カイ・涼風鈴(お得な特典付き)
暑くて寝返りを打った。今度こそ眠るぞと意気込むが、すぐにまた熱がこもって反対を向く。
もおー、やだっ。
ナツハはお腹に掛けていたタオルケットをひっぺがえした。うつ伏せになって、赤い小さなランプが点灯したスマートフォンを手に取る。
23時50分
横になって一時間も経っていない。
明日も学校なのに。がく然として枕に顔を埋める。
「ほんと、意味分かんないっ!」
くぐもった声が部屋に響いた。
『部屋にエアコン? そんな物必要ありません! 部屋の二ヶ所に窓があるんだから風通りがいいでしょ!』
ピシャリと言い放つ母の姿が脳裏によみがえった。
開けたくても開けれないんだって。
理由は簡単だ。隣のアパートの住人と窓越しに目が合うのだ。気まずいし、ずっと見られているような感じがして気味が悪い。お陰で西側の窓もカーテンを開けることはない。母にはせめて部屋に扇風機だけでも置きたいと頼んだが『風に当たったまま寝ると死んでしまう』と、嘘かまことか分からない理由で一蹴されたことがある。
ナツハは顔をあげ、スクールバッグに手を伸ばした。友人たちと一緒に購入したハンディファン。友人たちは少しでも涼しい方が良いと購入したが、ナツハとしてはちょっとした反抗心の表れだった。
頬に張り付いた髪を耳に掛け、ハンディファンのスイッチを入れる。プーンという音と共に小さな風が発生した。
「すっずしいぃっ。あー、でもエアコンだったらもーっと涼しいんだろうなー」
学校の教室、放課後のファミレス、コンビニにゲーセン。至る所に涼しい場所がある。なのに自分の家にだけない。エアコンを設置しなければ『ない』のは当たり前だが、理不尽さを感じてしまう。
昨年はどうにかしてエアコンを部屋につけてやろうと画策した。アルバイトでお金を貯めて、母が居ない隙を狙って業者に頼むのだ。設置してしまえば、さすがの母でも簡単に取り外せとは言わないはず。まずは市場調査とばかりに電機店に向かった。だが、価格よりも思わぬところで頓挫した。『○アンペアが必要』とか『壁の強度』など、到底自分の力ではどうにも出来ない案件が発生したのだ。せめて家の性能が良くて、熱い外気を遮断してくれればいいのに。そんなことを考えても、築五十年の家に最新の性能を期待するのは無理な話だった。
ナツハは再びスマートフォンを手にし、ロックを外した。検索履歴をさかのぼり、『怖い話』をメインに扱っているサイトを開いた。
闇を表す黒い背景。文字は白か、血を連想させる赤。スクロールする度に、爪がカツカツ当たる。
「新しい話出てないかなー?」
物理が駄目なら心理的なものでヒヤヒヤ感を味わいたい。
「ん?」
スクロールする指が止まった。サイトの広告に目が止まる。
「カイ・涼風鈴?」
説明文には『従来とは違った涼しさをお届けします』と書いてある。
「風鈴、試したことないな…」
思い描くのは軒下の風鈴。爽やかな風に吹かれ、ちりんちりんと鳴る。
「あー、いいかも」
風鈴なら怒られることはないだろうし、癒し効果もありそうだ。
「贈り物用なんてあるんだ。ふーん」
ナツハはためらうことなく風鈴の購入ボタンを押した。
風鈴は平日の夕方に届いた。想像していた箱よりも大きくて唖然とする。
風鈴ひとつで大袈裟な。過剰包装だよ。
二階の自室に持ち込んで開封すると、緩衝材に包まれた風鈴とは別に真っ白な箱が入っていた。
なにこれ。
白い箱を開けてみると中にはヘッドフォンが入っていた。その上に小さなカードが添えられている。
「ご自宅用購入者特典?」
ヘッドフォンと風鈴を見比べる。どう見ても風鈴の方が特典みたいだ。カードを拾い上げ裏返してみると『防音効果絶大』と書いてある。
「防音効果……」
ヘッドフォンって音楽とか聴くためのものだよね?
ヘッドフォンを取り出して、くまなく観察してみる。近距離無線通信のマークはおろか、オーディオジャックも見当たらない。本当に防音機能だけを備えたヘッドフォンのようだ。物は試しに装着してみる。何も聴こえなくなった。電線にとまる鳥のさえずりも、一階からのワイドショーの声も聴こえない。無音の世界。
「あー、あー」
喉を開いた感覚はあるが、聞こえない。
箱を叩いてみた。
無音。
立ち上がって、足踏みをしてみた。
無音。
「え、すごくない?」
大声で喋ってるはずなのに、その声も聞こえない。ちゃんと喋れているのかすらわからない。
「すごい、すごい! 何も聞こえ、痛っ」
突然ヘッドフォンが引っ張られた。振り返ると、右手にヘッドフォンを持った母親が仁王立ちしている。
「うおぉっ! びっくりしたーっ」
心臓が早鐘を打った。大きく息を吸って、平静を取り戻す。
「なに?」
「うるさいって、さっきから言ってるでしょ!」
「あー」
防音ヘッドフォンのせいで、母の声も、階段の軋む音もドアが開く音さえも聞こえなかった。
「ご近所に迷惑でしょ!」
あんたの声が一番うるさいけどね。
言いたい言葉をぐっとこらえる。我が家くらいのものだ。少しでも風通しを良くしようと、あちこちの窓を開けているせいで家族の会話が丸聞こえなのは。
「はいはい、静かにしますよっ」
母の手からヘッドフォンを取り返し、部屋から追い出す。素早くドアを閉め、あかんべをした。ドアの向こう側でぶつぶつ言っているのが聞こえたが、その内、ミシッミシッと階段を下りていく音が響いた。
ナツハは大きなため息をついた。興が削がれてしまった。ヘッドフォンを傍らに置き、本命である風鈴の梱包を解く。
「お、おおー」
広告の写真瓜二つの風鈴だ。外身に繋がった吊るす用の紐を持ち、何も書かれていない短冊に息を吹き掛ける。風鈴の短冊はしっかりナツハの息を受け止め、ちりんと可愛らしい音色を響かせる。
「いいじゃん!」
テンションが上がった。机の引き出しから画鋲を取り出し、窓枠に差し込んだ。画鋲をフック代わりに風鈴の紐を掛ける。
吊り下げて早々、穏やかな風が吹いた。
ちりん、ちりちりん。
「いい音」
大満足だ。先ほどまでの生暖かい風が、少しだけひんやりしている感じがする。
「なんか今夜から涼しく寝れそうな気がする」
その言葉通り、翌朝も翌々朝もスッキリ目を覚ますことが出来た。授業中も眠気に悩まされることがない。
もう本物じゃん! レビューしなくちゃ!
授業終了後、寄り道せずに真っ直ぐ家へ帰る。部屋に入ると制服のポケットからスマホを取り出し、検索履歴から風鈴の購入サイトへ飛んだ。商品のページ。そこには風鈴の性能に感激した人たちのレビューが溢れかえっていた。
「買った時は、レビューなんてついてなかったのに」
見落としてたのかな? 寝ぼけてたかもしれないしなー。
ナツハはレビューのページをスクロールした。
『効き目絶大!』
『上司に送りました! 反応が楽しみ!』
『今までとは違う! さすが『カイ』』
自分と同じように思っている人たちがたくさんいる。この風鈴に助けられたという旨を書き込んでいる人もいて親近感が沸く。
「負けないからねー?」
負けず嫌いに火が着いたナツハは、他とは一線を画すレビューを書き込んでやると意気込んだ。似たような書き込みなんてするもんか、とスクロールする。
「ん、調節スイッチ?」
とあるレビューに目が止まった。
そんなのあった?
ナツハは立ち上がって風鈴を手に取った。
「そんなのどこにも……。これか?」
外身の内側に紐で吊るされた小さな部品、舌に小さな文字が刻まれている。その隣には赤いぽっちが付いていて、どうやらこれが切り替えスイッチのようだ。
ナツハは爪を立てて、スイッチを動かしてみた。耳を澄まし、辺りの様子を伺う。特段変わった様子は見られない。
ミシッミシッ。
ドアの向こう側で音がした。母が洗濯物を届けに来たのであろう。タイミングを見計らってドアを開けてはみたが、母はいなかった。
「気のせいか……」
導かれるように手すりに掴まり、階段の下を覗き見る。階段脇のキッチンから、母の鼻唄と揚げ物のいい匂いがナツハの元に届いた。
「もしかして、からあげじゃない!?」
母は常々『暑い時期に揚げ物なんかしない』と言っていた。どのような心境の変化があったのかは知らないが、からあげ大好きなナツハにとって嬉しい出来事だ。
気分上々で部屋に戻ると、もしかしたら『いいことがあるスイッチなのかもしれない』と胸を躍らせた。舌に刻まれた小さな文字をメモリにすると、あと二段階ある。ナツハは期待を込めて、もう一段階スイッチを動かした。
ちりん……。
ん?
風鈴が鳴った後、風が強く吹き込んできた。西側のカーテンが大きくたなびく。
「ちょっと待って!」
窓が開いている。閉めきっていたはずなのに。お母さんだ!
慌ててカーテンを押さえ、窓を閉める。目を隣のアパートにやると、向こうに住む人がこちらを見ていた。冷や汗が流れる。ナツハは急いで鍵を掛け、カーテンを閉めた。
ちりん、ちりちりん。
「コツン、コツン」
西の窓からだ。何の音?
気にはなるが、確かめる度胸はない。
ちりーん。
再び風鈴が鳴る。
今度は笑い声がした。近くから聞こえる気がする。だが、ナツハの部屋に隠れられる場所なんてない。
「ここにいるの!?」
ナツハは勢い良く押し入れの襖を開けた。誰もいない。収納した物が動いた形跡はなく、今朝のままである。笑い声が効果音と重なった。
「テ、テレビか……」
ほっとしたのも束の間。
ちりん、ちりちりーん。
今度は何?
ナツハははっとした。何かが起きる前に必ずと言っていいほど風鈴が鳴る。そもそも風なんてないのに、風鈴が鳴るなんておかしい。
「キキーッ、ドガーン」
えっ……。
ナツハは急いで通り沿いの窓に駆け寄った。眼下の狭い通り道。等間隔建てられた電柱の一本に自動車が激突している。駆け寄る野次馬。その中に母の後ろ姿もある。
「ヤバいって、本当にヤバい……」
ナツハは風鈴に目をやった。何か起きるのは風鈴が鳴った時。どうしてこんなことが起きるようになったかと言えば、
「スイッチ!」
ナツハは赤いぽっちに爪を立てた。元の位置に戻せば、もうおかしな事が起きないはずだ。
「おかしいな……」
スイッチが固くて動かない。こういう時は動く方に一度動かして。
「あーっ! 戻んなくなったーっ!」
ちりーん。
「うぉっ!」
鳴るはずのない風鈴が鳴ったことに驚いたナツハは手を滑らせ、風鈴を床に落とした。
ちりん、ちりん、ちりん……。
転がってもいないのに風鈴が鳴り続ける。
「もう、なんなの!?」
ナツハはよろけた。とっさに手を机に着くと、机の上のペン立てが倒れ、ペン立てに納まっていたカッターがナツハ目掛けて飛んできた。反射的に身構える。腕に痛みが走ったが、幸いなことにカッターの刃は仕舞われたままだった。
殺される。
そんな予感がした。
ちりん。
「やめて!」
耳を押さえた。聞きたくない。
「ん?」
カタカタと揺れている感じがする。地震だ。大きい。ナツハは立っていられず、四つん這いになった。そこへ本棚や押し入れの襖が、ナツハ目掛けて倒れてくる。
やだ、やだ……
目に入ったのは、購入者特典のヘッドフォンだった。
『防音効果絶大』
藁をも掴む思いで手を伸ばす。
風鈴の音さえ聞こえなければ、これ以上何も起きないはず!
ヘッドフォンを装着すると、地震がおさまった。嘘のようにピタリと。
良かった……、良かったよー。
安堵したナツハは涙ぐんだ。そして風鈴をきつく睨みつける。
捨ててやる!
ナツハは立ち上がると風鈴を掴んだ。窓に顔を向ける。その瞬間、顔の血の気を失った。屋根の上に先ほど目が合ったアパートの住人がいるのだ。屋根の上から室内に手を伸ばし、ナツハのことを捕まえようとしている。
恐怖のあまりナツハは思いきって住人に風鈴を投げつけた。
逃げなきゃ……
振り返り、地震で散乱した部屋から出ようとドアを開けると煙と炎が充満していた。




