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 みゆきのその後を穂花は詳しくは知らない。知っているのは彼女があの日、部屋で騒ぎを起こした後、日付が変わる前に自宅に帰されたということだけ。

 みゆきはあの日から学校に姿を見せることが無くなり、彼女の住まう一軒家の近所の住民も、同じクラスだった穂花も、姿自体見かけることもないまま、同級生に行く先も告げず―根も葉もない噂によれば―遠い地方に引っ越してしまった。

 あれからずっと、みゆきは陽の光を浴びていないのだろうか。

 穂花は白日の下、空を見上げ、束の間目を閉じる。

 今思えば、あの時のみゆきの様子は、高二の時に読んだノンフィクションの本に出てくる、多重人格の少女に似ていた。多重人格、つまり解離性同一性障害は、安心して生活できる場が欠如した時になるそうだ。一概には言えないが、みゆきは解離性同一性障害だったのではないだろうか。

 成績優秀で聡明な彼女が、あれほど追い込まれるようになるまで苦痛にじっと耐えていたようには、穂花には思えなかった。

 千秋のように、警察に見放されたのかどうかはわからないが、きっとみゆきも誰にも助けてもらえず、寂しい思いをしていたに違いない。そうでないにしても、みゆきはストックホルム症候群になり、助けを求める行動を起こすこと自体困難だったのだろう。

 そんなことに今頃になって気付くなんて、私、みゆきの親友失格だよね。自嘲気味に笑っていると、横から千秋の声がした。

「危ないよ」

 穂花ははっとして目を見開き、前方二メートル先にある電信柱にぶつからないよう、一瞬千秋の後ろに廻った。

「それで、穂花、岸辺を追い払う妙案、何かある?」

「え?あぁ……」

 正直岸辺のことなんてどうでもよかった。嫌いだと言っても『好きです』と告白してくる、懲りないしつこい男。生きたいと思っているのに生きられない人の換わりに死んでしまえば良いのにとさえ思う。しかし、まずは彼をどうにかしないと、落ち着いて千秋に『あのこと』を話せない。

「走って逃げれば良いんじゃないかな」

 さして考えずに穂花は案を出した。

「それも無理」

 穂花の予想通り、千秋は即答で案を否定した。が、どこがどう駄目なのか、穂花には解らない。

「どうして無理なの?人混みに紛れれば撒けるんじゃないの?」

「走ること自体無理なんだよ」

「だからどうして?」

「今僕お腹が痛いから」

 千秋の返答を聞き、穂花は漫画のキャラクターのようにずっこけそうになった。

「千秋男なのに体弱過ぎ!」

「というのは冗談として……」

「あぁ、久しぶりに聞いた、それ。千秋の冗談は本当に本当につまらないから自重してよ」

 穂花が『本当に』を強調して話すと、千秋は一瞬傷付いたような顔をした。が、穂花の目には入らなかった。

「……冗談として、岸辺は元陸上部で長距離走の大会に出ていたんだよ。そりゃあ、今はかっこつけて靴の踵踏んで歩いているだろうけど、あいつ手ぶらだし、その気になれば二十キロ(㎏)近くある紙袋と鞄を持ってる、三年間帰宅部だった僕達なんか、すぐに捕まえられるよ」

「じゃあどうするの?」

「穂花に妙案が無いなら、このまま春眠橋駅に向かって、電車に乗り、僕の家まで来てもらうしかないかな」

「えぇ、そんなぁ。映画見たりとか買い物したりとか色々したかったのに」

 千秋の家に遊びに行くのは嫌ではなかった。むしろ、呼んでくれたことが嬉しかったが、穂花は千秋の手前、素直になれず、膨れっ面をしてみせた。

「まぁ今日は我慢しなよ。映画や買い物は、また今度行こうね」

 千秋は赤子を宥めるように、笑みを浮かべ『離れないように』と言って右手を伸ばし、穂花の左手を力強く握った。

 穂花が紅葉を散らして左手に力を込めた時、ちょうど二人の前方に春眠橋駅の南側の入口が見えてきた。

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