ぎんなん
何を得て、何を失ったのか。
何を経て、何を失ったのか。
私が得たものは、なんだろう。
目に見えるものは少なくて。
脳や体に刻み込まれた何かなんだろうと、予想を立てる。
なんてわかりづらくて、不安定で、不確実なのか。
傷も、自らが認める納得も、何もかも見えない。
悪いことな気がするけれど、もし、それが目に見えるんだったら、どれほどつまらないのか。
目に見えなくて、不確実で、わからないことだらけだから、いいのかもしれない。
「宿題やったー?」
お母さんの声だ。
「今やってるところー」
「そうなの?邪魔してごめんね、頑張ってー」
「うんー」
少し遠くで、会話をする。
目に見えないけれど、お母さんだとわかる。
どうしてなんだろう。
声、とか?
あと、お母さんしか、家にいないから?
…いや、多分、全部だろう。
私は学校で出た、あなたらしさを表現する作文をやっている。何を書いてもいいらしい。
…一文字も書いてないんだけど。
自由すぎるとなにも出来なくなるというものを、肌で実感しているところだ。
「私らしさって、私が考えるものなのか?」
こう、言ったもん勝ちになっちゃわないのかな。それだと。
最初に言った人が勝ちみたいな。
…じゃあ、私以外に聞けばいいのでは?
そう思って、階段を下がる。
お母さんがテーブルに座って、パソコンを弄って何かしている。
「ねぇ、お母さん」
「ん?…あれ、休憩?」
「これ」
課題を見せる。
「…あらら、一文字も書いてないじゃん。…でも、提出大分先よ?…いや、これ以外は終わってるってこと?」
「そう」
お母さんは何も言わず、私に向かって微笑んだ。
「それで?これがどうかしたの?」
「わたしらしさってなに?」
「…そうねぇ」
それだけ言って、お母さんは考え込んだ。
ずっと立っているのが嫌だったから、私も、お母さんの対面に座って、顔をじっと眺めていた。
真剣に考えている。
なんとなく、嬉しい気もした。
「…たくさん素敵なところがあるけれど、全部含めて、らしさって言うんじゃないかなぁ」
たくさん考え込んだ後に、お母さんが口を開いた。
「…いや、それじゃ書けないよ」
「あ、そっか。課題なんだっけ」
「そう。忘れないでよ」
「ごめんごめん」
「書きやすいようなことないの?」
「…うーん。一言で言えるようならしさなら、みんな持っている気がするね」
「…いや、それじゃ書けないんだって」
「書かなくてもいいんじゃない?」
「え?」
「だって、自由なんでしょ?絵でも書いたら?」
「そうだけど、例として作文が出たから、みんな作文やってくるよ」
「まぁ、そうね。たかだか課題ごときに、そんな労力使いたくないよね」
「うん」
「じゃあ、適当にでっちあげちゃう?」
「それは嫌」
「えー?めんどくさいなー」
「いやだって、言ってることと違うとか言われちゃうじゃん」
「そう?」
「皆適当にやるくせに、他の人にはちゃんと求めるんだよ」
「なんか、めんどくさっ」
なんて、踊らない会話を続けていた。
そしたら、玄関から音がして。
「ただいまー」
お父さんが帰ってきた。
「おかえりー」「おかえり」
「ねぇお父さん」
「ん?」
「自分らしさってなに?」
「周りから見て、あぁ、この人だなって、そう感じる部分のことだよ」
「そうじゃなくて」
「ん?…あぁ、そういうことね」
「…可愛いとこ?」
「0点」
「なんで」
「書けない」
「…あー。作文?」
「そう」
「じゃ、好きに書けばいいんじゃない」
「えー?」
「誰かに納得してもらう必要はないし。誰かに文句を言われることもない。それがテーマなら、すごい楽じゃない?誰も否定なんて出来ないからさ。俺だったら、原稿用紙全部に、銀杏って書いて提出するよ」
「…なんで銀杏?」
「今思い付いたから」
「適当すぎるって」
「でも、一番らしいと思わない?」
「…確かに」
「…というか、着替えてきていいですか」
「あ、ごめん」
立ち塞がっていたから、どく。
自分らしさを考えた時点で、それはもう、違うものなのかもしれない。
探して見つけるものじゃないのかも。
「そういえば、今日のご飯は昨日の残りね。ご飯は炊いてあるから、お腹空いたら言ってね」
「はーい」
なんとなく解決したような気がして、自分の部屋に戻った。
そして私は、原稿用紙に、この会話の一部始終を、書くことにした。
わずかに薫る、一人と一輪。
そんな課題でねーよ、ってツッコミはなしでお願いね。




