第5話:自殺ですか?
ヴィンセント殿下の瞳が熱っぽいです。
冗談で仰ってるのでないことはわかります。
わたしは……殿方にそういう目で見られた経験がありませんので、心臓が早鐘を打つのを自覚しますね。
でも婚約なんてどうしてでしょう?
わたしは男爵家の娘に過ぎないのですが。
殿下と全く身分の釣り合わないわたしの持つ、価値のあるものと言えば……。
「……つまりはわたしの瘴気浄化の加護が、王家で確保しておかねばならぬほど重要ということでしょうか?」
「無論、そうした意味合いもある」
「でしたら全面的に国に奉仕するよう、お申しつけくださればよろしいのですが。殿下の婚約者なんて、身分違いで申し訳ないです」
「ああ、言い方が悪かったな」
頭をかくヴィンセント殿下。
そういう仕草も絵になりますね。
「僕は最近ずっとミレーナ嬢に注目していてね。『王家の影』を君につけて報告させてもいた」
「えっ?」
『王家の影』というと、警護や諜報活動を司る王家の直属機関?
それをわたしなどにわざわざつけてくださっていた?
いえ、わたしの持つ加護を調査させるためなら当然ですか。
全然気付きませんでした。
「僕は将来公爵になることが決まっている」
「はい、おめでとうございます」
「ハハッ、ありがとう。だからうるさい令嬢方につきまとわれることも多くてね」
まあ、うるさいですって。
でも殿下は素敵ですものね。
つきまといたくなる気持ちはわかります。
……そんな殿下にわたし、婚約者になってくれと言われましたよ?
今日は人生最大のモテ日ですか?
「令嬢方も早く婚約者を決めたいと焦っていることはわかる。まず僕が婚約者を決めねば、彼女達も先に進めないという差し迫った理由があるんだ」
「しかし殿下とわたしでは、家格差が問題になるでしょう? 周辺各位の賛成を得られないのでは?」
「家格差は問題ないと思ってもらっていい」
「何故でしょうか?」
「カラクリがあるんだ。クィンゴレッジ公爵家を知っているかな?」
「はい、存じております」
確か陛下の叔父君で、趣味人として知られるオズワルド様の家ですね。
子がおられないと聞いております。
そのクィンゴレッジ公爵家が?
「ミレーナ嬢がクィンゴレッジ公爵家の養女として入る。そして僕と結婚し、僕がクィンゴレッジ公爵家を継ぐ格好になる」
あっ、なるほどですね。
本来は殿下が養子として入るはずだったのではないでしょうか?
しかし神の加護を持つわたしを取り込むために、養女の婿という形も取り得るということのようです。
色々考えていらっしゃるのですねえ。
「実は既に大叔父上には、ミレーナ嬢のことを内々に話してあるんだ」
「ええと、つまりわたしがヴィンセント殿下の婚約者になることは、既定路線ということでしょうか?」
「そうだ。今こそもう一度ミレーナ嬢に問おう。僕の婚約者になってもらえないだろうか?」
「……はい、よろしくお願いいたします」
「おお、やったぞ!」
「きゃっ?」
ヴィンセント殿下に抱き上げられます。
そ、そんなに喜んでいただけるなんて。
恐縮ですね。
「あ、あのう。殿下は瘴気を集めてしまうわたしに対して、嫌悪感をお持ちでないのでしょうか?」
「む、もっともな質問だな。僕や宮廷魔道士のように魔道の心得のある者にとっては、ミレーナ嬢本人と瘴気を別に知覚できるから全然問題はないのだぞ」
瘴気慣れしているということでしょうか。
瘴気ってよろしくない影響があるんですよね?
慣れるっていいのか悪いのか。
ともかくわたしは加護でせいでヴィンセント殿下に嫌われてしまうことはないようです。
「さようでしたか」
「加護は神に愛される者が得るという。ミレーナ嬢は神の愛し子でありながら、瘴気のせいで健気にも堪え続ける日々ではないか。いじらしくてなあ」
「でも……大したことではないのです。わたしはええ、全然」
「メンタルが強いというのはその辺りだな。事情を知っている宮廷魔道士の中で、ミレーナ嬢は大人気なのだぞ? 可愛くて辛抱の利く真の淑女だと」
「は、恥ずかしいです」
可愛い淑女だなんて。
初めて言われたんじゃないでしょうか?
だってわたしはいつも疎まれる子でしたから。
ヴィンセント殿下に言われるなんて、嬉しいことですね。
「それから……これも伝えておくべきだな。先ほどのミレーナ嬢の加護が重要、さらに危急の状況という話に通ずるのだが」
「はい」
「もし瘴気を素で浄化できるなどということが他所に漏れると、おそらくミレーナ嬢の身は各方面から狙われる」
「えっ? 狙われるとはどういうことでしょうか」
「瘴気がネックで開発できない地区など、世界各国にいくらでもあるからな。ミレーナ嬢の詳しい加護の内容は、今後精査させないとわからん。が、場合によっては世界の勢力図を変えかねないのだぞ。欲しがる国が多いというのは想像できると思う」
こ、怖いですね。
「かなり危険な身なのだ」
「わたしが狙われる立場にあるということは理解できました。ではどうしたらよろしいのでしょうか?」
「僕と一部宮廷魔道士で考えた秘策がある。ミレーナ嬢には自殺を装ってもらう」
「自殺、ですか」
「うむ、ここまでは決定事項だと思ってもらいたい。ミレーナ嬢が自殺したと発表しても、誰も不思議に思わないだろうしな」
……わたしの家庭環境や就学環境は、自殺してもおかしくないくらいひどいと思われているようです。
平気なのですけれど。
今までの生活や周りからの対応から、わたしが何らかの加護持ちと感じる人はいるかもしれない、ということなのでしょう。
事実ヴィンセント殿下や宮廷魔道士は違和感に気付いて、わたしをマークしていたのですものね。
だから自殺したことにして匿われると。
「自殺を装うということに異論はありませんが、大丈夫なのでしょうか? その、辻褄とか周りの詮索とか」
「僕に任せておけば問題ない。貴族学校は王立だからな。不祥事は王家が揉み消すので余計なこと言うなと伝えておけばいい。誰のどんな行為がミレーナ嬢の自殺に繋がったかなんて、生徒達は穿られたくないに決まってる。また責任を追及されかねない教師にとっても好都合だ。まず間違いなく全員が口を噤む」
「なるほどの策ですね」
「だろう? ランドル男爵家も身内から自殺者を出したなんて知れると、結構なスキャンダルだ。学校はこう処理するから、お前らも娘は病気で領に戻したとかにしておけと言っておけばいい」
わたしが自殺したと皆に信じさせるのですが、公然の秘密という扱いのようです。
本当にどうにかなりそうですね。
殿下はさすがです。
お任せしましょう。
「ミレーナ嬢が僕の婚約者になってくれるだろう? 素性を隠したまま、クィンゴレッジ公爵家の養女だとしておけばいい」
「おかしいと思われないでしょうか? その、突然現れた養女の素性を調べられたりとか」
「大叔父上も変わったお人だからな。孤児を気に入って養女に迎えたとでもしておけばいい。またミレーナ嬢を魔道研究所の研究協力者として登録するから、当面は研究所住みになる」
「よく考えていただけて嬉しいです。感謝に堪えません」
「で、もう一度婚約を噛みしめてかみしめていいだろうか?」
「はい、どうぞ」
「やった!」
ヴィンセント殿下に抱きしめられます。
誰かに必要とされるって、温かいのですね。
初めて知りました。
「手元に置いておきたい、愛着のあるものとかはあるか?」
「いえ、特には」
「ではすぐにでも偽自殺作戦を決行する。なあに、貴族学校の卒業証書はせしめておくからな」




