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チャイルド・ゲート  作者: 日寺 言十
serial killer vs. avenger
10/15

殺人鬼の生まれた日

はい、この回で一区切りです。


今回はレジェンディ篇最終話と言うことで、気合を入れてたっぷり書くぞ~と思い、普段は一月くらい掛かるものを、半日でしかもいつもの1,3倍くらいの量を書き終えました。


ややだらだら感はあるものの実は慣れていない戦闘シーンをガッツリ書きました。


勢いだけです、はい。


残酷シーンあり、と警告したので残酷シーンを書こうと思ったのですが、よくよく考えたら残酷シーンも書いたことないので、描写は甘く、状況はグロくという中途半端なものになってしまいましたorz



 11月30日


 午後10時20分。



 紗雨がレジェンディから逃げ延び、チャイルド・ゲートと野宿をした森の中、魔術師レジェンディ=オードリエルは座りやすそうな岩を見つけ、腰をかけていた。


 水流系キャンサーの水を射出する水鉄砲を取り出し遊底スライドを引く。

 引き金を引き、射出。


 ゴォォォォオオ!!


 轟音と共に計り知れない水圧で射出された水はやや離れた樹木を消し飛ばした。


「おいおいおいおい、意味もなく森林消し去ってんじゃねえよ。樹木の重要さは各々理解しているだろう」

 そこに現れたのは秋龍寺 紗雨。飛沫を浴びながら彼に近寄る。


 飛沫を浴びながら・・・・・・・・


 以前は飛沫だけで肉体を割いていたこの術だが、守護霊を纏う紗雨には通じなくなっているようだ。


「少し遅刻だが、来るとおもってたぜ秋龍寺 紗雨。でないとこんな寒い日に夜の森になんぞいるかい」

「それはコッチの台詞だぜ馬鹿野郎。さみーんだよ、顔面ナイフが」

「なら水でも浴びて凍ってろ」

「上等だ」


 交わす言葉は少ない。


 レジェンディが立ち上がり身構えるのと、紗雨が一歩引き身構えるのは完全に同時。


 紗雨は魔方陣を、レジェンディは銃を、それぞれ手に持つ。


 戦闘の開始まであと0,0001秒



『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』

『万象定理への干渉を開始し、魔術を発動します』



 辺りに大量の水蒸気が立ち込めた。





「勘弁してくれよお嬢ちゃん。今森に行くのは無理だ」

「でも私は紗雨さんの傍に居たいんです!あんな能力なんて実践で使ったら絶対死にますもん!」

「魔法使いは…特に紗雨みたいな“こっち側”に居る人間は常に死と隣り合わせに生活をしている。それに、自分にリスクの無いようなちゃちな能力なら無い方がいっそいい。それは嬢ちゃんが一番よく知っているだろう?万象の門の鍵、魔力征服オペレイトマテリアルの少女、チャイルド・ゲート」

「――!どうしてそれを……」

「知っているのかって?俺を誰だと思っている。全部知っているぞ。お前が紗雨の元に来た経緯も、お前がどんな研究を受けていたのかも、金字塔タワーも、お前の生みの親も、お前の正体も」

「………………」

「しかし、そんなことは一先ずどうでもいい。確かに紗雨の能力は異常だ。これは予想外に異常だった。しかし紗雨はそんな異常も異状も跳ね除ける異端なんだぞ。心配するな」

「……でも…………」


 以上、11月30日午後9時56分現在での血霞の館の店主とチャイルド・ゲートとの会話である。


 場所は店近くの空き地。


 辺りの土は悉く抉れ、本来の雑草を生やした白い砂は見受けられない。


 店主が紗雨に特異能力の指南をした所為で勿論ある。


 特異能力エラースキル守護霊ファントム


 酸化秘造魔力ストゥラゴオキスをその身に纏いあらゆる万象定理を一瞬で支配し盈虚の声音が響く間も無く魔法発動を完了できる特異能力。


 また、白く霧状のようになり使用者の体に纏わり付き獣を思わせる姿をとる酸化秘造魔力ストゥラゴオキスはそれ自体が強力な攻撃性を持つ万象定理で、魔法を発動せずともそれだけでの攻撃を可能とする。


 守護霊の名を冠し、徹底的な防御をするかのように、文面だけでは読み取れるその能力は、元・護衛兵ガーディアンであった紗雨の性分を表しているようだが、その実徹頭徹尾攻撃性に溢れたその能力は、もしや紗雨の中に隠れた激情を暗示しているのかも知れない。


 その紗雨に特異能力を安定して発動できるように指南し、その後守護霊ファントム状態での戦闘訓練を行なったのだが、元来の才能と店主の的確な指導(本人談)でめきめきとその頭角を完全に露出し今のような状態に至るということである。


 寒いのにも関わらず血霞の館にも戻らずに愚図ついているのは、チャイルド・ゲートが紗雨を心配して、決戦地の森へ行こうとしているからだ。

 曰く、紗雨さんの特異能力は何となく危険なような気がします!らしい。


「いいから帰るぞお嬢ちゃん。寒い」

「やっぱり私、行きます」

「お嬢ちゃん……」

「お役に立てることは何もありませんが、それでも心配ですから。……大丈夫です。私にはこの連理の鎖リミッター・チェーンがありますから」

「……今のお前は連理の鎖リミッター・チェーンを制御しているというには程遠い。自律駆動オートマチックでも、狂闘戦士バーサーカーでも、戦場に居れば便乗して暴れるだろう。……その身体でな」

「大丈夫です。…大丈夫……」


 大丈夫


 そう繰り返しながらチャイルド・ゲートは歩き始める。


「……連理の鎖リミッター・チェーンが暴走したら…試せるかもな……。嬢ちゃん!」

「…………?」

「連れてってやる。来い」


『万象定理への干渉を開始し、魔術を発動します』


 盈虚の声音が響き店主の足元に擬似魔方陣が現れる。

 大きな魔術は使わないと決めていた店主だが、この際もうどうでもいい。


 チャイルド・ゲートを傍に寄せた店主は万象定理への干渉を本格化させる。


『転送地点に擬似魔方陣を展開。対象者の身体の構成元素を解析します。』


『転送地点に同数、同種の元素を収拾。』


『定理の背反により“元素変換”を定義。現地点の原子と転送地点との原子をリンクさせ対象者の肉体を再構成します』


 “定理の背反”

 魔術が現実にそうなる為に提唱される定理を無視することだ。

 今回の場合は質量保存の法則を無視し、転送地点――今回の場合戦場の森――の擬似魔方陣に集めた原子と現地点の原子をリンクさせ変換させるのだ。


 空き地から、2人の姿が消え失せた。






「ぐらあぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!」

 両手で拳銃のグリップを握り、全霊で以って射出する。

 魔術の体を成した弾丸が紗雨の体に向かって飛来する。


『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』


 火炎系サジタリウスの魔法で局地的に気温を300度まで上げ、熱の壁を作る。

 水が一気に蒸発し、高温の蒸気を発する。


「秋龍寺 紗雨…どういうつもりだ……。何故特異能力を発動しない」

 レジェンディが拳銃を下ろし、紗雨に問うた。

 紗雨はこれまで特異能力を発動しないまま戦闘をしていた。15分間である。


「……まだ役者がそろってねーだろ。取って置きは取って置くから取って置きなんだ」

「……その役者とやらが来ないうちに死なないことを祈るんだな」

「お前が死なないことは祈っているんだがな、これでも」

「ははっ、抜かしやがる」


『万象定理への干渉を開始し、魔術を発動します』


 レジェンディの拳銃の銃口マズルから鋭利な水の槍のようなものが顔を覗かせる。


『周囲の水分子を収拾・凝縮。形状を指定形に固定し硬度を高め固定します』


『生成物を射出可能状態にして万象定理の干渉を終了すると共に魔術を発動します』


 盈虚の声音が終わるが早いか、巨大な槍が射出される。


『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』


 早いうちから手を打とうと、銃口の近くに熱の壁を作る。

 しかし、そんなやわな代物ではないらしく、壁を容易に突き破る。


『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』


 大地系ヴァーゴの魔法で地面を隆起させ壁を作る。


 いつだったか同じような魔法を使って、突破されているのだが……。

 やはり崩壊。


「くそっ…!」

 横に飛び、何とか回避する。


『万象定理への干渉を開始し、魔術を発動します』


 また同じ魔術が繰り出される。

 紗雨は逃走を開始した。

 この術は一直線的な軌道しか描かないので弾くことはできずも逃げることは容易だ。


『万象定理への干渉を開始し、魔術を発動します』


 今度は水の散弾が放たれる。これは逃げられない。


『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』


 身体の回りを球状の炎で包み、散弾を弾く。


「流石に、護衛兵ガーディアンだっただけのことはあるな。回避か、防御か、判断が早い」

 言いながら銃の遊底を引く。


 一般的な、遊底を持つ銃は、一番最初に弾丸を装填する時意外は、自動で次の弾丸が装填されるので遊底を引く必要はない。

 だがレジェンディの場合は別に弾丸を装填しているわけではない。魔力を装填しているのだ。

 だから拳銃内の魔力が尽きれば遊底を引く必要がある。

 どちらかというと弾倉に弾丸を入れるほうが、表現としては近いが。



「仕方ない。俺も今日中にお前を殺してplasma shooterを回収しなければ命のない体でな。魔導書探して届けるとなるとそう言えばあまりゆっくりもしてられねぇんだ」

「ならなんでこんな深夜に時間指定したんだよ」

「そりゃ、お前。昼は夜露がないじゃねぇか」

「夜露、か」

 確かに辺りには夜露が降りている。霜になりそうだ。

 夜露の水分子を頼りに魔術を発動するのだろう。


「“取って置き”に残しておいたところ非常に申し訳ないのだがそろそろ仕舞いにさせてもらおう」


『万象定理への干渉を開始し、魔術を発動します』


『万象定理への干渉を開始し、魔術を発動します』


『万象定理への干渉を開始し、魔術を発動します』


「――!分散行使!」

 万象定理の分散行使が起こる。超級魔術の証だ。


 ――ガサガサッ


 ふと、森の奥で物音が聞こえた。

 無意識にそこを見やる。紗雨の口角が僅かに上がった。


「博識な万象図書館マジックボックスでもこの魔術の名は知るまい。いい機会だから教えてやるから泣いて感謝しろ」


『万象定理への干渉を終了し、魔術を発動します』


「術式分類:性質ディスポジション蠅王の闘気ベルゼブフス 属性アトリビューティブ水流系キャンサー水暴走ウォーターハザード


 レジェンディが拳銃で水の弾丸を射出したのを皮切りに、大気中の水分が極太の槍となり一斉に紗雨を襲う。――あたかも暴走したかのように。



 槍同士がぶつかり合うに連れ、瀑布と化した水が辺りを満遍なく濡らす。

 途方もない威力。遠慮もない威力。節操もない威力。躾もない威力。加減もない威力。歯止めもない威力。

 直撃すれば間違いなく死ぬ威力。当然だ。伊達に超級魔術を語っていない。


 拳銃に亀裂が入る。圧倒的な出力に耐え切れないのだ。



「紗雨さん……」

 ふと、近くで少女の声が聞こえた。

 紗雨と共にいた埒外な女の子である。

「レジェンディ」

 忌々しいことに昔のリーダーまで一緒だ。


「悪いな。見ての通りだ、清明、女の子さん。今から俺は秋龍寺 紗雨の家に行って魔導書を探すがどうする?お前らを殺してから行こうか?」

「……レジェンディ。お前、どうした。勘でも鈍ったか?仇を討った高揚感か?また伏臥に何かされたのか?」

「……なにが言いたい」


 完全に優位に立っているはずのレジェンディがなぜか貶されている。それについて不機嫌そうに問うと、店主はレジェンディの後ろを指差した。


 レジェンディの後ろ…それは。


『スタートスキル【守護霊ファントム】』


 瀑布と水飛沫が吹き飛ぶ。


 魔術師は酸化秘造魔力ストゥラゴオキスを用いて魔術を発動するために、人一倍大気中の酸化秘造魔力ストゥラゴオキスには敏感だ。だから感じる。


 酸化秘造魔力ストゥラゴオキスが、根こそぎ靄の中にいる“怪物”の統治下になりつつある。

 その全てを支配している。


 秋龍寺、紗雨。


 皇女殺しコミットタブーと罵られ、殺人鬼(シリアルキラー)と恐れられ、万象図書館マジックボックスと讃えられ、東方最強の小さな魔法使いリトルウィザードと褒められ、捩れた天才ミステイクサヴァンと虐げられ、絶対領域セルフクローズと哀れまれ。


 最終的に“異端”という表現に落ち着いた16才の少年。


 いやいやとんでもない。

 誰から話に聞くよりも、その眼で見るよりも、その身に体験して分かった。


 化け物だ。怪物だ。異形だ。


 異端ではない、異形。その存在自体がそもそも間違えている。


 酸化秘造魔力ストゥラゴオキスは魔術師から見れば万象定理そのもの。それを統治しようなど埒外甚だしい。


 ここにきて、レジェンディはその底知れぬ存在に、ただそこにいるだけなのに――まだ発動しただけなのに――恐れをなしてしまった。



「最高の登場シーンだったろう?俺だってたまにはこういうことだってするんだよ」

「……抜かせ。こっちからしたら最悪の状況だ」


 まるで獣のような姿をとる白い霧状の酸化秘造魔力ストゥラゴオキスを身に纏い、気だるそうにそんな心にもなさそうな台詞を吐く彼はそれこそ異形の怪物にしかレジェンディには見えなかった。



「……ちっ、覚えてろよ、清明。こんな化け物覚醒させやがって」

「死亡フラグだな、それは」


『万象定理への干渉を開始し、魔術を――』


『―――――――――――――――――――――』


 ノイズと化した盈虚の声音がレジェンディの魔術の盈虚の声音を追い越して魔法を発動する。


「ぐ…がはっ!!!」

 酸化秘造魔力ストゥラゴオキスの砲弾がレジェンディを襲う。

 速い。速過ぎる。圧倒的だ。


 樹木に叩きつけられ反動で吐血する。

 何時だったか伏臥が言っていた“ちーと”と言うのはこういうことだったのかと身をもって理解する。



「紗雨さん……」

 チャイルド・ゲートが案の定心配そうに、不安そうに紗雨を見ている。


「お嬢ちゃん、下がっていろ。……ありゃ少しまずい」


「――どういうことですか!?」


「お嬢ちゃんは連理の鎖リミッター・チェーンの所為で感じにくいかも知れんが、酸化秘造魔力ストゥラゴオキスの流動が異常すぎる。……元々異常だが、昼間のときですらの比じゃねぇ」


「どういう…ことですか……」

 チャイルド・ゲートが力なく同じ言葉を発する。


「恐らくはドーパミンだろうな。アドレナリンが分泌されて興奮状態にあるんだろう」

「アドレナリン?」

 聞きなれない言葉にチャイルド・ゲートが訊く。


「動物とかが獲物を狩るときなんかに分泌されるホルモンだ。心拍数を上げ痛覚を麻痺させる。要するに、戦う、或いは逃げるファイト・オア・フライトの時に実力以上…つまりは自分の本来の力だが、それに近づけようとするホルモンだ。いま、紗雨はその状態になる」

「…………」

「つまりは暴走ってことだ」


 要領を得なかったのか反応が薄いチャイルド・ゲートに噛み砕いた説明を掻い摘んで伝えると、みるみる顔が青ざめた。



「はぁ…はぁ…はぁ…」

 ゆっくりと深く、紗雨は息をしていた。アドレナリンによる興奮時には呼吸器官が鈍る。店主の見解は間違っていないのだろう。


 そこに立っているだけで土壌が抉れる。昼間のときはそこまでではなかった。


 紗雨も紗雨で自分がどんな状態か把握していた。

 概ね店主の見解と同じなのだが少しだけ、違う所がある。


 それは紗雨の病だ。


 店主も知っているが気がまわらなかった。なんせ平常時は殆ど激しい発作の現れない慢性的な精神病だ。


 “シリアルキラー症候群”


 掻い摘んで言えば、殺人衝動の病気だ。

 何らかの(主に怨恨や思い入れの強い人物の殺害)衝撃により発病する原因不明の病。

 普段は燻りの様な殺人衝動が沸き起こる慢性的な病。何か些細な怒り、些細な不満、些細な不安で殺人を犯してしまう病だ。


 しかし、重病者は激しい発作が起こる。


 それがアドレナリン他・・・・・・・興奮性ホルモンの・・・・・・・・大量分泌時・・・・・だ。


 発作時は目に映るもの全て、生物無生物、有機物無機物問わず殺し傷つけ破壊しなければ気がすまない。破壊せざるを得ない・・・・・・・・・。そういう発作だ。


 紗雨は現在その真っ只中にいる。


 そして




11月30日午後11時2分。





   秋龍寺 紗雨は




 殺人鬼と化した。




ぅガああああぁぁああ・・・・・・・・・・あぁぁぁぁああぁぁあ・・・・・・・・・・あぁぁぁああぁぁああ・・・・・・・・・・ぁぁぁぁぁぁああぁぁ・・・・・・・・・・あああぁぁあぁぁああ・・・・・・・・・・あぁぁああぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・・ぁぁああぁぁぁぁぁあ・・・・・・・・・・ぁあぁあああぁあああ・・・・・・・・・・ぁぁぁああぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・・ぁああああぁぁあぁあ・・・・・・・・・・ああぁあああああぁぁ・・・・・・・・・・ああぁぁぁぁぁあああ・・・・・・・・・・ぁぁああぁぁあぁぁぁ・・・・・・・・・・あぁぁぁああああぁぁ・・・・・・・・・・ぁあ!!!!!!!!・・・・・・・・・・!!!!!・・・・・



「――――――!」

「――――――!」

「――――――!」


 三者一様、その場にいた全員が驚愕し、息を呑み、凄まれた。


 紗雨の纏う酸化秘造魔力ストゥラゴオキスが、その量、濃度、凶暴性を増す。


 レジェンディが、店主が、そしてチャイルド・ゲートが見た、珍しく見開かれたその瞳に宿る光なき光は――


 狂気・・


 殺意なき狂気。ただそれのみ有していた。……否、それ以外有していなかった。


「さ…紗雨…さん……」

「嬢ちゃん、近づくな」


 ふらふらと紗雨へと歩み寄るチャイルド・ゲートを止めようと手を伸ばすと、突如、連理の鎖リミッター・チェーンが強く、とても強く、更には神々しく輝きだした。


「これは……」

連理の鎖リミッター・チェーンが…反応している……?……守護霊ファントムの力が強まったからか……。しっかり気を持てよ、お嬢ちゃん。絶対に連理の鎖リミッター・チェーンに意識を明け渡すな」


「は…はい……」


 チャイルド・ゲートは連理の鎖リミッター・チェーンを握りこみ、その胸に押さえ必死に何かに耐える。


 紗雨を止められないのは目に見えている。


 或いはリミッター・チェーンに、あの何にも負けない彼女にこの身を明け渡せば狂闘戦士バーサーカーとなり、何とかなるかも知れないが、彼女は紗雨を傷つけるかもしれない。紗雨を殺すかも知れない。

 そう思うとか弱い少女は、全てを知っても尚、何も出来ない非力な少女は、こうして蹲るしかないらしい。




「はぁ…はぁ…はぁ……」

 レジェンディ=オードリエルは勿論、逃避していた。

 あんな化け物染みた能力の何かが覚醒した。ナマケモノでも我先に逃げ出しそうな威圧だった。


「或いは噂に聞くシリアルキラー症候群か……」


 噂とは存外正確なもので、的確に状況を理解できている。



 暗く、寒い森の中をひた走る。

 あんな化け物に殺されるくらいなら伏臥のおっぱいホールドで死んだほうがマシだ。


 レジェンディは既に紗雨を殺すことも、敵討ちも、任務の遂行も諦めていた。


 無目的集団は引き時は早いのだ。


「…………!」

 微かに酸化秘造魔力ストゥラゴオキスがざわめく。


 近いようだ。急がなければ。


 魔力を手早く練る。こういう時の為に童貞を貫いてきたのだ。魔導儀式は苦手だが店主が使った転送魔術を使おうとしている。


 酸化秘造魔力ストゥラゴオキスの揺れが強くなる。



 ――顔の左真横数糎に、殺人鬼がいた。



「――殺す。・・・


 何かを呟いたと思ったら刃のような右腕が飛んできた。

 反射的に左腕を挙げて防御するが左腕をもぎ取って・・・・・・・・脇腹を引き裂いた・・・・・・・・


「ごはぁ…!」

 殆ど垂れ流すかのように血を吐く。左腕がない。鋭いような、鈍いような、熱いような、冷たいような、未曾有の痛みが駆け巡る。


レジェンディ=・・・・・・・オードリエル。・・・・・・・お前を、・・・・壊して殺して解して・・・・・・・・・吊るして縛って絞って・・・・・・・・・・崩して刻んで・・・・・・無に帰してやるから・・・・・・・・・そこに土下座しろ。・・・・・・・・・

 冷たい瞳でレジェンディを見下ろす。とてもアドレナリンによる発作とは思えない。


「……ははっ、言うじゃねーか秋龍寺 紗雨。いや、殺人鬼(シリアルキラー)か?コイツは恐ろしいな。正に未曾有だ」


『―――――――――――――――――――――』


 また、ノイズのような盈虚の声音が鳴り響き、星が煌く夜空から角錐状の透明の結晶が降下し、レジェンディの右腕に突き刺さり、抉り、血肉と共に吹き飛ばした。

 二酸化珪素けいそ。つまり硝子ガラスだ。


「ぐっ……」


 痛みで脳が痺れているのか、或いは早くも慣れてしまったのか、痛みをあまり感じない。


『―――――――――――――――――――――』


 今度は両太腿の窒素を融点-210℃まで下げる。窒素は液体と化し、太腿は身体から離れその切断面辺りを瞬間冷凍した。


 こんなものは魔法には存在しない。そしてこんな効力は魔法の範疇ではない。魔術に近い。それも、禁術のような禍々しさと酸鼻さ内包する術だ。


「………………」


 四肢を捥がれ、声さえ出ないレジェンディ。しかし残念ながらと言うより他無いが、命はまだあった。彼もある種の興奮作用でも働いているのかも知れない。勿論、戦う、或いは逃げるファイト・オア・フライトの後者だが。


 完全に捕食されている。



 そして声も無く音も無く。紗雨は…殺人鬼(シリアルキラー)は息絶え絶えのレジェンディに近づく。


 そして片足を上げる。


 レジェンディは、いよいよ――或いは今頃――死を意識した。


 この化け物は俺の頭をどうやら踏み潰す気らしい、と。


「……どうした、やらないのか?」

 足を上げたまま、微動だにしない殺人鬼に対し、か細い声でレジェンディは最後の見栄を張ってみる。

出来ることならもう一度伏臥の顔が見たかったが、こんな姿で合わす顔は無い。いや、そもそもこれから顔がなくなるわけだが。



「レジェンディ。」

「……どうした…?」

「お前も、ひどい人生だったな。」

「……いや、いろいろあったが、最終的には、もしかしたらこんな人生でも俺は…幸せ、だったのかも知れん。お前に殺されて、何となく、思い出した」

「……何よりだ。・・・・・


 貴族として幼少時代を過ごし、奴隷として少年時代を過ごし、復讐者として青年時代を生きてきた。


 幼少時代は友達も家族もいた。


 少年時代は地獄のような暮らしだったが、そういえばたまにお菓子をくれたり遊んでくれたりしてくれた女中さんがいたことを思い出す。彼女を殺したことを思い出す。

 お菓子をもらった、遊んでもらったあの時の自分は紛れも無く幸せだったんだろうと今なら思える。


 そして母が殺されサーザーキール家から逃げ出し入った魔術の巣窟ウィザード・エリアでは、たくさんの仲間が出来た。

 うまい酒もたくさん飲んだ。まずい酒もたくさん飲んだ。たのしい酒もたくさん飲んだ。つらい酒もたくさん飲んだ。


 そして伏臥と、癪だが清明にも出逢えた。


 こんな思いを出来たのも、秋龍寺 紗雨が母を殺してくれたから…とは思わないが、それでも切欠になったのは確かだ。


 そうしてその仇に四肢を捥がれ今こうして殺されそうになって初めて気付いたこの感情。この感動。


 そういえば俺って・・・・・・・・幸せだったんだな・・・・・・・・



 そして最後に――最期の最後に――


 “こういうのを走馬灯って言うのかな”


 そう、独り思いながら意識を手放した。



「それは走馬灯じゃねぇよ、ばか」



 そう言って紗雨は、その足を踏み下ろした。



12月1日零時零分零秒。


 殺人鬼(シリアルキラー)、秋龍寺 紗雨、17才の誕生日。


 同時に皇女、キャロルの2回忌の日だった。



第10話『殺人鬼の生まれた日シリアルキラー



次回からは新しい章になります。


2~3話の閑章にしようかなと思っています。


あと、因みに話中に登場するシリアルキラー症候群は拙作オリジナルの精神病なので悪しからず。



何はともあれ一先ず、ここまで付き合ってくださった数少ない皆様に心よりの感謝を申し上げ変わらぬご愛顧も同時にお願いし、今回はこれで失礼させていただきたいと思います。

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