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Drahenstein(6)

 ノルン達に付き従って橋を越え暫く歩くと、門についた。

 城の敷地を区切る外壁部の門らしい。

 アティが門番の顔を伺うだけで通れた辺り、どうにも事前に連絡が行っていたか顔パスのようだ。暫くして、閉じていた門が開かれていく。

 向こう側には、雪化粧された広大な庭園があった。

 暫く、城を中心にしてぐるぐるとその庭園を回ることになる。丁度外周をなぞる形だ。


(まるで迷路のようだな)


 こうした西洋式の城に関する知識は生憎、八雲の中にはなかった。どうにも、勉強する機会には恵まれなかったようだ。

 ただ、日本式の城に関する知識は幾つかあったからそれに添っての推測は立つ。

 それによれば、迷路という考えはあながち間違っていないはずだった。

 地上から攻められた際、一直線に城門へと殺到されるよりはグルグルと歩かせた上で、段差の上から攻撃を加えた方が良い。

 籠城戦は敵に攻めづらさを感じさせ、その心を折ることが第一だからだ。


(最もここまで攻め込まれた時点で戦としては敗北しているようなものだが)


 そうなれば、ここの主用途は戦ではなく実際の所は暴動などに対する対策となる。

 八雲の知識では大砲を初めとする遠距離火器類がある程度発達した辺りから、城は薄い城壁を幾重にも巡らせるのではなく、分厚い城壁を一枚並べ立てることに注力するようになったとある。

 ここからでは城の外壁がどれ程の厚さか見て取れないが、


「古めかしい城でしょう」


 傍ら、周囲を伺っていたノルンがそう告げた。


「ここは、歴史がある分だけ古い城なんです。建て替えも行われていないし、大規模な修繕もされていない。増築だけは細々とやっているようですが、城としては古めかしいものですよ」


「いや正直なところ――城という時点で古めかしいものというイメージしかないのだがな」


「そういうものなんですか?」


「ああ。これも実感があるわけじゃないが、どうにも自分の居た世界で城が活用されていた時代は相当に昔らしい」


 アメリカのとある大エンターテイナーは城をほしがり実際に手に入れて住んでいたと伝え聞く。欧州にもそういった先祖代々の城、と言うのを受け継いで済んでいる人立っていたかも知れないが、大半は維持費を確保するため、国や州に貸しだし博物館や観光資源として活用するのが大半だろう。


「なるほど。結構、生活様式からして違うんですね」


「自分からすれば、先ほど見た学校以外は百年以上昔の世界に見えるな」


「そういうものですか」


 そういうものである。だから城の古い、古くないなど、実際の所はよく判らないのだ。

 さて、外壁を歩いて門をあれからもう一つくぐってから暫くして、


「さぁ、着きましたよノルン様、ヤクモ様」


 とアティが声を掛けた。

 前方に視線をやればそこには立派な跳ね橋がある。

 今は降ろされた形で堀に掛けられたそれは、やはり事前連絡が城にも行っていたからだろう。

 普段であれば、跳ね橋は上げられたままに違いない。

 アティが門番に声を掛けるよりも早く、門は独りでに開いていった。

 全ての視界がクリアになる。

 城門に閉じられていた向う側、前庭の奥に巨大な建造物が見て取れた。

 複数の尖塔からなる西洋式の城だ。

 八雲の知識ではそれがゴシックだかバロックだか、どういった様式の建築様式に近しいのかなんて判別のしようも無い。

 だが、隅々にまで施された装飾は決して華燭に過ぎず、しかし、計算され尽くした贅の極みが意匠として現れている。

 石造りの壁一つ一つに細かい彫刻が為され、屋根の縁につけられた雨樋の一つ一つにまでそれが施されているのは見事としか言いようがない。

 そんな、絢爛にして静かな威厳を保つ城をせなに置いて、一人の少女が門の中央に仁王立ちしてた。

 待ち構えていたのだろう。瞳はまっすぐにこちらを射貫いている。


(――鮮やかだ)


 と一目見てそう思った。長く艶やかな黒髪は腰の辺りまで豊かで、射干玉を溶かし込んだかのよう。その周囲に、朱の燐光を纏っているのはどのような力によるものか。

 さながら、炎の華を彩りとして纏うかのよう。

 紅を差さずともはっきりと下唇の輪郭は彼女の意志をはっきりと宿し、同時に明快な表情を彼女に与えている。

 色白い肌は彼女が纏う炎の華に照らし出されてより白く輝き、目鼻筋のすっと通った彼女の顔立ちと相まって少女としての儚さを見る者に印象づける。

 しかし、彼女にガラス細工のもろさは感じまい。

 そこにあるのは舞い落ちる雪の結晶にみる儚さではあるが、その奥に宿した絶対的な意志の気高さは、見た目の儚さに対してアンバランスなほどに明らかだ。

 女性にしては少しだけ高めの恵まれた身長は、睫の長い輪郭のはっきりとした瞳の視線を、紅色の輝きを真っ正面から鋭く投げかける。

 その身を包む衣装は赤と黒を基調とした絢爛豪華な炎そのもの。

 それをまるで竜の鱗のように威風堂々、着こなす少女は――


「――ノォールゥーンーッ!」


 ――威厳の全てを脱ぎ捨てて、ノルンに対してダッシュからのダイビングをかました。


「ちょおぉ――ぉ――ッ!」


 ノルンがその勢いに堪えられるわけもなく後方にものすごい勢いで吹き飛んでいく。

 叫び声は良い感じにフェードアウト付きで尾を引いて、何かにすがろうとする悲痛さを伴って聞こえた。


「――あれは」


「何も言わないでください」


 呆気にとられて、状況の説明を求めようとアティに声を掛けたが見なかったことにしたいとばかりに彼女は顔をうつむけている。

 その態度が何よりも雄弁に語っているようなものだが、空気を読んでそれ以上は尋ねないことにした。

 なんだか肩をふるわせて必死に堪えている彼女に憐憫の情を覚えたからでは断じてない。

 彼女の威厳のためにそう言っておく。

 視線を向ければ、ものすごい勢いで抱き付いていった少女と、その下敷きになっているノルンはなんだかキャットファイトの様相だ。


「無事か、ケガはないか、大丈夫か、何も問題は無いかノルンノルンノルンーッ!」


「お、おちついて、落ち着いてくださいハイディ! ちょ、そこは……脱げ――ッ!」


 のしかかってその身体をまさぐる少女と必死の抵抗を見せるノルン。

 降り積もった雪の上をお互いに組んずほぐれつぐるぐると転げ回っている。


「脱げるって言ってるでしょう――ッ!」


「ぐぶほぉ」

 

 二人ともが互いにすっかりと雪まみれになった辺りで、ノルンの容赦ない蹴りが少女の腹に直撃して軽く吹き飛んだ。

 何だか聞いちゃ行けないような悲鳴も聞こえたが、アティが未だに見猿聞か猿状態なので言わざるを貫くことにした。

 肩で息をしながら真っ白に染まった二人はぜぇぜぇと荒い息を整えている。

 そして、暫くしてから――くすくすと。

 吐息に混じって、笑い声が響き始めた。

 初めは静かだったそれは、次第に大きくなる。

 二人の笑い声だ。


「――ノルン、無事によく戻った」


「はい、ハイディ。おかげさまでどうにか戻ってきました」


 ひとしきり笑い合って、お互いを確かめ合う二人。

 その後に静かに抱きしめ合って、無事の再会を祝い合う。

 その様子は中々にいい光景だったが、八雲の周囲で護衛やメイドの方々が生きた心地をしていない表情なのは何ともギャップが酷いと思った。


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