攻撃は最大の防御と言うが、ならば防御はそもそも存在し得ないのかも知れない
特異能力と言うのは、魔法使い、あるいは魔術師の一部が持つ特殊な能力のことで、定義としては個々が持つ独自性を持つ、一時性ではない効果を持つ魔法、魔術というものです。
早い話がマンガなどのアクション物に見られる能力と同じですね。補足説明です。
「来たか、兄弟」
都の中心部の学院で晴間が二度寝し、再び雪消に潰し起こされてから数時間が経った都外れの怪しい本屋。『血霞の館』
そこに紗雨はチャイルド・ゲートを引き連れて尋ねてきた。
「嬢ちゃん、連れてきたんだな」
「放っておくわけにもいかんだろう」
「それは勿論だ」
木製のテーブルの椅子を引き、2人に勧めた。杯には既に葡萄酒を用意してある。
「まぁ座れや。……で、どうするんだ?やるのか?」
椅子に座って葡萄酒を嚥下するのも束の間、店主が早速といったような、この他に題はない、といった様に本題に入った。
「……本当に、特異能力でないといけないのか?」
「本当に、特異能力でないといけない」
その言葉に紗雨は少しだけ表情を俯かせる。
その存在すら知られないから、やはりあまり知られていないが禁術使用者のことを蔑んで魔女、というらしい。
しかし“魔女”という呼び名が世間に知られていないわけではない。
どういうことか。それは特異能力の持ち主のことも転じて、そして侮蔑の意を籠めて魔女と呼称するのだ。
別に紗雨は魔女という呼び名に不満があるわけではない。呼び名も蔑称も紗雨には山ほどある。それが一つ増えようがどうしようが、だからさしたる問題ではないのだ。
……ないのだが、特異能力なんて得体も底も知れない能力を受け入れるのは、もう争い事から手を引いた、手を引きたい紗雨にとっては一考したい事柄なのだ。
「あれこれ悩むのは若い頃の特権だ。悩むなら悩め」
「悩まねーよ。いいよやるよやってやるよ」
杯の葡萄酒を一気に飲み干し頭と胸をくらくらさせながら立ち上がった。
「不法譲渡は幾重もの万象定理を重ね重ね行使する。だから書物なんざに収まるような代物では、だからなくてな。店の裏の路地に魔方陣を書いているから着いて来い。お嬢ちゃんはどうする?」
「まったくなんの話をしているか分からない状況があまり好ましくないのでご一緒します」
昨夜魔法で昏睡させたのを未だに根に持っているのかやや態度が棘々しい。
「いい答えだ。存外お嬢ちゃん、いい人材だな。ウチで働くか?」
「勘弁してくれ」
店主の言葉に冷たく返しながら紗雨は、裏口から先に外に出た。
11月28日、冬の深まった都・虚無の楔の外れは肌に突き刺さるほどの冷風が、真昼間から吹き抜けていた。
「というわけでこれが不法譲渡の万象定理を記した魔方陣だ」
魔法で転写したのだろう、綺麗で奇麗な線で描かれた巨大な魔方陣。それが怪しい路地裏の空き地にでかでかと鎮座していた。
それを紗雨は静かに見下ろし、少しだけ読解してみる。
万象定理を数学的に捉えそれを視覚化した魔方陣は謂わば方程式のようなもので、ある程度パターン化もしてくる。
だからそれを辿っていけばどの過程でどの万象定理をどのくらいの割合でどうやって干渉するか、5W1Hが大体把握できるのだ。
紗雨の二つ名の一つ、万象図書館にあるような圧倒的で絶対的な万象定理の把握能力を以ってすれば、以ってせずともある程度の才能と努力があれば大抵とはいわずも中抵の者ができるようになる技術だ。
本当の本当に万象図書館レベルになれば魔方陣だけで万象定理全てを理解することも可能だ。
ということで読解。
このパターンは『ストゥラゴとマジカリアオキスの配合率の決定』の万象定理の応用らしい。……次は…見たこのないパターンだ。恐らく何かの万象定理を、変革するかの如く大胆に応用しているのだろうが……。
――と、そのとき。
「――――ガッ!?」
血を吐いた。
なんだ奇襲かこの金髪顔面凶器め、とも思ったが外傷も痛みも感触もない。内科的な吐血だ。
「おいおいおい、勘弁してくれよ兄弟。禁術がどれだけ得体の知れないものかお前も重々々承知だろう。こんな得体の知れない術の得体の知れない魔方陣の読解を試みちゃおうなんてどんだけ底知れねぇ無尽蔵の勇気か馬鹿やろう。ほら目ぇ瞑れ。魔方陣の象形を忘れろ」
店主は血を吐いた紗雨の口元を拭いながら呆れ口調でそう言った。
つまりはこういうことだ。
「禁術の万象定理は得てしてとんでもない量の万象定理をとんでもない深度で干渉して発動するんだ。いくらお前でも訓練無しで全てを一度に理解しようと…それも、魔方陣だけで理解するなんざ万死に値する蛮勇…どころか寧ろいっそ死んじまうほどの愚行だぜ、兄弟」
つまりはそういうことらしい。
ともあれ。
そんな些末な症状など紗雨にとっては、あるいは殺人鬼にとっては日常茶飯事とまではいかずもたまに外食する程度の頻度で起こっているので問題は全くない。
というわけで。
血霞の館の店主は…否、“史上最悪”“空前絶後の極悪人”“悪行を悪行で雪ぐ陰陽師”“陰陽術”などなど紗雨に負けず劣らず酷い通り名を持つ陰陽師。
“天上人・阿部清明”はゴキゴキと指の関節を鳴らし、禁術行使の儀式に取り掛かった
第7話 『攻撃は最大の防御と言うが、ならば防御とはそもそも存在し得ないのかも知れない』
禁術は、どちらかというと“術”というよりは“儀式” として分類される。
一定の手順、一定の作法、一定の形式をふんで行使する融通の利かない固定されきった術なのだ。
応用に応用を重ねた、変則に変則を重ねた万象定理を使用していながら、いざ発動された術は融通も応用も変則も利かない頑なな術なのだ。
古来より存在する術でありながら、しかしてその当時から完全に完成した術だったのだ。いや、儀式だったのだ。
しかし、今はそんなことはあくまで瑣末でどこまでも些細なことだ。
そんな完了された儀式に掛けられた紗雨の周りが、とんでもないことになっている。
『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』
『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』
『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』
『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』
『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』
『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』
『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』
『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』
なにもかもが狂っていた。
その空間、そのものが狂気だった。あるいは凶器だったのかも知れない。
狂おしいほどの盈虚の声音が響き渡る。万象定理の羅列が視界を埋めんばかりに溢れ出る。
清明の口から、紗雨がそうなったように血が吐き出された。禍々しいほどの万象定理に深々と干渉したからである。
『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』
また新たに、新しい万象定理が行使される。
『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』
また。
『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』
また。
『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』
また。
既に紗雨に意識はない。最初の冒頭、万象定理が狂乱したかのごとく鳴り響き続けた時に、それこそ糸が千切れて切れたように意識を手放した。
魔法エネルギーが凄まじい勢いで理論上変換され光やら電気やらが当たりに散る。盈虚の声音もそのうちの一つだ。
稲妻やら光線やらが当たりにのた打ち回っている。
するとふと、その稲妻や光線が紗雨の周りで渦を巻き始め、そして完全に紗雨の身体を封じ込めた。
「さ…紗雨さん大丈夫ですか?なんか、閉じ込められちゃってますが……」
「……わかんねーな」
「わか――!?」
禁術使用に於いてのヤマを越えたのか、あるいは超えたのか、やや表情に余裕が生まれた清明。
「こんなわけのわかんねぇ術の状況なんか知らねぇよ。盈虚の声音もてんで聞こえてきやしねぇ。なまじ応用の利かない術だから何か失敗があればすぐに異常が起こるだろうから大丈夫とは思うが……」
頗る自信の無さそうな物言いである。
やがて、エネルギーの理論上変換も収まってきた。そして紗雨の周りで渦を巻いていた稲妻や光線も、徐々に解けるように消えていった。
紗雨の姿が再び晒される。不自然なほど自然に仰向けに横たわる紗雨の上方に、黄色く、鈍く光る光の球のようなものが浮かんでいた。
バランスを崩した結果、紗雨の体内から放出された酸化秘存魔力、そして酸化秘造魔力これが塊を成して存在しているのだ。
つまりイド・マナに於いて紗雨の秘造魔力と酸化秘存魔力の配合率は9.99:0.01となった。
『酸化秘存魔力を放出すると共に万象定理への干渉を完了し、魔法を終了します』
辺りを照らしていた燦然が、出力を落とすように収まる。
今現在、紗雨は強制的にイド・マナのバランスを崩され、謂わば特異能力の“卵”が出来上がっているのだ。
後はこれを温め、孵化させるだけ。
『スタートスキル【陰陽術】』
酸化秘存魔力と言うのは魔法使いや魔術師が体内で生成する秘存魔力と言うものが、イド・マナを作る過程で、二酸化し、発生した魔力だ。
その過程と言うのが、大気中の酸化秘造魔力を魔法使いが吸収し(便宜上、魔法使いと記述するが魔術師も同様である)、体内で還元する。その際発生した酸素と体内の秘存魔力が化合し、酸化秘存魔力となるのだ。
よって出来上がった秘造魔力と酸化秘存魔力を総じて“魔力”と呼び、酸化秘造魔力と秘存魔力を“魔素”と呼ぶ。
そして、魔法として使われた、若しくは使われて発生したこれらは無害だが、そうでない魔力や魔素は得てして有害なものである。
レジェンディ=オードリエルの魔術“ランサーシャワー”を消し飛ばした清明の術“陰陽術”
これこそが、特異能力なのだ。
清明の特異能力陰陽術は、大気や大地、海やその他全ての物質、その中に含まれる魔力や魔素を吸収するという能力だ。
応用すれば術から魔力を抜き取りレジェンディにしたように術をキャンセルすることも出来る。
が、それは飽くまで戦闘用の応用編。本来の使用は飽きても前者。
禁術使用後に発生した酸化秘造魔力は問題ないが酸化秘存魔力が不味い。紗雨の身体から直接出てきたコレは徹頭徹尾飽きる間がなく有害だ。もし仮にこれを吸気として肺に取り込めば肺胞が全て融解するかも知れない。
清明は己の特異能力で塊を吸収し、ことを全て終えた。
魔方陣は既に消えている。禁術として認識される魔法の魔方陣は全てこうなるらしい。行使が終われば消えてしまう。
「だ…大丈夫ですか…?」
汗をナイアガラのように流し崩れ落ちるように座り込んだ清明に声をかける。
「あぁ…。お嬢ちゃん。お前さん、紗雨を中の寝室まで担げるか?」
「勿論です、私はちからもちさんですからね」
「だったらお願いするよ。悪いが今の俺には無理なもんでな」
「わかりました」
紗雨の元に歩み、よっこらせと担ぎ上げる。
連理の鎖の力が発揮されれば造作もないことではあるが、生憎連理の鎖をまだ制御できていないので――そんなことそもそもできないのかも知れないが、残念ながら軽々とは出来ない、が。存外チャイルド・ゲートも本当に“ちからもちさん”なのか、本当に本当の意味で担ぎ上げて館の中に入って行った。
「姉上……」
医務室。
皇立・ストゥレゴーネ帝宮学院の誇る皇室級の設備を持つ医務室だ。
其処の待合室に座り込んでいるのは秋龍寺 雪消。
姉の容態が心配でならず、昼からずっと此処に座り込んでいる。
「雪消」
項垂れる左肩に冷たい手が置かれた。
ゆっくり振り返るとそこには姉のルームメイトの凍空だった。奥には自分のルームメイトの星空もいる。
「雪消、行こ?」
優しげな凍空の声。そこではっと気付く。周りが真っ暗だ。
「もう2時だよ。寮監には言っておいたけど、帰らなきゃ」
凍空が雪消の腕を引っ張り、立ち上がらせる。
「しかし、凍空……。雪消は…姉上が……」
「心配なのは分かるよ。でも大丈夫。身体には異常はないよ」
「だが万象定理の毒素で精神崩壊の一歩手前の状態だったと……」
「そう、でももう大丈夫。今はもう落ち着いて、眠っているんだって」
「そうか……。そうか…」
それでも雪消は陰鬱な表情で顔を俯かせる。
「姉上は……」
「特異能力を、発症したそうよ」
「――――!」
凍空の言葉に動揺と呆然、そして悲観に息を呑む。
が、驚愕はしない。雪消も予想は付いていた。
姉が、魔女になるということを。
「ん……」
身体になにやら感じる重みで目が覚めた。
ズキズキと痛む頭を押さえて紗雨は身体を起こした。足の付け根辺りを枕にチャイルド・ゲートが眠っていた。
「おう、起きたか、兄弟」
木製のドアを開け、小麦パンと焼いたヤギ肉を持って店主が現れた。
「あぁ……。俺、どうしたんだ?」
「不法譲渡の行使中に気を失ったんだ。――いや、心配することはない。万象定理干渉の負荷に耐えるように脳が機能を落としたに過ぎん。よくあるだろう」
「そうか。それで、どうなったんだ?」
「お前のイド・マナのバランスは著しく崩された。大量の酸化秘存魔力が放出されたから恐らく秘造魔力が多くを占めることになったんだろうな」
「特異能力は?」
「これから開発する。今のお前が特異能力の万象定理を行使すると特異能力が開花されるというわけだ。不法譲渡二段目の魔方陣だ。ただ、もう少し心身が落ち着いてからにしよう」
「分かった」
息を吐きながら身体を倒し、再び枕に頭を埋めた。
「お嬢ちゃんに飯を持ってきたんだがな。パンと肉。食えるか?米の方がいいか」
「粥が欲しい」
「分かった。ちょっと待ってろ」
店主はテーブルに皿を置き、部屋を出て行った。
「特異能力、か」
特異能力。
それは魔法使いにとって侮蔑の対象であり、しかし同時に能力と権力の象徴でもある。
実際、特異能力保持者は魔女と罵られるが、一方魔法溢れるこの国の皇帝となりえる条件はとある特殊な特異能力を発現するか否か、だ。
故に特異能力は嫌悪と忠誠を同時に兼ね備える全く歪な存在なのである。
それはそうと皇帝となりえる為の条件の特異能力。
それは紗雨が皇女、キャロルを殺さねばならなくなった理由の一端である。
はぁ、と紗雨はため息をついた。唐突に嫌なことを思い出したものだ。
「ん…、紗雨さん」
「起きたか」
「――こっちの台詞ですよ!心配ばかりかけて!なんなのですかあのわけの分からない術は!説明を激しく要求します!」
寝起きから大声で啖呵を切ったチャイルド・ゲートに紗雨は気まずそうに目を逸らし、そして説明を始めた。
「身から出た錆ですね」
「手厳しいな」
「それで?特異能力はどうなったんですか?」
「俺の体力が回復したら本格的に取得を始める」
「そうですか……」
あれから半時ほどじっくりと説明をして、説明をしながら自分の考えをまとめて、そしてチャイルド・ゲートから先のお叱りを受けたのだ。
「まあ、俺は殺人鬼だからな。こんなことはよくあることだ」
「紗雨さんは強いですからね、あまり心配はしていませんがその……」
「なんだ?」
「特異能力…本当に習得する必要はあったのですか?」
「どういうことだ?」
「これはあくまで相対性の話ですが、紗雨さんとその方はどちらも私と一度対峙しています。紗雨さんの場合は自律駆動と狂闘戦士の状態です」
「……話を阻んで申し訳ない。狂闘戦士ってなんだ?」
「魔力征服の能力の一種です。自律駆動とは逆を行く能力で、私の身体の強化をはなから無視して意識を完全にリミッター・チェーンに明け渡すという能力と、その状態の私です」
「なるほど……」
自らを連理の鎖の魔力体だと名乗った彼女を思い出す。狂闘戦士、なかなかどうして絶妙なネーミングだな。
「続けましょう。紗雨さんは自律駆動は元より狂闘戦士まで退けた。これは驚くべきことです。対して彼…なんと仰いましたっけ?」
「レジェンディ=オードリエルだ」
「そうレジェンディさん。そのレジェンディさんは自律駆動の私を退けられませんでした。……いえ、それが順当なのですが…。ですから相対的には、そんな新能力を身に付けるほどではないかと」
「……しかし、実際問題レジェンディは強いが」
「“強い”からといって“勝てない”わけではないでしょう」
「…………」
だとするとどういうことだ?店主は紗雨の力量も、レジェンディの力量も、十二分に理解しているはずだ。
そして仮に、紗雨が新たに特異能力を身に付けるまでもないと分かっていたとしたら。分かっていながら紗雨に不法譲渡を行使したとしたら。
何か企みがあるというのは赤子でも分かることだ。
「……ま、言って仕方のないことだ。もう特異能力の核を持っちまったんだし、今不必要でも今後必要になったときその手間が省けたと思えば」
「そうですね。ふふっ、紗雨さんって存外前向きな人なんですね。陰険な根暗のマイナス思考だと思っていました」
「お前の中の俺はどうにもダメなほうに脚色されているようだな」
「気のせいです」
「そうなのか?」
「若しくは私の目に紗雨さんがそう映っているだけです」
「俺、お前に何かしたか?」
「それはもう」
はぁ、とため息をつき反論放棄。
特異能力完全習得の為に眠ることにした。
そしてこの特異能力こそが、後に世界中の万象定理を巻き込む、大勝負。
皇女殺しと万象定理の主との争いの火蓋が切られることになる切欠となる。
防御を最大の攻撃とし、守護神の名を冠しながら防御を棄て、刃と盾を一身に背負う、隙の一切ない能力を有することになる秋龍寺 紗雨の運命は、あと3時間後に崩壊する。
今回はわりと重要な回でした。
紗雨の特異能力は次回覚醒します。