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非日常への入口

まぁありがちな展開ですね

 

 「長崎の谷田高校から来ました高橋祐也です。えっと…残り1年ですがよろしくお願いします」

 しーん。

 …や、俺も転校とか始めてだからよくわかんねぇけど、何だろう、この非歓迎ムード。だってさ、拍手くらいあるはずじゃね?少なくとも中学時代の俺の学校ではそうだった…気がする(曖昧)。やっぱあれか。中学2年生と高校3年生という学年の差か?

 だいたい、最終学年といえば(デカイ学校じゃない限り)もう同じ学年のどの生徒とも顔なじみで、クラスの結束力だってそれなりに高い。そんな中にいきなり飛び込んで行くなんてどう考えても異端。しかも受験を控えたこの時期に編入試験をパスしてまで余所に転入なんて、どうかしてる。てか、なんで?という戸惑いというか何と言うかそんなのがあるはず。

 俺だって別に、ここに来たくて来た訳じゃない。

 親が離婚した。

 まぁありがちだが、そりゃあ劇的な修羅場に運悪く立ち会った俺だ。原因はこの歳になっての親父の浮気。母さんがとにかく泣くわ喚くわ怒鳴るわなんのって。親のケンカはたびたび見てきたが基本相性のいい二人だったので別に今回も大丈夫だろうと思っていた。が。結果母さんは次男である兄貴と末子の俺を連れて実家の福岡へ、短大の保育科に通う姉貴は勉強を続けるために親父の元に残ることになる(長男はすでに社会人)。俺だってあと1年で卒業だし残ってもよかったが、母さんが許さなかった。末っ子は1番可愛いらしい。17にもなる息子を手元に置いときたいとか…いい加減子離れすればいいのに。

 うん、家族ばらばら。親父、店は一体どうすんだろ。

 「ただいー」

 「おぅお帰り」

 「ーま。なんだ兄貴いたんだ」

 誰もいないと思い込んでいたところに、トイレから出てきた次男と遭遇する。小さなアパートに越して来たわけで、その狭い廊下と玄関からトイレ前の兄貴までの距離はご察しの通りだ。

 「サークルの奴らがほとんど私用でいなかったんだよ」

 その兄貴がいうサークルというのがこれまた異様で、魔術とか神話とか心霊現象とかそんな非科学的で非現実的なあれこれについて語り合う集団。−いわゆるオカルト研究会。

 くせっ毛の茶髪に黒縁メガネでヒョロリと背の高い兄貴は、黙ってればかなりのイケメン。長男ほどで無いにしろ女子にはそこそこモテるだろうし、スポーツは残念な感じだが勉強は出来るし雰囲気好青年。…まぁ、黙っていればの話だ。

 捕まるのも面倒なので靴を脱ぎそそくさと横を通り抜けようとした。が。

 「お前だいぶ髪伸びたよな、切ってもらわねぇの?」

 捕まった。

 「今の母さんがハサミ持つわけないじゃん」

 学校初日で片身の狭い思いをしてきた後なので尚更鬱陶しい。ちなみに兄弟仲が悪い訳ではない。弟のそっけない返事にも兄はめげる様子もない。

 「まぁ…そうだな。あ、祐也に良いもの見せたいんだけど」

 「見ねぇよ」

 兄貴の言う良いものとは兄貴にとって良いものであり、大概大して面白いものではないことが多い。

 リビングに戻っていそいそと探し物を始める兄貴を横目に俺はもう一度靴を履きはじめていた。母さんがパートから戻って来るまであと少し時間がある。夕食はその後だしまぁ大丈夫だろう。

 靴を履き一度玄関に降ろしたスクールバックを持ち直していると後ろからバタバタと騒がしい足音が近づいてきた。

 「これこれこれ!」

 「なんだよだから見ないってば」

 かと言って最終的には自分が根負けすることはわかっているので仕方なく振り返る。

 兄貴が差し出したのは本だった。2冊の、本。

 「何これ」

 聞かなきゃいいのに反射的に言ってしまった。

 「小説"時を超える魔術師"と"魔法生物の実態"、だ!」

 「…」

 や、そんな自慢げに言われても。

 「読め」

 「いやだ」

 −なんて押し付け。しかもよかれと思ってやっているところが尚一層タチが悪い。俺は別にオカルトとか興味ないし、かと言って兄貴の趣味を否定するわけでは無いが、とにかくこの人のおかげで毎度人生に全く必要の無い雑学は増える一方。しかもいらない情報に限って忘れてくれないという脳みその裁けなさっぷりといったら自分で泣けて来る。悲しいかな、兄貴や兄貴のサークル仲間の話の3/1はすでに聞き覚えのある単語で形成されているのだ。

 「じゃ」

 「へ?出かけるのか?」

 やめろやめろ!言いながらスクバに本を押し込もうとすんな!

 「夕飯までには帰るから」

 正直今のテンションにこの次男の相手はめんどくさかった。

 アパートを出ると外は日が落ちる直前の夕焼け空が広がっていた。住宅地の入口に付近にあるアパートなので出口へ向かう坂の上から遠くの空がよく見えた。

 とくにどこにという訳でもなく足の向くまま気の向くままぼんやりと歩き続ける。

 転校初日、見知らぬ土地で幸先の悪いスタートを切ったことは忘れよう。と思ったが、そうは行かない。あの自己紹介の後も、奇異なものを見るような目で見られ続けヤキモキしたものだ。珍しいからって、サーカスの見世物じゃあるまいし。このれからの学校生活がだいぶ思いやられた。

 「女々しいな、俺…って、ん?」

 あれこれ考えながら歩いているといつの間にか、さびれた商店街まで来ていた。まぁ、通学路だし別に驚くことも無いかもしれないが、問題はそこじゃない。

 人っ子一人いない寂しいシャッター商店街。その横並びの小さな店の内の一軒。

 おかしい。

 ーいや、思い違いかもしれない。そもそも自分はまだこの道を2・3度しか通ってない訳で、どこにどんな何の店があるかなんて全く把握していない。

 「時計店…みたいだな」

 少し開いたカーテンの向こうに振り子時計が見えたのだ。ーただ、ものすごい違和感。外観も周りと比べると古臭く、レンガと木で出来た、異国風。ヨーロッパの古きよき町並みに似合いそうなその外観はどう見てもこの商店街には不釣り合いだった。

 「んーこれは…まさかのあっち方面か?」

 軽度の霊感体質でもある自分だ。人には見えないへんてこりんな建物が見えるというのも…ありえなくは…ない。…たぶん。

 気になる。単純に、ものすごく気になる。

 周りを見渡して誰もいないことを確認してからそっと店の前の小洒落たレンガ造りのステップを上がる。店の周りに置かれたプランターには(よく世話をされてるらしい)名前のわからない赤や黄色の綺麗な花が咲いており、風が吹く度になんとも心地好い香りが鼻孔をくすぐった。

 ノブに手をかけ、そっと回してみる。-一瞬、どこか遠くから鐘の鳴る音が聞こえた。ような気がした。その時は大して気にも留めなかったが-

 「…あ」

 ギィ…という重たげな音とは対称的なほど軽々と扉は開いた。チリンチリンと頭上のベルが笑うように音を立てる。さらに押して少し開いた隙間から体をねじ込むと俺は目に飛び込んで光景にハッと息を飲んだ。

 時計。時計時計時計時計時計-…

 想像を超えた時計の数々。そのどれもがアンティークのような自分にはよくわからない古い感じのタイプで、掛け時計・置き時計・振り子時計…とにかく壁中棚中いたるところでカチカチと時を刻んでいる。

 カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ−ゴーンゴーン…カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ…

 頭がクラクラする。

 「ん…なんだ?」

 ふと目をやるとこの店で1番大きな振り子時計が目に入った。

他のどの時計よりも一際存在感を放っている。誘うかのように左右に揺れる振り子をジーッと見つめていると、そう広くない店の奥の方からコトンと軽い物音がした。ビクッとして振り返る。

 キイッという扉の音に続き、カツカツカツという規則正しい足音。別に悪いことも何もしてないが(というかこの場合自分は客のはずだが)急に逃げ出したくなった。意味不明なプレッシャーに、極度に緊張する。

 けだる気なオレンジの光にぼんやりと照らしだされた店内。そういえば光源はどこにあるのだろうか。店内を見渡しても照明らしきものは見当たらない。その薄暗い店内のさらに一際暗い、ないはずの照明に照らされていない一角から、足音の主は現れた。

 「誰?そこで何してるの?」

 女が薄暗いカウンターの裏から静かな店内に進み出る。(見当たらない)照明に照らされた彼女を見て思わず息を飲んだ。 -美人。その二文字がピッタリの完璧な容姿。肩より少し長い茶髪は後ろで二つに分けて無造作に前に流され、釣り目気味の翡翠色の瞳は太古の生き物のように思慮深く憂いに満ちた不思議な光を放っている。ネイビーと白のシックなレジメンタルワンピースの上に黒いケープを羽織り、アンティークらしいカメオのブローチで前を留めている。やけに洒落た西欧風の格好だったがそれが逆に彼女の凜とした美しさを引き立てていた。カツカツという足音はどうやら革のブーツのヒールに因るもののようだった。

 -すごいな。今まで見てきたどんな女の子も比べものにならないくらい綺麗。率直に言わせていただくと、ドストライク。たぶん同い年…くらい?

 ほけーっと見とれていると女は苛立ったようにつま先で床を鳴らした。

 「聞いてるの?鍵してたはずなのにどうやって入って来たわけ?しかも見慣れない格好と肌の色…東洋人がこんなところで何してんのよ」

 彼女の言葉に、きょとんとする。鍵?見慣れない格好?東洋人?

 「え、えっと…普通に鍵開いてたけど」

 しかもここ日本だし。福岡の片田舎だし。

 「だいたいあんたみたいなよそ者がこの街に入るのは簡単じゃないはずよ。なのに…」

 彼女は俺をジロジロと見ると胡散臭いとでも言うようにふんっと鼻を鳴らした。

 「何言ってるか全然わかんないんスけど。しかも外人なのはあなたの方だし、ここ、日本ですよ。あー、…ニホンゴワーカリマスカ?」

 丁寧に、ジェスチャー付き。 「…は?」 彼女のもともと釣り目がちの翡翠の瞳がますます釣り上がった。説明の甲斐虚しく、何故かこの美しい人のシャクに障ったらしい。

 「馬鹿にしてんの?」

 言葉の端々に棘のある言い方だ。腕を組み仁王立ちする姿が何となく高2の時の担任を彷彿させた。この場合は逆らわない方が無難だと相場が決まっている。

 「…」

 -というわけで、とりあえずだんまりを決め込んでみた。というか正直、会話が噛み合わなすぎてどうすればいいかわからなかった。これ以上続けても平行線をたどるどころかお互いにどんどん逸れて行きそうだ。

 気まずい沈黙が流れる。沈黙には不思議なことに堪えられるものと堪えられないものと2種類あるということが経験上わかっている。今回の場合は明らかに後者だ。

 …あ、そうだ。

 「じゃ俺はこれで…」

 おいとましよう。疑問は多く残るが厄介事は御免だ。引き止められる前にそそくさと出入口の扉へ向かう。そして、ノブを回し押し開けた俺はそこに広がっている信じがたい光景を目の当たりにした。

 寂れたシャッター商店街は跡形もなく消え去っていたのだ。 代わりに並ぶのはこの時計店の外観と同じような古いレンガ造りの家々。ヨーロッパの異国情緒溢れる町並み。石畳の街路では世界史の教科書の"図3"とかに載ってそうな格好の人々が行き交い、たまに馬車も通っている。

 「な、んだ、…これ」

 ただ、呆然と。言葉を吐くのもやっとだった。

 疲れてるのかと思ってギュッと目を閉じた。-開けた。

 「む」

 結果は同じだった。

 「17世紀フランス。南端の弧都ルーメン」

 いつの間にかすぐ後ろにいた少女が淡々とした口調で告げた。

 「じゅ、じゅうななせいき?おフランス?は?」

 いやいやいやそんなまさかばかな何言ってんのこのべっぴんさんは。て、適当なこと言って俺の気を引こうとかそうはいかねぇぞ!

 -…考え方がいささか乱暴である。

 「あぁわかったあれか。商店街ぐるみのドッキリか。えらく凝ってんなぁ。で、監視カメラはどこです?」

 笑いながら振り返ると少女は心底めんどくさそうにトドメを刺した。

 「あんたもしかして…未来の日本から来たってわけ?…もぅ何なのよ、これ以上の厄介事は御免なのに…」

 彼女の言い方はとても演技には見えなかった。ミライのニホンからキタ-どういうことだ?そんなファンタジーみたいなミラクル、実際にあるのか?どうにも信じられない。

 ゴーンゴーンと店の大きなのっぽの古時計が8時を知らせる鐘を打った。

ん?8時?確か家を出た時は学校から帰った直後で、もう夕方だったはず。しかし店内の時計はすべて一様に8時を示していた。ポケットからケータイを取り出して開いてみる。17:50、圏外。もう一度外を見てみる。すんだ朝の空気が今日という日に動きだした街を支配していた。空を見る。晴天。いくら街が作られたモノだったとしても、太陽は…嘘をつかない。

 「まじか」

 どうやら人類初と思われるタイムスリップとやらを経験してしまったらしい。不思議体験は今まで少なからずあったがこれほどまではさすがに初めてだ。 にわかに信じがたいが…とりあえず落ち着こう。すーはー。

 「えー…君の名前は?」

 「あんたから名乗りなさいよ東洋人」

 「あ、はい…」

 眉目麗しい外見とは裏腹に口調は辛辣だ。

 「高瀬祐也。見ての通り学生」

 しまった。時代が違いすぎて見ての通りは通じないんだった。しかしそんなジェネレーションギャップを彼女は気にした風ではなかった。

 「エイラ・メディルソン。時計店店主兼この街のまじない師よ」

 まじない師?

 「魔女ってこと?」

 「そうね」

 タイムスリップなんか出来たんだ。魔法とか魔女とか喋れる猫とか出てきても些か驚きに欠ける。

 や、ちょっと待て。彼女が本当に魔女だと言うのなら-

 「無理よ」

 「!?」

 「あんたが考えてること。そもそも自分がどうやってここに来たのかわかる?」

 「い、いや」

 「原因がわからないのに魔法であんたを元の場所に帰すことは不可能よ」

 心を読まれた…?

 魔女は腕を組み直すと不機嫌そうに(というか可愛い顔に似合わず真顔から無愛想なのだが)鼻を鳴らし冷たく言い放った。

 「ばかね、こんな状況じゃ考えることなんて限られてくるじゃない」

 ま、まぁ…そっか。

 「え、で俺どうすればいいの?」 「さぁ?勝手にすれば」

 「えぇぇぇぇぇ」

 まさかの丸投げっ。 じゃあなんだ、フランス観光でもすればいいのか?それとも帰る当てもなくさ迷って野垂れ死ぬ運命なのか?-あぁ、よく考えてみればこれは夢かもしれない。ありきたりだが、ありきたりだからこそなくもない話だ。そうだ。きっとちょっとぶっ飛んだ夢を見てるだけなんだ-

 「まぁ、でも…一つだけ心当たりがあるわ」

 魔女が苦虫を噛んだような顔で呟いた。これは夢だと思い込むのに一生懸命で一体何の話かわからなかった。そしてさらに彼女の話を妨げるように店の奥のドアがバタンと開いた。

 「エイラ、カモミールどこに置いたっけー」

 開いたドアから軽やかに入って来た彼女を見て、俺は本日何度目となるのかわからない激しい衝撃を受けた。というかこれはやっぱり夢なのだと確信させられたようでもある。


 -天 使 降 臨。


 冗談抜きでそう思った。

 腰まで届く豊かな絹のような金の髪。見慣れない東洋人を前に少し見開かれた大きな蒼い瞳は深い海の底を思わせる。ぷっくりと膨らんだ唇は桜色で、駆けて来たのだろうか頬もほんのりと蒸気している。そしてそのパーツ全てが一寸の狂いもなく完璧に配置されているのだ。ただの美少女という言葉では終わらない、もはや人間離れしたと言っても過言ではない並外れた美貌。

 「だぁれ?お客様?」

 たぶん歳は俺やエイラと同じくらい。でも背丈は3人の中で1番高かった。神懸かり的な等身のバランス。スラリと長い手足を備え付けたパーフェクトスタイル。ひらひらふわんふわんの可愛らしい格好と仕草にも関わらず、なんとも言えない大人びた色気を感じさせる。 エイラも目の覚めるような美人だが、彼女はまた格別だった。

 「ユウヤ、日本人。客というか、迷子ね」

 事実だけを淡々と述べる魔女。そこには特に同情の色はこめられていない。元来そういうドライな性格なのだろう。

 一方の天使ちゃん(仮)はというと「迷子」と聞いておやっ?と眉をしかめた。

 「だからエイラに助けにもらいに来たの?それってやっぱりお客様なんじゃ…」

 「いや、何て言うかその…」

 説明に詰まって困っているとエイラが驚きの発言を繰り出した。

 「…あたしのせいかもしれない」

 「は!?」

 「んん??」

 魔女はついっと視線を逸らした。何やら自分では認めたくない事実を言おうか言うまいか迷っているように見える。

 「どういうこと…?」

 「…あたし、さっきまで時間を操る魔法を調べてたの」

 天使ちゃん(仮)がグッと眉を潜めた。

 「それ、試してたの?」

 「書いてある呪文をちょっと声に出して読んでみただけよ」 「試してるじゃん」

 「う」

 「え、待てよ。じゃあ…ていうことは…」

 魔女が言わんとしていることがぼんやりとわかってきた。エイラは悔しそうに唇を引き結んでいる。

 「原因が君の試した魔法のせいかもしれないなら!…俺をほっとくわけには行かない!だよな?」

 「む…確かに、そうね…」

 魔女は明らかに嫌そうな顔でしぶしぶと頷いた。

 「どちらにしろこの街を外部の人間が一人でうろつくのは危険だよ」

 天使ちゃん(仮)が魔女とは打って変わって心配そうに呟いた。美少女は悩める表情も可愛すぎて様になるということを特筆しておこう。

 「よし、お世話になりますよろしくお願いしますどうか俺を元の時代に帰してください」

 「なんで棒読みなのよ」

 エイラがイライラしたように言った。

 「あのねぇ。ここにいる以上やることはやってもらうわよ?魔女の助手として。そこのアルエと一緒に」

 「…アルエ?」

 「私のことだよ。よろしくね」

 天使ちゃん(仮)-もとい、アルエはほっこりと花の咲くような可憐な微笑みを見せた。

 何これ可愛い。

 「よ、よろしく…」

 「何デレデレしてんのよ」

 すかさず飛んできたツッコミ。「まぁまぁ」となだめるアルエにエイラはかなり不服そうな顔だ。俺はとりあえず気づかないフリをした。

 「えっと…えー…アルエも魔女なの?」 「ううん。私は基本的には簡単なまじない程度しか使えないよ。普段主にしてるのは魔法薬の調合とか…あと、家事とか」 「へぇー。確かに見た感じエイラは料理とかしなさそうだもんな。………-って、ちょ、あの」

 「ん?」

 「ちか…近くないデスカ」

 「そぉ?」

 アルエは小鳥のように可愛らしく小首を傾げた。蒼い宝石のような美しい双眼が覗き込むように向けられる。片足を半歩引いて少し屈んでるおかげでちょうど斜め下の辺りから上目遣いで見上げられてる感じ。

 正直、これは反則だと思う。

 「名前なんだったっけ」

 「ゆ、裕也デス」

 「どこかで会ったこと…ない?」

 言いつつ足を引き戻し真っ直ぐ姿勢を正すと今度は俺の方が見上げる形になる。

 「初対面のはずだけど…あ、あう、」

 すぅと指先で首筋をなぞられ顎を持ち上げられる。間近に迫った美貌に心臓がやたら大きく拍を打つ。額から一筋汗が伝った。情けないことに顔が赤くなるのを感じた。

 「ちょ、ま」

 止める間もなく鼻先を柔らかい唇が掠めた。

 一瞬何が起きたかわからなかったが顔を離したアルエの艶っぽい微笑みとその後ろのカウンターに腰掛けるエイラが思いっきり怪訝そうな顔をしたのを見てキスされたのだと理解する。

 …なななななななななになにこの超展開!? 超絶美少女にキキキキスされた!?…鼻にだけど。 わけがわからず一人あわあわしているとアルエはふふっと声を立てて笑った。

 「ウブなのね、可愛い」

 可愛いのはそっちです。

 悲しいかな、彼女いない歴=年齢の俺。たったこれだけのことに衝撃を受け硬直して動けずにいると、今度は半開きになった俺の唇をアルエの指先がついとなぞった。

 「次は…こっち?」

 えええぇぇええぇええぇry

 「いい加減にしなさいアルエ」

 思わぬところから助け舟が出た。エイラは氷のような冷たい無表情でこちらを一瞥するとカウンターの中からカギを取り出しアルエに向かって投げた。

 「わわっ」 「地下倉庫入って右の棚上から2番目の列1番左。カモミール探しに来たんでしょ?調合中に手抜いたら失敗するわよ」

 アルエは思い出したようにあっと小さく声を上げると受け取ったカギを握りしめパタパタとドアへ向かった。

 振り向き様に俺に流し目をやる。

 「またあとでね、ゆうゆ」

 ニッコリと微笑みながらドアの向こうへと消えていく天使をやっとの思いで手を降りながら見送る。

 後から冷静になって振り返ってみるとこの時の俺は相当なアホ面だったと思う。実際、魔女のまるで生ゴミを見るような冷たい視線がそれを物語っていた。俺は気迫に圧されて空気が抜けたように挙げていた手をすぅーと降ろした。「一つ忠告しておくわ」

 魔女はそう言うとコツンと軽やかな音を立てて腰掛けていたカウンターから降りた。腕を組み、可愛げも何もない心底不機嫌そうな声で続ける。

 「あの子は確かに綺麗だけど入れ込まない方が身のためよ」

 「え?」

 「-さぁボケッとしてないでさっさとカーテン開けて床の掃き掃除でもしてよね」

 「ちょ、ま」

 「何よ。躍らされて後悔するなら始めから見聞きしなければいいって言ってんのよ簡単でしょ?」

 例えが意味不明だし簡単って言われてもだいぶ難しいことのように思えたし何より躍らされることにどんなデメリットがあるか全くわからなかった。




 そのときは、まだ。




 

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