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Drahenstein(3)

【帝政ノルネア幻想国 ノルネア・アリフステッド】


 街の城壁にたどり着いた。

 アティに先導される形でしばらく、城壁沿いを歩く。

 城壁は高さ二十メートルほどもあり、見上げれば圧倒される異様を持っている。


(見事なものだな)


 石造りの壁は、そのほとんどが風化を許してない。風雨に汚れた場所はあれど、城壁としての機能を欠損するような傷は八雲が見た限り見当たらなかった。


(それだけ小まめな修復と管理が為されているという事か)


 それは単に歴史ある城塞というわけではなく、立派に今もなお機能しているということだ。

 逆に言えば、


(備える必要があるという事でもある)


 先ほど、ノルンと交わした会話から抱いた軍事国家というイメージが頭をよぎる。

 いよいよもって、そのイメージが確かなモノになりつつあるかも知れない、と人知れずごちていたところで八雲は一つの音を耳にした。

 水のせせらぎだ。

 視線を向けると、そこには一本の立派な川が流れていた。川幅は百メートル前後か、簡単には渡れない規模のものだ。川は街の中へと流れ込んでいる。


「暫くお待ちください」


 告げて、先頭を歩いていたアティが城壁の方へと歩いていく。川と城壁の間には立派な水門があり、周辺は深く掘り下げられ一種の貯水池のようになっている。

 その真横に一つの小屋があった。


(水門の管理所か何かか)


 案の定、アティはそこを目指して歩いていくと、扉を叩いて中に詰めていた男を呼び出し、二言三言、何かしらの会話を交わし戻ってきた。


「道らしい道でなく、大変申し訳ありませんが」


 と戻ってきたアティが断りを入れる。


「早く城に戻れるのであれば、道なんて何でも良いです」


 いつの間にか傍らに来ていたノルンがそう答えた。

 どうにも、寒さを我慢するのももはや限界といった様子だ。


「そう言っていただけますと助かります」


 アティが告げ、水門へ向けて歩き出す。

 一向もそれに追随すると、水門の付近まで来たところでアティが手を上げた。管理所へ合図を送っているのだろう。

 すると水門脇の側道部分だけ門が持ち上がっていく。


(完全な一枚の門ではなかったのか)


 まるで綺麗に切断面を合わせられた積み木のように八雲には感じられた。

 一枚の門として偽装されていたそれは、完全に上がりきると側道を一向の前に示している。


(考えれば通用路がないのもおかしな話だ)


 こういった水門の管理は普通、通用路を通って行うものだろう。内外の管理所を行き来するにしろ、それは必須だ。その側道、通用路を水門で偽装しているのは、ここが城塞都市に侵入するための一経路となるからに他ならない。


(徹底した管理だ)


 それを為し得るのは、強権的な政治力を有しているか、それとも極めて高いリーダーシップと能力を持ち合わせているかのどちらかだ。

 前者の場合は独裁者と言われるが、後者の場合はカリスマと称されることだろう。

 そのどちらかに今から自分は会いに行くようだ。


「そういえば」


「はい?」


 城壁の下、しっかりとした灯火もない城壁の真下を歩きながら、あることに気が付きいた。

 傍ら、首をかしげてこちらを見上げるノルンに対して思いついた疑問を投げかける。


「俺は、今から誰に会いに行くんだ」


「ああ、それも言ってませんでしたね」


 一般常識過ぎて、説明を忘れてましたと付け加えるノルンの様子からして、これから会いに行く人物とは世界的には有名人のようだ。

 それ故に盲点となっていたのだろう、考えればノルネア・アリフステッドの説明が入った段階で、その領主だろう存在は告げられていてしかるべきだ。


(話を遮ったのは自分だったか)


 

知らないことが多く、興味が尽きない。それを前提に会話をしているノルンにも、余りにも一般常識的な部分は盲点となる事が多いのだろう。

 思えば、魔法に関する説明もそういう部分だった。


(疑問に思ったら、とにかく尋ねてみるべきかも知れないな)


 今後の方針として、八雲はそれを頭の片隅に起きつつノルンが始めた説明に耳を傾ける。


「これから我々が会いに行くのは、このノルネア・アリフステッドの領主であり、同名の城の主でもある人です」


 そこで一息を置いてから、どことなく恥じらいに似た嫌気を顔に出しつつノルンは告げた。


「アーデルハイト=フォン=ドラッヘンシュタイン。第七選定伯家(ヅィーベンドラッヘン)の末姫で在り、現皇帝の娘です」


 つまりは、


「まぁ、この国のお姫様に会いに行くと言うことですね」


「……なに?」


 割と青天の霹靂である。てっきり領主と言うからには相当年配の男性を想像していた。


(それこそ、ひげ面の爺様とかとおもっていたのだが)


 それでいて、軍事面が強い印象から筋骨隆々で威圧感のすごいタイプが想像の中にあった領主像だ。

 それが一変して、お姫様だという。


「どういう、方なんだ?」


「どういう」


 鸚鵡返しに呟きながら、ノルンは首を傾げ、考え込む仕草を入れた。

 むむむ、という悩み表現も口頭で表している。


「どういう、と言われますと……ねぇ?」


「そこで、私に振らないでくださいノルン様。私からは答えかねます」


 話を振られたアティが困り顔で返答している。彼女にしてみれば、直接の雇い主に当たるわけだから、おいそれと迂闊なことは言えないのだろう。

 やがて、自分の中で整理が付いたのか、眉根は相変わらずコミカルに寄せたままでノルンは告げた。


「いい、人、ですよ。それは間違いありません。剛毅で、破天荒で、武断主義者で、唯我独尊で、我が道を行きまくっている人ではありますがいい人なのは間違いありません」


 すごい言葉の羅列が来た。

 アティの表情をうかがい見てみると、困った顔ではあるが微妙に思い当たる節があるようなリアクションも見せている。


(当たらずとも遠からず、と言ったニュアンスで捉えておくべきか)


「ああ、あと」


「ん?」


「――そういえば彼女、竜族の混血ですけど大丈夫ですかね?」


 ドラゴンさくってってしまいましたけど、と何とはなしにノルンがなにやら致命的なことを告げた。


「――――。」


 嫌な汗がだらだらと額から流れるのを感じる。アティの方を伺えば、一度視線が合ってからゆっくりと目をそらされた。


「さ、さぁ、そろそろ城壁を抜けます。街に出ますよー」


 とどこか平坦な口調で告げている。


(こ、これは覚悟をしておいた方が良いかもしれない)


 実は、一向を救ったお礼などではなく、いきなり詰問からの魔女裁判コンボの後に処刑確定かも知れぬ。


(いや、いっそのこと逃げるべきか)


「そういえば普通に言ってしまいましたけど、竜族との混血とか理解できますかね。こちらの世界でも異種族との混血は割とデリケートで、地方性のある話題なのですけど」


「ん?」


 言われて、確かにそれはわからない事だ、と思った。

 竜族との混血、とは音にしてみれば簡単な話で、異種族との合の子だろうとは簡単に想像が出来る。それは、神話やファンタジー創作物にある程度触れた人間ならなおのことだろう。

 だが、昨日、自分は竜と戦った。となれば、これはファンタジー上の混血ではなく、実際の混血と言う事になる。

 そうなれば話は別だ。

 言葉の上での混血はファンタジー上のお約束という前提の元に概念同士の融合となる。生まれた合の子はパーツパーツをどことなくつなぎ合わせた、妥当性の上に成り立った納得の出来る程度の半リアルだ。

 現実ではあり得ないが、ファンタジー世界というフィルターでならば感情移入できるというリアルに過ぎない。

 実際に戦った身としては、現実問題として、


(あれと、人間が子どもを為す)


 というのは相当な想像力を有する。正直に言って無理だろうという印象の方が強い。というか無理だ。

 そして八雲の知識上では元居た世界というのは異種族というものはまず存在しない世界だ。

 少なくとも、人間という種族以外に知的生命体らしい知的生命体は存在しない。

 人種という違いはあれど、そこに種族と言うほどの隔たりはない世界だった。


「理解と想像は出来るが、実感と実体験はなさそうだ」


 考えた末、思ったことを口にした。


「つまり元居た世界にはそういった異種族同士の混血というのはほとんどあり得なかったと」


「と言うよりも、異種族というのが居なかったと断言して良いくらいだ。人間と動植物というような区別が全てだな」


「なるほど。異種族が余り居ない国の人と同じようなもんですね」


 そういうものらしい。ノルンが一人納得を得ているのは、先にノルン自身が断りを入れたとおり、この話題が帝政ノルネア幻想国に由来するミクロな話題だと言う事だろう。

 コミュニティに依存する話題というのは、他のコミュニティに属する人には理解されていないものだ。それがどれほど常識的なことであれ、コミュニティ間の隔たりというのはそれほど大きい。

 ノルンの示した態度は、この話題がそういった他のコミュニティには一から説明する必要のあるものということだ。会話の上で、同様の説明を何度もしてきた経験があるのかも知れない。


「一から十まで説明しても良いのですけれど、簡単な講義クラスになってしまいますからね。簡潔にさわりだけ伝えますね」


 それさえ分かっていれば、彼女(竜の娘)と接する上で問題は無いでしょう、とノルンは断りを入れた上で告げた。


「この帝政ノルネア幻想国では異種族が他国に比べて圧倒的に多い国柄です。純粋な人間族の方が割合珍しいでしょう。もっとも、混血が進みすぎていて、誰がどの種族との混血かと明言する方が難しいのですが――アティ」


「はい、ノルン様。構いませんよ」


 ノルンが声を掛けると、アティは心得ています、とばかりに承諾の返事を返した。


「彼女――アティも、純粋な人間族ではありません。異種族との混血に当たります」


 言われて、ふむ、と納得を入れた。


「なるほど、道理で」


 その言葉に、ノルンとアティが軽い身構えを入れる。が、構わずに続きを告げた。


「――美人だと」


「ふぇ!?」


 瞬間、先頭を歩いていたアティが転倒した。



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