もない自分が誇ることの出来る、唯一の過去がそれなのだと。


「いや、ノルンに聞いていたとおり天然素直なたちでよかった。私はドヤ顔をするために生きているからな。できなかったら即刻放り出していたところだったよ」


 はっはっはとアーデルハイトは笑っているがこちらとしては、嫌な汗がだくだくでて止まらない。

 よかった。本当に正直に話して良かった――下手なことを言っていたらどうなってたかわかったもんじゃない。

 そう思っていると、先ほどまで露骨に目を背けていたノルンが、姿勢を正した。その上で、今度はアーデルハイトの方へ首を向ける。


「ほら、ハイディ。趣味の悪い遊びを見逃してあげたんですから、約束通り」 


「わかってるわかってるさ、ノルン」


 掌をひらひらと揺らしつつ、アーデルハイトはこっちをまっすぐに見つめ、 


「――ヤクモ」


 呼びかけのあとに、続けた。


「ノルンに聞いた。お前は、どうにも今後、行き先が無いみたいだな」


 それに黙って頷く。再度確認するまでもなく、記憶を失っているのならば当然のことだからだ。


「なら、お前は今後この城に住むといい。ノルンの頼みでもあるし、なにより、竜を倒し我が親友を救ってくれた礼が謝辞の一言ではこちらの面目が立たないからな。ささやかだが、行き場のないお前に対して出来る一つだと思って欲しい。――本当なら、もっと大きなものを要求しても良いんだぞ?」


 ん? ん? と繰り返し胸を張りながらのドヤ顔。なるほどドヤ顔をするために生きているのは確かのようだ。心底好きなのだろう。

 しかし、もっと大きなものと言われてもさしあたっては何も思いつかない。

 衣食住のうちの一つを与えてくれると言うだけでも有り難いのだ。


(だが、強いて言うならば一つ、無いわけでもない、か)


 思い至り、一瞬の躊躇の後、目の前のドヤ顔が眼に入った。

 

(これなら、構わんか)


 口にしないよりはした方がましのように思える。なによりドヤ顔するということは期待しているということだろうと自己弁論をしつつ、口にした。


「それなら、言葉に甘えてもう一つ、要求したい」


「ほう――聞こう」

 

 身構える姿勢を見せたアーデルハイトに告げる。


「――仕事をくれ」


「――は?」


「仕事だ」

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