要するに魔法とは物理現象である
まぁよくある魔法ファンタジーです。世界観としては“科学”ではなく“魔法”という形で技術を得た世界。冷蔵庫とかカメラとかは普通にあります。
――魔法
それは理に従い、順応し、法則に従い思想を崇める術
世には魔法が溢れ、魔法を使うものを魔法使いと呼称し、この世において優遇される人種であった。
そんな世の中。
そんな世の中に、その男は生きていた。
第1話 『要するに魔法とは物理現象である』
風が吹き抜ける。
木が、揺れる。
砂が、舞う。
夕日が燃える。
魔法が、飛び交う。
そんな日常を独り眺める彼の男。
名を秋龍寺 紗雨。所謂、魔法使いだ。
「えっぶしゅ!」
窓から外を眺めていたが初冬の外気に当てられ、冷えてしまった。
窓を閉め、魔方陣を書いた小さなメモ用紙を薪をくべた暖炉に投げ入れる。
『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』
紗雨が《魔力》をメモ用紙に書いた魔方陣に注ぐとどこからか声が聞こえた。
……いや、正確にはこれは声ではない。魔法発動の際に起こる物理現象だ。
《魔法》とはこの世を構成するあらゆる《定理》や《法則》に干渉し、操りながらもそれらに従い、しかし自分の意のままの現実を生み出すことだ。
つまり、物理的な法則に従い自分に都合のいい物理現象を起こすこと。
そしてその物理現象を、人は《魔法》と呼ぶのだ。
ただ、人間は、魔法使用に於いて干渉する定理《万象定理》へ自ら干渉することは出来ない。だから、魔方陣を用いるのだ。
魔方陣とは或る万象定理を抽象的、暗号的に表したもの。
具体的に言えば紗雨が発動した魔法は《酸素の爆発的な化合》についての万象定理に干渉し、発火をさせる簡単な魔法だ。
その魔法の行使の際、使ったメモ帳に書いていた魔方陣は《酸素の爆発的な化合》をはじめ、燃焼に便利な水素の関係式、現れる二酸化炭素や水の関係を全て記している(らしい)。
数学で言うのならば、三点一四…の円周率をπで表すのと同じといえよう。
つまり、魔方陣とは万象定理そのものなのであり《酸素の爆発的な化合》の魔方陣が《酸素の爆発的な化合》の万象定理に干渉するということは、言い表すならば自分で自分の顔を洗ったり、自分の免疫が病原体を殺して自分の身を守ったりすることと似ていて、実は干渉は意外と容易いのである。
ついでに説明するならば、魔方陣に魔力を注いだときに聞こえたあの声は“盈虚の声音” や《ホロウ・ウィスパー》と呼ばれ、その正体を簡単に言うと空気の振動である。
尤も、声の正体も空気の振動なのだが。
具体的に言うと魔法行使の際、使用するエネルギーが音エネルギーに変換されると奇しくも声のように聞こえ、またまた奇しくもその声は現在の万象定理の干渉の状況を説明しているように聞こえるのだ。
パチパチと薪が弾ける音がする。
本やがらくたが散乱する部屋の中で唯一綺麗な暖炉の前。
そこに陣取っている揺り籠椅子に座り込みぐらぐらと揺られる。
暖かくなってきた部屋。安眠を促す椅子の前後運動。昨日の睡眠時間1時間半。
いろいろな要素が紗雨の瞼にどんどん重石を乗せていく。
もういいから寝てしまおうといっそ瞼を閉じたとき“やつら”がやってきた。
「さっざっめ~~!!」
バダン!!と木製の扉が吹き飛ぶのではないかという勢いで開かれた。
「姉上、紗雨の拙宅が壊れてしまうぞ」
何の考えもなしに扉を開ける馬鹿な女と人の家を捕まえて“拙宅”などと言い放つ失礼極まりない女。
「まーた火をつけたまま寝ちゃってぇ…火事になって死んでも知らないよ?」
「姉上、紗雨が寝ているのにも関わらずそんな話しかけるような口調を取っているならば雪消はお前に対する態度をやや変えなければならないと思うのだが」
「妹の言うべき台詞じゃない!――違うでしょ、これはあれよ、犬とか猫とかに話しかけるあれよ」
紗雨の無造作に伸びきった黒髪をわしわしと撫で回す。
「……俺は愛玩動物なんだな」
「わっ!起きた!」
「なにが『起きた!』だ、起きてたんだよ」
「姉上のことは気にするでないぞ、紗雨、バカなだけだ」
分厚い本を閉じながら傍によってきた小柄な女。
「顔をよく見せろ、紗雨。…久しいな2週間ぶり位か」
顔の両側を掴まれて見つめられるのが居心地悪いのか眠たげに目を瞑り頭を揺らす。
この女は秋龍寺 雪消。
ついでにいうならバカな方は秋龍寺 晴間。
2人は姉妹であり紗雨にとっても義姉であり従姉にあたる。……本当は従弟なのだが秋龍寺家に養子に出された(と聞かされている)のだ。
「灯りつけるよ?」
何の返事もしていないのに天井に張ってある《太陽光の光エネルギーを粒子化保存》の万象定理と《光エネルギーの放出》の万象定理を記した魔方陣に魔力を注いだ。
魔方陣が書かれたメモ用紙が明かりを灯す。
日光の5分の3の光量といわれているのでかなりの明るさだ。
明るくなるとこの家の惨状がよく分かる。家中が本に埋まっている。
所々揺り籠椅子、所謂、ロッキングチェアー以外の椅子や、大きな木の机、キャビネットや本棚などのまともな家具なんかも見られるが今やただ邪魔になっているだけである。
「これはもう片付けるのは諦めたほうがいいかもね」
晴間が溢れかえる本を眺めながら呟いた。
1ヶ月に二度くらい顔を出しているがその度に何故か本が増えている。
もう読まなくなった本を雪消が何度か譲り受けているのだが部屋は散らかり放題、そのくせ、何処にどの本があるのか把握しているらしいので片付けも拒否するのだ。
「ご飯も何日も食べてないんでしょう」
「飯くらいちゃんと食って……」
思い返せば思い返すほど何日もご飯を食べていない気がする。えと、断食何日目だ?
「3日くらいかな」
「3日!?そんなんだから背が伸びないんだよ?」
「……うるせぇ」
紗雨は16歳にして142糎。そして21歳で160糎の晴間とは哀しい哉、圧倒的な差があった。
「姉上、紗雨、そこにおるがいい。雪消が何かしら料理をこしらえよう」
「あぁ」
再び椅子を揺らし始め本を開く。
魔法使いにとって知識とは能力の要である。知識がなければ魔法が発動しないことも間々ある。科学であれ、文学であれ、エロ本であれ『読まなくて良い本はない』というのが紗雨の持論だ。
ぱらぱらと頁を繰るがやはり眠たくて仕方がない。
「姉上ー、何処かお皿を置けるところを確保しろー」
キッチンからヒョコッと顔を出して雪消が晴間に指示を出した。確かに机にはお皿を置く場所などなかった。(2週間前に机の上は一掃したはずだが)
「めんどー」
「ぶっ殺ーす」
「ごめんなさーい」
暖炉の傍の机の上に山積みになっている本を取り敢えず退かす。とは言え、汚いのは汚いので台拭きで机をざっと拭く。
何かを炒める音が響く。さっきまでお腹は空いていなかったのだがこんなに軽快に食い物が調理される音を聞くとお腹が空いてきてしまうじゃないか。
「もうできるぞー」
雪消の声に揺り籠椅子から立ち上がり、背の高い背凭れを持つ椅子の上に積まれていた本を退かしそこに収まった。
「おっ?珍しく紗雨が活発だ」
べたべたとくっつく晴間を鬱陶しく思いながらも久しぶりの人のぬくもりを嬉しく思っている。なんせ、人と関わらない人生を歩んでいるので、こういう《ふれあい》がないと人間味というものを忘れてしまいそうになるのだ。
「ほら、退いた退いた」
机に突っ伏す紗雨を起こしておかずの載ったお皿2枚とパンを載せたお皿、それとスープを並べた。
「じゃ、いただきます」
何故か晴間が手を合わせ、1番に食らいついた。
「姉上、お前まだ食うのか?ここに来る前、あれほどアップルパイを食べていたのに」
「五月蝿い!別腹だ、別腹!」
わーわーと騒ぐ晴間と雪消の狭間で、ゆっくりと魚のムニエルを口に含んだ。
「どうだ?」
騒ぎながらもその様子を見ていた雪消が紗雨に訊いた。
「……うまい」
紗雨はボソリと呟き、スープを飲むために木のスプーンを手に取る。2人はその様子を、紗雨が食べにくくならない程度に見守っていた。
「じゃ、また来るからね」
「あぁ」
家の扉の前。だいぶ日も暮れてきたので晴間と雪消は寮に帰らなければならない。
2人の通う《皇立・ストゥレゴーネ帝宮学院》は全寮制の共学で、6歳から22歳まで魔法や一般教養、“異文化語”や国史などの必修科目の勉強を行うのだ。
この国、魔法溢れるこの国の建国を記念して建てられたものであるため、かれこれ1500年以上は経っている。
初冬故にさっきまで藍色だったのにもう漆黒に色を変え始めた午後6時半。
紗雨は疲れた身体を引き摺って家の中に戻った。久しぶりに食事をすると眠たくなっていけない。今日はベッドで寝ようと暖炉の火を消して毛布の上に乗っかっている本を退かせ、潜り込む。
しん、と冷えたベッドの中はやがて体温で温まり、やや早いが紗雨を実に2ヶ月振りの安息の眠りへと誘った。
「どういうことだ!あの子に逃げられるとは!」
とある塔。そこの管理人である男が部下に問い詰めた。
「も…申し訳ありません……。突然、連理の鎖が……」
「連理の鎖だと…?」
「はい。連理の鎖から、高密度の魔力…ストゥラゴが放出されまして……」
魔法使いが魔法使いたるには、当然、魔法を使えなければならない。そして、魔法を使うには、魔力が必要となってくる。
これは、魔方陣に魔力の持つ《魔力エネルギー》という安直な名前のエネルギーを様々なエネルギーに変換させ魔法を発動するのに必要な物質で、“魔力”として使えるのは二種類である。
ストゥラゴはその1つであり、秘造魔力とも呼ぶ(化学式St)
「チャイルド・ゲートが目覚める…?国が滅ぶことになるぞ……。――手段は問わん!何が何でも探し出し、必ず捕らえるのだ!!」
「はっ!!」
塔の主人の命令を受け、部屋から飛び出したその部下。彼の左腕は放出された魔力がかすっただけで消し飛んだ。
ある冬の夜のことだった。
「あーーー」
単調な声音だが一応、欠伸である。
目が覚めた。が、昨日の料理の所為で胃がもたれていまいち体調が優れない。しかたない。気は乗らないが街に出て薬でも買おう。
「よっこらせ」
久しぶりにベッドで寝た所為か身体が軽い。……胃は重いが。
寒いので着たきりの甚平の上にローブを着込む。眠い目を擦りながら紗雨は昼下がりの街に繰り出した。
「あの子だよ……」
「あの子が来たな……」
「おっかねぇな。街を魔法で滅ぼす気か…?」
街人がひそひそと囁き合う。
街外れに暮らしている秋龍寺 紗雨という少年はかなり有名なのだ。無論悪い意味で、だ。
それもそのはず。紗雨は18年通うべき皇立・ストゥレゴーネ帝宮学院をわずか8年で卒業。
しかも魔法技術は10才の頃全て修了した。
残り4年は一般教養しか行ってないので、元々一般教養を持っていれば、実質、ストゥレゴーネ帝宮学院を4年で卒業できることになる。
しかし、というか、当然、というか、そのあまりに強力な魔法技術から、一般人からは恐れられることも間々だ。それに、クビになったが護衛兵でもあるから。
「い…いらっしゃい……」
「……胃薬…」
「い…胃薬ね。ちょっと待っておくれ」
皆と一様に紗雨にビビッている薬屋の店主。こそこそと奥に引っ込み薬の調合を始めた。
街の人間が自分を恐れているのは紗雨自身知っている。恐れる理由も知っている。だから、紗雨は極力街に出ず、たとえ出ても絶対に魔法は使わないのだ。
「さ…320クロウリーいただくよ」
麻の巾着袋から銀貨一枚と銅貨二枚を取り出し、震える店主に渡した。ちなみに、クロウリーとはこの国の貨幣の単位だ。
「釣りは…200クロウリーだな、ほら」
紗雨が出したのとは違う銀貨1枚を店主は紗雨に渡した。紗雨はそれを麻袋に仕舞うと、薬を持って出て行った。
今日は久しぶりに街に繰り出したことだし、当面の食料と本を買おう。
「おっ、誰かと思えば兄弟ではないか」
本屋、血霞の館。一般的な本から、如何わしい本や《魔導書》まで揃えている胡散臭い本屋である。
「今日は良いもんを仕入れているんだ。ほら、見てみろ。この本。西方の光学系魔法の秀才、オーグリック=エンドラルという魔法使いが撮った写真だ。見てみろってほら、ほぼ無修正だぞ」
店主が手に持つそれは魔法で光を投影した本。
その魔法を発動したところの空間を切り取るように保存されるこの簡単な魔法で、女の裸体を写している。ついでに言うならばこの魔法で撮ったものを《写真》と呼んでいる。
「じゃぁ、それも貰うよ。いいから頼んでおいた本をくれ」
「ちっ、つれない餓鬼だねぇ。向こうのほうに該当した本を揃えているから適当に持っていけ。お代ならいらねーよ、どうせタダで貰ったものだ。この春画もくれてやる」
向こうのほうと指差した方向には古びた本棚。紗雨はこの男に《連理の鎖》というものに関しての本を集め回ってもらったのだ。
「酔狂な男だよな、お前も。連理の鎖なんて伝記に記されているだけで本当にあるのかどうかも分かんねぇ代物の為に動き回るなんざ」
かくいう店主も紗雨の為に連理の鎖の書物を集めて回ったのだ。紗雨には相当の恩がある。
「連理の鎖は万象定理の知識を遮断し、魔法行使を阻害する代物だ。応用すれば相手や自分の魔法の発動を防ぐことが出来る……」
床に座り込み本を吟味しながら連理の鎖の知識を諳んじる。
「でも、そんな代物手に入れてどうしたいんだ?他人に魔法を使わせたくないのか?」
「そんなことしてどうするんだ。俺は知りたいんだ。連理の鎖の正体と、効果と、可能性を」
「……へっ、酔狂な奴だ」
「うるせ…うっ……」
会話を続けながら本を読んでいると急な吐き気が襲った。
「どうした?つわりか?」
「誰が妊婦か。……悪いが、水を一杯くれないか」
「具合でも悪いのか?兄弟」
「腹を…少しな」
薬屋で購入した胃薬の入っている麻袋を振る。
「ちょっと待っていろ」
奥にあるキッチンに下がる店主。胃の辺りを擦りながら吐き気に耐える。
あんな魚と肉程度で腹を壊すのは流石にまずいかもしれない。
薬を口に含み、本屋の店主が持ってきた水で飲み下す。この薬は《韓方》と言い、東方地域が生んだ素晴らしい内服薬なのである(かなり不味いが)
西方の薬と違い、気味の悪いものが多いが段違いに良く効くのである。
「それと、頼まれていた魔導書だ。これは金取るからな。原価でいい。4千クロウリーだ」
「つけてくれ」
「またか。……いいや、だめだ。もういくらになると思っている」
「ちっ、分かったよ。後で食料買おうと思ってたのに」
向こう2週間分くらいの食費を店主に渡す。
魔導書とは『魔法へ導く書物』のことで、具体的に言えばその魔法の行使に必要な万象定理に関しての知識と、記してある万象定理を暗号化して表した魔方陣を記している。
ちなみに、昨夕、紗雨がメモ帳に書いた魔方陣で魔法を行使したり、メモ用紙に書いた魔方陣を天井に張って光源にしたりしていたように、万象定理の知識さえ理解していれば、自分で書いたり、魔法で写した魔方陣でも同様の効果を得ることが出来る。
「これは……」
「あぁ、凄いだろ。戦闘用魔法で最も強力とされる《蠅王の闘気》に分類される電磁系の魔法だ。最近開発された魔法の中では最強と謳われるだろう」
「謳われてんのか?」
「いや、全然」
なんだそれと小さく苦笑しながら本を開く。題名は『plasma shooter』
その名の通りプラズマを用いる魔法の魔導書だ。
「単載の中でもこれはなかなか凄いぞ。プラズマは障害物をすり抜けて対象者を焼き殺す。……残忍な魔法だがお前も一応帝宮兵なんだから戦うだろう?」
「……昔の話だ、もう戦闘なんてやってねーよ」
「なーにが昔だ、去年のことだろ」
基本的に魔導書一冊には3つ程度の魔法を記している。
だが、用いる万象定理が多い強力な魔法は、魔導書一冊に1つの魔法しか載せられないのだ。そういう魔導書を単載という。
「あと、すまないが風呂敷か手提げ袋を貸してくれないか、用意し忘れてな」
「あぁ。ちょっと待ってろ」
春画を並べている本棚の横にある納戸から手提げ袋を取り出し、紗雨の方に投げてよこした。
紗雨はオーグリック=エンドラルが撮ったエロ本と連理の鎖に関しての本を数冊と魔導書3冊を手提げに仕舞い、埃っぽい床から腰を上げる。
「ちょっと、食料品を買わなきゃいけないからもう帰るな」
「なんだ、つまらんな」
暖炉で暖めていたブドウ酒を煽る。
正直、客など紗雨しかないので本当に暇なのだ。まぁ、収入は別口で得ているので別に構わないのだが。
「じゃぁな兄弟。身体に気をつけろよ」
「あぁ」
店の前で見送ってくれた店主に背を向けて冷える路地を歩いていった。
ということで家路。
図らずも4千Kも払ってしまったので手持ちの金額があまりない。
だから出来合いのものは買わず、旬で安く手に入るもの(主に大根)を中心に買ったりといった上手な買い方をして、なんとか2週間分の食料を手に入れた。
街の堀に架かった橋を渡り街を出て林以上森未満といった (決して名字ではない) 感じのところにある未舗装の道をのろのろと歩く。結局夕方まで外を歩き回っていたのでしんどくて仕方がない。
『はぁ…はぁ……』
何処からか息せき切っている、といった感じの女の子の声が聞こえてきた。
そう遠くはない。この道の向こうから聞こえているようだ。
『いたぞ!あそこだ!連理の鎖には気をつけろ、あれの攻撃で卯乃城の左腕は消し飛んだらしいぞ』
どうやら声の主の女の子は追われているのだろう。ならばこの如何にもといった感じの声の主の集団がその女の子を追っているはずだ。
なにやら込み合った事情がある模様。連理の鎖には気をつけろ、とか、左腕が消し飛んだなどといった物騒なことを叫んでいるし。
……ん?
「連理の鎖だと!?」
誰も居ないところで、柄にもなく叫んでしまった。
なんせ、聞いたところで判断するところ、この如何にもといった男たちが追っている女の子は、今、それに関しての本を持ち歩いている連理の鎖を持っていて、その女の子はこっちに向かって逃げてきているのだ。
つまり連理の鎖がこっちに向かって走っていることになる。
連理の鎖の具体的な姿を知らないので頭の中で船の碇のようなものが人型になって走っている姿を思い浮かべる。
……まぁ、碇なんか女の子が抱えて走れるような重量ではないが。というか、やってくるのはあくまで女の子であって連理の鎖そのものではない。
そんなことを考えながら歩を進めていると、ついにその女の子がやっていた。
背丈は紗雨と同じくらい。若干痩せ気味ではあるが、ガリガリというわけではない。あまり食べていないのだろう。
……あぁ、だから逃げ出したのか。ついでに残念ながらというか、当たり前だというか、碇は携えていなかった。
「――!助けて!お願い!!」
まだ何の返事もしていないのに紗雨の背後に隠れて盾にした。
走っていた軽鎧の装いをした数人の男たちもこの女の子が紗雨に隠れているのに気付き、身構えた。
「少年。その子をこちらに渡せ」
「断る」
「――なんだと!?」
見ず知らずの女の子だ、簡単に引き渡すだろうと思っていたのか紗雨の予想以上に大きな声で驚いた。
連理の鎖がそんなに珍しいか。……いや、紗雨もそれが目的なのだが。
というかこの女の子も紗雨の言葉に驚いているのようだ。
「彼女がチャイルド・ゲートだと知っての言葉か…?」
「チャイルド…?……?」
連理の鎖にしか興味がないというか、連理の鎖しか知らなかったからチャイルド…某のことなぞ知るか。というかなんだそれ。
「知らないのか。ならちょうどいい。お前さえ始末すればことは済むようだからな」
「―――!」
相手の如何にもさんと同じく身構える。
皇帝の住まう帝宮を護衛する帝宮兵の実戦経験から傍にいる人を守る体制に入ってしまう。経験というか癖に近い。
「おとなしくしていろ」
『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』
藁半紙から炎が発現する。火炎系に属する魔法だろう。
『生体電気を増幅させ、大気中の水蒸気を電気分解し、酸素と水素を採取。万象定理干渉の第一段階を完了しました』
盈虚の声音から魔法の発動までの時間が分かる。
魔法のデメリットは発動までの予備動作が長いというところと、発動までの時間が筒抜けということだ。
『採取した7つの水素を加重させ、七重水素を生成、射出可能状態にし、第二段階の完了を確認します』
もう間も無く魔法が発動される。もうこうなったら賽は投げられた。魔法は発動されてもいいから今やることは……
手提げ袋から取り出すのはエロ本…ではなくてplasma shooterの魔導書。
得意の速読で魔法発動待機時間内に万象定理を読みきり魔法を発動する。
『万象定理への干渉を開始し、魔法を発動します』
『使用者の生体電気を増幅させ、右手に正の電荷を持つ粒子、左手に負の電荷を持つ粒子を貯蔵します』
プラズマは正負の電荷を持つ粒子が同密度内に混在して、全体的に見れば電気的に中性である物質の状態を指す。
つまりここで紗雨が両手を繋いだらプラズマが完成し、射出されるということになる。そしてこの魔法は干渉速度が速い。
『生成した七重水素の射出と同時に引火させ、万象定理への干渉の最終段階を完了するとともに魔法を発動します』
そんな盈虚の声音とともに凄まじい爆発が起きる。
その爆発は、爆風がこっちに向かっているのではなく、爆発自体がこっちに向かっていて、簡単に言えば直撃したら死ぬ。
『発動待機完了、万象定理の干渉を終了するとともに、プラズマの射出の準備を整えたことを確認しました』
粒子のチャージが完了した。これで両手を繋げばプラズマ砲が放たれるが……
足元に落ちていた小石を拾い上げ、両手を接触させ、プラズマを発生させる。
発生したプラズマを小石の表面に滞留させ、実弾を持つプラズマ砲を作り上げた。
爆発は激しさを増しながら進んでくる。七つの水素原子を人為的に衝突させ作った、陽子七つ、電子七つの水素を持つ七重水素はどうやら普通の水素より燃えやすいようだ。
迫り来る爆発と爆風を冷静に眺め、その層が薄くなるところを見極める。そして、見つけた。
中指で小石を弾く。プラズマの手を借りマッハ級の速度で射出された質量を持つ小石が爆発と爆風を突き破り、纏っていたプラズマの電磁波が如何にもといった男たちを焼き尽くした。
「……ふぅ」
肩の力を抜き一息つく。これで邪魔者はいなくなった。
「大丈夫か――」
連理の鎖の安否の確認をしようと振り返――
「――がはっ!」
何故か左の頬に凄まじい衝撃を受け吹き飛んだ。
「……?」
蹴り飛ばした相手は発光しているネックレスをぶら下げた連理の鎖の女の子だった。
因みに此処での魔法の定義は基本、物理現象なので、物理のことが出てきますが、別にそっちの方面にメチャクチャ詳しいわけではないので、本やウィキペディアなんかで調べて書いています。
もしも矛盾点なんかを発見した場合はご一報いただけると嬉しいです。
どうせ書くんなら自分の精一杯のものというのが私のポリシーなので、ご連絡いただいたことは今後の参考にいたしますのでよろしくお願いします。