殺人鬼と復讐者
「――おいおいおいおい。心配になって探しに来てみたら」
砂利を踏む音。怠惰そうな声。風の音。
「寧ろ追っ手のほうを心配すべきだったじゃぁねーか」
人の気配。人影。人の存在。人ならざる魔力。
「チャイルド・ゲート。やっぱり連理の鎖、貰いに来たぜ」
秋龍寺 紗雨。彼が、彼女の前に現れた。
「紗雨…さん……。」
力なく、空虚に紗雨の名を呼ぶ。――次の瞬間、紗雨の視界が黒く染まる。……理解に数秒要した。それも、無理矢理理解させられたのだ。自分は顔面を握り締められ地面に叩きつけられたのだと。……叩きつけられるのだと。
しかしその直前、その数刹那前、紗雨はチャイルド・ゲートの身体を思いっきり蹴り飛ばし重心移動を生かし何とか態勢を立て直した。
連理の鎖は万象定理の知識を吸収する。
つまり魔法をチャイルド・ゲート…連理の鎖に向けて放つとその魔法に使用されている万象定理を読み解かれ蜻蛉返りの様に自分の放った魔法がそのまま返ってくるのだ。
数割り増しの威力で。(と本に書いていた)
「……激しい運動させんじゃねーよ。俺の基礎体力の無さ嘗めんな」
全く以ってして誉るべきではないことを平然という紗雨。
『魔力エネルギー操作を開始し、魔法を発動します』
魔方陣を使わずに魔力だけを操作する。
『魔力エネルギーを運動エネルギーに理論上変換し、使用者の身体に働きかけます』
魔力の持つ魔力エネルギー(安直)が、魔方陣を介して運動エネルギーに変換されていく。
理論上変換とは、エネルギーの変換の手順を無視して特定のエネルギーに変換すること。
今回は万象定理に干渉することなく、魔力エネルギーを運動エネルギーに変換し、激しい運動を少ないエネルギーで行えるようにしたのだ。
連理の鎖は万象定理の知識を吸収して魔法を模倣するので、この方法は恐らく模倣されないだろう。多分。されたらヤバイ。
右足に力を籠める。大丈夫だ。
前回のように動きさえ拘束すれば連理の鎖は停まり、元のチャイルド・ゲートに戻るだろう。
運動エネルギーが付加される。チャイルド・ゲートが発揮したような、人間業とは到底思えないような運動能力を発揮する。
たった刹那でチャイルド・ゲートの背後に回り、左腕を首に回す。そして右手で背中を前に押し、首と背骨を圧迫する。
「ぐっ…っく……!」
チャイルド・ゲートが苦しみの嗚咽を小さく漏らしながら右足で紗雨の鳩尾を蹴り飛ばす。
何の原理かは、どんな万象定理かは、あるいは万象定理などないのかは知らないが、平気で人体をぶち抜くほどの力を有している。
無論、この場合も例外ではなく身体の小さい紗雨の身体などひとたまりもないだろう。
だから紗雨は咄嗟にチャイルド・ゲートの足の運動エネルギーを超すほどの運動エネルギーを自分の身体に、彼女の足と同じ方向に運動エネルギーをかける。不自然な体勢で後ろに飛び退く。……が、僅かに足の先が当たってしまった。
「――――がっ!」
腹部から線状に出血する。ぶち抜く…とまでは言わずも、穴を空けられてしまった。
「……っく…」
腹を押さえる。鮮血が掌から滴る。元来にして低血圧なので少しフラッとする。
……格好良く登場したというのに、存外強くて少し恥ずかしい状態になっているな。
「……ははっ。この間とは違って連理の鎖に魔力があるんだろうな。運動能力も反射能力も格段に上がってる」
「あっはははははっははははっははははははっははははは」
所々にスタッカートを交えた哄笑だ。なんだか腹立つな。
「おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおおおいおいおいおいおいおいおいおおいおいおいおいおい。そんなんでよく僕の姫に手なんざ出そうとしたな、おいいおいおいおいおいおいおい」
「----!」
違う…!コイツは……。これは!違う!チャイルド・ゲートではないことは勿論、この間の連理の鎖に制御下にあったであろう(と推測される)チャイルド・ゲートでもない…!
こいつは……。
「こないだの小さい坊やじゃあねーか。久しぶりだな。あんときゃ僕の魔力が空っぽだったから出て来られなかったからな。ではでは自己紹介だ。僕ん名はリミッター・チェーン。僕の姫の持つ連理の鎖の代替品。姫の持つ連理の鎖の魔力そのものだ。作られた自我、僕の姫と同類さ」
果たしてそれが自己紹介なのかなんなのか、一体何を言っているのか、全く分からないまま彼女…ないし、もしかしたら彼は捲くし立てた。混乱する頭のまま彼女ないし彼は言った。
「おいおいおいおいおいおいおい、失礼なことを言ってくれるじゃぁねーか。僕は女だぜ、一応な」
彼女…らしい。いやいや、思考を読まれている。読心術など空想上のものかとおもっていたが。
「ま、理解しなくていいけどさ。期待してねーよ。……しかし、まぁ、お前も、不幸な、人間だよ、なぁ。たまたま僕がいるときに遭遇するなんてよぉ。死んじまったなぁ、坊ちゃんよぉ。同情するぜ、姫の身体じゃなかったら目ぇ腫らして泣いちゃうね。僕の身体なんてないけどよ」
「……死ぬことになるんじゃなくて、もう死んでんだな」
「あったりめーだよ、坊ちゃん。僕と遭遇したらそいつの運命は死か破滅かだよ」
チャイルド・ゲート…否、リミッター・チェーンが右腕を突き出す。突如、電撃のようなものが射出された。……間違いない、蠅王の闘気、電磁系。
plasma shooterだ。
無条件反射的に避ける。自分でも出来ると思っていなかった。が、ローブの一部が消し飛んだ。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
緊張で動悸が激しくなり出血が若干量増える。これはまずい。
「僕の姫と違って僕は姫の得た万象定理の知識を搾り取り、姫から搾り取った魔力を使って魔法を使えるんだよ。僕の制御下にある“チャイルド・ゲート”は迎え撃った魔法を反射するしか出来ないが、僕の記憶している万象定理を全て使えるから、今まで経験した魔法なら何でも使えるぜ、坊ちゃん」
台詞が長いうえにやけに説明口調だな畜生。腹が立つ。
……いや、冷静になれ、落ち着け、カームダウン。
こいつの話が本当とは限らない。こいつがたまたまplasma shooterを使えるだけかもしれない。……最新式の魔法とはいえ、だ。
「信用してないようだねぇ、坊ちゃん。哀しいよ、おねーさんは」
「完全にお姉さんキャラじゃねーだろ!……うぐっ」
血が足りないのに思わずつっこんでしまった。
「無理しなくていーぜ、坊ちゃん。つっこみキャラなんざ無理に確立しなくても」
「そっちの無理かよ畜生!」
またつっこんじまった。
いや、落ち着け。出血して血は足りないが、大量出血ではない。こんなことなら鉄分他各種ビタミン、きちんと摂っておけばよかった。
「さあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあ、坊ちゃん。そろそろやろうぜ。僕…もう…我慢できない……」
あくまでお姉さんキャラで行くつもりなのか、こいつは。しかもちょっとエッチ系の。
「……んだ?こねーのか?坊ちゃん。だったら僕からいかせてもらうぜ」
先と同様、右腕を突き出した。右腕を中心に同心円状の魔方陣が具現する。どうやらこいつ、魔方陣を模写する必要すらないらしい。恐らく、だが、自分の万象定理の知識を描画模写する必要もなく魔方陣を具現化できるようだ。
……そんな伝説があったらしい。魔力征服という能力を有する選ばれた子供。万象の門の鍵…だったかな?
いやいや、そんなことはどうでもいい。
こいつに勝つ方法は2つ。前回のように身体でヤツの身体を押さえ込んで連理の鎖の停止を祈るか、ヤツに万象定理の知識を記憶されても良いから反撃すら出来ないような一撃決殺(殺さないが)を決めるか、だ。
問題は。
前者は連理の鎖が停止しなかったら即死だろうし、後者は決殺出来なかった場合、もし同じ技を反撃されたら正直受け切る自身はないということだ。元より躱せる技を出すつもりもないから躱す事も出来ない。そして、更に困ったことにこの後者の場合は再びチャイルド・ゲートが同じ状況に陥ったときにこれから発動する術を模倣されてしまうという不安要素もある。
――と、ここまでの思考に零点参秒。
魔力エネルギーの理論上変換が終わったのか、本来ホロウ・ウィスパー鳴り響いているであろう時間が済んだのか、魔方陣が消える。
……来る…。
「―――!」
一瞬だった。一瞬で決められた。まさに一撃決殺だ。風が吹いた。風が吹いたのだ。刃の如き風が。風の如き刃が。
術式分類:性質、蠅王の闘気 属性、疾風系。
蠅王の闘気高等位魔法にして、疾風系準最高位魔法。
突風刻み。
全身から余すことなくサービス精神たっぷりに大出血する。
血が噴き出る。流血ではなく噴血。
まさかこんな躱しようのない魔法を繰り出されるとは思わなかった。
失策だ。ヤツの魔法を受けきってからの行動しか計算に入れていなかった。
「……くっ…そっ!」
ふらつく足を踏みしめる。腕から、脚から、胴から四肢全てから“生命”が流れ出る。
『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』
以前、連理の鎖から発せられた魔力によって腕に怪我を負った際、使った魔法で応急処置をする。というか、いまから思えばあの魔力はやはりplasma shooterだったのではないかと思う。
『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』
また新たに魔法を発動する。
『上昇気流を発生させストームセルを積乱雲に変化させます』
巨大な…とまではいかないが、そこそこの大きさの積乱雲が差雨とリミッター・チェーンの頭上に聳える。
天災の支配に属する疾風系魔法、落雷。
放たれるのは雷なのに風を司る疾風系に属している不思議な高等位魔法だ。
雲内に正負のイオンが入り混じり、電子が放出される。――そして――
「――――――――――」
音は無かった。いやいや、音が無いわけがない。音は有ったはずだ。しかし認識はできなかった。
あまりの轟音。あまりの重音。
鼓膜は震えたが音は伝わらなかった。下手をしたら鼓膜すら震えなかったかもしれない。
辺り一面に電撃が広がる。衝撃が、広がる。
――静寂が辺りを覆った。
ドサッと、リミッター・チェーン…チャイルド・ゲートが倒れた。感電したのだろう。直撃はしていないようだが。
連理の鎖に光はない。ヤツはもういないの…か……?
「おい」
ぺしぺしとチャイルド・ゲートの頬を叩く。息はある。鼓動もある。
……大丈夫のようだ。
第4話 『殺人鬼と復讐者』
魔術の巣窟
魔方陣を用いることなく発動する魔法を使う集団。主に虚無の楔と西方地方を拠点している。
「…………」
その初代リーダー、血霞の館店主、陰陽師、陰陽術、安部 清明。
彼は思考していた。レジェンディ=オードリエル。彼は現リーダー初音 伏臥に次ぐ実力者だ。水流系の腕前は店主より上だろう。
レジェンディがこの間殺したのはエレレオノス=フェティビエル。そして今度は彼と彼の母親を陵辱し続けた成金貴族の家系全員が殺された。明らかに一人で出来るレベルではない。なんせ、一晩で百数十人を惨殺したんだ。
「やはり…動いているのか……」
酒を口に含む。……が、喉を通らない。
「紗雨は大丈夫か…?」
彼はレジェンディの母親を殺した張本人だから。
「すいませんでした、紗雨さん。あの時、冗談でなく私の意思はなかったんです」
あれから、魔法である程度治療し寝かしつけていたが、チャイルド・ゲートが紗雨に謝罪した。いや、彼女の意思でないことは誰の目にも明らかだろう。
「いいから寝てろ」
チャイルド・ゲートの身体をベッドに寝かしつけ、毛布をかける。
「……はい…」
紗雨は腰を浮かせ杯に葡萄酒を注ぐ。思考するのは先程の不思議体験。チャイルド・ゲートに宿っていたチャイルド・ゲート以外の存在、リミッター・チェーン。
連理の鎖の魔力そのもの、連理の鎖の代替品。そう言っていた。
つまりどういうことだ?連理の鎖の魔力がヤツの人格、つまりリミッター・チェーンだとして、では連理の鎖本体、あのネックレス状のあれはなんなのだろうか。
リミッター・チェーンが連理の鎖の魔力を司り、万象定理の知識を吸収、及び記録しているのならば……。
葡萄酒を嚥下し思考をやめた。
分からん。あまりにぶっ飛んでいる。
まぁ、ストゥレゴーネ帝宮学院を超飛び級で卒業したのだ。万象定理や魔力なんかの知識は人百倍あると思っているが…そのどんな知識を応用しても解答に辿り着かない。
つまり、何も分からない。
レジェンディ=オードリエルは今日この時点で既に40人の人間を殺した。
エレレオノス=フェティビエル、レジェンディを買ったサーザーキール家の連中数人、その辺の傭兵、その他自警団。
そして、これから秋龍寺 紗雨をその中に含めることになる。
レジェンディは黒い、拳銃を取り出した。
ウォーターカッターの要領で水流系の水を射出する代物。砕いたダイヤモンドを混入するようになっている。
「標的は帝都外れの小屋。難易度は最高。殺人はこれで仕舞いだ」
「お前、一体何者なんだ?お前を度々追っている奴らは何なんだ?お前は何を抱えているんだ?」
紗雨は起きたチャイルド・ゲートにいよいよ問いただした。
「……私は…金字塔という非合法実験施設の実験体…でした」
「実験?」
「ええ、連理の鎖とリミッター・チェーンに関する万象の研究、です。万象定理の全てを研究し、万象定理の全てを理解することを目的とした、研究です」
万象定理の全てを理解する。それは全ての事象を理解する、ということ。つまりすべての魔法を操ることと本来の意味での同義。その金字塔の連中は戦争でも起こすつもりだろうか。
「…………」
チャイルド・ゲートを見つめる。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「………//」
もじもじと身じろぎをするチャイルド・ゲート。
「……似ているな、やはり」
「なにがですか?」
「なんでもない。まぁいいだろう、助けてやるさ。助けてやる、何かの縁だ」
「ほ…ほんとうですか?」
「ああ、その代わり」
「その代わり…?」
「金字塔とやらの連中を追い払ったら、おっぱい揉ま――」
顔面パンチの海に沈む。……やはり、似ているな。
「ここか……」
そこは、案外簡単に見つかった。都の外れの街の更に外れとなると人なんて殆ど居やしない。だから家があれば……というかこれは本当に家なんだろうな?誰かが建てた倉庫とかならモノローグを撤回しなければならない。
……遠目で見た限りでは人の気配はない。銃に術を籠める。そしてレジェンディは小屋…もとい邸宅に照準を合わせ……。
放った。
――ゴォォォォォォォォォォオオ!!!!
計り知れぬ、計る術をそもそも知りえぬ重量、圧力の水が射出される。
小屋の一部が、消し飛んだ。
「おい!生きてるか!」
声を張って腋に抱えたチャイルド・ゲートに声をかける。
声量はないから聞こえているかは微妙だ。
あれから、顔面パンチを食らった後に感じた強烈な魔力に紗雨はいち早く反応し、チャイルド・ゲートを抱え回避行動に移ったのだ。移ったのだが。
「……迂闊だった」
あの家の物の多さにうっかり身動きが取れなくなって回避が遅れたのだ。
水、恐らく水流系の魔法は運良く家の反対側に直撃し、命そのものは助かったのではあるが、チャイルド・ゲートに水飛沫がかかってしまった。
たった、たった水飛沫だけでチャイルド・ゲートの服も、皮も、血管も、肉も、千切れてしまった。
『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』
今現在、紗雨が持っている魔方陣の中で最も効力の高い回復魔法を使用する。
チャイルド・ゲートと始めて逢った時や、リミッター・チェーンと初めて戦った時のような応急処置程度のものではない。時間と魔力と万象定理を多く駆使して発動する高等魔法。
「待て」
静止する。
空気が静止する。
大地が静止する。
大空が静止する。
時間が静止する。
空間が静止する。
たった一声で全てが静止した。
真横に、金髪があった。