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Drahenstein(4)

「顔面から行きましたね……」


 傍ら、ノルンが告げる言葉に八雲も首肯するしかなかった。

 道の先、背伸びをする猫のような姿勢で顔面から地面に転倒しているアティがいる。

 割とものすごい勢いで突っ込んでいったので、助けようとか思う暇が無かったのだろう、誰もがその様子を遠巻きに見つめている。

 一様に貼り付けられた表情を一言で表現するなら、やべぇ、だ。形容として、まじで、が加わる。


「大丈夫か」


 さすがにそのままにしておくのは忍びなかったので声を掛けることにした。

 すると、それまで微動だにしてなかったアティ()がぴくりと反応を示す。そのまま、のっそりと両腕を頭の横について立ち上がる様はさながら、B級ホラー映画のモンスターだ。


「大丈夫でふ」


 ずず、っと啜られたものが果たして鼻水だったのか鼻血だったのか、背後にいた八雲達には分からなかった。ただ、仁王立ちするアティの背中のみがこちらには見えている。

 その奇妙な威圧感と、先導していたアティが立ち止まっていることもあり一向はしばし、その様子を見守るしかなかった。

 沈黙の中に、ただ鼻を啜る音と川のせせらぎだけが混じる。

 

「――……き……って……なんですか」


 ぼそ、っと何かが聞こえた。

 静けさの中にあって、誰も聞き取れないほどに小さな声だ。


「ん?」


「――きれいって……なんですか」


 二度目の反駁でようやく聞き取れた。

 どうにも、先ほど自分が呟いた言葉のことらしいと、八雲は理解する。


「ああ、あれは――」


「――綺麗ってなんですかぁ!?」


 がばぁ、っと身振りに音を立てながら、叫びと共にアティが振り返った様はさながらジャパンホラーの妖怪もかくやといった恐ろしさがあった。

 説明しようと口を開いた八雲が、その勢いに気圧されて一歩後ずさる。

 振り向いたアティの顔は、何だか鼻が赤くなっていて痛々しい。


「な、なんであの話題でそんな応答が返ってくるんです!」


 いいながら、アティが一息に詰め寄ってきて八雲の胸ぐらを掴かんだ。そのままがっくんがっくんと揺さぶりが入る。


「普通は、混血だから気味悪がられるとか、冷静に理解はしつつも実感は湧かないとか、そのあたりでしょう! なんで一足飛びにそんな反応なんですかぁ!」


「あーあー」


 がっくんがっくん、ものすごい勢いで揺すられているものだからまともに返答も出来ずされるがままアティの叫びを聞く。

 ふりほどくのもあれだが、思った以上にアティの力が強い。


(これも混血が原因なのか)


 などと考えつつ、実際の所。乙女の暴走パワーとかその辺りの可能性も捨てきれない。


「アティ。アティ。落ち着いてください。貴方に暴走されては話が進みません」


「はぁ、はぁ、はぁ」


 ノルンに制止されてようやくアティの腕が服から離れる。

 前後に揺すられていた頭が、残った勢いにぐわんぐわんとする中で、八雲はアティの反応を冷静に受け止めていた。


(――つまりは彼女の反応が、一つ、混血という人間の立場を表しているのだろうな)


 この場合、人間、と言う表現が正しいのかは正直、自信が無い。八雲の頭の中に残っている言語表現上、そうとしか表現しようがないために人間という言葉を使用しているに過ぎない。

 実際には、人間として扱われていない可能性も十分にある。

 ノルンの反応や、周囲、共に歩いている護衛の兵士やメイドの反応からうかがい見て、五分五分といったところだと八雲は見ている。


(この国の中でもデリケートな話題というのはそういうことなのだろう)


 無論、前提としてこの国では混血が多いという話だから国内での差別はそれほどのものではないだろうというのは想像できる話だ。特定種族間での嫌悪感情やライバル意識、思想の違いや生活習慣の違いといった問題は当然のようについて回っているだろうが、混血だからと言う単なる決めつけによる差別は少なくともほとんど無いに違いない。


(いや、そうであって欲しいという願望か、これは)


 八雲の知識は元居た世界における人種問題、という例を提示している。あるいは宗教問題もそれに近いかも知れない。


(推測しておいて叱るべき要点は二つ、か)


 異種族というのは宗教問題レベル――つまりは食生活に関するレベルでの習慣の違いがあると言うこと。そしてそれは、見た目や生物学上と言った、差別ではなく区別の要がある問題でもあると言うことだ。

 極端な例になるが、他種族からの吸血行為を行わない限り生息が出来ない生物というのが八雲の知識には存在している。

 蚊、などがそれに該当するが、もしあれらと同じ特性を持った人間的種族が存在し、かつその種族との混血存在だったとすればどうなるか。

 食生活的に、生きていく上で人血を必要とするかも知れない。

 どちらの種族も、相手を忌み嫌っているかも知れない。

 その混血ともなれば、どちらにも迎合できず孤独に過ごすことを余儀なくされるかも知れない。


(なるほど、道理で――)


 こちらが返答する前に、ノルンとアティが示した反応を八雲は思い出す。

 彼女らは、こちらが言葉を発した瞬間、僅かに身構えを見せた。

 あれは、何を言われても受け止められるように、と言う半ば反射の動きだったのだろう、と八雲は思う。


(言われ慣れているとは思いたくないが、言われたことがあるのだろうな)


 そう考えると目の前の混乱とてさもありなん、起こってしかるべきと言うべきか。


(……間違ったことは言ってないはずなんだが)


 と首をかしげた辺りで、ようやくアティの呼吸と精神の平静が整ったらしい。


「ふぅ――っ」


 長めの吐息と共に、背筋がぴんっと伸びた姿勢に戻る。


「見苦しいところをお目にかけました」


 そして、伸びた背筋をそのままに、少しの傾きと共にこちらに向けての謝りが入った。


「なにぶん、あのような反応をされた方は初めてでしたので」


 一礼から戻りつつ彼女はやんわりとそう告げる。


「あの、ご迷惑でなければどういった理由で告げられたのかを伺っても……?」


 問われ、少しだけ思考をする。

 なにとなく傍らを見れば、ノルンも興味深そうにこちらを見上げている。


(割とプレッシャーだ)


 などと、無形の圧力を感じながら、しかし、理由も何も、何か複雑なことを考えて返答した訳ではない手前、素直にそれを告げるしかない。

 だから告げた。


「いや――単に、素直に綺麗だと」


 付け加えるなら混血ゆえのエスニックさが魅力になっているのか、とかその辺りで。

 連想元がそれだが、少々伝えるには野暮ったいと思い省いていた。

 対して、見ればアティが目の前でふらぁっと真横に倒れようとしているのをノルンが慌てて支えていた。


「アティ、アティ! 耐性がないのは分かりますが堪えてください! どうにもこの人はこういう属性らしいですから!」


私も割合、似たような事言われました! と叫んだ辺りで、周囲に軽いどよめきが入った。続いて、ひそひそという密談も混じる。


「はっ……も、申し訳ありません。またしても前後不覚に」


 ノルンの呼びかけによって我を取り戻したアティが姿勢を正す。

 だが、向けられた視線はなんだかこちらを直視しておらず、どことなくちらっちらっという伺いの視線で顔もそらされがちだった。


「と、とりあえず先に進みましょうか!」


 と無理に取り繕った感がにじみ出るかけ声と共に一向はまた歩を進め始める。


(……間違ったことを言っただろうか)


 いよいよ以て不安になってきた。隣を歩くノルンを見れば、ほっと一息を吐いている。


「……なにか変なことを言っただろうか」


「――分かっては居ましたが、自覚症状無しですか」


 小声で尋ねると、なんだかおそろしいものを見たという表情と共にそんな強ばった言葉が返ってきた。

 それから、少しの思案顔の後に、


「……悪いことは言っていないと思いますよ」


 と、なんだか遠くを見る視線と共に、ノルンはそう告げた。

 その視線をどう解釈すればいいのかは、まだ付き合いと呼べるほどの物が無い自分には分からない。

 ただ八雲に察せられたのは、それが嫌な雰囲気をまとっていないと言う事だけだ。


(ならばそれでいいか……)


 別段、何かを考えていったわけではないし相手に悪く思われてないのであれば、それでいいと納得する。

 話はそれまで。少し歩いたところで、アティからの声がかかった。


「皆さん、城壁を抜けますよ――街です」


 前方、視線をやれば門が開いてく所だった。

 暗がりに光が差し込んでくる。


(トンネルを抜ける前から雪国だったが)


 どのような風景が広がっているのか――。

 目映い光に、やがて瞳が慣れ始める。

 一歩を踏み出し、八雲はノルニア・アリフステッドへと足を踏み入れた。


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