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《横書き用》 火星大帝 幼少編 

横書き版の最初です。

縦書き版とは話が繋がってません。

そのため、横書きだけ読んでも、縦書きだけ読んでもOKです。





〔壱〕


 錆と埃の混ざった赤い風が吹く。

 入道雲まで赤い、そして雨までも鉄臭い。

 夏の六ヵ月目、正常な気象だ。



 「暑ぃな、オヤジ」



 「いくら口で云っても良いが、ナトリウムは貴重だからな。あまり汗はかくなよ」



 “ここ”には地球と違って海がない。

 そのため、塩を手に入れるには岩塩地層を発掘しなければならず、地球とは比較にならないほど高価なものとして扱われていた。



 「…辛い思いをさせるな、そろそろだ…そろそろなんだ」



 まだ十歳にも満たない息子に対し、本当に申し訳無さそうに父は云う。

 父親は数日前から同じ会話をしながらも、それでもなお、自論を信じて一点を眺めつづけていた。



 「腹減ったなぁ…」



 「もうすぐ、もうすぐなんだ…!」



 食料も尽き、もう数日間は何も食べていない。

 太陽光が北から回り込み、真上に来たとき、それは起きた。



 「…これだ、逞真。 待たせたな! 来たぞ、マルスニウムだ!」



 赤い台地に裂傷が走る。 痛々しいまでに力強く、大地は割れた。

 真っ赤な、ただ真っ赤な、地球から見る夕焼けのように真っ赤な液状金属が溢れた。



 「戦神(マーズ)の加護だっ! やったぞ逞真! 俺たちは大金持ちだ!」



 西暦2003年。

 過ぎ去りし過去、過ぎ去りし近未来。

 時代は第二次世界大戦から第三次世界大戦へと向う間。

 場所は人種隔離政策によりナチスドイツとその同盟国のみが住まうことを許された惑星、火星から始まる。




〔弐〕



 ――マルスニウム――

 火星でのみ取れる金属であり、

 人類が認識できる金属の中で唯一、反陽子…つまり、陰子を内包する。

 その陰子の性質なのか、生命だけが放つエネルギーであるオルゴン周波数を持つ。

 陰子はその性質に謎が多く、それだけに研究価値が高い。

 地球・月・火星・金星と人類生活圏(ハビタブルゾーン)ではどこでも研究されている。

 ただ、何に使われるかは火星開拓者にとってはどうでもいい。

 とにかくどこにでも売れるということは外貨に換えやすいということである。



 「逞真、お前は隠れていろ。 重機業者の連中だ」



 火星の重力は地球の約三分の一しかない。

 とはいえ、さすがに人力で金属の採掘・運搬はできない。

 火星開拓者は、採掘には下請けの業者を雇う。

 もちろん、その下請け業者も火星を生きぬくタフさを持つ男たちであり、

 油断は自身の死と、成果の略奪を意味する。



 「そこで止まれっ 重機はそこで留めて降りて来い」



 視認できて声は届く。

 かといって近いわけでもなく、警戒できる距離だった。



 「ご連絡を頂いたボーゲン運送の社長、ボーゲンです。

  そちらは? 七ヶ宿(しちがしゅく)さんですな? 」



 「鋭刃(エイジ)(タダムネ)七ヶ宿(シチガシュク)だ」



 ボーゲンは太鼓腹に柔和な笑顔を浮かべた好々爺(こうこうや)たる人物だ。

 だが、それで相手への評価を歪曲させる必要はない。

 悪人と善人、敵と味方に境界などありはしないのだ。



 「さっさと採掘しろ、挨拶がしたくて呼んだわけじゃないんだからな」



 「もちろんですとも。 ただ…まあ、この挨拶は必要でしょう?

  死ぬ前に言い残すことは?」



 ボーゲンに続いて重機から降りてきた男たちはボーゲンと全く同じ笑顔を浮かべ、その人数から七福神を連想させる。

 ただ手に持っているのは釣竿や福袋ではなく、黒光りするリボルバーだが。



 「この挨拶は要らんかもしれんが、訊いておこう、どういう心算だ」



 「これも不要でしょうが、応えておきましょう。

  この荒野では殺人も違法ではない、そういうことですよ」



 「…予想通りの回答だな。 護身はさせてもらうが…」



 鋭刃の取り出したのは、自身以上の丈をもつ包みの大きさに、ボーゲン運送の社員たちは覚えがあった。



 「へえ、光子バズーカですかい? それで護身する気なら…」



 詳しい講釈は避けるが、光子バズーカは原理的には光さえあれば弾丸や充電の必要がない。

 その性質から国籍を問わず、各国の正規軍が使っている武器だ。



 「…あんたバカだ!」



 火星の大気は、生身の人間が呼吸できるものではあるが、決して清らかでも澄んでもいない。

 地球上でも多々ある現象だが、錆と砂が混じった赤く乾いた風に混じった錆と砂は、精密銃器に蓄えられ、その性能を狂わせる。

 故に、現代を火星開拓時代と人は呼ぶ。 アメリカ大陸を開拓したあのときと同じ武器を使うから。



 「そいつは密閉ドーム以外ではダンベルにもならん。 外ではこっちだろ」



 ハフニウムや人工テクタイトの極超硬合金オーバータングステンカーバイトで作られてはいるが、そのフォルムは西部劇のそれとも大差ない。

 オートマチックでもないので使用者の負担も大きく、連射に向かないシングルアクション。

 だが、弾丸すら貴重な時代、連射するバカは殺されるより腕が悪いとされる火星。

 一発でしとめるならば、回転弾倉(リボルバー)の拳銃は最良の武器のひとつであった。



 「抜いて良いんですぜ? そんな精密機器、解体して清掃しないと無理ですわ」



 「使えるさ、なにせ…機械ですらないからな」



 余裕の鋭刃は巻いていた布を風の如く翻し、鏡の如く磨かれ広い鉄の表面を晒した魂。

 大人がふたりで肩車をしたほどの長さ、大人の肩幅ほど有る幅、それが鋭刃の武器だった。



 「でっかい刀ぁぁっ!?」



 「改めて名乗らせてもらうぞ。

  火星御留流剣術(かせいおとめりゅう)山到示現流(さんじじげんりゅう)…三代目当主、鋭刃(エイジ)(タダムネ)七ヶ宿(シチガシュク)

  この刀は、蛮一文字(アカムシ)…見てのとおり、ただ大きい日本刀、ヒトキリボーチョーだッ!」


 示現流。

 長い歴史の中で数多の流派に分かれたが、

 相手よりも巨大な刀を相手より速く振り回すという、純粋な姿勢は概ね一致している。

 その強さは、江戸時代、藩の外への漏洩を恐れ、

 藩によって藩の内部でのみ伝承を許される御留流として制定されていたほど



 「…まあ、江戸時代では強かったんでしょうがねぇ…闘争はメタゲームにしてシーソーゲーム。

  銃器が流行ってしまえば、そんな鉄屑、怖いわけがないでしょう?」



 「怖くもないのに、どうして撃ってこないんだ? お前らは?」



 「…!」



 運送会社の人間たちは気付いていた。

 鋭刃が愛刀、蛮一文字を構えたその姿は、堂に入るという表現が合うものだった。

 彼らは緊張しているのだ。



 「命の取り合いは初めてか? それなら俺から行ってやろう」



 何かを鋭刃が落とした。 とにかく重いものだ。

 飾り気こそないが、戦国時代の甲冑に似ており、それは赤い砂を巻き上げて落ちた。

 重力が地球の約3分の1しかない火星では、廃用症候群によって筋肉が衰弱していく。

 防止するために多かれ少なかれ誰でもやることだが、重すぎる。



 「…それ、何グラムで…?」



 「地球重量で三百十二貫。地球では動けなかったが…火星ではようやく動けるようになった」



 ちなみに一貫は約3,75キログラム。

 3分の1とはいえ、鋭刃はそんな重量を着こなし、マルスニウムを発掘していたらしい。

 別に計算する必要も無いが、とにかくその重量はボーゲン運送の面々を戦慄させるに足る数字であるとだけ記しておこう。



 「…撃て! 無駄弾も許す! 撃ち殺せ!」



 鋭刃が疾走する。 刃が(いなな)く。 弾丸が撥ねる。

 古くから示現流では雲耀の太刀…つまり稲妻を追い抜く速度を標榜していた。



 「徹甲弾ならともかく…。

  対人効果(ストッピングパワー)重視の邪蛇毒(ハイドラショック)じゃ、足も止めてやれんな」



 火星に於いて完成した今、初速以外はマッハにも乗らない拳銃弾ごとき防げない道理もない。

 鋭刃は自身に当たる弾丸を見極め、軌道に盾代わりの刀を置いて弾丸を防ぎ、その弾丸を余裕があれば卓球のように打ち返す。

 戦国時代の刀で弾丸を受ければ折れるしかないが、蛮一文字は滑り台のように幅広く、その素材にはタングステンやコバルトを添付した極超硬合金オーバータングステンカーバイト

 正に日本刀。 折れず曲がらず、そして万物を雲耀にて切り裂く。



 「…で、やってくれるか? マルスニウムの発掘」



 「はい。 やります。 やらせていただきます」



 そう答えたのは、ボーゲン運送の中ではボーゲンの次に太っている男。

 当のボーゲンが鋭刃の小掌打ちで悶絶し、若い社員の何人かが打ち返された横弾気味の跳弾を受けて立てなくなってからの質問だった。



 「ただ、技師の何人かが負傷してしまいましたので、本社から応援を呼びたいのですが…オルゴンパックもありませんし…」



 「構わん。 ただ態度次第では、雇い主の首が物理的に飛ぶことも教えておけよ」



 「…忠告、痛み入ります」



 だが、次に飛んだ首は、首は首でも鋭刃の右手首だった。

 全く以って唐突に、言語道断なまでに唐突に、その男は滾るマルスニウムの中から這い出してきた。




〔参〕



 「…名乗っては貰えるんだろう?」



 「宮本(みやもと)断鉄(だんてつ)。 父は野田系の二天一流だったが、儂自身はほとんど我流だ」



 儂、という一人称を使っているが、手首を刎ねた男=断鉄は鋭刃より若い。

 …ひょっとしたらまだ十代かもしれない。

 両手には反りのない幅広の刀、明らかに同田貫の思想を継ぐ日本刀を抜き身で左右の手に備えている。



 「なるほど。よくわかる名乗りだ。 それでは次に戦う理由の説明を求めても良いか?」



 「…時間稼ぎのつもりだろうが、最初から儂は邪魔する気はない。 さっさと腕をくっ付けろ」



 「ああ…そぉ…オイ、ジジイ、お前のオルゴンパックを貸せ」



 先ほどから気絶していた…風に見せようとしていたボーゲンに向け、鋭刃は目もやらず断言する。

 ボーゲンも反論は無駄と悟ってか、土方弁当ほどの大きさの箱を鋭刃に投げつけた。

 その箱を口に(くわ)え、蛮一文字を地面に付きたてて代わりに切断された右手首を拾い、傷口に押し当てた。



 「…本当に良いのか、フリダシに戻して」



 口に銜えたままでくぐもった発音になったが、意図は疑うまでもない。

 火星においては、不意打ちや卑怯も実力であり、

 そのアドバンテージを捨てて情けを掛けるのか、そう鋭刃は訊いているのだ。



 「構わん」



 「…そうかい」



 両者の応対に応えるように、先ほどの箱が光りだした。

 これこそ、ナチスドイツの第二次世界大戦における圧勝を支えた超科学、オルゴン科生学。

 一部の研究者はオーラ、プラーナ、経絡、気などと称するエネルギー工学の一派である。

 操縦者の生命力だけで飛ぶオルゴンロケットは宇宙開発においては無くてはならないエネルギーソース。

 軍事転用すれば、敵国軍からオルゴンを吸って老衰に追い込み、逆に吸収したオルゴンによって自軍を癒す。

 完全無公害のエネルギーは、小さな箱からエネルギーを出しきれば、切断された鋭刃の腕の再結合くらいならば可能だ。



 「…で、そちらさんの目的は? なんだ? 断鉄さんよ」



 「マルスニウムの採掘をやめて帰れ、もう二度と来ない、そう約束してくれるだけでいい」



 「この採掘場はお前のものではないだろう? 少なくとも俺はこの土地の使用許可を借りたぞ」



 解説が必要だろう。

 火星の土地に元々所有権などありはしない。

 そのため、火星の大地で何かの事業をする場合、その土地自体を火星の一年単位で借りる。

 その間は何を採掘しても土をどうしようと自由であり、鋭刃ももちろん使用許可を受けている。

 この宮本断鉄という少年が鋭刃の前にここの使用許可を受けているとしても、今現在の占有権は鋭刃にある。



 「違う。 マルスニウムは誰のものでもない、これはここに必要なんだ」



 「…ここは“それはなぜ?”と訊くのが正解だろうが…やめておく」



 「なら儂が訊こう、それはなぜ?」



 「どんな理由だろうと、俺はお前に切り掛かるからだ。

  腕を切り飛ばされ、その治療を待たれる…ムカつくぜ」



 断鉄にしてみれば、ただ会話のキッカケにし、会話に応じる流れにしたかっただけなのだろう。

 交渉において、自分が相手より対等以上の戦力の保有者であるアピールは欠かせない。

 核を持たない国がどれだけ何を叫んでも、所詮は弱者の嘆願にすぎないように、火星にとって武力とは言語以上に重要な交渉材料だ。



 「鋭刃…とか云ったか、プライドだけでは生きていけんぞ」



 「プライドも無く生きてどうするんだ、断鉄さんよ」



 互いに退路なし。

 ボーゲン運送も…そしてそれを以前から隠れ、見守る鋭刃の子である逞真…。

 傍観者となった皆の視線がふたりの剣士の三本の剣に注がれる。



 「しゃ、社長…私らは…どうすれば良いんですかね?」



 「今は動くな。鋭刃が勝ったら、予定通りマルスニウムを採掘する。

  あっちの二刀流の剣士が勝ったなら、云われるままに逃げ帰る…まずは様子見だ」



 多刀流の戦法は、一方の刀で攻撃を受け止め、もう一方の刀で反撃するものと思われがちだ。

 しかし実際の二刀の利とは、双方の腕による連続攻撃。 防御など不要、相手が打つ前に斬ればいいのだ。

 ここに、山至示現流対二天一系我流による、超攻撃的剣術の対戦となった。



 「…来いよ、断鉄、さっきみたいに奇襲を掛けて来いよ」



 「遠慮させてもらおう、挑発は無意味…儂も乗らんし、鋭刃も同様、気長に()ろうではないか」



 喋っている間、二刀の剣士、断鉄はとても奇妙な行動をしていた。

 まるで汚れでも落とすように両の剣を何度もぶつけ合わせている。

 楽器か何かと勘違いしているかのようでもある。



 「おいおい、ポン刀でタッチアップしてもしょうがねえだろ?」



 「儂の勝手だ、邪魔したければ切り掛かってくればいいだろう?」



 「へえ…個性的な挑発…だ…ン。

  なんだ…こりゃあ…?」



 次の瞬間、鋭刃は自身の身に起きた変調から、断鉄のタッチアップの意味を悟った。



 「ウソだろ…!?」



 「気づいたときにもう遅い…卑怯と叫びたくば叫べ、断末魔として」



 「…云わねえよ。 この火星、負けたらなにを云っても負けなんだ。

  …だが、俺はまだ、負けちゃいねえ…!」



 刀を振り上げる鋭刃に、タッチアップをやめて二刀を構える断鉄。

 だが、その意味は傍観者達には分らない。

 運送会社の連中も、山至示現流後継者たる逞真さえも。

 解説もなく、別れの挨拶もなく、剣士たちの四本足は火星の砂を踏み散らし、一点へと向う。



 「…バカな…!」



 その呟きは、今まで息と気配を殺していた逞真の口からはみ出ていた。

 音を越える剣閃を可能とし、マッハを越えた証たるソニックブームさえも武器とするのが山至示現流。

 火星では気圧等の都合で地球より幾分か音速が遅くなり、必然的にマッハ越えも容易となるが、それでも常人にできる技ではない。

 だが、鋭刃が繰り出した一撃は音速を越えるどころか音速に達してもおらず、達人としてはスローモーな一撃だった。



 「やっぱり…ダメか」



 「そうだな」



 そんな一撃で斬られるほど断鉄が遅いわけもなかった。

 左刀で鋭刃の一撃を受け流し、暇のできた右刀は鋭刃の頭部を叩き割っていた。




〔肆〕



 「さてと…お前らは…どうする?

  ここのことを忘れられるか…?」



 「もちろんです、私たちもヒマでは有りません。

  あなたさまと戦ってまでマルスニウムは欲しくはありません」



 「正直だな…だが、本音なんだろうが、お前たちの中の何人かはここを忘れられないだろう?

  自身で来なくとも、ここの情報を教えるかもしれない…気の毒だが――」


 続く言葉を待つことは、先制攻撃を断鉄に許すだけだった。



 「撃ち殺せぇッ!」



 ボーゲンの合図とともに、ボーゲン自身も含めた七挺の拳銃の撃鉄が鳴る。

 息も揃え、拳銃の射程距離を保つべくバックステップを交える。

 七人は鋭刃から受けた痛みに耐え、数で勝り、かつ刃物を相手にするときのセオリーに忠実に応戦している。



 「さすがに、七挺は止められんか」



 何発かは刀の峰で受け止めたが、限界はある。

 断鉄の刀は蛮一文字ほど幅広でもなく、断鉄自身は鋭刃ほど対弾剣術(アンチガン)を研究したわけでもない。

 手首に一発受け動きが遅くなれば、次の弾丸は胴体に、さらに動きが遅くなれば首と足にミートシェイクのクレーター。



 「まあ、止められないだけだが」



 喀血しつつ、断鉄は気にもせずに走り続ける。

 そして社員2名にあっさりと追いつき、袈裟懸けと胴輪切りの死体の出来上がり。



 「ジョーニアス! キサブロウ!」



 社員の誰かが斬られた同僚を名を呼んだが、応える人間は居るわけもなく、その声も銃声に掻き消される。



 「せっかくだ、使わせてもらうぞ」



 断鉄は刀を腰の鞘に収め、死んだ二人のリボルバーを拾って二挺拳銃。

 弾丸充填(リロード)をする直前だったらしく、左右合わせて五発しか入っていなかったらしく、すぐに弾切れを起こした。

 ただまあ、五発の弾丸はそれぞれ残りの五人の五つの心臓を吹き飛ばし、断鉄は弾切れに気づきもしなかったが。



 「さて…と、そこの少年、出てこい。 撃ち殺すぞ」



 断鉄は弾切れに気づかないまま拳銃を構え、岩部に隠れた少年…逞真を呼んだ。

 逞真も気付かれていることに気付いてらしく、策もなく平然と出てきた。



 「どうする、少年。 マルスニウム…そして、兄の死、忘れられるか?」



 「さっき斬られたのは兄貴じゃない、若作りだけどオヤジ。

  肉親つっても、負けた剣士をいつまでも覚えてるほど律儀じゃねェよ、俺は。

  オヤジは拘ってたが、俺には金もどうだっていいしな、それよりも俺としてはオヤジを切り捨てたアンタの技に興味があるね」



 「…ほお、二刀が珍しいか?」



 喋りながら、逞真は奇妙な現象を目撃していた。

 先ほどボーゲン運送の連中が撃ち、断鉄に命中した数少ない弾丸が抜け出していた。

 貫通していたわけでもなく、青虫か何かが内側から押しているように肉が盛り上がり、弾丸を押し出している。



 「そっちじゃない。

  決戦の時、オヤジの剣が遅くなっただろ?

  超音速でもなく、あれなら俺でも殺せた。

  教えてくれよ、あのとき、何をしたんだ?」



 「…訊きたいのはそれだけか?」



 「あ? 他に何があるんだ?」



 「儂がマルスニウムを守っている理由、

  マルスニウムの価値、他にも弾丸を押し出すほどの超再生…興味はないか?」



すでに断鉄の全身に傷はなく、服にいくつか穴が残るのみ。

オルゴン治療以外にありえない現象だが、かといってオルゴン治療だとしても“肉の再生の勢いで弾丸を押し出す”なんて芸当ができるわけもない。

それができないからこそ、軟弾頭射撃はオルゴン全盛時代たる現代で主流武器として扱われているのだ。



 「さっきも云っただろ? 金はどうでもいいって。

  だからマルスニウムがなんだろうと、研究する気も売る気もねえ。

  再生するとしても、俺の山至示現流ならなんとでもなる。

  だから、気になるのはさっき、オヤジが遅くなったトリックだけだ」



 「…ここのことを他の人間に喋るか?」



 「ああ? なんでだ? 俺の前に誰か来てお前を殺されたら、やってられねぇだろ。

  …いや、お前が負けたならその勝ったヤツを殺せば…ああ、いや、やっぱりダメか、逃げられる」



 「また来る気なんだな?」



 「お前が見逃すならな。

  そうじゃないなら、今、お前を殺すだけだ」



 逞真が取り出した懐刀は、鋭刃の使っていたものとは比較にもならない小振りな刃物。



 「父のことを拘っていないんだろう? それなのに儂を殺すのか?」



 「下らねぇ質問しかしねぇな、本当によ。

  理由なんざ、何でも良いんだよ。 何にしろ俺はお前を斬り殺すんだから。

  説明するだけ無駄だ」



 圧倒的に弱いはずの幼子の目は、火星の大気に乾いていた。

 だが、乾いているからこそ潤む輝きがある

 逞真は乾いた風の中、その風と太陽を受け、ヒマワリのような成長を予感させた。



 「…モンゴロイドに見えるが、日本人か?」



 「もっと脳髄に下る質問は無いのか? 下らねぇを通り越して上がっちまうぜ。

  日本人だからな、黄色人種だ」



 「クフ、なるほど。 確かに人種を気にするなんてのは下らない、下らないな…。

  …お前のような子供でもわかっていることを…どうして…あの連中はわからないんだろうな…」



 断鉄は、自嘲気味に空を見上げた。

 火星の薄い大気の向こうには、青い惑星が朝でも太陽光を反射して輝いている。

 地球、人類の永遠の祖国にして、もっとも目を逸らしたくなる事実が山積しながらも、つい見てしまう星。



 「…名前を聞いていいか? 少なくとも儂…宮本断鉄は、名前を大事にしたいのだ」



 「七ヶ宿(しちがしゅく)逞真(たくま)

  七つの宿と書いてシチガシュク、(たくま)しい(マコト)、で逞真だ」



 「逞真か。 悪くない名前だ。

  あと40時間ほどでマルスニウムが沈下する、儂はそのときに一緒に潜って火星の地下を流れる。

  …火星年に一度、686日に一度、この火星で最も暑い日…またここに儂は湧き出る…戦いたくなかったらまた来い」



 断鉄はどうしてマルスニウムと一緒に流れているのか。

 そもそもどのようにしてマルスニウムの中で生存しているのか。

 そして断鉄の使った鋭刃を倒した術の正体とは。

 謎は尽きないが、逞真はそんな下らない質問をしたりはしない。



 「…686日じゃオヤジを超えられねぇな、あと何年か待ってろ。

  山到示現流を発展させて、テメェを殺しに来る、それまで心臓止めんじゃねーぞ」



 逞真は知っている。

 相手に質問することは、“答え”に自分の限界だけでなく、相手の限界まで内包してしまう。

 だから訊ねない、知りたいことは自分の足と腕、耳と目を使って知るべきなのだ。



 「覚えておこう、では儂はマルスニウムの中で休む。

  逞真よ、お前も呼吸し続けろよ、儂を殺すまで…な」



 断鉄はプールにでも飛び込むように、それがさも当たり前であるかのように。

 液体金属、マルスニウムの中に飛び込んだ。

 沈んでから数分は逞真も見ていたが呼吸の気泡もない。

 これで自殺したということもないだろうし、ここに長居するほどの余裕は逞真にはない。



 「じゃあな、断鉄よ、また来るぞ」



 聞こえたかどうかも分らないが、とにかく挨拶をし、逞真は荒野離れるための方法を考え出した。

 火星開拓時代といっても、その全土に人が住んでいるわけではない。

 ここは未開発の地区であり、だからこそ液体金属の鉱山などが残されている、来るときはレンタルの火星用キャンピングカーで来た。

 最も近い居住区でも、車で何時間と掛かる距離がある。



 「…やっぱりな」



 予想はしていたが、乗ってきたキャンピングカーは操作にロックが掛かっている。

 そもそも、低重力で走るために火星用車は地球のものとは比較にならないほど操作が複雑。

 ロックがなかったとしても逞真は運転できる気はしなかった。

 ボーゲン社の連中が乗ってきた重機にいたっては、確認する気もしない。



 「…待ってくれ…ボウヤ…!」



 切り伏せられ、狙撃されたはずの死体、その内のひとつが喋った。

 声の主を探せば一番の肥満体の社長、ボーゲンだった。



 「なんだ、心臓に弾丸貰ったんじゃねーのか?」



 「社長が死ぬわけにもいかないからね…。

  私は…防弾インナーを着込んでいるんだよ、他の社員には秘密だよ」



 典型的な自分至上主義者らしい。

 善悪は別として、中々火星的発想だ。



 「で、何だ?」



 「重機にある無線を使えば助けが呼べるんだが…。

  弾丸の衝撃と、君のお父さんに受けた一撃で体が動かない、連れて行ってくれないかい?」



痛みと暑さに油汗を流しつつ、ボーゲンは渾身の笑顔を浮かべながら懇願していた。

その姿は…なんというか、例えられる方に失礼かもしれないが、死にかけのブタか何かのようだ。



 「イヤだ」



 「…は? イヤイヤイヤ、助けを呼ばなければ君も暑さで死んでしまうよ?

  死にたいわけじゃ…は!? まさかお父さんの後を追いたいのかな?

  そんなことはお父さんも望んでいない! 君は生きねばならない! お父さんの分も!

  そのために! さあ! そのために! 私を無線のところに!」



 「死ぬ気はねえよ。

  俺は生き延びるために、お前やお前の部下を信用しない」



 「ちょ、いや、え!?」



 「そうだろう?

  助けを呼んだら、俺を生かしておくメリットがお前たちには無くなる。

  今の俺じゃ、銃を持った大人を何人か相手にするより、“弁当”を持って荒野を歩いた方が簡単そうだ」



 逞真は少年だ。

 少年といっても大人に近い少年ではなく、幼児に近い少年だった。

 だが、その逞真は、父である鋭刃以上に冷たく、荒野を生きる男の目をしていた。


 火星生まれの逞真は、年齢を数える習慣が無い。

 なぜならば、365日で公転し一歳と数える地球年齢、700日で公転し一歳とする火星年齢。

 紛らわしいし、面倒だし、荒野で生きる男に年齢は言い訳にもならない。



 「頼む! 誓約書を書いてもいい! 君の要求はなんでも呑む!

  だから助けてくれ、置いてかないでくれ!」



 ボーゲンも必死になってきた。

 社長たちから連絡がなければ、温もりの有る会社なら探しに来るだろう。

 だが、こんなボーゲンが社長をやっている会社である。

 連絡もなく社長が行方不明になれば、残った重機や店舗を売るなり持ち逃げされるのがオチというものだ。

 それをボーゲン自身もわかっている。 だからこそ必死なのだ。



 「ああ? 置いてくわけねえだろ。

  他の連中は弾丸を受けたり、身体を切断されたりしてどうしようもないがな。

  アンタは無傷に近いわけだし、連れてくよ」



 「ほ、本当か!? 連れて行ってくれるのか!?」



 火星では重力が3分の1。

 加えて逞真も山至示現流のために鍛えてもいるだろうし、

 ボーゲンの体格でも台車か何か有れば運べるだろう。



 「ああ、切り殺された方は、出血が多すぎて“弁当”にはならねぇし…。

  最近のハイドラショックは劣化ウランを添加してあるんだろ?

  放射能汚染された心臓なんて、“弁当”にはしたくねえ」



 「…? 待て待て待て。 何の話を…しているのかな?」



 「だから、“弁当”の話だよ。

  一日じゃ町まで着かねえし、弁当は絶対必要だ。

  オヤジが持参してた食料はもう尽きてたからな、俺はもう腹減ってんだよ」



 そろそろ、ボーゲンも理解してきた。

 いや、この理解が間違っていることを祈ってすらいるのだが。



 「オッサン、生け締めって知ってるか?

  日本で魚とかを捌くときに使う手法なんだが…。

  生きたまま運んで衰弱させるより、元気な内に殺した方が美味い料理になるんだよ」




 「いや、弁当なら…重機に常設のものが…!」



 「もうみっけたよ、でも、あれじゃ足りねえな。俺の胃袋はあんたの十倍はあるんだ」



 二時間後、ボーゲン運送の重機に常設されていた非常食を平らげ、逞真の腹は満ちた。

 荷物は、集められるだけの塩を溶いた水、父の形見の極超硬合金日本刀の蛮一文字(アカムシ)

 そして、さっきまではうるさく喚いていた“調理”を終えた弁当一個。

 墓を作りもせず、銃や無線、現金やクレジットカードは置き去りに、逞真は荒野を歩き出した。



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