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《横書き用》 火星大帝 青年編

横書き版その2、少年編からどうぞ。

〔壱〕



 例えば、地球でも水中では体が浮くが、空気中では浮かない。

 それは圧力のせいなのだが、この火星ドームでは気圧の制御によって地球とほぼ同じだけの体感重力に調整してある。

 ドームの種類には細かく区分でき、これにも多々問題点があるが、今は対峙するふたりの男に話を向けよう。



 「抜け、日本人…刀相手に先に撃ったとあっては、この名に傷が付く…」



 「下らねぇ、下らねェな。

  名の傷より先に、これから裂かれる胴体のことを心配しろよ」



 片方はガンベルトに拳銃を何十丁と備えることで防弾チョッキ代わりにしたガンマン。

 もう片方は自身より長く太い日本刀を鞘に入れたまま担いだソードマン。

 こんな決闘まがいなことは火星ドームでは珍しくもなく、野次馬も集まらない。

 それどころか、慣れすぎて巻き添えに合わない為に店から出てこようともせず、視界の中には当事者ふたりだけ。



 「謝れば…許してやらんこともないんだぞ…?」



 「ワリィな。 殺りあってる理由なんざとっくに忘れてんだ。

  覚えてもないことを謝れるわけないだろうが」



 ガンマンの右手に怒りと力が充填される。

 シンプルで安全装置もなく、構えて狙って撃てば、他の銃器よりも的確に素早く、対象となる個人の命を奪える。

 リボルバー式拳銃が突撃銃(アサルトライフル)やオートマチック拳銃に勝る最大の点はそれだろう。




 「抜け! 刀を抜け! 構えろ!」



 「下らねぇ、断るっつてんだろ」



 「抜け! 抜けェッ!」



 「だから、テメェが先だって…」



 「ほら! 抜け! そら抜け! さああぁっ!」



 「…ああ、もういいや。 めんどくせぇ…。

  抜くからなぁ~~……ゼシャアア~ーッッ!」



 ソードマンは猿か何かのような奇声を上げ、一呼吸の間に例の大刀を抜き、構えて見せた。



 「抜いたぞ。 撃てよ。

  えーっと…なんつったかな…名前も忘れちまったが、ガンマンよぉ」



 だが、ガンマンからの罵声も名乗りも弾丸も飛んでこない。

 周囲の家の壁や道には亀裂が入り、その亀裂はまっすぐにガンマンの体まで伸びている。

 亀裂はガンマンの肉体を爆砕し、もちろん落命済み。



 「だから先に銃を抜け、っつったろうがよぉ…。

  山至示現流、猿叫大衝撃波えんきょうだいしょうげきは…俺のオリジナルだけどな。

  抜刀時に剣先が超音速に達するのが俺の山至示現流ッ!

  音速を超えた際に発生するソニックブームを猿叫で操作!

  その衝撃で敵を斬る…って、だから聞いてっかァ、ガンマン?」 



 猿叫とは、地球示現流にある気合を込めた叫び声で相手の威勢を挫く技。

 そもそも音より早いソニックブームを、どうやって声という音で干渉しているのか?

 よしんばソニックブームに干渉できたとして、声ぐらいの音波で人間を殺傷するほどのエネルギーを制御できるのか?

 おそらく、この四代目山至示現流当主、七ヶ宿逞真も何かを勘違いした上で使っている。



 「…ドーム重力中での弾丸を跳ね返す練習がしたかったんだぜぇ…?

  あっさりと死んでんじゃねーよ! ソニックブームぐらい(かわ)せッ、ボケがッ!

  それで反撃に弾丸の10発や20発は撃てやッ! 聞いてるのかッ!? オイッ!」



 答えない死体に唾を吐く勢いでまくし立ててから、彼は食堂へと足を向けた。

 かつて、父を殺され、手を血で染めながら荒野から逞真が生還してから既に火星は5周の公転をしていた。

 火星年で5年、地球年でほぼ10年。

 亡き父の愛刀、蛮一文字を使いこなせるほどに、逞真は技術的にも肉体的にも成長していた。

 凶暴に、豪快に、獰猛に。




〔弐〕



 「店主ッ! 無菌ゴキブリのカツ丼、メガ盛りひとつ」



砂で故障中の自動ドアを押し開けて、逞真はいつものカウンター席に腰掛け、食いなれたメニューを注文する。

一連の作業は、ここ数ヶ月の毎日毎食、固定的な作業だった。



 「逞真くん、今日も助かったよ」



 「あ? 何がよ?」



名前も知らない顔見知りの女店長、若いながらにキズだらけの腕は火星人のそれだ。

逞真は血液は既に胃袋に向っており、頭には一滴も血が行っていないんじゃないだろうか。



 「さっきの客だよ。

  銃を抜けばタダメシが食えると思ってるヤツが多くて困るからね。

  正当防衛で片付けてくれるから、ホントに助かるよ」



 「…あー、そういやぁ…そんな理由だったか」



 逞真も思い出してきた。

 さっきのガンマンは、この店の客だった。

 それが食べ終わってから定食にゴキブリだかカマドウマだかの足が入っていたと騒いだ。

 で、それに逞真が挑発にしか聞こえない仲裁に入り、銃を抜く事態になった。

 そこからは、『表に出ろ!』→『望むところだ!』→『猿叫大衝撃波』と、先ほどに繋がる。



 「代金は死体から回収するし、逞真くんもジャンジャン食べてね!

  なんなら、逞真くん、オルゴンパックやる?

  なんかね本国がアメリカ・ソビエト連合軍に大打撃を与えたとかで、それで安く流れてきたんだよ」



オルゴンパックは、生命から吸収・採集する。

そのため、ナチスドイツ軍が敵軍を破れば破るほど、安値で流通する。

つまり、ここに流れてきているオルゴンパックに注入されているオルゴンエネルギーは…そういうことだ。



 「要らねえ。 胃袋を通さないメシは病院食だけで十分だ」



 「…その理由も珍しいねえ、逞真くん。

  普通は戦死者から吸ったのは精神衛生上イヤ、とかだけど…。

  ホラ、これ、摂取するとき、気持ちいいんだよ? オルグァアア~~ズム、的な」



 「そんなものを奢ってくれる気があるなら、ゴキカツ丼を二杯にしてくれ」



 「いやぁー、カッコイイねぇ。

  逞真くんも独日連合軍に志願とかしない?

  本国はなんか、火星でマルスニウムの採掘とかしてるらしいし、それの現地募集とかしてるよ?」



 「そんな下らないことを喋ってんなら、さっさとゴキカツ…。

  …マルスニウムの採掘?」



 胃袋に行っていた血液の3割ほどが逞真の脳に戻ってきた。

 お気に入りの客が珍しく話題に興味をもったことが嬉しいらしく、女店長は情報を思い出そうとする所作をする。



 「うんうん! なんかね、火星ってプレートとかないから地震も起きないじゃない?

  その関係で、毎年同じ場所にマルスニウムっていう液体金属が噴出すんだって。

  それを去年から突き止めてたんだけど、

  去年は二刀流のテロリストに阻止されたとかで…って、え、どうしたの!?」



 「さっさとメシを持って来い! 塩水もだ! すぐに出る!」



 どう考えても、二刀流テロリストの居るマルスニウム鉱脈が他に有るわけもない。

 ノンビリと修行している間に、時代が追いついてしまった。



 「っちぃっ! 断鉄! 生きてろよォ~?

  お前がナチスドイツに殺されたら、今度はナチスドイツにケンカを売ることに…」



 呟いてから逞真は思った。

 それはそれで楽しそうだ、と。

 逞真が断鉄を倒そうとするのは、強さの証明、売名、ましてや親の仇討ちなどでもない。

 そんな高尚な二次的な目的は存在しないのだ。

 ただ強いやつが居ればそれを斬り殺す、それが目的であり手段であり、ゴールなのだ。

 本来、火星の弱い重力でなければ超音速に達しないとされていた山至示現流の限界を超え、

 地球重力のドーム内でもソニックブームを使えるようになった四代目。

 彼の名は七ヶ宿逞真。 今日も悩まず、考えず、恥じず荒野を走る。




〔参〕



 火星静止軌道上、ナチスドイツの誇るオルゴンスペースシップ、ツェットヒトラー。

 搭載された超兵器の数々は、小国をダース単位で焼き尽くし、敵軍からオルゴンを吸収することで半永久的飛行能力を持つ。



 「…では、ABC兵器はどうだ? 特別に条約を無視してもいい」



 「A…アトミック兵器は陰子を含むマルスニウムの近くでは起動しません。

  B…バイオ兵器も危険です。 マルスニウムの放つ超オルゴンで成長し、オルゴンバイオハザードもありえます。

  C…ケミカル兵器はオルゴン治療で癒され、無力化されてしまいます」



 「それでは、テルミットナパームは?」



 「先ほどのエアロジェットミサイルと同じです。

  爆発系の兵器では、あの恐るべき二刀流アナーキストの筋力ならば、爆発する寸前にマルスニウムの中に飛び込むだけです。

  かといって、マルスニウムを吹き飛ばすほどの爆発力を使っては本末転倒」



 「ならば、光子加速ビームはッ!?」



 「あれは宇宙空間でのみ使えるのです。

  火星の大気は不純物が多すぎます。

  どんなに光を収束させても、空中で散逸して人間を殺傷する威力にはなりません」



 「ならば、アレや…コレは?

  いやいや、それならば…あの民主主義的アナーキストの黄猿を始末するには、どうすればいいのだっ!?」



 「最良の方法は、今やっている方法ですよ。

  すなわち、鍛え抜かれた人間による白兵戦によって、オルゴンで瞬間的に再生できないほどの物理的損壊を与えるのみ」



 「…わが帝国の…超科学が…あんな人間ひとりにッ!?」



 ナチスドイツの最強にして最狂の戦艦。

 今は二刀流の剣士と火星という大地に対し、ただ兵士を運搬するだけの台車になりさがっていた。

 死屍累々、死体によるジグソーパズルを大量作成した二刀剣士は周囲を見渡した。



 「儂の名は二天一系我流、姓は宮本、名を断鉄ッ。

  名乗れッ、勇者たち」



 断鉄の名乗りに、生残っているただ2名の兵士も武器をしまい、

 肺一杯に空気を吸い込み、口上を思い出す。 



 「…生まれは満月の鍔隠(つばがく)れクレーター。

  伊賀忍者、姓を下柘植(しもつげ)、名を百兵衛(ひゃくべえ)



 「自分はナチスドイツ軍、金星方面星間軍第7師団所属、ドロウ・レオパルド少佐。

  ドイツ式システマ及び、テコンドーと極真空手を少々」



 最初は3桁を越える人数が居た兵士たちも格段に減り、残っているのは強い順にふたりだけ。

 共に一騎当千を謳われ、独力での大量虐殺(ホロコースト)を可能とする戦士だったが、それも今や内臓破裂や手足を失って満身創痍。

 戦闘中に仲間たちにオルゴンパックを使い、自身を癒す分など残してはいない。



 「殺すには惜しい、ふたりとも国のためなんかに死ぬな。

  特にそっちの忍者は日本人…母国ですらない同盟国だろう、死ぬことはない」



 「…気持ちはうれしいがね…国のためじゃない。

  家族を敵前逃亡した男の息子や嫁、そう呼ばせるわけにはいかんだろう」



 「自分も同感であります」



 月面忍者の呟きに、金星軍人もうなずいた。

 誇りだけでもない、その汚名は一生付いて回り、そのまま家族の子孫にまで及ぶ。

 七十五日どころではなく、下手をすれば七代先まで続くかもしれない。



 「トラウム・ヒトラーの野郎は嫌いだよ、嫌いだが…それでも踊るしかないんだ」



 「…自分も同感であります」



 最初から分かっていた。 言語的アプローチでいちいち解決しないから刀を使う。

 神が創ったはずのこの世界は、悪魔が造ったとしか思えないほど残虐で無情で悪魔的に美しい。



 「…余計な言葉を挟んで、悪かった」



 「いや、これもワビサビ…じゃあ、始めようぜ?」



 月面忍者の手裏剣が飛ぶ、金星軍人の鉄拳とナイフが風を切る、火星二刀剣士が大地を蹴る。

 恨みなき戦いは、瞬きの間に数多の激突を繰り広げ、金星軍人と月面忍者のコンビネーションが優位に立った。



 「…っちぃ!?」



 金星軍人の両目が怪しく、それでいてメタリックに光る。

 ドイツ人にしては珍しい黒目だったが、それもそのはず。それは義眼、だから生来の色ではない。

 それどころか耐熱性を上げるために黒くしている。

 光は火星の大気で拡散されながらも、火星剣士の両腕を焼き切っていた。



 「これで詰みだぁっ」



 オルゴンで治癒しようとする火星剣士の両肩の傷口を、月面忍者が後ろから抱きかかえるようにして押さえつける。

 止血しようとしているわけではない、物理的に圧迫することで、傷の修復を防いでいるのだ。



 「今だ、レオパルド少佐ッ! コイツの頭を叩き潰せ!

  脳さえ全壊させれば、オルゴンでも治せねぇッ!」



 「任せ…ヌぅ?」



 音より速く地平線から飛来した“それ”は、金星軍人の身体を上下に切断した。

 状況を把握できていない金星軍人は、ソニックブームから一瞬遅れて届いた『猿叫大衝撃波ッ!』という言葉を聞き、事切れた。



 「なんだぁっ、断鉄っ、仲間がいるのか、お前には…ッ!」



 背に太陽を背負い、地平線からやってくる。

 砂塵(さじん)を巻き上げ、赤いマントに同色の砂を付着させ、蛮一文字を担いでフォーミュラーカー並のスピードを出すひとりの人間。

 断鉄は、その刀と放つオルゴン周波数に覚えがあった。



 「いや…仲間ではないな…最大の敵だ」



 打つ手が尽きたと思った月面忍者の百兵衛だったが、空中から落ちてくる何かに気が付いた。

 テルミットナパーム弾、その威力は半径10~30メートル以内の物体を灰も残さず焼き尽くす。

 百兵衛には、静止軌道上の司令部が何を考えているのかはすぐ分かった。

 このまま断鉄を抑え、道連れにして死ね…そう云っているのだ。



 「運が悪いな断鉄。

  …仲間も大層なスピードだが、あの爆弾が落ちてくる方が早い」



 「百兵衛…今儂を放せば、楽にお前も逃げられる。

  国に見離されたんだぞ、ヤツらは儂と一緒にお前も殺す気だ」



 もう言葉もない、ただ放さない。 断鉄の腕を押さえつけ、再生させないだけ。

 断鉄ももがくが、一層百兵衛の閉める力が強くなるだけ。



 「…そうか、わかった」



 断鉄は覚悟をを決めたように、頭頂部が地面につくほどに柔軟に前屈したが、百兵衛も離さずに捕縛し続ける。

 だが、同じような身長のふたりの男が密着した状態で前屈すれば、必然的に後ろの人間の足は浮く。



 「っせいぃッ!」



 掛け声と共に、断鉄は百兵衛を乗せたまま跳んだ。

 足さえ付いていれば、百兵衛も筋力と体重移動で粘れただろう。

 だが、足が浮いてしまっては掛けられる力は僅かな体重だけ。

 跳んだ断鉄たちの落下予測地点は、マルスニウムの噴出口だ。



 「~ァゥウオをおォォーーーっッ!?」



 叫ぶんじゃなくて息を吸うんだよ…そう云おうかとも思った断鉄だったが、言葉を発するだけの酸素が惜しかった。

 そして、百兵衛を付けたまま、断鉄はマルスニウムの中に飛び込んだ。




〔肆〕



 「よぉ、久しぶり」



 マルスニウムから這い上がった断鉄を迎えたのは、云うまでもなく逞真だった。

 断鉄にはもちろん腕が生えており、その腰には二本の刀が挿してある。



 「七ヶ宿逞真…だったな。

  待っていたのか。」



 「いや、ずっと走ってたからな、さっき着いた」



 液体金属マルスニウムに飛び込んでからは、断鉄と百兵衛は当然呼吸できなかった。

 そこからは根比べ、どっちの息が先に尽きるか。

 だが、一方は呼吸を整えて潜る直前に肺に空気を蓄えた断鉄、一方は断鉄を締め続けて酸素を損耗し続ける百兵衛。

 先に息が尽きるのは百兵衛なのは自明、百兵衛が窒息死後、死後硬直が始まる前に断鉄は脱出し、今に至る。



 「凄い男だった。あの状態で息が…15分以上続くとは思ってもみなかった。」



 「死んだヤツには興味ねえよ。

  お前の刀はさっきのナパームで溶けちまったが、問題ないよな?」



 逞真は視線を断鉄の腰、父親と来たときと変わらず下がっている刀を見ながら云った。



 「問題ない、マルスニウムの陰子で刀の陽子・中性子の情報をコピーして…と、下らない解説だったな」



 成長しても逞真は興味のない話題は『下らない』と一言でバッサリするだろうと、なんとなく断鉄は予想していた。



 「わかってるじゃないか、さあ、さっさと斬り合おうぜ?」



 軽い足取りで逞真は下がった。

 帰るためではない、斬りあうための距離だ。



 「…別に、クロスレンジから始めてもいいんだが?」



 「てめぇのトリックは距離が離れてることが前提だろ? 離れてやるよ。

  せっかく、トリック破りを開発したんだ、使わないともったいねぇ」



 互いの相貌は、ただ緩む。

 これからどちらかが死ぬというのに口元が緩み、目じりが下がる。

 等価値の命を捨て形無きモノを得るために、四本の腕と三本の刀、二つの魂は一つの勝負へと集約される。



 「…本当に気楽だ、儂と逞真、ただ互いの命を掛けただけの戦いか。

  国もマルスニウムも民族も人種もなく、ただ剣と剣の技比べ…最高の気晴らしだ、死んでも恨むなよ?」



 「死んだら残るものなんてありはしねえ、恨めるわけねえだろ。

  火星御留流、山至示現流…四代目、七ヶ宿逞真ッ!」



 「二天一系我流、宮本断鉄ッ!」



 『参るッ!』






〔伍〕



 断鉄が抜き身の刀を打ち鳴らす。

 鋭刃にやったときと同じようにタッチアップだ。

 だが、それはただのタッチアップではないことを逞真は既に察している。



 「(それを受けてやるわけには、いかねぇんだよぉッ)」



 逞真はその場を動かず、蛮一文字を思いっきり空振りする。

 さながらメジャーリーグの四番バッター、ファールにもならない大三振。

 だが、その一振りは刀を寝かせた状態で振られていた。

 すなわち、幅広の蛮一文字はさながら大きな団扇(うちわ)のようになり、疾風を巻き起こしていた。

 疾風とは疾病を引き起こす風。 今、逞真の放った風は正に疾風だった。

 風を受けた断鉄は風に含まれた病の元、中性子に気と血を吐いた。



 「(そう来たか~、逞真!)」



 「(当たり前だろうがぁ、断鉄ッ!)」



 断鉄の刀には、発見したキュリー婦人を蝕み殺したものとして有名な放射性金属、ポロ二ウムが使われている。

 通常、1000レムほどの被爆で死に至るとされる放射能だが、

 断鉄がタッチアップによって刀を削り、一度に放つ放射能は3000レムを超える。

 その破壊力は浴びた瞬間に体調不良は確実、鋭刃はこれを浴びて敗北した。

 恐ろしいことに、断鉄はこの双剣を削る角度を達人的感覚でナノセンチ単位調整することで、放射能に指向性を持たせ、相手にだけ中性子を向けていた。


 だがしかし、放射能の肝である中性子は大気に干渉するため、風に弱い。

 逞真はその特性を利用し突風によって断鉄に中性子を跳ね返していた。



 「ゼェッ、ッシャアアーウィィイイッッ!」



 逞真の猿叫大衝撃波が、被爆してグロッキーな断鉄へと向かう。

 近距離でソニックブームを受ければ回避は不可能。

 マイクロ秒単位の静寂の中、断鉄は刀でのブロックを選んだ。

 といっても、実体も無い衝撃波であり、刀で受けたぐらいでは防げない。

 だから、断鉄は右腕と右刀を顔を隠すカーテンの代わりにした。



 「(それは考えてなかったぜ、断鉄)」



 「(甘い、青いなぁ)」



 衝撃波は、断鉄の胴体を打ち付け、骨格を薄氷のように砕いた。

 だが、右腕と右刀でかばった顔面及び脳のダメージは深刻だが、即死するほどではない。

 むしろ、右刀を砕かれた際、それを利用してさえいた。

 刀が砕かれる際、断鉄はその砕かれる角度を微調整し、逞真へ多量の中性子を叩き付けている。

 互いに喀血し、肌が赤みを失い、呼吸が荒くなる。

 だが、断鉄の肉体はゆっくりとだが、確かに癒えていく。

 全身骨折、多量出血、超致死量被爆と、ナチスドイツの最新鋭オルゴン治療でも不可能なはずだった。

 それでも断鉄のダメージは癒えていた。

 早回しの巻き戻し動画のように整形されていく。



 「さぁーせぇーるゥかぁ…ムオッ!」



 幽鬼のごとく…いや、こんなに力強い幽鬼が居てたまるか。

 口と鼻は壊れた血液専用水道管、溢れ出る血を拭いもせず、逞真は立ち上がる。

 断鉄に完治されたら勝ち目が無くなる、猿叫大衝撃波の効果が有る内に叩かなければならない。



 「燃えるなあ…感涙に関無し」



 断鉄の頬を流れるものは、脳挫傷の出血による血涙なので止まるわけも無いのだが。

 とにかく、ふたりは満身創痍に鞭を打ち、勝利という飴のため、一本の刀を両手で握る。



 「…山至示現流…奥義ィ、開闢蜻蛉翔(めがねうら)…ッ!」



 示現流の代表的剣術のひとつ、蜻蛉(とんぼ)

 やはり流派ごとに詳細は異なるが、上段から振り下ろす一撃必殺の構えのことを指す場合が多い。

 この山至示現流の開闢蜻蛉翔は、正中線の延長に置くように額の前で両手を使って刀を支える。

 このあとの攻撃はただひとつ、振り下ろす。


 互いに、自分が叫んでいることに気が付いていなかった。

 相手とシンクロし、剣と剣を震わせ、咆哮が重なり、戦神の星に轟く。

 蛮一文字が振り下ろされる。

 その剣先は火星気圧下でのマッハ数は超音速すら超え、『極超音速』と云うに相応しい数値を記録していた。

 大気との摩擦熱が逞真の腕を燃やす、摩擦の振動が逞真の放射能で汚染された臓器を揺らす。



 「…ッ!」



 だが、炎を巻き上げるほどの極超音速がいけなかった。

 炎はふたりを遮る目隠しとなり、刹那…よりもさらに細かい時間、逞真の視界から断鉄を隠した。

 開闢蜻蛉翔が炸裂する寸前、断鉄は刃の表面を滑らせ、奥義を受け流していた。



 「()ぁァッ!」



 合わない歯車、二本の刀の生み出した壮烈な衝撃は、受けた断鉄の腕から入り、足から抜けて大地を貫く。

 その速さ雲耀、稲妻のように。

 衝撃は痛みを生むが、その痛みが去るのもまた雲耀。



 「…!」



 蛮一文字の切っ先が火星の大地に突き立つと同時に、断鉄の刀は逞真の頭部への軌道を描いている。

 逞真も蛮一文字を振り上げているが、大地に半ば以上埋まった刀が間に合う道理も無い。

 そして、断鉄の刀は逞真の頭に直撃した。



 「…あ?」



 「しまっ…」



 両者、この戦いが始まって以来、唯一動きを止めた一瞬だった。

 砕けた。

 逞真の頭蓋骨を砕くはずだった断鉄の刀が逆に折れた。

 断鉄の刀が完全に折れた。

 先ほど逞真の開闢蜻蛉翔を受け流したとき、摩擦と振動で目には見えないヒビが入っていた。

 それでも、腐ってもオーバータングステンカーバイト、極超硬合金である、人類の英知である。

 人間の頭蓋骨より脆いはずはない、並の人間の頭蓋骨ならば潰せていた。

 だが、逞真の頭蓋骨は人類では考えられないほどの強度を持っていた。

 カルシウムに似る構造をした放射性元素のストロンチウムで汚染されたゴキカツを常食とした逞真の骨格は天然極超硬合金だった。



 「…悪食(あくじき)に負けるとは思わなかったなッ…!」



 「オギャーから棺桶まで食わず嫌いなしッ!、日頃の行いの賜物ッ、っつーことだッ!」



 振り上げられた蛮一文字は、名前も付けるに値しない、ただ振っただけで、断鉄の身体を両断していた。

 脳の損傷でも軽度ならばオルゴンで治療できるが、それは『生物的矛盾』が生じない範疇に限られる。

 つまるところ、肉体を真ん中で両断した状態で再生できるとすれば、ひとりがふたりになる。

 個人とはひとりであるからこそ個人なのであって、完全であればあるほどコピーに用はない。

 すなわち、俗に云う物理的エイリアス問題が発生するが…簡単に云えば、次なる逞真の雄叫びに集約される。



 「この勝負、この俺の勝ちだッ!」



 勝鬨(かちどき)を上げる逞真だが、その肉体の限界は近い。

 人間の垢は可燃性であり、身体を洗うという概念もない逞真は松明(たいまつ)のように燃える。

 極超音速を使った代償、摩擦熱は消える気配もない。

 被爆、脱水症状、失血多量、内臓破裂、極超音速時の衝撃で両鎖骨完全骨折…その他諸々。



 「…あぁ、っぅうァ…!」



 肩まで燃え広がった炎により、息を吸うだけで気管支が炙られる。

 それでも逞真は命を諦めない、炎を消すべくマルスニウムへと歩を進める。

 ナパーム弾の熱を受けて発火しない以上、マルスニウムは発火性はない。

 マルスニウムの泉の淵まで来たときには、既に逞真はその泉に倒れこむ以外の体力はなかった。


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