とある姉妹の一日
新しい章です。
4話ほど、一話ごとのお話にします。今回はその一話目。
……思い通りに書けなかったorz
雨が降り続いている。
森に、雨水が降り注ぐ。
復讐者、レジェンディ=オードリエルのぶちまけられた脳漿、脳髄は、雨水によっていよいよ消滅しそうだ。
12月1日。
午後6時15分。
そのレジェンディの頭蓋を踏み砕き、脳をぶちまけた件の殺人鬼、秋龍寺 紗雨は改修途中の家のベッドで寝込んでいた。
「紗雨さん。ダメじゃないですか、本なんて読んでちゃ」
「……寝疲れた」
「それでも寝ててください。清明さんに“魔導書は絶対読むな”って言われてるでしょう?」
「魔導書じゃねえよ」
「それでもダメです。目の疲れは筋肉の疲れですから」
「瞼の重みで眼球が潰れそうになっているんだが」
「なら目を開けて寝てください」
「………………」
ああ言えばこう言うのレベルが低すぎて閉口。相手にするのもしんどい。
あれから。
元々何故か収まりかけていたシリアルキラー症候群の発作は、レジェンディの頭蓋を踏み砕き、彼を殺したことで完全に収まってはいたが、ホルモンの分泌はまだ収まらず習得したての能力を制御するには至らなかった。
そこに現れたのは、後を追ってきた店主とチャイルド・ゲート。
人間一人の頭が踏み砕かれ足元には首無し死体と脳髄と脳漿、そして夥しい血液が散らばる酸鼻で凄惨な現場を目にして尚、動じない彼らはまず、紗雨の状況を改善しようとした。
特異能力、陰陽術。
酸化秘造魔力の吸収が出来る清明の特異能力であれば、紗雨のこの酸化秘造魔力の塊のような特異能力も終了させられるかも知れない。
『スタートスキル【陰陽術】』
特異能力を発動し、行使する。
しかし、効果は現れなかった。
特異能力は止まらない。
「紗雨さ――」
チャイルド・ゲートが声をかけた。
光の止まない連理の鎖を提げながら。
――すると。
「――――!!」
その眩い光が、深夜の森を、昼かと惑わせるかのように、その光を強め守護霊に襲い掛かった。
万象定理の羅列を放出し、或いは神々しさを増した光を放ち、或いは禍々しい暗黒を放つ。
それらが紗雨の…守護霊の身体を包み、やがてそれが解かれたとき、紗雨は守護霊状態を解かれ、血肉の海に倒れていた。
ちょうど、雨が降り出したときである。
チャイルド・ゲートはそのことを思い出しながらタオルに水を含ませていた。
あの時、チャイルド・ゲートはしっかりと自我を保っていた。自律駆動にもなっていないし、リミッター・チェーンに意識を奪われ狂闘戦士にもなっていなかった。
しかし、だ。
自律駆動にしろ狂闘戦士にしろ、その発動条件は“連理の鎖の魔力の開放”だ。
連理の鎖に何か特別な活動が起これば、チャイルド・ゲートにも何かしらの影響は出るはずだ。
しかしそれがなかった。
……とすると。
「……はぁ…」
チャイルド・ゲートはタオルをきつく絞ることで思考に終止符を打った。
思考するのは得意ではない。それは研究員の仕事だったから。
「紗雨さん。タオル乗せますよ」
「熱はないんだよ」
「気分がすっきりするはずです」
「……寝返りがうてん」
「そのときが来れば私がタオルを持ってて差し上げましょう」
「…………」
紗雨は無言で右に寝返った。
「……もう」
言いながらもチャイルド・ゲートは紗雨の顔のほうに移り、濡れタオルを支えてやる。
疲れた疲れたといいながらも目を瞑るとまたトロトロと眠りだす。
発作起こると疲れるのだ。
……そんなとき、“やつら”がやってきた。
「さっざっめ~~!!」
バダン!!と木製の扉が吹き飛ぶのではないかという勢いで開かれた。
「姉上、紗雨の拙宅が壊れてしまうぞ」
何の考えもなしに扉を開ける馬鹿な女と人の家を捕まえて“拙宅”などと言い放つ失礼極まりない女。
言うまでもなく晴間と雪消である。
「さ――」
いつもの調子でまただらだらと過ごしているであろう紗雨に絡もうと部屋を見渡すと晴間は固まってしまった。
「どうした姉上。そんな見てはいけない男女の情事の瞬間を見たような間抜けなツラをして」
「――――」
「…………」
固まって見詰め合う晴間…と、チャイルド・ゲート。
「……ほう?」
チャイルド・ゲートの姿を確認した雪消はものめずらしい面白そうなものを見つけたような(というかその通りなのだが)声を上げた。
「しゃじゃめくん!?」
「……誰のことだよ」
「わっ起きた!」
「何が『起きた!』だ。寝そうなところを起こされたんだよ」
以上晴間と紗雨、チャイルド・ゲートと紗雨である。
「はっはっは。秋龍寺の名を冠しながら春を迎えるとはこのリア充めが」
「どういう意味だ?その世界観をぶち壊す単語は」
雪消が楽天的な声をあげながら紗雨に近づく。
「いやいや、まさか紗雨が女と住んでいるとはな。前回訪ねてからそう間もないのに大した変化だ」
「どうも……」
なにやら居た堪れないチャイルド・ゲートは元気なく呟いた。
「私たちか?私たちはこの男の妾だ」
「めか――」
「身内が妾って光源氏も吃驚だな」
「光源氏は身内にも手を出したぞ?」
「妾ではないだろう」
「……詳しくは知らん」
「俺もだ」
「なんで光源氏のほうで盛り上がるんですか!!」
驚愕の上に紗雨も否定しないのでチャイルド・ゲートはついつい声を荒げた。
「いや、嘘だぞ?勿論。本妻もいないし」
ていうかまだ16…いや、17歳だし。
「ならさっさと否定してくださいよビックリしますから!」
「はっはっは。本当は姉弟だ」
むくれるチャイルド・ゲートをほって紗雨は口を開く。
「今日はどうしたんだ?」
「どうしたって、暇だから来たんだよ」
「……じゃ、晴間はどうしたんだ?」
「―――!?」
紗雨の突然のその台詞に雪消…そして晴間は紗雨の顔を驚愕して見る。
「晴間のイド・マナが崩れている。特異能力だろう?」
「特異能力って…紗雨さん……」
随分とタイムリーに身近な人間に関わった言葉なのでチャイルド・ゲートも反応した。
「……そっか。万象図書館って言われてるくらいだもんね。分かって当然か」
晴間が自嘲気味に微笑む。
「ああ、少しあってな。敏感でもある」
「そっかそっか。うんそうだよ。お姉ちゃんは特異能力を覚醒したよ。三時間前まで病院で寝ていたくらいだし」
「じゃ、何で来てんだよ」
「暇だもん」
「…………」
閉口。そして安堵。
恐らく自然覚醒だろう。
不法譲渡なんてぶっ飛んだ禁術そこら中で行使されてちゃ世界の破滅だ。
特異能力の覚醒は精神崩壊を巻き起こすが、この様子では大丈夫だろう。
「いいから帰れよ。養生中なんだよ」
普段と変わらぬ生活を送っているが。
「おや?どうしたんだ?」
これまた珍しそうな目で紗雨を見る。
実際、紗雨が養生するなど珍しい。もともと不摂生の塊だから少々のことでは身体を壊さないのだが。
「特異能力だ」
「――――!」
晴間…より雪消のほうがこれには反応していた。
当然だ。我が姉があんなことになっていたその時、我が弟も同じようなことになっていたのだ。
「だ…いじょうぶ……なのか…?」
「あぁ、変わりない」
「そうか…そうか……」
胸が高ぶる。動揺、そして不安、恐怖。
ある種のトラウマなのだ、特異能力は。
「……しょうがない。帰ろう、雪消」
「……え…?」
そんな雪消の様子を見た晴間がそう言った。
「紗雨が彼女ちゃんと仲良くやってるのを身内が邪魔しちゃいけないよ」
「そうか…そうだな……」
胸を押さえて呼吸を整える。特異能力という単語を恐れる雪消の傍に魔女が2人もいちゃ敵わない。
「あ…あの、私は別に……」
「じゃぁね、彼女ちゃん。また今度いじるから。早く帰んないと病院抜け出したのがばれちゃう」
「…………」
元気をなくした雪消の手を引いて晴間はあっさり帰って言ってしまった。
「……病院抜け出して――『ワオ!なにこれ!?家が壊れてる!!』」
外で晴間が騒いでいる。
「――来たんだな。…外に出てまで人の台詞邪魔すんなよ……」
はぁ、とため息。家も直さなければ。
「彼女…って言われちゃいましたね」
「あ?彼女?ばかばかしい。……それにしても何しに来たんだあいつら」
「紗雨さんの……」
「ん?」
「紗雨さんのばかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!」
冷えた濡れタオルで自分の顔面を撃ち抜かれた理由を、紗雨は理解することが出来なかった。
第11話『とある姉妹の一日』
「ごめんなさい……」
「あんた、自分がどんな状況か分かってるの?」
「だから、ごめんなさい……」
「あまり姉上を叱らないでやってくれ、ティアリー殿。責任は雪消にもある」
「当たり前よ、雪消。あんたも同罪。いえ、姉の面倒を見れないあんたこそ罪よ」
「承知している」
午後7時過ぎ。
医務室にこっそり戻った筈の2人は第一医務室校医ティアリー=ウォーターサイドにお説教をされていた。
こっそり戻ってこっそりベッドの布団をめくるとそこにティアリーが潜んでいたのである。怖ろしい。
「待ってください先生。雪消は悪くないです」
「そんな下らない台詞は求めていないの。反省しなさい」
「反省してますから雪消は許してください!」
声を荒げる晴間にティアリーは困ったように自分の肩を叩いた。
「いい?晴間。雪消も。特異能力は危険な代物よ。精神状態が安静でないまま魔力の濃い所に行けば何時自我を失うか分からない。晴間は精神力は強いほうだと私も思うけど、それでも乱されたイド・マナはいくらでも人格を変えてしまう。何か事件でも起こしたら処分よ?」
「…………」
「…………」
2人とも、閉口する。そんなことは頭では分かっているのだが、こう身体が健康体だと目に見えない危険を見ることが出来ないのだ。
「雪消も妹なら、そういうこときちんとしなきゃダメよ?」
「……承知した」
「晴間も」
「分かりました……」
2人のそんな様子にティアリーは口元に笑みを浮かべ立ち上がった。ココアを淹れるつもりだ。
「ところで、何処に行っていたの?」
「紗雨のところだ」
「あぁ、紗雨くんか。懐かしいな~。元気にしてる?」
「彼女が出来ていた」
「へ~~!例のことがあってからもう立ち直れないかなーと思ったんだけどね」
「雪消もそう思ったが、過去を拭うにはいい傾向だろう」
「そうね。うん」
雪消と晴間の前に温かいココアを置いてやる。
「頂こう」
「いただきます」
2人同時にそれを飲む。冷えた身体に染み入るようだ。
明けて2日。
晴間はクリスマス前まで安静なので授業には出ない。
水曜日は1時限から魔法実習なので生徒はグラウンドにいる。
魔法実習はどの学年も必修なのだ。朝から寒い。
「今日は前回学習した魔法合成の実習です。魔法合成とは、異なる属性の万象定理に同時に干渉することで異なる二つの魔法を別々に発動しながらも、互いが互いの定理に従って反応しあい、新しい現象を生み出すことです」
講師が拡声魔法を用いて説明する。難しすぎて雪消には理解できないのだが、要は水を生み出す水流系と、吸熱作用のある温度系を組み合わせれば氷が出来たり、放熱効果のある火炎系と組み合わせれば蒸気ができる、ということらしい。星空が言っていた。
「では各自魔法を発動してみるように」
講師の指示で、あちらこちらから盈虚の声音が響く。やや五月蝿い。
「はいほら、雪消。やってみて」
「雪消には難題過ぎる。先に星空がやってみるがいい」
「んもう、やる前から諦めて……。見ててよ」
『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』
盈虚の声音が響く。
氷の彫刻のような檻が雪消を捉えた。
このような、氷を用いる魔法は氷雪系という属性に属されている。魔法合成による氷魔法が増えたので、新しく設けられた属性だ。……とは言っても、数百年前の話だが。
「ほぉぉぉぉぉぉ」
雪消は珍しく目を輝かせ、嘆息していた。
2時限目。
次は異文化語である。
「あ…あい…はぶ……ね…ねべー…?びーん……」
「あーはいはい。ごめんね雪消、いきなり教科書読ませたのが間違いだった」
3時限目は雪消も星空も授業がないのでちょっと早めに昼食。水曜日は凍空も一緒だ。
最近は食堂で食べず、お弁当を買って医務室で食べている。(食器を持ち歩くには少し距離がある)
「いらっしゃい。2人とも」
「あれ?お姉ちゃんは?」
「トイレ」
医務室に行くと既に凍空の分のご飯はテーブルに置かれていた。
「あいやー、トイレ混んでて大変だったー」
雪消と星空が昼食を袋から取り出していると凍空が帰ってきた。しばらくたらい回しになっていたとか。
「おっ?しかしベストタイミング。それじゃいただきます」
「いただきます」
皆適当に座り、それぞれの昼食にありついた。
4時限目も授業はないので(星空はあるが)医務室でお昼寝をする。
5時限目は近代文学。
文学少女雪消の唯一の得意科目だ。
6時限目は魔法理論。
文系少女の苦手科目だ。
「今日も終わった~~!」
一日の授業が全て終わったとき特有の開放感に雪消は大きく伸びをし叫ぶ。
「この時だけ元気だよね、雪消は」
「いや、気持ちは分かるけどさ」
それにしたって普段とのギャップが激しい。
「凍空はサークルか?」
彫刻部と言う雪消が興味はあるものの自信のないサークルに入っている。
「うん。雪消は?星空も」
「雪消は帰って寝ようと思う」
「私は…どうしよっか」
「しらないけど……」
いつものことだと凍空はサークル棟に足を運んだ。
「……私も寝ようかな…」
凍空を見送った後、星空も大きく伸びをした。
「星空はご飯の時間に雪消を起こす大役があるだろう」
「………………」
当然のように言い放つ雪消に、星空の手が出てしまうのは、或いは仕方のないことかも知れない。
皇立・ストゥレゴーネ帝宮学院の生徒としての一日をざっくり紹介。
日常に魔法の授業とか受けてみたいですね。