味気ない一晩
「ぐっ…!」
右から来たおおよそ女の子の腕力とは思えないパンチを両腕を使って防ぐ。
「おい、待て……」
軽やかに飛来する重たい肉弾攻撃をかながら躱す。体格上、肉弾戦は不得意だ。
「助けてもらったこと、礼を言う」
「お前の礼は無礼極まりないな……」
「だが、私は誰にも捕まるわけにはいかない。あの男たちにも、お前にも」
左、右、左と小回りの効いた鋭いパンチが飛ぶ。そして、遠心力を生かした重たい回し蹴り。
襤褸のような服を着ているだけなので、上段蹴りをすると見えてしまいそうだ。
「待て、俺はお前を捕まえるつもりはない…!」
なんとか躱し、防ぎ、そして言葉を紡いだ。お前を捕まえるつもりは無い、誤解だ、と。
はた、と女の子の拳が止まる。紗雨の鼻先数粍だった。
「お前、チャイルド・ゲートという言葉に聞き覚えは…?」
「ない。強いて言うならさっきあいつから聞いた」
あいつ、と指差すのは皮膚や肉体が焼け爛れ、息絶えている如何にもさん。確かにチャイルド・ゲートと言っていたはずだ。
「ならば何故私を助けた」
「何故って……」
お前が助けろと言ったではないか。という無粋なツッコミはしないことにする。
それより迅速にコトを運ぶには他に言うべきことがある。
「お前の連理の鎖に興味がある」
「連理の鎖?――!神宝目当てか!!」
今度は右足の上段蹴り(幸い?見えなかった)。細く、華奢な白い足が刀のように飛んでくる。その刀を後退して躱し、彼女の左足を払った。
「――ぐっ!」
こける彼女を押し倒し、馬乗りになった。
彼女の首を左手で押さえ込み、脅しとばかりに魔方陣を突きつける。これ以上動いたら燃やすぞ、と。
諦めたようにカクッと力が抜けた。……と、同時に彼女のネックレスが発光を止めた。
「……て…さい……」
「ん?」
突如、女の子が小さく何かを呟いた。
「離してください……」
文学でよく聞く“消え入りそうな声”というのは正にこのことを指しているのだろうというようなか細い声音。今までと違いこっちのほうが見た目に合っている。
いやいやいや。違うだろう。さっきとは口調が違いすぎる。憑き物でも憑いていたのではないかというほどだ。
「わ…私、殿方が苦手で…なのに、こんな……」
殿方が苦手だとぉ?殴る蹴るの暴行をしていたのにどの口がそんなことを言っているんだ。……口には出さないが非常に不満だった。
そんな些細な不満よりこの状況を考えろ。口調や雰囲気が明らかに変わった連理の鎖の女の子。
――ふと、ある考えが浮かんだ。彼女を取り押さえた時に光を失ったこのネックレス。優勢と劣勢が変わったのを除いて彼女の変化前と後ではこのネックレスしかない。
これが彼女の雰囲気と多分身体能力を変えたのならこのネックレス、何かあるはずだ。もしかすると連理の鎖かもしれない。
魔法使い特有の知的好奇心がむくむくと鎌首を擡げる。そして、手をそれに伸ばした。
「あっ!ダメです!!」
彼女の叫び声を聞いたときには、もう遅かった。
右手の指がそれに触れた途端、さっきまでの光とは違う、紅と黒の光が燦然と現れ、その光に飲まれる前に紗雨の身体は吹き飛んだ。
「……あ…ぐ…!」
右腕が燃えるように熱い。というか、右腕全体が火傷したように爛れている。ちょうど如何にもさん達のように。
「これは貴方の言っていた連理の鎖で、私の身を護るようになっているんです。さっきの戦闘で連理の鎖内の魔力がほぼ空でしたからそれくらいで済みましたが本来なら消し飛んでいましたよ?大丈夫ですか?」
自由になったその女の子が歩み寄り、手を差し出してきた。
この状態に動じていない辺り紗雨と同じような目にあった人間がたくさんいるのだろう。
「あっ、そうですね。治療しないと。……でも、すいません、私、これの所為で魔法使えないんです。何かお手伝いできることはありませんか?」
「……鞄の中に魔方陣がある。それを全部出してくれ」
痛みに汗ばみながら左手で腰に提げていた小さな羊革の鞄を前に出した。
女の子も右腕に触れないように鞄を開け、数十枚のメモ用紙を適当に並べた。
『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』
その中から魔方陣を一つ取り、魔力を注いだ。肉体を形作る元素を吸収して治癒させる魔法。下級魔法なので応急措置程度でしかないが。
「連理の鎖は元々、チャイルド・ゲートという個体を保護するために生まれた物です」
紗雨が落ち着いたところで女の子は口を開いた。
「巷でも語り継がれているように、万象定理の知識や魔力を阻害する力も持っています。……まぁ、吸収という形ですが」
「チャイルド・ゲートって何なんだ?」
「貴方の素性と思惑が不明な以上、それをお教えするわけにはいきません。ただ、極論から言うとチャイルド・ゲートとは私の名です」
「名前?」
魔法溢れるこの国は大陸全土に加え、数え切れぬほどの島。北半球全ての寒流と暖流と潮目に掛かるほど広大な領地を持っている。よって人種も多々あり、地域によって名前の特徴も変わる。
東方の果ての出身の紗雨は本名かどうかも分からないが、後見人の秋龍寺 濃霧(雪消や晴間の母)の姓を名乗っているし、血霞の館の店主から貰ったエロ本を撮ったオーグリック=エンドラルは西方出身であるから名前の感じもだいぶ違う。
……が、チャイルド・ゲートなんて、東方、西方、北方、南方のどれにも当て嵌まらないだろう。
この都は異文化が混ざり、変な名前になるというのも間々あるというのを考慮しても、だ。
ともあれば、この子に名前は無く、如何にもさんたちがこの子のことをそう呼称しているという可能性が出てくる。
痩せている彼女は逃げて来たようだし。(見た目が東方人だから間違いなく本名ではない)
「連理の鎖はこのネックレスのことで、これがあれば私が死ぬことはまずありません。これは私の万象定理の知識を阻害し、魔法の操作を不可能にし、魔力を吸収することで魔方陣を介した万象定理への干渉を防ぎます。副産の能力として吸収した私の能力を解放して攻撃を行ったり、私…チャイルド・ゲートの身体能力を向上させたり出来るんです」
先程はお恥ずかしいところを……と言って頭を下げたチャイルド・ゲート。
「助けていただいたお礼をしたいのですが薄々感ずいているように連理の鎖を差し上げることは出来ません。というか、私以外が持っていてもこれはただのネックレスにしかなり得ませんし」
「お礼はいい。俺もお前の連理の鎖目当てで、動機は不純だ」
「お優しいんですね。……それで、あの…不躾ではありますが、一つお願いが」
「……?」
「私を一晩、おうちに泊めては頂けないでしょうか……」
「……お前、男が苦手だったんじゃないか?」
「はい…それでもお願いしたいのです…!金字塔から逃げ出したはいいけど、行く宛なんて無くて……」
タワーとやらが何かは訊かない。面倒ごとに巻き込まれそうだから。
しかし、こんな女の子をほったらかしてのうのうと生きていける紗雨ではない。…いや、出来ないことはないがいまいち後味が悪くなる。
とはいえ、紗雨にこの街に知り合いなんていないし、血霞の館はこの子にとって外より危険だ。
秋龍寺家でもいいが実のところ任侠一家なのでむさい男ばかりで酷だろう。……手を出すことは無いだろうが。
「仕方ない。来い、少し歩くぞ」
どちらかというと紗雨の身体のほうがしんどいのだが、地理的な詳しさもあって優位に立つ。
重い手提げと食料を持って、紗雨は足を進めた。
第2話 『味気ない一晩』
「……ここが………」
雑多。
ダウンタウンなんかに似合いそうなこの言葉が狭い家屋に当て嵌まることはそう無いだろう。
だが雑多なのだ。基本的に本ばかりなのだがところどころ家具が――面倒なので省略。
「適当に座るところを確保しろよ。なんせ汚いからな」
汚いことは自覚しているようだ。
「紗雨さん」
「なんだ?」
「有り難う御座いますね。無理を聞いてくださって」
「……気にするな」
水を自分のとチャイルド・ゲートのと注ぐ。
それをチャイルド・ゲートの前に置き、暖炉の薪を熾した。
「…………」
「…………」
会話が無い。もともと人と話さない紗雨は無理に会話をする発想がそもそも無いし、チャイルド・ゲートも男と話すのは苦手なのだろう。
ということで買ってきた魔導書を開く。さっきは速読で何とか魔法が発動できる程度に読んだが、じっくりと読んでしっかり万象定理を理解することが望ましい。特に、蠅王の闘気は万象定理の詳しいところまで理解していないと充分な威力が発揮されないことがある。
先の戦闘も蠅王の闘気の上級魔法にしては低威力だった。
「あの……」
「なんだ?」
「なにかお手伝いすることはありませんか?」
「お手伝い?」
「その、一晩厄介になるわけですし、なにかお役に立てればと……」
「…………」
「あっいえ、どうしてもという訳では……」
「…………」
「…その…えと…ごめんなさい……」
「食料」
「えっ?」
ぼそりと紗雨が何かを呟いた。
「冷蔵庫に買ってきた食料を入れておいてくれ」
「――はいっ!」
紗雨の言葉に晴れやかな笑顔を見せ、麻の袋を覗き込んだ。
「ひっ!」
小さな悲鳴を上げ、仰け反った。
紗雨が覗き込むと冬眠していないのか小さな虫が大根の葉を食っていた。色素の薄いその身体は確かに少し、いや、かなり、否、相当に気持ち悪かった。
「なに、心配するな」
大根を手に取り暖炉の前で葉を揺らし虫を揺れる炎の中に落とした。
「な…なななな、何してるんですか?」
「あ?」
駆除をしてやったのに青褪め続けるチャイルド・ゲート。
「虫をそんな暖炉なんかに入れたら…入れたら!」
「入れたら?」
「夜な夜な虫の幽霊が暖炉の傍に…!」
「…………」
無視を決め込んで揺り籠椅子に座り、閉じていた魔導書を再び開いた。
「あのぉ、お腹空きませんか?」
「お腹?いや、別に」
「そうですか……」
再び黙り込む。
いや、合っているのだ、チャイルド・ゲートは。
常人なら、まぁ、チャイルド・ゲートが常人でない可能性も大いにあるのだが……そんなことは今はおいといて、この八時半という何ともご飯時な時間(秋龍寺家での)はお腹が空いて然るべきだ。
「…………」
若干不満そうだが家主である紗雨がそうならそうであるしかないと口を閉ざす。
「もう寝るぞ」
「――え?」
もう?とか、ご飯は?とか、まだ九時前ですよ?とか、子供ですか?とか、言う前に紗雨は暖炉の火を消して揺り籠椅子に深く座り込み毛布を被った。
「ベッドは寝にくかったら本を片付けてくれ」
「あっ、はい。…いえ、あの……」
ご飯は……という声を出す間も無く紗雨は毛布に蹲り動かなくなった。
チャイルド・ゲートが紗雨と交流を交わすことの出来る唯一の一晩が終わった。
朝である。
あれからチャイルド・ゲートはこんな早くから眠れるはずはないと思いながら紗雨に倣って毛布に包まったが考えてみれば昨日は夜明けよりずっと前から走って逃げたのだから身体はくたくたで、すぐに眠りに就いた。
紗雨はまだ眠っているようだ。ロッキングチェアーの毛布の塊が微かに上下していた。
「お腹すいた……」
眠い目を擦りながらキッチンの冷蔵庫に向かう。昨日お手伝いで大量の大根を収納したので場所も中身も把握している。
しかし、この大根はどうやって食べるのだろうか。
「…………」
取り敢えず手に取って見てみる。大根の料理は金字塔にいた頃に何度か食べたが。
「……料理…ってどうするんだろう……」
まずは齧ってみる。冬野菜ということで瑞々しい旨みが広がる…が、何だろうこの口の中に残る繊維質は。
「紗雨さん……」
ロッキングチェアーに眠る紗雨を揺する。返事が無い。
「紗雨さん…!」
今度は強めに揺する。……しかしまたもや返事は無い。
困ってしまった。この大根の繊維質は些か耐え難い。
「起きてください紗雨さん」
「ん……」
ぺしぺしとほっぺたを叩くと流石に少し身じろいだが、やはり起きない。
「どうやって食べればいいんだろう……」
もう紗雨を起こすのは諦めて大根を見つめ独り呟く。
「取り敢えず皮を剥いたらどうだ?」
「わっ!起きた!」
「なにが『起きた!』だ、さっきので起こされたんだよ」
「それはそれは。…ところで“皮”というと?」
「……お前、大根の皮を知らないのか?」
「皮?大根に皮なんてあるんですか?でも私の知ってる大根はこんな風に白かったですけど」
「もういい。切ってやるから包丁取って来い」
「はいはい」
きちんと俎板も持ってきた優秀なチャイルド・ゲートの期待と不安に満ちた(大袈裟)視線を受けながら、大根をザクザクと大きな輪切りにし、桂剥きをしてやる。
「おおぉ……。し…白の下に白が…!これは何という詐欺!欺瞞に満ちた野菜だったんですね、大根って」
「…………」
素で言っているのか何かのポーズなのか、何というか世間知らずなことを言ってのけるチャイルド・ゲート。大根に謝っておけ。
「ところで何で大根なんて食べてんだ?」
食べやすい大きさに切った大根を渡しながら訊く。
「……お腹空いちゃって」
「起こせばいいだろう」
「憚られたんですよ。安眠妨害は」
「それで大根の食べ方が分からなくて起こしてるんなら元も子もないどころか大根を食べる意味もなくなるじゃないか」
「それは…そうですが……」
サクッと小気味いい歯ごたえの大根を食べる。繊維質も無く甘味のある美味しい大根だ。
「ちょっと待ってろ。何か作ってきてやる」
「はい。…あの、では頂いたら失礼しますね」
「……そうか…」
大根は甘みがあって美味しかった。紗雨の作る料理も恐らく美味しいだろう。
そんな味わい深い一日だというのに。
やはり何処か味気ない一日だった。
「お世話になりました」
昼過ぎほど。鱈腹昼食を喰ったチャイルド・ゲートは、餞別の大根のみを抱えて玄関先に立っていた。
「……気をつけて暮らせよ」
「はい。いざとなればこれがありますから大丈夫です」
これ、と掲げるのは連理の鎖と大根。連理の鎖はともかく大根でいったい何をしようというのか。
「では」
もう一度会釈をしてチャイルド・ゲートは歩き出した。
紗雨はその様子をしばらく見送ってから中に入った。
寒がりな紗雨の身体は普段引き籠っていることも相俟ってすぐに悴んでしまう。暖炉の前に冷えた手をかざし、解凍するように揉んだ。
揺り籠椅子に座り込みオーグリック=エンドラルの撮ったエロ本を開く。とても公衆の面前に晒せるような内容ではない写真が並ぶ。
何故か分からない。
魔導書も、文学も、何もかも読む気にはならない。こうして官能の扉を開いてみるも、どうにも気分が乗らない。
酒でも飲もうと立ち上がる。たしか血霞の館の店主に貰った葡萄酒が冷蔵庫にまだ残っていたはずだ。
もう二杯分ぐらいしかない葡萄酒の入った瓶を傾かせ、二杯分くらいは入りそうな大きな杯に全部を淹れる。
寒いというのに冷たい葡萄酒を煽る。紗雨は気付いていない。自分が今どのような感情に晒されているのか。
……いや、本当は気付いているのかもしれない。ただ、己の中にそのような感情があるのかと疑っているのだ。
ストゥレゴーネ帝宮学院にいた頃は相次ぐ飛び級…いや、特別クラスで独りで学んでいたため、同輩でルームメイトになる学院の寮には入れず、特別待遇の独り部屋だったし、今も夜を二人以上で過ごすことはなかった、帝宮兵の頃は勿論帝宮に暮らせるはずもない。
記憶にあるのは小さな頃に秋龍寺家にいたときと、一度だけ担当であった皇女護衛の一環でお忍びで宮廷の外に出たときだけだ。
まだまだ子供といってもいい年であるにも関わらず、人間と疎遠な人生を送っている紗雨は感情が鈍っているのだ。
“寂しい”という、単純で、悲しい感情が。
「これは…?」
血霞の館。そこの店主が新聞を読んでいると、とある記事に目を奪われた。
都の商人、エレレオノス=フェティビエルが惨殺されていた。目撃人が1人いて、その者の話によると犯人は魔方陣を使わずに、水、水流系の魔法を発動していた。…といった内容だ。
エレレオノス=フェティビエルといのはまぁ結構有名な奴隷商の悪漢で、男は強制労働に、女子供は成金どもの性処理に使われていた。
そんなことより気になるのは“魔方陣を使わずに魔法を発動していた”ということだ。…これはまるで……
「やつらが…動いているのか…?」
ぶつぶつと一人ごちる。
その言葉の真意は今のところ、彼にしか分からぬのであろう。
ふと、カランカランと入店を知らせる平和な音がした。誰だろうか、兄弟はつい昨日来た。つまりはもう2,3週間は来ないということだ。実際、二日連続で来た例などない。
「清明」
店主の名を呼ぶ声。その名を呼ぶのは都では“やつら”しかいない。しかもこの声は――
「レジェンディ。お前だろ?瓦版に載っているエレレオノス=フェティビエルを殺したのは」
薄い金色の髪に釣り目、三白眼。凶悪な外見を絵に描いたような男、レジェンディ=オードリエル。“やつら”の仲間だ。
えらくタイムリーに犯人と思しき知り合いが訪ねてきたので問い詰めてみる。するとレジェンディは口を開いた。
「何を根拠に俺がやったと言っている」
「戯け。水流系、魔方陣を用いずに行使する魔法、エレレオノス=フェティビエル、どれもこれもお前が犯人だといっているではないか。動機は何だ。昔の恨みか?」
「お前…知っていたのか?」
「当たり前だろう。俺を誰だと思っている。“あのグループ”の元リーダーだぞ。お前は幼少の頃、父親が謀反に失敗して国を追われ、没落貴族となったお前たちは母親と一緒にエレレオノス=フェティビエルにオードリエルの敵対勢力の成金貴族に売られた。そして――」
「やめろ!!」
魔方陣も持っていないのにレジェンディの掌には水の塊が躍動していた。
「そしてお前の母親とお前はその身を穢され続けながら生きてきた。だから殺したのか?」
「……そうだ。まさかお前、俺を咎めるつもりか?悪魔祓いを口実に一般市民から金を巻き上げ続け、逃げるために人を殺し続け、挙句に捕まった脱獄囚。そんなお前がこの俺を咎めるのか?」
まるで対抗するかのように、まるで抵抗するかのように、まるで同種だと相容れるようにレジェンディは店主の過去と身の上を口にした。
「ふん、まさか。……だがお前、“あれ”は世に出てはいけないものだぞ。もしあれが世に出てたくさんの人が使ってみろ、全ての万象定理が崩壊するぞ」
「知るか。そんなこと」
そんな言葉に店主はハッと呆れたように吐き捨てて椅子に深く腰掛けなおす。
「それで?いったい何しに来たんだ?」
まるで古い友人のように自然な流れで店主の向かいの椅子に座る。いつもは紗雨が座る席だ。
「買い物だ」
「買い物?こんな辛気臭い本屋に何を買いに来たんだ」
「自分の店だろ……」
「それで、何を買いに来たんだ?」
「魔導書だ」
「魔導書?お前が?」
「あぁ。“plasma shooter”って単載の魔導書なんだが」
「あー、悪いな。あれはもう紗雨に売っちまったんだ」
あちゃーっとわざとらしく手で目を覆う店主。そんな態度が一々気に障るのだが。気になるワードが一つ。
「……紗雨?あの秋龍寺 紗雨か?」
「あぁ」
店主が短く答える
「あの皇女殺しが?」
「……あぁ」
「そうか」
店主はゆっくりと、温かいぶどう酒を口に含んだ。
そしてレジェンディは店主の出したその名前に、口角が上がるのを禁じえなかった。
帝宮兵という特殊な職業がある。
都“虚無の楔”
元・中華人民共和国西部・サハラ砂漠辺りから半径500粁圏内の大地が何かの原因で大陸から削り取られてできた巨大な内海“奈落堕とし”に人工的に創った島丸ごと全てがその虚無の楔の範囲なのだ。
なのだが、その都・虚無の楔のど真ん中にある帝宮“夢幻迷宮”を護る武官の事を帝宮兵と呼ぶのだ。
しかしその特権から、汚い傭兵連中よりも粗暴な者が殆どだった。
魔法溢れるこの国はとても栄えている。
帝国主義でありながら侵略をしないほどに。
……だがやはりこの国も偏狭の地となれば治安が悪化してくる。そこで繰り出されるのが帝宮兵の遠征組。
しかし、彼らは遠征の途中に寄る町で横暴の限りを尽くす。それはそれは酷いことばかりをする。町の品物を強奪同然に掻っ攫っていき、道端に生えている草の根も売り捌く下衆で阿漕な集団。それが“帝宮兵”だ。
「―――ん」
いつの間にか眠っていた。パチパチと薪の弾ける音が子守唄のようになって。……いや、そんな詩人のような眠り方であるはずはない。昔から酒には弱いのだ。
アルコールの抜け切らない頭を押さえ少し考える。どういう経緯で俺は酒を飲んだのか。
……そうだ、チャイルド・ゲートだ。あいつが帰って(というか出て行って)何となく身が締まらないので勢いで酒を飲んで――
「ちくしょう、頭が……」
何たる不覚か。初日で二日酔いの気分だ。よし、酔い覚ましにはもう一度寝るべきだ。
薬嫌い(かといって頼らないことはない)の紗雨は酔い醒ましなど飲む概念もなく、暖炉の火を消して再び揺り籠椅子の毛布に顔を埋めた。
補足説明をさせていただくと、魔法溢れるこの国は、ユーラシア大陸とアフリカ大陸の辺り全てがその領土で、大きく分けて、
北方(ロシア辺りの高緯度地域)
南方(アフリカや中東の辺)
西方(ヨーロッパ辺り)
東方(日本列島及び中国、朝鮮辺り)
首都(中国、カザフスタン、モンゴルの境辺りの大陸の真ん中)に分かれています。
奈落堕としは大陸に開いた巨大な穴で、大昔に行われた魔法戦争の象徴として、魔法使いにモラルを与えています。だから特に法がなくても戦争が行われないんですね。
そして奈落堕としを塞ぐように作られた巨大な島が作られました。それが首都、虚無の楔です。
国家的には帝国主義ですが、国が繁栄しすぎて侵略は行っていません。
……とまぁ、長々書かせていただきましたがご理解いただいて、拙作をお楽しみいただける助けになればとおもいます。